第四十一話 日常の崩壊
第二支部の教会での暮らしにも慣れ、いつも通り庭で一番目に見守られながら、三人で鍛錬をしていたある日のことだ。
ほとんど姿を見せない、第二支部の子らが現れた。
「あれ、どうしたんですか。珍しい」
来たのはリオとダイル、それに楓の三人だった。
リオは笑顔で手を振って近寄ると、
「はは。たまには顔を見せないと。それに町に用事が出来まして。せっかくなのでご一緒と」
「良いですね! ちょうど鍛錬も切り上げようと思ってたんですよ。ね! カリスト」
「私はどっちでも……」
カリストは乗り気じゃないように顔を伏せる。
彼女は彼女で鍛錬をしていたため汗だくで、首にかけるタオルで汗を拭いていた。
僕は思わずムッとして、一言言おうとしたら先に一番目がカリストのの肩を掴んだ。
「まぁまぁ、せっかくだし、行きましょうよぉ。私たちも思えばろくにこの町回ってないしぃ? 案内ついでにねぇ」
「……まぁ、そうね」
説得交じりに届くアイコンタクト。
一番目は“私に任せて”と言っている気がした。
そうして、僕らは一旦着替えを挟み、第二支部の子達との買い物へと町に繰り出した。
そうして、第二支部の子らに連れられて、終わることのない買い物を続けていた。
しかもその荷物は全て。
「何で僕が全部持つんだー!」
「はは。さすが元雑用さんですね、幾らでも持てそうです。ほらほらまだ行きますよ」
「い、いやさすがに……」
既に十段は積んでいそうな荷物の山にぽいぽいと乗せていくリオ。
両腕に袋を大量に下げ、脇にも挟み、更に両手で抱えるように荷物を運ぶ僕の山の上に。
わざわざ器用に真ん中に乗せてくるあたりがいやらしい。
僕がバランスを崩さない限りは絶対に落とさないように配置されている。
その様子を見てダイルはくすくす笑い、楓は無反応だ。
誰か助けてくれないものか。さすがにきつい。
「岩巨人精製」
と、突然荷物が軽くなる。
それは背後から僕の荷物を半分以上請け負ってくれたゴーレムのおかげだった。
それを作り出した人物が、誰かなどは考えるまでもなかった。
「あ、ありがとうカリスト」
「別に……」
そう静かに言ってカリストは先に行ってしまう。
カリストは未だに何かを悩んでいるのか、ずっと暗いままだった。
時折どこかに飛び立っては、スッキリしたように帰ってくるのに一夜経つと元通り。
それを繰り返していた。
やっぱり第二支部の面々が気に入らないのだろうか。
住む場所が新しくなるとペットはストレスを感じるというし、案外カリストのもそう言った類のものかもしれない。
なんて考察をしていると、
「ダメですよカリストさん。町中でゴーレムなど出しては。ほら、町民が驚いています」
リオがカリストに苦言を呈した。
彼の言うことは事実で、町民は突然現れた二メートルほどあるゴーレムを恐れていた。
「ならこれで良いでしょ」
カリストは軽く手を振ると、ゴーレムは岩造りの荷車へと変化した。
もちろんゴーレムの力を受け継いでいるため、馬や牛が引かなくても自動でカリストについていく。
「少し大きくしたから、残りも入れて良いわよ」
ちょいちょいとカリストが指差す場所は確かに荷物の置き場所があった。
正直険悪な雰囲気になっていたと思ったから、僕は舞い上がってしまう。
遠慮なく荷物を置かせてもらう。
「ありがとう! 僕のこと考えてくれてたんだ」
「ち、違うわよ。たまたま……」
なんてカリストはまたそっぽを向いてしまった。
前を行く一番目がなぜかグッジョブとサムズアップ。
理由は分からないが、カリストの反応からすると失敗したのだろうか。
気持ちを伝えるのは難しいな。
「おかしいです。あなた方二人は」
突然、リオがそんなことを言い出した。
その真剣な眼差しは、僕のことを刺し殺しかねない視線だった。
「彼は雑用なのでしょう? なぜ、有無を言わない奴隷のようにあくせく働かせないのですか」
「は? そんなの仲間だからに決まってるでしょう」
「仲間? そうですか。貴方はこの男を仲間と言うのですね。では、共に悪魔を倒したことは?」
「それは……ないけど」
カリストはリオの言葉に言い淀む。
シスターを数えて良いのであれば、協力したことはあるが、悪魔討伐自体に参加したことはない。
「それで仲間、と。面白いですね。単なる足手纏いを仲間呼ばわりとは」
「それ以上ケンへの侮辱は許さないわよ。あんた達に私達の関係性をとやかく言われる必要はないわ」
リオの続く挑発に、カリストは杖を取り出して対抗した。
魔術の強化媒体である杖は、銃を抜くのと同義だ。
暗にお前と戦っても構わないと言う意思表示であり、それに対してリオは薄く笑った。
「ありますよ。第一支部はもう消滅した。代わりに貴方がたは第二支部に来た。ならばリーダーである私が、間違いを正そうとするのは当然でしょう」
「も、もう辞めようよ! 突然どうしたんですか、リオさんも!」
僕は耐えきれず二人の間に割って入る。
なぜこんな争いが始まるのか。
楽しく買い物をしていたはずなのに、これから仲間として一緒にやっていく人達とくだらない喧嘩をするのはそれこそ間違いだ。
「黙れ、雑用風情が」
「え……」
と思った、僕を一蹴するリオ。
その表情は軽蔑に染まっており、僕を対等な仲間としてはカケラも見ていないことが言わずとも伝わった。
「我ら魔殺しの子供達は、悪魔を殺すため教会に命を救ってもらった。故に、悪魔を殺さずのうのうと甘い汁だけを吸う輩を、我らは仲間と認めない」
「甘い汁ですって? よくも私たちのことを知らずにそんなことを!!」
「ええ。知りませんよ。──これからも知るつもりはありませんがね」
「な」
リオの笑みと共に、カリストと一番目の足場が光る。
鎖が飛び出し、二人を拘束した。
「第九六の祈祷 金光縛錠括りの陣。予め設置していた」
「な! 九の段……しかも、括りの陣ですって!?」
カリストは目を開き、自身の置かれた状況を瞬時に把握した。
対して僕は、カケラも理解が出来ない。だからカリストを縛る鎖を引きちぎろうと力を入れるが、砕ける気配はなかった。
「無駄よ。これは設置に時間がかかる代わりに、罠にかかった対象者を一定時間確定の拘束、更には三大術系統全てを封印する術式! 何でこんなもの……!」
「何でこんなもの? まだ分からないのですね。思った以上に第一支部は愚か者の集まりだったようだ……」
仮面を取るように、リオの表情が崩れていく。
優しい柔らかいものから邪悪な下卑たものへと。
一体なぜ、なぜこんなことを……!
「嵌められた、ってわけねぇ。にしては随分時間をかけたみたいだけどぉ」
「さすがに一番目。この状況でも、落ち着いているようだ」
「まぁこの子達を引っ張る立場だからねぇ」
一番目は飄々と言ってのけるが、その表情は硬い。
現状が芳しくないのは変わらないのだ。
今この現状を変えられるのは僕だけ、僕だけなのだが──
「鎖が壊れない!!」
「無駄だ。九の段は禁忌とされる祈祷術。使用するには力が強すぎるあまり、祈祷術の願いの力を著しく引き下げる! 一度使ったが最後、祈祷術自体の使用数も力もワンランクダウンする。その分、力は絶対的だ! 雑用程度のお前が破れるものじゃないのさ!」
「そ、そんな……何でそんなものを!!」
「今から死ぬやつに、説明する必要はないだろう。ダイル!!」
リオの言葉に反応して、僕らを影が埋め尽くす。
上空には巨大な岩を持ったダイルが、それを振り翳し、
「ぶっ潰れろ!!!!」
僕ら目掛けて振り下ろす。
カリストは目を瞑った。一番目は手元がバチバチ光り、何か試しているようだが、岩が落ちる前には間に合わない。
今この場をどうにか出来るのは────僕一人。
「なに?」
地面を踏み砕き、跳躍。
迫り来る巨岩に向けて拳を打ち放つ。
十全に込められた力は岩の耐久力を遥かに凌駕して、粉々に粉砕した。
第二支部はポカンと受け入れ難い事実を目撃するように驚いていた。
だが僕も驚いた。
まさか人の姿でこれほどの力が出せるなんて。
これも鍛錬のおかげ、か。
「どういうことだ……ただの雑用じゃ」
ダイルが僕の力に驚いていた。
リオは静かに僕を見据え、楓は柄に手を置いている。
臨戦態勢は解かれていない。
この場で戦えるのは、僕だけだ。
「雑用だけど、もうただの雑用じゃない」
「なに?」
拳を握る。
決意を固める。
今こそ、二人を真に助ける時だ。
三人に対峙して僕は宣言した。
「悪魔憑き。僕は、悪魔の能力を得た、悪魔憑きだ」
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