第三十三話 海賊の男
暗く、じめっとした雰囲気。
時々、ポチョン、と雨垂れが水溜りに落ちる音がする。
光源はカリストが出した、小さな魔術の光のみだ。手を伸ばせばすぐ手が付きそうなほど低い天井でゆらゆらとゆらめいている。
「俺ぁよ、話があるって言われたことはよくあるが、よ」
海賊風の男は悟ったように言った。
「まさかガキが大人を尋問するたぁ思わねぇぞ」
僕の正面、椅子に縛られた男は驚きを超えて呆れた風にそう言った。
ここは郊外の洞窟だ。
町を出ようとした時にまず、男の首をチョンと一番目が叩いて気絶。
ちょうど良い場所あるじゃーん、とカリストが喜び、洞窟の中に椅子を魔術で作り出し縛り付けた。
何とも恐ろしい手際の良さだった。
そして僕はといえば、
「うぅ……恥ずかしい」
狼化の反動で羞恥に悶えていた。
だって、俺とか言ってるし……頭を足で掻くし。
みっともないったらありゃしない。
「そんなことより、こいつがアンタを見て、みんな強いのか、と言ったのは本当なの?」
「そんなことって何ですか!! 僕にとっては重要ですよ!!」
「はいはい。後で聞くからねぇ」
「そんなぁ」
なぜか僕が悪いみたいな雰囲気だ。
一番目に子供みたいに撫でられて強制的に口を閉ざされる。
実際子供ではあるのだが。
男は事態を理解していないように、訝しみながら答えた。
「はぁ、確かに言ったけど」
「それってまるで、私たち以外に、強い子供を知ってるような口ぶりじゃない」
「……! なるほど、それが目的か」
男も察しが良いのか、カリストの言葉に顔を歪めた。
まるで嫌な記憶を思い出したかのように。
「──魔殺しの子供達に用事がある、ってことで良いんだよな?」
「話が速くて助かるわぁ」
カリストと僕が喜んでハイタッチ。
しかし一番目の言葉に、男の肯定的な反応は見えなかった。
視線を逸らして、噛み殺すように言う。
「盛り上がってるとこ悪いが、俺は力になれねぇよ。それと、アイツらに関わるのはやめておけ」
「どうして? それに僕らもべな──んぐ!」
「あ、お、おい。どうした?」
突如背後から口を塞がれ洞窟の外へと連れてかれる。
凄まじい力に抗えず、そのまま身を任せ、外で解放された。
「な、何ですかいきなり!」
「バカね! 魔殺しの子供達であることは基本口外しないのよ!」
「え? そりゃまた一体なぜ……」
「私達って良い目で見られてないからよぉ?」
三人で囲って座って始まる内緒話。
一番目は僕の疑問に優しく答えてくれた。
「基本的に孤児出身でしょ? 訳ありの子供達。だからそもそも世間は同情の目なのよ。それに加えて良い話を教会から聞かないからってのがあるわ。実験動物にされてるーとか、悪魔への生贄だー、なんて過激な人もいるのよぉ。だから基本的には口外しないほうが得なの」
「まぁ、公共施設に入る時とか門兵には身分を話すけどね。数字持ちくらいなら顔パスだけど、その他の構成員は任務の際に毎回教会の証明書を貰うのよ。ケンは任務に出たことないから知らなかったかもしれないけど」
「なるほど。そうだったんですね」
エンドラインはそもそも第一支部の必ず通過する経由地点だった。
だから特に言及されることはなかったし、奇異の目で見られることもなかった。
少し想像が足りなかったかもしれない。
僕らは憐れみの対象である。
世間一般で考えてみれば、確かに。
「そっか……僕はてっきり誇れる仕事をしてると、思っていたんですが」
「正式な手続きを経て教徒になったのなら誇られるでしょうけど、私たちは言うなれば攫われて教育を無理やり受けさせられた兵士よ。言い方は悪いけれど、生贄というのはあながち間違っていないわ」
「生贄……」
悪魔と戦う信徒の減少は著しかったという。
神に捧げた祈りで戦える術として昇華させているものは少ない。
それに比べて子供は生きるのに必死だ。
孤児であれば尚更。
生きるために祈り、祈りは力に、そうして多くの子どもが戦場から帰らなかった。
その現実を僕は────今初めて受け止めている気がした。
「おーい、もう良いかぁ? そろそろ疲れてきたんだがぁ」
と、時間が経ちすぎたのか。
縛られた男が痺れを切らして声を上げた。
「おじさんが呼んでるわ。そろそろ行かないと」
「とりあえず私たちは流浪の傭兵とかにするぅ?」
傭兵は子供でもいるらしい。
というよりも、修行僧とかであっても子供ならば師匠がついていることが多いとか。
確かに傭兵くらいが丁度良いのか。
少し物騒な気がするが。
「そしたらその設定で行きますか」
「よし、じゃあ戻るわよ」
と、皆で口裏を合わせた。
男はだらりと足を広げて、顔も少しだるそうだった。
「それで、おじさんはなんで魔殺しの子供達の事知ってる風な口ぶりなの? あの怯えよう、まるで最近会ったことがあるみたいじゃない」
「みたいじゃなくて、実際にあるんだよ。俺はとある依頼でこの町に来て、ブツを届けた。その届け先が──魔殺しの子供達の第二支部だった」
そこから語られるのは淡々とした出来事だ。
大した中身があるわけでもない。
ただ男は荷物を届け、その際に出会った魔殺しの子供達の話だった。
今から一週間前。
到着予定より早くついた男は締め出しを食らっていた。
『ここで良いのか?』
男は第二支部の教会前に来ていた。
教会に灯りはなく、人の気配はない。
だが宛先には第二支部と、確かに指定されている。
早く着いたとはいえ、出迎えもなければ、誰もいない。
何とも良い加減な話だった。
『とはいえ、呼び鈴もねぇし……』
荘厳な鉄門が男を迎えるだけだ。
押したり引いたりしてみるが、当たり前だが開かない。
しかし帰ろうにも今回の報酬がなければ、男は帰りの金がない。
と、荷物だけ置いて帰るのもなぁと思いだから袖に手を突っ込んで、袖に入るとは思えない人一人しゃがめば入りそうな巨大な木箱を取り出した。
『ったく。とりあえずここで待たせてもらうとするか』
なんて言って。
男は木箱に座って。
木箱がガタリと動いた気がして飛び跳ねた。
『な、なんだ!?』
ガタリ、ガタリと。
木箱が動いている。
まるで、生きているみたいに──。
それはきっと開けてはならないパンドラの箱だ。
だが男は気になって仕方ない。
恐る恐る手を掛けてそして、
『こ、コレは』
『行けませんね────覗き見は』
背後からかけられた言葉に、男は思わず振り返った。
月明かりが照らす、五つの人影。
三メートルはある巨大な影。
幾つもの触手を伸ばす影。
巨大な翼を広げる影。
大きな顎が開く影。
そして、一つの影が忍び寄る。
『運び屋バンジャック。凄腕と聞いていました。実際に大陸一つ跨いでここまで来た手腕は称賛に値しますが、幾分プロ意識に欠けるようだ』
『わ、悪かった! 俺は何も見てねぇからよだから』
ジリジリと忍び寄る影。
青年の声音は酷く静かで、恐怖を煽ってくる。
この状況、最悪の場合殺される。
『中身を見られてしまったんです。ならば──』
『ひ、ひぃぁっ!!?』
男は煙玉を出して、その場から逃走した。
人影は後を追うことはしなかった。
ただ闇の中から光る瞳をギラつかせるだけだった。
「と、俺の知ってることなんてそんなもんだ。大したことじゃねぇだろ?」
男はその時のことを思い出して、震えていた。
本当に命の危険を感じたのだろう。
ガタガタと震える姿はとても演技には見えなかった。
「やっぱりアンタ、収納の魔術が使えるのね」
と、話題とは全く関係のないことをカリストは、納得したように言った。
男は驚いて目を開く。
「おお、よく知ってるな嬢ちゃん。とはいえコレは偶々魔導書を読んだだけだ。他には何も使えないよ」
「とか言って魔術道具の指輪つけてるじゃなぁい」
「おいおい、そこまでお見通しかよ。すげぇな。本当に何者だよ」
男は先ほどまでの震えが嘘のように元気になる。
自身の魔術が看破されているのに何が嬉しいのかは分からない。
だがこれも演技には見えなかった。
カリストは感心したように頷く。
「魔導書。話には聞いてたけど読むだけで魔術を使えるようにする魔術道具ね。本当にあったんだ……」
「そうさ! 偶々だけどな。航海中に海に流れてた樽を拾ったら中に入ってたのさ!」
と、嬉しそうに語る男の言葉に、気になる台詞があった。
「航海、ってことはやっぱり」
「そうさ、俺様は、泣く子も黙る大海賊! に、成り損ねて。今は絶対安心安全、大陸間だってお茶の子再々、お安く手軽にどんな物でも、運ぶ運び屋! その名も、バンジャック・ギュゲス・エイヴリーだ!! シャカー?」
なんて。
高笑いをしながら、紐で縛り付けられた男──バンジャックはそう言った。
僕らに反応を求めるように目配せをしたが、理解できない僕らが停止してると、バンジャックは一人で勝手に叫ぶ。
「ブラー!」
「何よそれ」
「しらねぇのか! シャカ? っていうのは掛け声で、その後みんなでブラー! って言うんだぜ。どっかの大陸の挨拶だ。気に入って使ってる」
突然元気になってきたのは海賊の血が騒いでるからなのだろうか。
大海賊に成り損ねた、なんて話をしているわけだから、相応に海賊はしていたのかもしれない。
とはいえ、
「どうする? 憲兵に突き出す?」
「そうだね、イカサマもしてたわけだし」
「人も何人もヤッちゃってそうよねぇ」
「っぉおいっ!!? 待て待て待て! どうしてそうなる!」
僕らがどうするかの相談を始めると、バンジャックはガタガタ椅子を揺らして抗議した。
とは言ってもなぁ。
海賊って良いイメージないけれども。
「ほら! 俺はクリーンな海賊なのさ! 率先して人殺しをしたことはねぇんだ! 冒険が好きでよ、いざ海に繰り出したは良いが、バケモン見たいのがうじゃうじゃいてな。結局権力争いに負けてこのザマってわけだ。だからよ! 見逃してくれよ!」
「って言われてもなぁ。僕のことすぐ殺そうとしたしなぁ」
「そうです。海賊なんて、悪逆非道のすること。そう簡単に見過ごせるはずもないでしょう」
「そうそう。海賊は悪いやつだしね」
僕は頷いた。
だがどうにも聞き覚えのない声だった。
だから、カリストと一番目が、絶句しているのを見て、初めて。
僕の隣に知らない男が立っていることに気づいた。
「──ヒュ」
声が裏返り、息が詰まったように青ざめたバンジャック。
彼の様子も、現場の異常性を強く表していた。
僕の中の野生の勘が警報を鳴らしている。
隣にいる奴は──ヤバい、と。
同時になぜ気づかなかったのだと後悔した。
僕は金貨の臭いを辿ってバンジャックに辿り着いた。
そして、恐らくはそれを道標にギャンブルに負けた男もバンジャックを追跡したのだ。
それはてっきり、復讐のためと思っていたが、そもそも負けることを前提に臭いをつけることがあるのだろうか?
思い出す──おっさん一人をボコすって話じゃ! と言っていた仲間。
アレはギャンブルの勝ち負け関係なく、そもそも闇討ちしようとしていた計画の話だったのだとしたら。
そしたら。
バンジャックはそもそも。
「見つけましたよ。運び屋」
狙われていたのだ。
他でもない、魔殺しの子供達に。
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