第三十二話 これが狼化の力
「何よそのメリットって」
僕の言葉に、少女とは思えない残酷悪逆非道薄情の二人は停止した。
海賊風の男が悪いのは勿論だが、だからと言ってそれは見捨てる理由にはなりはしない。
少なくとも僕はそう思う。
だから本来なら逃すだけでも良さそうだが、
「ガキ……やろうってのか」
屍人も仰天な憤怒の表情だ。
イカサマされたのが相当お怒りな様子である。
それを理由に複数人でボコボコにしようってのも、違うとは思う。
とはいえ逃げても地の果てまで追いかけてきそうだ。
逃げるだけでは根本解決にはならない気がする。
「後で説明します。とりあえずこの場を」
「私はパスぅ」
「え!?」
身構えて、一番目のその言葉に思わず振り返った。
ひらひらぁ、と手を振っていつもの覇気はどこへやら。
本当に戦闘する気はないらしい。
「なら私もパスで」
「カリストまで!?」
戦闘装束であるマントと帽子をしまってしまうカリスト。
本当に二人ともやる気ゼロじゃないか。
なんて愕然としていると、カリストは詠唱を始めた。
杖の周りに魔法陣が展開され、杖先を地面へと当てれば、ちょうど路地裏がすっぽりかぶさるようにドーム状の結界が展開された。
「代わりに結界を張っておいてあげるわ。あの程度、ケンの力試しにはちょうど良いでしょう」
「え?」
「用意してあげたのよぉ、実戦の場を。それにぃ、今回はワンコ君の起こしたことだしぃ、自分でお尻を拭くってことでぇ」
可愛らしくウィンクするが内容は全然可愛らしくない。
思わず苦笑いしてしまったが、なるほど。
そういう意図があったのか。
「お、おっかねぇ嬢ちゃん達だな」
そんな僕の扱いに同情するように、隅っこで海賊風の男が体育座りで縮こまってる。
確かにはたから見ればスパルタなのかもしれない。
でも、今まで魔殺しの子供達に所属していながら責務を果たせなかったのは僕だ。
漸く、僕も力になれるというのだから──
「えぇ、良い師匠達です」
燃えないわけがない。
燃える闘志に呼応するように、狼化する。
獣を象徴する耳が、牙が、尾が出現し、爪は伸び、瞳孔は縦に広がる。
心も体も獣へと変えろ。
この先は──一方的な蹂躙だ。
—
ケンはそれぞれの敵の位置を確認する。
屋根の上に四人。
路地裏奥に四人、大通り前──つまりは背後に二人。
どの順番で制圧するかを、脳内でシミュレーションする。
「もうそろそろ良いかよ」
だが、ギャンブルで負けた男の堪忍袋はとうに切れていた。
未だに飛びかかるのを抑えていたのは、相手が子供だったがゆえだろう。
しかしもうその制約は意味をなさない。
彼の中でもう戦闘の号砲はなっていた。
剣を振り回す男に、ケンは笑みで持って返し、犬座り。
「ァォォォォォゥ」
狼の遠吠えが結界内に響く。
男の仲間達が何事かと狼狽えている。
男だけが、ケンを不穏分子として警戒している。
カリストらが実戦相手に選ぶわけだ。
これはあまりにも──
「子どもだからって────!」
「おい!」
屋根の上にいた仲間が静止するが、ボウガンを持つ臆病な男が先走って矢を放つ。
まっすぐ飛ぶ矢は、手ブレで放たれたものとは思えない正確さでケンの頭蓋目掛けて飛翔して、
「な────」
見事にケンに噛み砕かれた。
そして、最初の標的は──背後の二人。
ケンは振り返り腹筋に思い切り力を入れる。
「え──ぁぁぁぁぁっっ!? 足がぁぁっ!」
矢尻を口に含んでそのまま大通り前にいた一人の足目掛けて発射。
足を矢尻が弾丸の如く貫通し、一人の動きを止めた。
その一瞬で、地盤を蹴り砕き跳躍。
「は? ──がっ」
瞬きの間に移動したケンの姿は、常人からすれば瞬間移動と相違ない。
突如眼前に現れたケンに呆けたもう一人の男は、すれ違いざまに殴られて気絶。
壁を跳躍してそのまま屋根上へと躍り出る。
ボウガンの男はそのまま、跳躍の勢いを乗せた回し蹴りによって吹き飛ばされた。
「うわぁぁぁぁぁっっ!!?」
隣いた男が半狂乱気味で剣を振り翳す。
しかしそんな冷静な対処が出来ていない素人の剣は、ケンからすればあまりに遅い。
その剣が振り下ろされるより先に拳を突き出して、男を突き落とした。
「アイツ!! ガキだからって油断すんな!!」
「おう!」
屋根上、反対側の二人が杖を構えて詠唱を始めていた。
杖先に集まるエネルギーは炎と風。
攻撃に扱われる一般的な魔術の属性であり、破壊力は炎が、斬撃や刺突属性を考慮すると風の方が強い。
屋根上の魔術師二人はそれぞれが対処されないよう、最も火力の高い攻撃魔術による攻撃を選択したのだ。
彼らの選択肢の中では最善手であったが──
「第二階位術式・炎弾」
「第二階位術式・風刃」
無駄な一手であることを知らなかった。
術師の杖から放たれる炎の弾に風の刃は、空間を焼いて、切り裂く。
初級術式にして、充分な殺傷能力を持った術だった。
「狼魂の──────」
それを見て、ケンは思いきり息を吸い、そして。
「遠吠!!」
破壊の振動波を放つ。
指向性がある破壊の咆哮は、容易に下級術式を消し去ってそのまま屋根上の術士を一掃した。
十全たる結果にケンは舌舐めずりし、残りの標的を見据えた。
「残り、四」
その姿は正に悪魔。
遥か彼方の森林には獣人と呼ばれる戦闘民族がいるとされているが、童話に出るどの獣人より恐ろしい。
男達には、かつて童話で見た狂戦士の姿を重なってみえていた。
「バケモン……」
「ただのガキじゃねぇのか……?」
「おい! 話が違ぇぞ!! おっさん一人ボコすって話じゃ──」
「黙ってろ!!」
仲間が狼狽える中、ギャンブルに負けた男は冷静だった。
頭上から見下ろされる狼化したケンの威圧感は子供のそれではない。
間違いなくマズイものに関わってしまったと、心の中で頭を抱える男。
これと言うのもあの子供に騙されたのがきっかけで──。
「よそ見すんなよ」
「あ」
気を散らした瞬間だ。
屋根の上から瞬間移動するようにケンは、男の前にいた。
その瞬間、男は剣を振り上げるでも叫ぶでもなく、
「参りました」
カランカラン、と乾いた金属音が響く。
男が剣を手放して、両手を上げていた。
悪魔との戦い最前線で鍛え上げられた最強二人を師匠に添え、悪魔の能力を使いこなし始めたケン。
戦闘慣れしていない素人ではあったものの、十人相手に素晴らしい活躍を見せたと、カリストと一番目は誇らしげであった。
男達は縛られて身動きを取れなくされていた。
海賊風の男はそれを腕組みして、なぜか誇らしげに眺めている。
一方、ケンは二人の横で犬座りして頭を足で掻き掻き。
カリストはそれを見て目を細くした。
「ちょっとまだ戻らないの?」
「しゃーねぇだろ。狼化へ自由に移行は出来るようになっても、戻るのはむずいんだよ」
「口調も荒っぽいし……」
エンドラインでのシスターとの戦闘を経て、ケンは以前とは比べものくらいに能力を扱えるようにはなっていた。
だがそれでもまだ自由自在とまではいかないようだった。
くるまって寝ている姿は狼というよりは犬だった。
「まぁまぁ、これはこれで可愛いからいいじゃないのよぉ」
ふふふ、と口を押さえて可笑しそうに笑う一番目。
反してカリストはぷんぷん頭から蒸気を噴射する。
「いや、話進まないから! ケン! ほら起きなさい! せめて何であの男を庇ったか、だけでも教えなさい!」
「えー、何だっけなぁ」
気だるそうに考え始めるケンは、うーんとえーっとと、繰り返して悩みに悩んだ後、そうだ! と飛び上がった。
「そいつさ。確かに言ったんだよ、ガキってみんな強いのか、って」
「……何ですって?」
ケンの言葉にカリストは眉を顰めた。
楽しげに笑っていた一番目も、真剣な表情に変わった。
「そこのおじ様ぁ? お話ししたいことがあるのよぉ、時間はある?」
「え、ま、まぁ急ぎの用はねぇぞ」
海賊風の男はポリポリと頭を掻いた。
四人は路地裏を出て、静かに話が出来る場所へと移動した。
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