第三十八話 キメラ・トランス
グレイスウェールズから数キロ離れた山の上空に、一体の魔獣が飛翔した。
名はない。遥か上空の上で生まれ、今地上へと降りてきたのだ。
深夜でありながら、その身体は煌々と光を放っていた。巨大な瞳は黄と黒で渦巻いている。赤と黄と黒の色とりどりな羽を撒き散らしながら、鳥は雄叫びを上げる。
直後だった。
くちばしに火花が走り、咆哮と共に吐き出される火炎放射は森を瞬時に焼き散らした。
シムラ仮称個体“フレイムバード”。
任務を受諾してから約五分、第二支部と第一支部は現着した。
「デカいな」
シムラは呟く。
フレイムバードの大きさは全長三十メートルほど。
そんな化け物が羽ばたけば、それだけで森にいる生物は吹き飛ばされる。
魔獣とはいえ、脅威度だけでいえば魔人に匹敵する可能性は充分にありえた。
「近い、だけじゃないわけか……」
基本的に支部は番号順で強さは変わる。
第二支部が呼ばれたということは、それだけ危険視されているということだ。
思ったより早く到着したため、驚いていたが理由は近場以外にもあったのだと、現場に着いて納得した。
隣でブルル、と鳴くバイコーンをシムラはノールックで撫でる。
教会の所有するユニコーンとバイコーンは、驚異的な速度で走ることで有名な魔力生命体だ。
魔力生命体とは、魔素のみで形成された体を持つ生命のことであり、基本的に死んだら肉体が残らない。
悪魔や精霊、また天使と言った生物と同種の生物なのだ。
シムラは召喚魔法陣の巻物を懐から取り出した。
紙に描かれた魔法陣は光だし、ユニコーンとバイコーンを光に変えた。
召喚魔法陣は長時間の召喚に莫大な魔力を消費する。
故に移動の時のみ召喚し、後はしまっておくのだ。
シムラはフレイムバードを見据える。
魔獣はひたすら炎を森に撒き散らすことに集中している。
隙を突くことは容易に見えた。
「私達も加勢するわ。連携は合わせるから──」
「いや、あの程度なら問題ない」
カリストが懐から変身用のバッジを取り出すと、シムラがそれを制止する。
「でもあいつ結構デカいわ。私の魔術があれば……」
「折角だ。第一支部の君達に、第二支部の力を見せておきたいと思ってね。安心してくれ──十分もかからない」
そうシムラが言うと、第二支部の子らは各々体勢を整える。
その姿を確認もしないでシムラは告げた。
「いつも通りだ。フォーメーション:バルザンクス。行け!」
「「「「「はい!!」」」」」
シムラの言葉にリオ達は反応して、それぞれ跳躍しポジションに入る。
先行したのはベアとダイルだった。
「どデケェ獲物だ! やる気が出るってもんであ!!」
「バカ熊が! あんまり先に行くんじゃねぇ!」
飛び出すベアとダイル。
ベアはその巨体からは想像もつかない速度で森を駆ける。
小柄で身軽なダイルがぴたりと付いていく。
そして、
「混成変化!!!」
第一支部が皆、目を疑った。
ベアとダイルの肉体は途端に隆起し、魔力が倍増する。
盛り上がる肉体に耐えきれず服は破けちり、生まれるのは──獣人だ。
ベアはその巨体を更に巨大化させ、熊へと。
ダイルは身体を強靭な鱗で覆い、胴体ほどはありそうな顎と尾を生やした。
「獣人化!? ありえない、そんな高等魔術……」
「高等? 難しいの?」
「難しいなんてもんじゃないわ! 少なくとも、魔王がいた時代の産物であることは間違いないわ。自身の身体を変容させる魔術なのよ? 細胞レベルでの理解度がないと最悪醜い化け物になってしまう荒技……実際、戦争の時代では代償を承知で使って巨大な化け物になった人もいるって聞いたわ」
「そうねぇ。原理的には私の再生に近いかしらね。細胞レベルでの理解が私もあるから、真似しろと言われたら出来なくもないけど、失敗が怖いわぁ」
第一支部の一番目が不安になるレベルのリスク。
それを承知で使っているのであれば、相当に危険なことをブラザーは見逃していることになる。
ケンは視線をシムラに送ると、
「大丈夫。リスクはないよ」
それを予知していたようにシムラは答えた。
「ここにいる五人は皆、安定した獣人化が行える。その力は、個々じゃ無理でも、五人いれば魔人と充分に張り合えるレベルだ。カリスト、君が語っていたドゥルキュラであっても問題ないかもしれない」
「そんな。ドゥルキュラはそんなレベルじゃ」
「実際、ここにいるリオと楓の二人で魔人を四体討伐に成功している」
「! 四体も……」
カリストはまだ魔人を倒したことがない。
魔人を一人で討伐できるもののみが、三番目以上の称号を貰えていたシステムである。
八番目の彼女では相性によっては勝てるかもしれない、程度の実力だ。
二人でとはいえ魔人討伐の経験を積んでいるのは、カリストから見て純粋に羨ましく思えた。
「さぁ、いい感じだ」
話の最中にも戦闘は続いていた。
雄叫びを上げるベアがフレイムバードの足に組み付いて、空へ逃がさないように地で踏ん張っている。
もがくフレイムバードは懸命に翼を動かすが、ベアの力に勝てず、徐々に足に軋む音。
「aaaaaaaaa!!?」
たまらず叫声を上げ、口に火花が散る。
それを見たダイルと後方にいたアッコロが術の準備に入った。
「第五二の祈祷! 亀甲鎧」
「第七四の祈祷! 天光防壁」
術の発動より先に放たれるフレイムバードの炎は、森と共にベアを焼き尽くした──だが、
「サンキューであ! 二人とも!」
ダイルの術はベアの肉体に光る鎧を装着させ、アッコロの術は淡い光をベアに纏わせた。
炎の中でも涼しそうに佇むベアは渾身の力を込めてフレイムバードの足をへし折った。
「aaaaaa!!?」
へし折れた衝撃で骨が皮を突き破り、脚がちぎれる。
そのおかげで脱出したフレイムバードは大空へと舞い上がっていった。
「し、しまったであ!」
「問題ねぇよ」
焦るベアにダイルは落ち着いた様子で空を見上げる。
当たり前だ。これはチームで戦っている。
たとえ一人がミスをしたとしても、補えるのがチームの良いところであり、
「準備は出来ている」
「拙者も」
「オッケー、飛ばすよぉ」
にゅるにゅると、赤く太くヌメっとした脚が二人を器用に掴んでトグロを巻く。
アッコロの姿は髪がタコの足に、皮膚はヌメりのあるツルツルの皮膚に、それは正しく真っ赤な人型の蛸であった。
彼女の触手に力が入る。
強烈な回転と共に、リオと楓を射出する。
風に乗った二人はそのまま変化することなく、フレイムバードに向かって突撃し、
「虎牙王拳!!」
「飛燕!!」
楓は腰から刀を抜き放ち、フレイムバードの翼を縦に斬りおとす。
リオは胴体目掛けて強烈な拳を叩きこんだ。
「aa……」
フレイムバードは力なく地へと落ちていく。
だが悪魔は高い再生能力を持っている。
先程ベアに折られた脚が瞬時に生えて、翼も少しずつ戻り、瞳には殺意が宿る。
だがそれを──リオは許さない。
リオ自身の拳に楓を乗せ、第二射出の用意。
「行くよ」
「忍法・獣変化」
楓の身体から徐々に羽が生え、姿はまるで隼だ。
仮面から覗く鋭い眼光がフレイムバードの視線と交差して、鞘に納刀。
「──────隼居合」
リオが渾身の力を持って楓を射出する。
貯められた気力は刀にまとわりつき、神への願いと共に抜き放たれる。
「千羽鶴」
刹那、千を超える斬撃が空間を走った。
ガラスが割れたような衝撃と共に空間は震え、フレイムバードは千の肉体に分かたれ、消失した。
—
「さすが第二支部! わたしの誇りだ!!」
戦闘が終わり、皆が帰ってきた。
それをシムラが手を上げて喜んでいる。
正直言って──言葉を失った。
彼らの戦闘能力は非常に高い。
とても第二支部にいるような実力には思えなかった。
彼らの実力であれば充分第一支部の数字持ちになることは容易のはず。
同じ思いなのか、カリストも驚愕の表情で固まって、一番目も静かだ。
その僕らの考えを読むように、
「単純な話さ。わたしが着任してから、第二支部のメンバーは一人たりとも補充をしていないし、他の場所へ出してもいない。だから第一支部にはいかなかった。それだけの話さ」
シムラはそう話す。
第二支部の面々が集まり、誇らしそうにシムラは笑った。
「わたしが当時着任した第十支部の時から、ね。まぁ、その時は強さ順とかはなかったわけだし、第一支部の面々も補充がされることはあれど、数字持ちの面子はほとんど変わらなかった。例えこの子らが入っても数字持ちになれたのかは定かじゃないさ」
フォローを入れたシムラだったが、実際本当にそうかはもうわからない。
なにせ、第一支部は消し飛んで、数字持ちは二人にまで数を減らしてしまった。
現状を鑑みれば、彼らは確実に数字持ちになれる資質を持っている。
少なくとも、僕にはそう見えた。
「確かに。第一支部に来てもやっていけたかは分からないわね」
「……なんだと?」
カリストは目を閉じて、挑発するように言う。
誰もが驚く中、ダイルだけは顔を歪ませた。
「聞き捨てならねぇ、どんな根拠があって──」
「第四六の祈祷」
もう鰐の変化は解けている。
だが瞳は獣のように瞳孔が縦に開き、徐々に身体も大きくなっていった。
今にも殴り合いが始まりそうな中、カリストは静かに手をダイルらに向けて翳した。
「な!?」
「強聖光弾」
まさか攻撃をするとは誰も思わない。
祈祷術は人間には非殺傷であり、威力もだいぶ減退する。
だがそれでも攻撃行為には変わりない。
そんなことをすれば第一支部と第二支部に溝が出来てしまう。
だが手から放たれた巨大な光の弾はダイルの横を擦り抜けて、草むらに直撃した。
「aaaaa!!!?」
「な、何が」
突然響き渡る叫声。
誰もが戸惑う中、草むらから姿を現したのは幼体の鳥だ。
祈祷の力に痙攣する身体は、地面に倒れそのまま霧散して消えた。
その見た目はフレイムバードに酷似していた。
「な、なんだアイツは」
「恐らく、さっきの鳥の子供でしょうね。死んだと同時に産み落としたんじゃないかしら。随分とせこい手だけど、魔獣はよく使う手よ」
「お見事……」
困惑するダイルに毅然と説明をするカリスト。
その姿にリオは思わず感嘆の意を小さな拍手で表明していた。
「さすが、第一支部、と言ったところか」
「当たり前よ。一番目も気付いていたわ」
「まぁねぇ。でもカリストちゃんに譲ってあげたわぁ。私飛び道具ほとんどないしぃ」
うふふ、と笑う一番目。
第二支部の皆もカリスト達のその力と冷静な判断力に、目を見張っていた。
その場で、何も出来なかった。
何も気づけなかったのは、僕だけだった。
読んでいただきありがとうございます。
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