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魔退の悪魔憑き  作者: UMA20
第三章 混成海賊奇譚 第三の手を知ってるか
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第三十話 グレイスウェールズ


 吹き抜ける風は初めて体感する爽快さがあった。

 髪を、頬を、体を突き抜けて、ただひたすらに速く。

 パカラッパカラッと、(ひづめ)が地を叩く音が心地よい。

 臀部(でんぶ)から伝わる振動も速さに見合わず優しいものだ。


 恐らく、きっと、()が気にかけて調整してくれているのだろう。


「もうすぐ着くわぁ」


 先頭を走る黒馬に乗った一番目(ウーヌス)が、余裕な様子で振り向く。

 返事をしたいところだが、僕にその余裕はない。

 今でこそ、カリストの腹にしがみついてなんとか振り落とされないようにしているのだ。


“加護”なる魔術の力で落ちる危険は絶対にないらしく、カリストは僕のことを馬鹿にしていた。

 僕は彼女にしがみついている形なので、顔は見えないがきっと余裕の表情なのだろう。


「ふひ、ふひひ。もう少し、かかると思っていたんだけど、速かったわね」


「顔緩みすぎよぉ」


 そうして風に乗るような心地で身を任せ、数十分。

 僕らが乗っていたユニコーンが停止した。


「ほらもう降りて大丈夫よぉ」


 ひと足先に降りた一番目(ウーヌス)がそういって、馬上の僕に手を差し伸べてくれる。

 恐る恐るその手を取り、僕はゆっくり降りた。


 感じる風はユニコーンに乗っていた時と比べれば優しいものだったが、心を和らげる心地よいものだった。

 新たな大地の風を受け、目を開けたそこには。


 巨大な山々に囲まれ、大きな湖に隣接するように作り上げられた町があった。

 その名も“グレイスウェールズ”。

 僕ら三人はエンドラインを離れ、第二支部(セカンド)がある町に到着していた。


 —


『寂しくなるねぇ』


 エンドラインに滞在して約一週間。

 シスターワテリングによる村の損傷は激しく、すぐの復旧は難しいとされていたが、カリストの魔術で解決した。


 エンドラインまで来る間に建設していた土魔術による仮寝床の精製。

 それを村の壊れた全ての家を対象に実行し、更に小さな岩巨人(ゴーレム)を一〇〇体使役する。

 それにより村の復興は従来の数十倍の速度で行われた。


 村の人々は歓喜したが、村長のパイドラだけは浮かない顔をしていた。


『アンタにゃ返すもんが何もなくて申し訳ないよ。せめてコレを』


 そういって手渡されるのは手作りのお菓子だった。

 平たく言えば、満月のような形をしている饅頭まんじゅうだ。

 初めて見る月餅(げっぺい)にカリストはハテナを浮かべる。


『それは月餅(げっぺい)。まぁとりあえず美味いもんだ。腹の足しにはなってくれる』


 ここの甘味はあってもドライフルーツのような素材の味をそのまま食べるものが多く、こういった加工品はほぼ見当たらない。

 それだけでその月餅(げっぺい)が大変貴重なものというのは理解出来た。


『ありがとうございます』


『なに、礼はいらない。コレでも足りないくらいさね。まぁ、そこの嬢ちゃんにはそれなりに返せたと思うがね』


『……』


 視線の先、一番目(ウーヌス)は何かを確かめるように手を開いたり閉じたり。

 確かな感覚があったのか、笑顔でパイドラに返事する。


『少しばかり強くなれたかもねぇ』


『はん。言いよるわ』


 飄々(ひょうひょう)とした一番目(ウーヌス)が面白くないのか、パイドラは呆れた顔をしていた。


『パイドラ姉さん! アタシは悲しいよ!!』


『おまえさんは泣きすぎだよ……』


 その横でひたすら涙を拭う二メートルの大女。

 マキラはこの一週間で二人と、特にカリストと仲良くなっていた。

 岩巨人(ゴーレム)を指揮するカリストを肩に乗せ、村のあちこちに向かうのが楽しかったのだ。

 その記憶を思い出し、マキラは泣いた。


『だってあたし! 突然変異だって虐められて、グレてパクられて脱獄して拾われてえーん!』


『あぁ嫌だ嫌だ。大の大人が泣くんじゃないよ。碌な子供時代を送ってないから精神はまだ子供ってことかね』


 耳を塞ぎ、苦い顔をするパイドラにはそれでも愛情があった。

 パイドラがなぜ、ここの村長となったのか三人は知らなかったが、少なくとも悪い人でないことだけは感じとっていた。


『ま、何か困ったことあったらいいな。アタシら全員、飛んで駆けつけるさ』


『もちろんだぜ!!! えーん!』



 ☆



 なんてやり取りがあって。


 そのすぐそばで一番目(ウーヌス)が待機させていた黒馬バイコーン白馬ユニコーンに乗り約数時間。

 地上だけでなく空の上も走り、三人で愉快な移動時間を楽しんだ末にやってきたここ、“グレイスウェールズ”。


 そこを一言で表すならば、自然豊かな町、だろう。

 エンドラインは鋼鉄の壁に、ボロボロの家が立ち並び、なんだか危なそうな人たちがどんちゃん騒ぎをしている場所というのを考えるととても殺風景だったし、絶景と呼べる場所はなかった。


 そう思えば、ここグレイスウェールズは、


「この町そのものが絶景だ……」


 そう思ってしまうほどの景観の良さ。

 周りを取り囲む山々は自然の壮大さを感じさせ、すぐそばの水源も所々舟が浮いていて観光地としても賑わっていそうだ。

 よく見ると湖の上には島もあった。


「そう言えばケン。体調の方はどう?」


「え? あぁ──あのこと、ですか……」


 (おもむろ)に問われたその内容は直接言われるまでもない。

 僕が幼児化してしまった時のことをカリストは言っているのだ。


「記憶はあります。でもどうやって治したのか、覚えてなくて……」


「また寝たら治ってたんだもんねぇ。せっかく可愛かったのにぃ」


「う。また思い出したら気分が……」


 一番目(ウーヌス)の言う通り、宴の次の日、僕の変化は戻っていた。

 どのようにしてその変化を戻したのか、僕は全く記憶にないのだが、それまでの過程はよく覚えている。


 一番目(ウーヌス)のことをお姉ちゃんと呼び、ベタベタと甘え、カリストに抱っこをせがんでいた。

 まさしく子供。或いは赤子だ。


 もうあんな事はしたくない。


「ま、まぁ、良いじゃない。戻ったんだから。ほら、さっさと第二支部(セカンド)にいきましょ」


 妙に急かすカリストに若干の疑問を浮かべながら僕ら二人はついていくことにした。

 僕らを乗せてくれた黒馬バイコーン白馬ユニコーンに手を振って別れて、丘を降りて町に向かう。


「私たちも随分仕事をしていないから、説教されないと良いけど」


「こっちは被害者よぉ? そもそも向こうから使者が来ないのも変な話だわぁ。連絡はしてあるはずなんだけどねぇ?」


 それもそうだ。僕らは突然の悪魔の強襲で仕事場を失ったと言うのに、上からの指示は何もない。

 それどころか自分で次の職場に来い、とはなんとも子供使いが荒いと言うか、何と言うか。


「とりあえず教会に着いてから、と言ったところかしらねぇ」


 僕とカリストは頷く。

 何はともあれ、僕らは魔人と悪魔憑きという二つの脅威を排除して、ここまで来た。

 例え何が起きても、大体何とかなるだろう。


 そんな楽観的な発想で教会に向かい、


「どういうことよ! 教会が留守って! 信じらんない!」


 誰もいない教会を後にして、食事処に来ていた。

 リンゴジュースを酒でも飲むように飲み干して、顔真っ赤に怒るカリスト。

 怒る気持ちが分からないでもない。


「僕らは町の教会じゃなくて、森の教会だったもんね。普通の教会だと人がいるのは当たり前なんですか?」


「うーんまぁ基本はねぇ。迷える人を救うのが教会の人の仕事だしぃ? 少なくともゼロってのは、おかしい話ねぇ。あら、美味しいコレ」


 特産だという湖で採れた魚とサラダを口にして、頬を抑える一番目(ウーヌス)

 確かにここの料理はとても美味しい。

 特に魚だ。脂はよく乗っているし、パサつかない。


「水源としてそんなに豊かそうには見えないし、特段寒くもないような」


 魚が美味しくなるには気温が低下し、寒さに耐えるためたくさん栄養をつけて脂肪を蓄える。

 それにより脂が乗るという現象が起こると聞いたことがある。

 海のような寒くなりやすい場所ならまだしも、こんな湖で取れる魚がここまで美味しいなんて、とても不思議だった。


 と、その時だ。


「ハッハー! ヨーソロー!! また俺の勝ちだ!!」


 お店の奥で一人の男が両手をあげ、歓喜に叫んだ。

 自ずと店内の視線が集中し、僕らもまた男を見た。


 青のジュストコールに白いシャツ。ブカっとしたズボンにブーツ。

 髑髏(どくろ)のマークが描かれたツバ広の帽子が特徴的で、その格好は童話で見た海賊のようだった。

 髭は長いこと処理していないのか伸び散らかし、目の下にはクマができて不健康そうな男。


 その男の前で、もう一人の男が悔しそうに机に顔を埋めていた。

 男の喜びようとシチュエーションから、何か賭け事でもしていたのだろうか。


「悪りぃな。勝負は勝負だ……貰ってくぜ」


 へへ、と机にある金貨を持って行こうとすると、


「待て、待ってくれ」


 机に顔を埋めていた男が、海賊風の男の腕を掴む。


「もう一度、だ」


「良いねぇ……」


 その言葉に海賊風の男は口の端を上げて、承諾した。

 随分と自信があるのだろう。

 それにしてははぶりがあまり良くなさそうではあるが。

 完全他人事で魚のムニエルを食べているとボソッとカリストが言う。


「イカサマしてるわよあいつ」


「イカサマしてるわねぇ」


「えぇ!?」


 二人はその様子をしかと見ていた。

 だが、僕には海賊風の男がイカサマをしているようには見えない。

 賭けの内容は簡単だ。


 お椀の中にサイコロを振込み、その数の得点で勝負するものらしい。


 何度目かは知らないが、再び始まったそのギャンブルの行く末は予想するまでもなかった。

 再び負けていた男は机を思い切り殴った。


「嘘だ!!! 三回連続六のゾロ目、だと!!!」


「はっはー! こりゃあ運が俺様に味方しちまったぁようだなぁ」


 ひらひら踊りながら煽る、海賊風の男は調子に乗っている。

 だがそれもそうだろう。

 パッと見ただけでも十枚以上の金貨を握っている。


「ほら、イカサマしてたわね」


「見事ねぇ」


「え!! 今しっかり見てましたけど、どこがイカサマなんですか……?」


 カリストはつまらないと言うふうに男の指を指した。

 そこには銀の指輪がつけられており、僕の目から見ても異様な雰囲気を感じさせた。


「あの指輪に魔術がかけられてる。或いはあの指輪自体が何かしらの魔術を、所有者に使えるようにしてくれるアイテムね。インチキも良いとこだわ」


「そんな!!」


 男はもう敗北した男が勝負を仕掛けてこないところを見ると、つまらなそうにお店を出て行った。

 お金を搾るだけ絞って退散だなんて……卑怯な。


「多分すり替えか、透明化かのどちらかねぇ。全く、こういうギャンブルにハマる男はよく分からないわぁ」


「酷い!!!」


「ま、こんなこと日常茶飯事よ。他人の振り見て我が振り直せ、なんて言葉がどこかにあるらしいわ。ケンも見習って……見習って……ケン?」


 カリストが声をかけても返事がないのは当たり前だった。

 二人の言葉を聞いた僕は、既にイカサマをしていた男を追いかけて、店を飛び出していたのだから。


読んでいただきありがとうございます。

少しでも“面白そう”と“続きが気になる”と感じましていただけましたら、『ブックマーク』と『評価』の方していただけますと幸いです。

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