第四十話 セカンドの日常
それから更に一週間が経過した。
任務はフレイムバード以降来ることはなく、僕らは平和な日常を過ごしていた。
僕はといえば相変わらずカリストと一番目と修行の毎日だ。
悪魔の力を使わずともある程度魔力制御と体術が使えることがわかり、魔術気術祈祷術が使えないか、様々な基礎の特訓をして暇を潰す。
第二支部はといえば、結局町にいることはほぼなく。
彼らはいつも郊外のどこかへと用事があるのだと言って留守にしていた。
順風満帆に見えるこの毎日の中、僕とカリストだけは、不穏な雰囲気を漂わせていた。
庭に倒れ込む僕。それを見下すカリスト。
彼女の目はどこか遠くを見ているように、僕のことをみていた。
「どうしてこんなことも出来ないの。魔力の核心を掴んだのなら出来るはずよ」
「……ごめん」
魔力の精密な操作を可能にするための特訓。
魔術道具の木の人形を言われた通りに動かすというものだ。
だがその難易度は思った以上に難しく、そも立たせること自体が出来ない。
人形を糸で操るような感覚、というよりは手で外側から操るみたいな印象だ。
足の裏を、ふくらはぎを、太ももを、胴を、腕を、手を、頭を同時に支えようと考えるとどうしても腕が足りない。
「手を使おう、その認識が間違ってるの。魔術を常識で当て嵌めるものじゃないわ。やり方……考え方はいろいろあるらしいけど、私は入り込むイメージよ。人形を着るイメージ内側から操る」
「……わかった」
カリストの言う通り、木の人形に手を翳し、イメージする。
だが、
「うっ……!」
バチン、と弾かれる。
人形に入ろうとすると、内部の圧力が高すぎるのか。
とても指先以上入らない。
それ以上踏み込めば潰されてしまう気がして、踏み込めないのだ。
その様子にカリストは無反応だった。
「今日はここまで、ね」
「ま、まだやれるよ!」
「無理よ。魔術の特訓は祈祷術や気術と違って理論との寄り添い合い。感覚が間違った方向性で鍛錬が進むと、それを正しいと思って覚えてしまう。そういう時は体術とかで身体を動かして……」
どこか余所余所しい。
俯いてつらつらと並び立てる言葉に、心はここにあらずと言った感じで。
とても、とても腹がたった。
「或いは寝てリセットするしかないわ。ある程度センスがある人ならゴリ押しでもいけるかもしれないけど、そうでない場合は無理をしない方が圧倒的に……」
淡々とそれが普通だと語る彼女の言葉は、恐らく真実なのだろう。
彼女は独学でここまで登り詰めた実力者だ。
本来の僕なら彼女が言うその言葉を、嘘だと決め付けることはしなかったし、大人しく従ったはずだ。
いつもならば──。
「だから今日はもう一番目との修行に移って」
「か、カリスト!」
胸元からバッジを取り出して、魔女の姿に変わるカリストは、そのまま杖に乗ると浮遊と唱えた。
「気にしないで。アンタが思ってることは多分杞憂よ」
カリストはこちらを見ない。
ただ何かから逃げるように、浮かぶ杖に乗って空へと高く。
「暫く、放っておいて」
そして結局。
僕と眼を合わせないまま、彼女はどこかへ飛んで行った。
—
カリストは心がモヤモヤした時、杖に乗って空を飛ぶことでストレスを発散させる癖がある。
それを知るものは恐らくこの世で一人、カリストだけだろう。
風が肌を殴っているような、そんな感覚が好きだった。
辛い現実を直視しなさい、と、自然が教えてくれているようで。
母も父もいないカリストにとって、親と呼べるのはきっと自然、だったのだろう。
だからこそ、必ず迷った時は高速で空を飛ぶのだ。
悩み。というほどのものではないと、カリストは考える。
ただケンに対する思いの再確認だ。
第一支部では、自分が強くならなければケンを救えないと思っていた。
だが今は違う。目下の敵であったシスターは消え、幸せな環境に身を置いている。
第二支部の面々はケンが言う通り、非の打ち所がない。
皆優しく出迎えて、悪魔討伐も恐らく今までよりずっと楽になるはずだ。
町にほとんどいないのが、唯一の懸念点ではあるが、確かに。
ケンが言うように、気にするほどのことではないのだ。
ケンはもう自分自身で身を守れる。
ケンの身の危険を脅かす敵はもういない。
ならば────ならば私は。
なんのために強くなれば良いのだろうか──。
そんな思いがずっと脳から離れない。
目的が無くなった以上、これ以上強くなる必要などあるのだろうか。
シスターワテリングに負けた後、もう負けないと誓った。
だが、その敵がいないのであれば、鍛錬の意味など、一体どこにあるのだろう、
──そういえば、一番目はなんで強くなろうとしたのだろうか。
ふと気になった。
一番目は、カリストが魔殺しの子供達に入ってからすぐに一番目になった。
当時の一番目が殉職し、本来なら繰り上がる形で二番目が一番目になるはずが、無名の彼女があてがわれたのだ。
当時の衝撃はいまだに忘れられない。
ピンクの髪に似合わない冷たい瞳。当時八歳の彼女は歳上の数字持ちを蹴散らしてその地位についた。
どんな執念が彼女を突き動かしたのか。
悪魔に故郷を奪われた、とか、そんな月並みのことではないような気がしていた。
いつか聞けるといいな。とカリストは思う。
風を切って飛んでいた効果が出たのか、だいぶ気分が晴れてきた。
山に囲まれ、豊かな水源と森。
それは上空から見れば見るほど、はっきりと分かる。
きっとこの事実は自分しか知らないものだと、少し嬉しく思えて。
そして、
「ん?」
湖の上でボートに乗るシムラを見た。
—
「僕は、どうしたら良いんでしょうか」
「藪から棒に、何よぉ」
「そんなに藪からってわけでもないんですが、ほら、カリストですよ」
僕は午後の鍛錬のほとんどを、一番目と過ごした。
彼女との鍛錬は基本的に型を永遠と続けるだけだ。
一番目がした動きを、僕も真似してなぞる。
それを延々と続けて、身体に染み込ませる。
たまに打ち合いの稽古をして実戦も交える。
そうすることで咄嗟の事態でも身体が勝手に動くのだとか。
実際、シスターの戦いでは身体が勝手に動いた気がする。
「あのねぇ、そう何でもかんでも気にする必要はないわぁ。女には男に話したくないことの一つや二つ、あるってものよぉ」
「そういうもんですか?」
「貴方たちは距離が近かったから、何でも話せる、何でも話してもらえるなんて思ってるのかもしれないけど、ちょうど思春期の男女ってことを忘れちゃあいけないわ。お年頃の子は見栄を張るものよ」
「そういうもんですかぁ」
一番目の言葉を受けても、そう納得はできるものではない。
カリストとはずっと一緒にいたのだ。
なるべく、嫌な雰囲気にはなりたくない。
何とかして仲直りではないけれど、いつも通りに──
「隙あり!!」
「え──うわっ」
唐突に組み込まれた打ち合いに、僕は対応できず三手目で投げ飛ばされる。
腰を地面に打ち付けることはなく、フワリと降ろしてくれるのは彼女の優しさあってのことだった。
「時間が解決してくれるわよ。それじゃ私は用があるから、型の練習続けててねぇ」
「そ、そんなぁ」
まだ陽は落ちていないのに一番目は、手をひらひらとさせていなくなってしまう。
一人で鍛錬をするの意外とキツいんだけどな……。
と思いつつも、ひたすら庭で型をする。
終わったのは陽がとっくに沈んだ頃だった。
—
「よろしいかしらぁ?」
「どうぞ」
夜。
ケン達が教会で夕食を取った後、一番目は一人、教会のシムラの自室に訪れていた。彼も第二支部の面々と同じく、ほとんど教会にはいないのだが、たまにこの部屋に寄っているのだ。
「やぁ、シェリー。ここには慣れてきたかな?」
扉を開けた先。
シムラの部屋は質素な作りだった。
漆塗りの木造。巨大な机が真ん中に配置され、ビッシリと本が敷き詰められた本棚に挟み込まれている。あとは上着掛けと山羊の頭の剥製があるくらいだった。
シムラは書類整理をしていたようで、机の上には大量の紙の山が積み上がっている。
その向こう側から紙に目を通しながら、シムラはそう言った。
一番目はゆっくりと扉を閉めて微笑む。
「ええ。それはもう随分と。あ、私のことは一番目、と呼んでもらえるかしらぁ」
「それが良いというのなら、もちろんそう呼ぶが……名前で呼ばれるのは嫌いかい?」
「嫌い、というよりも一番目と呼ばれることが好きなんです」
「なるほど。プラス思考の良い理由だ。ならそう呼ばせてもらうとしよう」
シムラは立ち上がり本棚の本を探し始める。
参考図書を探しているのだろうか。
忙しそうに一番目には見えた。
「それで一体どうしたのかな」
そんな状況にも関わらず、シムラは一番目を気にかける。
ブラザーの鏡だ。例えどんなに自分が忙しくても、他者を優先するその姿勢は一番目には好ましく思えた。
「では早速本題から参りますわぁ。──封緘鍵はお持ちですか?」
「封緘鍵だって? またなぜそんな……あぁ、そうか。君も対象なのか」
「その通りなんですぅ」
封緘鍵。
それは、教会に所属するある一定以上の力を持ち、尚且つとある祈祷術以外の固有の術を持つ修道者に対して行われる封印術を解く鍵だ。
人に対して行われることもあれば、物に対して行われることもある。
基本は人だ。
そして、大司教のみがこの封印を免れる。
それ以外には大いなる力の責任として、上長が鍵の管理をしているのだ。
魔殺しの子供達では、隠しスターとブラザーがそれを保有していた。
「それをどうするんだい?」
「私の力を解放させてもらいたいんですよぉ。シスターワテリングはそれをしてもらう前に亡くなってしまわれたので……」
「なるほどね」
シムラは初めて仕事を止めて、考える仕草をした。
少しして、口を開く。
「だがわたしにその権限はあっても、実行する理由がないね。どうしても今、必要なわけでもないんだろう?」
「まぁそれはおっしゃる通りですかねぇ、ちょっと……焦ってしまってぇ」
頬を染め、恥じらうように一番目は言う。
その姿にシムラは軽快に笑った。
「はは。第二支部には任務も週一あるかないか、だ。気を張らずにゆっくりやってくれ。それじゃ」
そう言って一番目を外に連れ出してから部屋の鍵を閉める。
もう夜だというのに相変わらず教会ではなく、夜の町に消えるシムラを見送って、一番目は呟く。
「つまり、鍵はある……ということねぇ。どうにかして手に入れないと」
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