第三十五話 こいつのせいか
僕たちは教会に隣接する居住スペース、司祭館に連れて行かれた。
左右対称の二階建てで、各部屋に暖炉が設置され充実している。
窓は縦長で観音開きの鎧戸がつき、部屋は全部で十二部屋。
そのうちの三つを一人一部屋として貸し出してもらえた。
僕はその部屋で小さな荷物用のバッグから、自分の着替えを取り出して着替える。
エンドラインで貰った服だ。
要らなくなったものだし、着る人もいないからとくれた。
灰色のジャケットに簡素なシャツとズボン、革のブーツまでつけてくれた。
ありがたいことだ。
着替え終わった後は、特にやることもない。
何せ、今は任務がないらしく、今日は夕食まで部屋で荷解きと言われたのだ。
カリストは一人口を尖らせていたが、まぁ仕方ない。
僕らはこれからここでお世話になって行くのだから。
すると、
コンコン、と部屋の戸を叩く音。
「はーい」
「ケン? もう着替え終わった?」
相手はカリストだった。
女の子は荷物が多い。エンドラインで色々貰っていたはずだが、もう荷解きが終わったのか。
或いは、何かあったのだろうか。
「うん。どうかした?」
「ちょっと来なさい」
「え」
「良いから」
そう言って、扉からひょっこり出てきたカリストに腕を引かれて部屋に連れ込まれる。
ははん。さては一人で荷解きをするのが辛くて僕に任せようって魂胆だな。
雑用は僕の仕事だったわけだから、掃除は得意分野だ。
仕方ない、ここは元雑用としての力を存分に発揮するしか。
と思ってカリストの部屋に入って、どうやらそういうわけじゃないことに気付く。
「一番目さん?」
「いらっしゃい。女の、そ・の・へ♡」
「変な言い方しない!!」
ふざける一番目に対し、カリストの強ツッコミ。
ごめんごめんなんて謝っているが、あの感じは反省していない。
またやるぞ。
気を取り直して、一番目は真剣な表情になる。
「この司祭館全く生活感がないわぁ。恐らく、第二支部の子達はここで暮らしてないわね」
「でも埃とか特になくて綺麗でしたよ? よく手入れされてるなぁって」
「私達が来るのを聞いて急いで掃除をしたか、掃除自体はしてるんでしょ。問題はそこじゃなく、ここで“暮らしてない”というところよ」
「暮らしてない……?」
それはどういうことだろう。
ここは彼らの居住区であり、悪魔討伐のための拠点のはずだ。
そこに住んでいないとするならば、彼らはどこで寝食を共にしているのか。
「あ」
だが確かに合点がいくことがある。
「ここが留守だったのってもしかして」
僕の着眼点が正しかったのか、カリストはそう。と言って続ける。
「正確に言えば彼らはここを利用していない。教会としても、居住区としてすら。おかしい話じゃない? 悪魔討伐の任務を背負う私達が教会を離れるなんて、あり得る話じゃないわ。連絡を行き届かなくなるし。それを踏まえると、理由は三つほど予想できるわ」
「三つ?」
カリストは指を三本立てた。
「一つ、教会に住めない理由がある。例えば住民に心底嫌われてるとかね。それを考えれば参拝者がいないのも理由がつくわ。
二つ、忙しすぎて住めてない。これも違うわね。少なくともブラザーの生活感がなければ辻褄が合わないもの。
三つ、ここ以外に住む場所がある。住まなきゃいけない理由がある。ま、ここはなんとも言えないわね。情報が少ないわ。個人的には一が有力ね」
「なるほど。でもそれを考えることに何の意味が?」
「「え?」」
と、僕の指摘に二人揃ってとぼけた顔をした。
そんなおかしな指摘をしただろうか。
「だって、これから一緒に住む仲間達ですよ? 彼らにだって何かしら秘密はあるのかもしれませんけど、それはこれから知っていけば良いこと。そもそも、ずっと第二支部にいるわけじゃあないんでしょう?」
「まぁ、それはそうねぇ。依然として、本部からの連絡はないんだけども」
「で、でもここで私たちは暮らして行くのよ。気になることがあったら警戒するのも当然じゃない?」
一番目は未だに思案する雰囲気で告げる。
対して、カリストは不服そうに睨みつけてきた。
「気持ちはわかりますが、あのリオさんの目の輝き見たでしょう。少なくとも二人はちゃんと尊敬されてますし、そう邪険にする必要は──」
「もう良いわよ」
そう言って、カリストは静かに出ていった。
「あらあら」
一番目はそれを止めない。
頬に手を当て、静かに事を見守るだけだった。
怒りを露わにしないのはある程度、理解をしてくれていると思うのだが。
ぼくが黙って扉を見つめていると、
「どうしてこんな事カリストちゃんが言い出したか、わかる?」
一番目の方から僕に切り出した。
「貴方を心配してたのよ」
「……!」
「ここは貴方が初めてクラス、第一支部以外の教会。私は貴方が第一支部で受けていた、仕打ちとやらをほとんど覚えていないけれど、聞いた話は目を疑いたくなるようなものばかりだったわ。シスターは厳しかったけれど、とてもそんな事をしてる人には見えなかったし、私もほとんど帰らなかったからね。それを踏まえれば、貴方が今度は幸せに暮らせる場所かどうか、彼女にとってはそこが重要だったのよ」
「そんな……そんなの」
一番目からの言葉に、言い表せない感情が込み上げてくる。
強く握り拳を握る。
「カリストには関係ない、じゃないか」
「ケン……」
それからカリストは夕食の時間まで帰ってこなかった。
汗を流していたから鍛錬をしていたのかもしれない。
夕食まで、僕は彼女と会話をしなかった。
—
「今日は奮発して肉料理にしてみました。お気に召すと良いのですが」
食卓に案内された僕は瞠目した。
机に並ぶのはクリスマスでしか食べないような丸焼きのチキンに、ローストビーフやサラダ。パンも新鮮で焼きたてのものが置かれ、とても充実した内容に思わず涎が出た。
だが僕ら第一支部組の雰囲気は芳しくなく、それを察知したのかリオは軽く咳払いをした。
「実はそこに並んだほとんどの食材は教会の庭で育てたんです。鶏の方も沢山飼育しています。そこにいる子は本来は出す予定ではなかったのですが、檻を脱走し、街中の市場を荒らしまわった罰です。こうはなりたくないですねぇ」
え、と思わず声が出る笑えない話に、僕は食欲が冷めて行くのを感じた。
実際うさぎの解体なんかをしているから、生々しい話は慣れているつもりだったが、つい最近まで生活をしていた鶏がたったそれだけの理由で焼かれてしまったのが何だか不憫に思えてしまって……。
と、僕らの雰囲気が更に悪化するのを感じたからか、リオは、
「イッツ、ブラックジョーク!!」
なんて戯けていた。
更に場の空気は凍った。
「リオ。やはりこれはウケ、が悪いのではなかろうか」
「やっぱりそうかな? 私もそんな気がしていたんだ」
なら最初からやめよう。
隣にいる仮面の女性と内緒話をしているが丸聞こえだ。
どうにも僕らの雰囲気をよくしようと頑張ってくれているが、多分彼らではこの空気感を変えることはできない。
何せ──
「…………」
カリスト派心の整理がついていないように、口篭っている。
眉間には皺も寄っていた。
そこまで僕のことを心配してくれるのは嬉しい。
嬉しいけれど、けれどもう。
僕は──もう。
「僕はもう弱くないよ」
と、ボソッと告げた。
思わず口から出たその言葉にカリストは目を開き、
「本気で言ってる?」
そう言って僕の胸ぐらを掴んできた。
「いた……な、なにを」
「自分が強くなったと、そう思っているのかと聞いたのよ」
「少なくとも、もう“護られるだけ”の存在じゃないよ」
「…………そう」
もっと反発が来ると思った。
だがなぜか、そこでカリストの感情は治ったのか、手を離して椅子に座る。
強烈に燃え上がった炎が、突然鎮火したみたいに突然。
「これは、どうしたことだろうか」
「彼らにもいろいろあるのだろう。我らが口出しすることでもあるまい」
なんてまたリオと仮面女子が話している。
心配をかけてしまった。僕は釈然とはしていないながら、も椅子に座ろうとして、
「──やぁやぁ、君達が第一支部からやって来た子達だね」
と教会に響く低い声に反応する。
大人の声だ。
教会の正面玄関、木造の重たい扉をゆっくりと押し上けて入ってくるのは、長身痩躯の男だ。
修道服に身を包み、掻き上げられた黒髪。
よく見える彼の表情はとても優しそうな柔らかい面持ちだった。
「どうも、シスターのシムラ・テイオーです」
なんて。
明らか男なのに、シスターなんていうもんだから、僕らは呆けた顔をした。
それを待っていたと言わんばかりに、シムラは両手の親指と人差し指を立て、拳銃に見立ててかます。
「なーんちゃって!! イッツ、ジョォォォク!」
三人ともに無反応。
リオ達はケラケラ笑っている。
こいつ、のせいだったのか。
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