第三十四話 尊敬と蔑視
「見つけましたよ、運び屋」
その青年は子供、と言うには少し大人びた風貌をしていた。
修道者には似つかわしくない、騎士服のような白い洋装に身を包んでいるからか、より一層大人の雰囲気を醸し出している。
金髪に少し紫が混じった短髪。スラリと伸びる手脚に、鍛え上げられた肉体は女を魅了するには充分だ。
何より彼の美貌は男、と呼ぶにはあまりに美しかった。
実は女です、と言われた方が納得できるほどの美形。
そんな彼が、バンジャックの言う第二支部の魔殺しの子供達であることは、彼を見れば一目瞭然であった。
「あぁ、ぁぁ」
「全く。一人で勝手に行ってしまうのですから、捜しました。想像以上の逃げ足です。さすが、大陸間ですらモノともしない運び屋だ」
「ぁぁぁっっ!!」
バンジャックの顔は恐怖に歪み、とても正常な精神とは思えない狼狽え方をしていた。
だからだろう。
「ぁぁぁあっっっ!!!!」
その場にいる誰も、バンジャックの逃走を予期出来なかった。
ぶちり、となる縄の音。
振り上げられる手の中には煙玉が握られ、思いのまま地面に打ち付けられた。
撒き散らされる白い煙は僕らの視界を嗅覚をおかしくさせ、互いの位置すら認識を困難にさせた。
「げほっ……げほっ……バンジャックさん!?」
僕が一人煙をまともに食らう中、カリストは結界を、横の青年と一番目は服をマスクがわりにして煙が気道に吸い込まれるのを阻止していた。
さすがに熟練者ということなのだろうか。
だが、自他共に認める二人と同様に、冷静な判断をした横の青年は一体……。
と、煙が青年の回し蹴りによって晴れる。
バンジャックはもう、そこにはいなかった。
「また逃げられてしまいました……まぁ、この際どうでも良いでしょう。あなた方に、お会い出来たことの方が重要だ」
少しだけ残念そうな顔をしたが、青年はすぐに気を取り直して笑顔を作る。
自然、僕たちは身構えた。
「はて、なぜそのような戦闘態勢を……」
「それはこっちのセリフでしょ。殺気をビシビシ撒き散らしてるくせに」
カリストの言葉は真実だった。
笑顔でありながら、青年から強烈な全身総毛立つような殺気が放たれている。
この悪寒は、シスターと対峙した時と同等か。或いは──
「ははは、これはこれは。さすが、というべきですか」
再び笑みを浮かべる青年。
カリストも一番目も、ジリっと構えに力が入った。
と、僕らの警戒値メーターが振り切った辺りで、
「なーんて! あはは! 怖いなぁ第一支部の人達は」
軽快に青年が笑い出した。
そのあまりの場違い感に思わず僕は力が抜けた。
「はぇ?」
「いや、別にそもそも運び屋だって、殺しに来た! みたいな雰囲気出して逃げてましたけど、全然そんなことないんで。報酬を払いたいのに、彼が勝手に逃げちゃうもんだから」
「いやいや! そんな誤魔化されるような雰囲気じゃあなかったですって!! こう、一触即発、みたいな!」
「実際彼らにやる気はなかったわよぉ?」
「え!?」
一番目がくすくす笑いながらフォローしてきた。
思わぬところからの助け舟。
しかも相手側に。
「一番目さんも身構えてたじゃあないですか!!」
「なんていうか、二人の雰囲気が真面目だったから一人で突っ立っているのもねぇ?」
「カリスト! どうなの!?」
そんなバカなと、カリストに同意を求めたが。
「カリスト?」
彼女は彼女で顔を真っ赤にして、今にも噴火しそうな火山のようで。
というより実際に噴火してこちらに杖を振り上げて────え?
「うるさいうるさいうるさい!! 私をバカにしたわね、ケン!!!」
「いだーっ!? 暴力反対!!」
百五十センチもある杖で叩かないでほしい!
振り回したら遠心力で凄いことになるから。
それはもう凄い威力なんだ。
殴られたことのある、僕にしかわからないことだ。
「ははは。第一支部の方々は愉快ですね」
一体誰のせいでこんなことになってるのやら。
顔が良いから許されてるタイプだ。
実際この顔じゃなければ一発お見舞いしているだろう。
「──にしてもあの男。まるで忍びのようだ」
とその横に並ぶように、仮面で鼻下まで隠した、同じ白の騎士装束を着た女性が現れた。
見た目では判断がつきにくいが、声は女性だった。
「確かに。君の故郷には沢山いたんだっけ」
「あぁ。拙者の国ではごく普通にいたぞ。それこそ、国からの追手は基本忍びだ。絡め手を使いあの手この手で殺そうと躍起になる彼らは非常に手強い、と聞く」
「はは! 実際に見たことないんかい!」
どっ、と笑って盛大に突っ込む青年。
そして二人で両手の親指と人差し指を拳銃に見立てて、
「「イッツ、ジョーク!」」
とおちゃらけた。
一番目は無反応。
僕とカリストは驚き、空いた口がポカーンと塞がらない。
「な、何よこのノリ」
「いやーはは。今、第二支部で流行ってまして。お気に召していただけたようで何より」
「今の反応どう見ても微妙だったわよね!? 私の見間違いかしら!」
「私から見れば大爆笑でしたが?」
「超ポジティブ!?」
なんてやり取りを交わして、青年は襟を正した。
「さて、それではご案内します。第一支部の方々。突然の悲報、心からお悔やみ申し上げます。そしてこれまでの旅、お疲れ様でした」
続々と背後からやってくるのは第二支部の仲間達だろう。
仮面を被ったミステリー女子に、
二メートルはある巨漢、
真っ赤に染まった癖っ毛をいじる女に、
どこか不満そうに風船ガムを噛む男。
そして、騎士服が最も似合う金髪の美丈夫。
総勢五人が僕らを出迎えていた。
「まずは歓迎をば、させていただきたい」
—
僕らが案内されたのは、誰もいなかった第二支部の教会だ。
というのも食事をまずは誘われたのだが、既にとったことを伝えると残念そうにしながら、中の案内をしてくれることになったのだ。
再び大きな鉄門の前にやってきた僕ら。
今度は八人という大所帯だ。
「っていうかなんでこの教会には人がいないのよ。参礼者いないの?」
「はい。この町、グレイスウェールズには天魔教の修道者信仰者共にいないようで」
「え、そんなことある??」
カリストの疑問は尤もだ。
仮にも天魔教は大陸で最も信仰されている宗教だ。
一人もいないなんてそんなことが果たしてあるのだろうか。
その疑問に答えるように青年は答える。
「ここは元から無宗教なのですよ。町を取り囲む山々のおかげで滅多に天災に遭うことはなく、湖で取れる魚達はどれも新鮮で美味しい。神に祈る時というのは、人がピンチに陥った時ですからね。そう言った風習がないのでしょう。この教会が出来たのも、魔殺しの子供達発足当初でまだ十五年前の話です」
その言葉にカリストは特に不服はないようで、ふーんと頷いて教会を眺めていた。
思えば僕らの教会も魔殺しの子供達が発足した当初作られた教会らしい。
まぁそもそも森の中。しかもエンドラインより向こう側にあるのだから、誰も参礼者など訪れはしなかったが。
「さぁこちらです」
大きな鉄門が、青年の取り出した鍵によって開錠し、ゆっくりと空いていく。
教会までの道は庭になっており、様々な花が咲いていた。
「アタシらは華の世話してくるから」
「はい。夜には帰ってきてくださいね」
「はーい」
そう言って、巨漢と女と仮面の三人は庭の方へと行ってしまった。
青年が残るのは案内役としてわかるが、さっきから風船ガムを膨らませては割ってを繰り返す、プチヤンキーみたいな子は必要なのだろうか。
なぜかガンを飛ばされてる気がするし……。
「ここが今日から私達と住む教会です」
開け放たれた教会の中、その中は僕らが所属していた第一支部となんら変わらない内装をしていた。
荘厳な石柱に、立ち並ぶ木の長椅子。
縦長の礼拝堂の終着点には女神と陽光に照らされるステンドグラス。
その女神の像の前にシスターの幻覚を見て、僕は目を擦った。
「懐かしい、な」
「そうね」
まだ二週間だというのに、もうその景色は過去のものとして記憶していた。
戻ることの無い、あの日々。
思い返せば辛いことの方が多い毎日ではあったが、大切な思い出だ。
「自己紹介が遅れましたね。私はここで第二支部のリーダーをやっています、リオ・ティグリスです。よろしく。こちらはダイル」
「チッす」
青年──リオは丁寧にお辞儀をして、彼がリーダーたる風格を見せてくれる。
対しダイルは態度悪く会釈もない。
全く、仲間だというのにこの違いは一体どういうことなのだろうか。
けしからん。
「積もる話もあるでしょう、もうお休みになられては」
「は。そんなわけないでしょ。自分の部屋作ったら修行よ。修行。私達はね、遊びに来たんじゃないのよ? 新しい職場に来ただけなんだから。っていうか、一番目。アンタ、本部から指示は来てないの?」
「それが第二支部に移る、っていう伝書鳩飛ばしていこう連絡が来ないのよねぇ。第一支部が消滅したのも果たして知ってるのか不安だわぁ」
「そんなことある……?」
呆れたように頭を抱えるカリストと、特に気にしてもなさそうな一番目。
対象的なニ人だが、心強い。
僕も戦えるようになったんだ。これからも二人と力を合わせて頑張らないと。
なんて。気合を入れていた時だ。
「な、ななななな」
リオがわなわなと震え出して。
そして、一番目の手を握った。
「貴方が第一支部の一番目!! またの名を白骸!!」
「え」
「戦場の悪魔を、白き鎧を纏って一体一体確実に仕留めていくその姿から名付けられたと聞いています! あーなんてことだ! まさかいらっしゃるのが貴方だったとは!!」
リオは感激のままに、ブンブンと握った手を振って、一番目はちょっと困り顔だった。
そんなことよりも、だ。
カリストの側により耳打ちする。
「なに、白骸って」
「私の小さな魔女みたいなものよ」
「いや! 全然白い鎧なんて見たことないけど!」
「事情があって出せないらしいわ。私も実際に見たことないし」
そんな物騒な名前が一番目についているとは思わなかった。
彼女が恐ろしく強いのは理解していたが、まさか二つ名まで恐ろしいとは。
僕も二つ名がつく時はカッコいい名前がいいな。
銀狼とか、白狼とか。そんな感じだろうか。
なんて妄想に耽っていると、リオが今度はカリストの前に来て、
「貴方のお名前をお伺いしても?」
「私はカリストよ」
「!? 小さな魔女!? あ゛っ……神よ。よもやこんな幸運があるなんて。第一支部の生き残りと聞いて、不謹慎ながらも期待していましたが、こんなビッグネームに会えるなんて!」
カリストもどうやら他支部からすると大人気らしい。
先程までの毅然とした姿はどこへやら、リオは身体をくねらせ新種のミミズみたいに喜びを体現していた。
その横でダイルも目を輝かせている。
なんだか僕も自然と誇らしい。
と、自然の流れというべきか。
リオは期待の眼差しで僕の方を見た。
「ということは貴方も……身長と性別から考えてまさか二番目!? しかし、彼は数年前に行方不明と聞きます……そしたら四番目! い、いや、彼はもっと暗い雰囲気を感じました。なら、六番目!? そうですね!!」
「……セクス!」
リオとダイルが物凄い期待の目で僕を見てくる。
眩しい……眩しすぎて本当のことを言うのが辛い。
「いえ、違います……」
「では、数字持ちではない、と? なんてことだ! 魔人の襲来に際してその才能を遺憾なく発揮したのですね!! 素晴らしい!!」
「いえ、それも、ちょっと……悪魔と戦ったことはないです」
「……? では、貴方は……」
「雑用です」
「……なんと?」
聞き返されるのは辛いものがある。
だがリオは本当に聴き間違えをしたんだと思って、驚いた表情をしている。
真実を告げて、少しでもこの期待の光を軽くしなければ。
自分で言うのは、かなり心苦しいけれど。
「なので、第一支部で十年雑用を、していました。魔人襲来の時は、よく覚えてないんです」
と、少し照れ気味で目を伏せて言った。
反応がない。
それは大変でしたね。とか、なーんだ、残念です。とか。
何かしら反応が来ると思ったのに、何もない。
だから少しだけリオの様子を伺って、
「──────────ッ」
息を呑んだ。
彼の表情は今まで見たどの表情よりも、憎しみに歪んだ顔だった。
或いは怒りか。
鼻白むというには、殺意すら感じさせる顔に僕は気圧されてしまった。
「──あぁ、行けません。私としたことが」
彼が顔洗うように揉み込むと、表情は戻っていた。
あの、気圧されるような殺気も。
なりを潜めた。
そして、行く道を指し示すようにリオは笑う。
「道の真ん中で引き留めてしまい申し訳ない。とりあえず、お部屋にご案内を」
彼の顔は確かに戻っていた。
だけどもう僕には、笑顔を切り取って張り付けたような、不気味な表情にしか見えなかった。
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