第十八話 こちらを覗く深淵の名は
「な、何よこれ」
爆心地に到着したカリストは、眼前の光景に思わず言葉を失った。
黒煙を噴き上げるボロ家は皆、住人自らによって破壊されている。
虚な目で、正気と血の気を失った──屍人の大群によって。
その元凶の心当たりは恐らく、カリストと一番目にしかないはずだ。
ここはあくまで国に追われ、表舞台に居場所を失った大陸の逃げ場所だ。
魔物が最も多く発生し、悪魔も姿を現すと言われるこの場所に好き好んでやってくるものなど、居場所がないものだけである。
つまりここにいるほとんどは、悪魔に対する戦闘能力などない。
せいぜい力ない人間にいきがることしかできないチンピラの集まりだ。
そんな奴らが魔物の大群に勝てるわけはない。
屍人は確かに力が弱い。
特殊な能力も保有していない歩く屍だ。
だが、恐怖は与えてくる。
生気を失った瞳、リミッターの外れた腕力から繰り出される馬鹿力。
痛みを恐れず、死を恐れない彼らの姿は、常人が正気でいるにはあまりに不気味だ。
実際、門近くで大発生している屍人の多くは初撃で首を落とされ死んでいる者も確認出来ているが、徐々にその数に押されて住人は逃げ惑っていた。
屈強な男たちが、誇りも何もかも捨てて逃げていた。
「邪魔だ! どきやがれ!」
「あっ」
娼婦の女性が男に突き飛ばされ転ぶ。
身体の線が細い彼女らなど、一般男性が少し押しただけでも倒れてしまうか弱さである。
盛大に転んだせいで足を挫いたのか、女はすぐに立てなかった。
背後でする呻き声に振り向けばそこには口を開けた屍人がいて、女は死を悟り目を瞑った。
「岩巨人精製」
しかし、彼女に覚悟した結末が訪れることはない。
恐る恐る目を開くと、眼前は岩壁がせりあがっていた。
否。正確には彼女の足元から岩の手が出現し、彼女に襲い掛かろうとした屍人を握り潰したのだ。
「怪我はない?」
「あ、貴方は……」
空から現れるツバの広いハットに黒のマントという奇天烈な格好をした少女。更に言えば珍しい黒髪のツインテールをたなびかせたカリストは、女からすれば紛れもない救世主であった。
くるぶしに手を当て、治癒魔術で手っ取り早く治療する。
「ほら、さっさと行った。あんたがいても邪魔なだけよ」
救世主にしては、怪我人に対してだいぶぞんざいな扱いであったが、女は深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
パタパタと走っていく女を見届けて、カリストは溜息を吐く。
「炎魔術使っちゃうと、家燃えちゃう……わよね。また土魔術でなんとかしないとか」
カリストの炎魔術は広範囲殲滅には向いているが、各個撃破には不向きだ。
しかも乾いた建築物が多く、引火しやすいこの場所で炎を扱うのは二次被害の心配をしなければならない。
こういう時は風魔術が扱えると非常に楽に対処できるが、生憎カリストに適性はなかった。
「いいんじゃなぁい?」
その事を嘆くと、横にすたりと一番目が降りてきた。
既に何人か倒したのか全身血塗れになっている。
「今まで炎魔術ばっかり使ってたんだからこれを機に戦闘の幅を増やすとかぁ」
「別にサボってたわけじゃないわよ! でもこの規模、確かに土魔術の方が良さそうね」
雑談を交わしながら、襲いくる屍人を退治する。
カリストは岩巨人による圧死と杖で殴ることによる祈祷術の直接の打ち込み。更に祈祷術の光線や斬撃で応戦する。
対して一番目は変わらず体術で華麗に敵を捌いていく。全てが一撃必殺の攻撃で、一度でも拳が、蹴りが屍人に命中すれば即座に爆発した。
「ねぇ、この屍人って」
「ええ。十中八九、ドゥルキュラの関係者でしょうねぇ」
二人で背を合わせ、油断と隙をなくす。
一番目と八番目という順位の差がありつつも、彼女らのコンビネーションはぴったりであった。
「ケンの可能性は?」
「私が居ない日の夜に外に出ていた可能性を考えると否定は出来ないけれどぉ、そのあたりどうなの?」
「……多分、大丈夫だと思う」
カリストは自分の首筋を押さえた。
しっかり治癒魔術で跡は消したが、今でもあの時の感触は色濃く記憶に刻まれている。
その言葉に一番目は頷いて、
「ならとりあえず今は屍人を倒して、主を探すとしましょうかぁ」
「そうね! それが一番──」
「────でりゃあ!!!」
と、今後の方針が決まったところで、突如爆発のような地響きが轟く。
二人で振り向くとそこには、
「おや! 昨日のお客さんじゃあねぇかい!」
「なんだ、知り合いかい」
巨大な大木を持つ、そこらの男より筋肉が付いた二メートルの大女。
“御袋亭”にいた用心棒のマキラと傍らに老婆が一人いた。
「いや。子供が珍しいんで覚えてた!」
「確かにねぇ。こんな若い娘らはまぁ珍しい。しかもこの強さ、あんたら魔殺しの子供達だね?」
初めて所属組織を当てられた二人は顔色を変える。
その変化を見て、違う違う、と手に持つ杖を振って老婆は否定した。
「勘違いするな。あたしはパイドラ。ここエンドラインの、まぁ顔みたいなもんさね。またゴロつきどもの喧嘩と思ってマキラを連れてきたらこの有様だ。とっとと店の娘連れて逃げようかと思っていたが、あんたらがいるなら話は別だ」
「別に、頼まれなくても私達は魔物を倒すわよ」
「は。バカ言っちゃあいけないよ。大人が子供に対して、無償を行うのは良いが逆はいけない。魂が腐るからね。だからコレは、あたしの勝手さ」
「でも、おばあさん。貴方戦えるのぉ?」
一番目の疑問はもっともだった。
背後に控えるマキラなら兎も角、パイドラは杖をつく普通の老婆である。
腰も曲がって、歩くのすら辛そうな人間が戦えるとはとても。
「ホアタッッ!!!」
と、二人が思った瞬間だ。
その場から跳躍し、屍人目掛けて飛び蹴りを放ち、更には周囲の屍人も見事な体捌きで頭だけを破壊してみせた。
その動きは一番目が扱う体術そっくりであり、宗派は違えど同じ戦闘スタイルである事は一目瞭然だった。
「気術……。体内の魂を具現化して相手にぶつける術」
だが根本が違った。
一番目が語る気術は魔術、気術、祈祷術と分かれている三大術系統のうちの一つだった。
一番目は祈祷の力を直接魔物に撃ち込むことで魔物を爆死させるのに対し、パイドラはその技術で首を斬るか頭蓋のみを粉砕する。
両者共に同じ戦闘スタイルでありながら、全く違う屍人の攻略法であった。
「伊達にこの村の顔やってないさね。それに」
跳躍の際、宙へと飛ばした杖は屍山の中心に立つパイドラの手元に舞い降りる。見事に杖をキャッチして、パイドラは不機嫌そうに振り返る。
「おばあさんじゃなくて、お姉さん、だ」
—
「暇だ……」
カリストに命じられたは良いものの、やることが何もない。
近くにあったお店の椅子に座り、大人しく待機しているが、既に住民達は何度も起きる爆発に逃げていってしまった。
今僕のそばに居るのはカリストの作った岩巨人のみ。
なんとも歯痒いものだった。
魔殺しの子供達として、本来なら悪魔や魔物を退治する責務がある。
今回の騒動が悪魔由来のものである可能性も否定は出来ない。
僕が多少なりとも戦力になれば、2人について行けたのだろうが、今の僕にその力はない。
「せめてお前くらい強ければ、戦えたのかね」
「…………」
「硬いし、強いし、再生するし。もしかして、僕が次に目指すのは、ゴーレム!?」
「…………」
「ま、喋らないよねぇ」
なんて。一人茶番をして暇を潰す。
爆発はもう起こらなくなったが、カリスト達が帰って来ないのが気になる。
何かあったのだろうか。
心配だが、僕が下手に行動すれば彼女達の足枷になる可能性の方が高い。
今はとりあえず、カリストの言うことを聞いてその場を動かないように。
「ん、また、頭が……熱い」
痛み、はないがすごく額が熱い。
この熱さに集中すると周りの風景が鮮明に見える。
まるで地図を上から見たような立体感を感じ取ることができて、不思議な感覚だ。
第二の目と言ってもいいかもしれない。
もしかするとコレも能力の一つなのだろうか。
と、その熱と新しい感覚と格闘していると、ふと気づく。
自分が見ている立体的な世界の中に一人立つ誰かの存在を。
その誰かは建物を挟んで僕を見ている気がした。
「でも、住人はみんな逃げたはずじゃ……」
恐る恐る建物の陰から様子を伺う。
修道服を着た女性が道のど真ん中に立って、こちらを見ている。
だがそんなはずはない。
この道を修道服を着た女性が歩いていたことは無いし、もし歩いていたら遠くでも僕は見つけるだろう。
何せ教会で働いていたのだ。
他の誰より修道服には敏感である。
それに修道服を着た女性となると──
『ケン』
彼女を思い出す。
あの痛みを伴った十年間は忘れようとしても忘れられるものでは無い。
「そんなことは後だ。一先ずここから避難させないと……」
いつあの爆発がこちらにやってくるとも限らない。
そうなれば、戦う手段のないものはたちまち危険にさらされるだろう。
今、最前線に僕が行けないのならば、せめて民間人を救助するくらいはしなければ、魔殺しの子供達の恥晒しである。
「ここは危険ですよ!! 早く逃げてください!」
遠くから呼びかけてみる。
だが彼女は銅像のように微動だにしない。
普通大声で呼びかけられたら、自分かな? と、反応を見せるものだが、身じろぎ一つしない。
「危ないですよ! 逃げてください!」
僕は彼女に駆け寄って、直接注意することにした。
修道服の女性は身長が高く、僕を見下す形で対面することになった。
「ちょっと……聞いてます──────か」
だから。
僕は彼女の顔を容易く覗き込んで、
その見覚えある顔に絶句した。
「しす、たー……ワテリング?」
忘れもしない。
十年間、僕を育ててくれた親のような存在ワテリング。
子供ながらに理解する美しい顔の輪郭と造形に、艶めく黒髪と聖母の如き優しさで多くの人々を救ってきた。
僕は彼女の期待に応えられず、厳しさの面でその優しさを受けていた。
だからこそ、誰よりも、彼女のことを見間違えるとは思えなかった。
「貴方……は」
「生きてたんですねシスター! 心配しました……ドゥルキュラの一撃で、死体も見つけられなかったので……口惜しい気持ちでしたが、まさか生きているなんて! あぁ、早くカリストと一番目に報告しないと」
「一番目……カリスト……?」
「そうです! 二人とも生きているんですよ! シスターも会いたいでしょう。今すぐに二人の元へ──────」
と。
二人が飛び去った先に走ろうとして、不意に腕を掴まれる。
「……シスター?」
「あな……お前。オマエが」
僕はその時初めて知った。
彼女が既にワテリングでないことを。
彼女腕力が僕の腕をへし折るレベルに強くなっていたことを。
彼女の瞳がないことを。
そして、
「ワタシの花を奪っタのカァッッ!!!」
その眼窩の奥から覗く深淵の闇を。
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