表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/101

92 『伯方島』と『細川軍』

 1542年9月初旬。


 次郎は、島吉利とともに、能島・村上水軍の拠点の一つである伯方島はかたじまを訪れていた。


 伯方島は史実では江戸時代に『伯方の塩』で名を馳せる塩の産地である。


 次郎がこの地を訪れたのは、河野家との戦争に一区切り付いたからだ。


 1週間前、正重率いる楠予軍は河野軍との戦いに勝利した。

 数はどちらも2500と同じであったが、楠予軍と比べると河野軍は兵の質も士気も格段に低かった上、砦を救援するため楠予軍に正面から戦いを挑んだ。

 結果は、楠予の赤備隊とロングボウにより河野軍は圧倒された。

 この戦いで河野家重臣、和田通興は討ち取られ、平岡房実は重傷を負った。


 楠予軍の勝利の報せは、直ぐに楠予屋敷へと届けられ、次郎の耳に入った。

 そこで次郎は河野家との戦争は、もう心配はないと判断し、源太郎の許可を得て島吉利の元へ向かう事にした。


――目的は製塩法の伝授である。


 1年半前、楠予家は塩の製塩を始めたが、それは従来とは異なる方法だった。

 1年後、楠予家は作った塩の販売を領外でも開始し、安さと質の良さで市場を拡大させた。


――これに村上水軍が反応した。


 村上水軍にとって塩は重要な交易品のひとつであり、輸送と保護を担う彼らが気づかぬ筈がなかった。


 村上水軍は楠予家の塩が安い理由が、塩を大量に作れる製塩法にあると突き止めた。

 もし村上水軍でも塩を大量に作れるようになれば、これほど美味しい話はない。村上水軍の上層部は、楠予家と懇意にしている島吉利に目を付けた。


 周りから圧力をかけられた島吉利は、やむなく次郎に『新しい製塩法を教えて欲しい』と頼んだ。

 普通ならば『無理!』と突っぱねられる要求であり、たとえ次郎が了承しても、楠予家が認めない可能性は高かった。

 ゆえに吉利は、出来る限りの条件を飲むと次郎に伝えた。


 そして楠予家と村上水軍の間で以下の契約が結ばれた。

・伯方島で得られる塩は、楠予家直属の塩商人に優先的に供給すること。

・将来、楠予家が交易船や軍船を造ることになった場合、造船技術者と航海の人材を派遣すること。


 この契約は、安価な塩によって損をした者たちの恨みを分散させ、後に楠予に大きな利をもたらした。


 また次郎は塩の販売に伴い、商業奉行の管理システムを再構築している。


 商業奉行の下には現代風の呼び名で部門が置かれ、その下には部署が置かれた。


 次郎は以下のように、部門を一つの会社に見立てて組織を構築した。

ーーーーーーーーーー

★商業奉行

 └ 塩部門

   ・総務部署

     - 人別課

     - 勘定課

     - 記録課

   ・製塩部署

     - 製造課

     - 品質課

     - 技術課

   ・塩販売部署

     - 営業課

     - 市場課

     - 広報課

 └ 輸送部門

   ・総務部署

     - 人別課

     - 勘定課

     - 記録課

   ・輸送部署

     - 船舶課

     - 陸送課

     - 倉庫課

ーーーーーーーーーー



 島吉利が浜を眺めながら訊ねる。

義兄弟じろう、本当にこの伯方島はかたじまの地形が塩を作るのに向いているのか?」


 次郎は頷き、浜を見渡した。

「はい。広い砂浜に潮風と日照――これほど塩田に適した地はそう多くはございません。ここなら新しい製法も大いに活かせます」


 この時代に広く行われていたのは『浜塩』と呼ばれる製塩法であった。

人が海水を砂に撒き、乾かして塩分を付着させ、砂を集めて海水で洗い、濃い「かん水」を得て煮詰める――。

つまり膨大な労力を要し、規模が小さくなるため、得られる塩の量も限られていたのである。


 一方、次郎が楠予領の浜で用いているのは入浜式塩田であった。

 江戸初期に普及した揚浜式をさらに改良し、海水を人力で汲み上げて撒く方法から、潮の干満を利用して自然に塩田へ引き入れる仕組みへと変えたのだ。

 その結果、労力は大幅に削減され、小規模にとどまっていた塩田が、一挙に大規模化し、大量生産を可能にした。


 この製法は一見すれば容易に真似できそうな技術であるが、実際には見ただけで盗めるものではない。

その理由には

★地形選定の難しさ

★土木技術の複雑さ

 • 堤防の築造

 • 塩田面の高さ調整(満潮・干潮の中間)

 • 浜溝や排水路の設計

★水管理のノウハウ

などがある。


 吉利が質問する。

「それで塩田は、どのくらいで出来るのだ?」


 次郎は指を折りながら答えた。

「堤防や水門、排水路の築造に加え、塩田面の高さを潮の干満に合わせて調整する必要があります。

 高度な土木工事が伴いますので、早くても1年、通常なら2年はかかりますね」


 吉利は項垂れた。

「2年か……もっと早くならないのか?」

「そうですね、小規模から始めるなら可能ですよ。小規模塩田から得られる経験もありますし、そうしますか?」

「おおっ、ならばそうしてくれ!」


ーーーーーーーーーーーーーーー

 1年半前、次郎も小規模な塩田から始めた。

 小規模で始めるメリットには次のようなものがある。


• 工期短縮

半年程度で完成可能。まずは「試験塩田」として成果を確認できる。

• 技術習熟

村人や水軍の人足が工事や水管理のノウハウを学び、次の拡張に活かせる。

• リスク分散

失敗しても損害は限定的。地形や潮の条件を見極める実験場になる。


大規模化の流れ

1. 初期段階(半年)

小規模塩田を造成。生産量は限定的だが、新技術の効果を確認。

2. 拡張段階(1~2年)

成功を受けて堤防や水門を増設し、塩田面を広げる。労働力も増員。

3. 定着段階(数年)

大規模塩田が完成し、村単位での大量生産が可能になる。市場シェアを一気に拡大。

ーーーーーーーーーーーーーーー


 話し合いがひと段落つくと吉利が言った。

「そう言えば、次郎は造船を始める気なのか? 契約した起請文に書いてあったが……」


「はい、いずれキャラックと言う長距離交易向けの異国船を作る気です。一隻で数千貫文から1万貫文ほど費用がかかるので、今は作れませんが」

「1万貫文! 次郎はそのような船まで作れるのか!?」

「いえいえ、私には作れませんよ。楠予家の研究開発奉行が書いた、設計図を見ただけです」

「研究開発奉行? ……それはなんだ?」


 研究開発奉行――それは次郎が楠予家だけが次々と新技術を開発する不自然さを解消するため1年前に発足した研究開発機関の事である。

 主要メンバーは主に次郎の家臣であり、新技術を他の人に伝授する事が主な仕事となっている。

 また研究機関の創設により、楠予家より開発費用として年に500貫文。(50万文)の予算が組まれた。


 次郎は『ウハウハじゃん!』と大喜びしたが、あとで調べると知識Lv15を1つ買うと使い切る金額だと知り愕然とした。


ーーーーー

例: 【名刀鍛造:知識Lv15】

価格:30万文〘300貫文〙

内容:名刀級の性能と美を両立

効果:名刀確率+100%。希少効果(妖刀・霊刀など)付与の可能性。 


ーーーーー


 次郎は言葉を繋ぐ。

「楠予家では発想力に富んだ人材を集め、秘密の場にて日々新たな技術の研究と実践を行わせております。

 異国由来の技術や新しい工夫を、楠予家が次々と再現し、あるいは独自に編み出せるのは、その仕組みのおかげなのです」


吉利は呆気に取られた。

「そんな事を楠予家はしておったのか……。正気の沙汰とは思えぬが、いや、さすが楠予家と言うべきか」

「ありがとうございます」


吉利は疑う様な表情で尋ねた。

「……ところで。本当に人材を集めれば、新しい技術が生まれるのか?」


次郎は首を振る。

「集めるだけでは無理ですね。世の中にはあまり知られていない理があります。開発には開発の理を知らねばまず無駄ですね」

「開発の理?」

「はい。開発の理は秘中の秘なので教えられませんが、代わりに人の集団の理をお教えしましょう。

 それは――働きアリの法則という理です」


吉利は首を傾げる。

「働きアリの法則?」

「はい、人を集めれば必ず一部は怠けます。しかし怠け者ばかりを集めても、必ず働き者が現れる。その割合はおおよそ決まっていて、『よく働く二割』『普通に働く六割』『怠ける二割』になるのです」


吉利は顎に手を当てて考える。

「……なるほど。そう言われれば、能島・村上水軍の家中でも船の船員でも、確かにそのくらいの割合で働き者と怠け者がおるな……。そのような理があったとは知らなかった……。

 次郎は真に恐ろしい男よ。さすがわしの見込んだ義兄弟だ。はっはっは!」


(ふう、何とか誤魔化せたな)


 吉利は突如、すまなそうな顔をする。

「次郎……塩田の開発をして貰っておいてすまないが、実はまだ頼まれていた金山師かなやましのめどが立たぬのだ。開発を請け負うと言う者は多いのだが、楠予家の家臣になると言う条件を嫌っていてな……」


 楠予家は石川家を滅ぼして宇摩郡を支配した時、未開発の銅山を抱える山を手に入れた。

 この山は後世「別子銅山」と呼ばれ、1691年に開坑されて総産銅量日本第2位を誇る有力な鉱山となる。

 次郎が金山師を求めていたのは、この山を開発するためであった。


 次郎は笑う。

「そうですか。まだ楠予家は十万石規模の大名に過ぎませんからね、金山師たちは家臣になりたくないのでしょう」


 吉利は肩をすくめた。

「それもあるが、金山師というものは元来、自由を好み、家臣団に組み込まれるのを嫌うものなのだ」


(そうなのか……。仕方ない、別子銅山は俺が家臣を直接指導して、自分で開発するか。まあ下手に鉱害を出されても困るし、坑道の崩落や水害で民が苦しむのは避けたいからな。


 鉱山の採掘は出来るだけ受刑者を使おう。危険な作業に充てることが、一番の罰だ。でもタダ働きは可哀そうだし、採掘量に応じて危険手当をあげよう。

 あと粉塵を吸わせぬよう、麻布や紙を重ねた簡易のマスクは必修だな。まあ詳しくはスキルを取ってから考えるか……)


 次郎が思案していると――遠くから島吉利配下の小西十兵衛の声が響いた。


 十兵衛は砂浜を蹴立て、息を切らしながらこちらへ駆けて来る。

 その顔にはただならぬ緊張が浮かんでいた。


「壬生殿! 大変ですぞ!」

「小西殿、いかがされたのですか?」


 小西が荒い息を吐きながら言う。

「ほ、細川が……はあはあ、細川が楠予に攻めて来るそうです!」


 次郎の目が驚きで見開く。

「細川って、あの管領のですか!」

「そうです! 商人の話では摂津などで兵を集め、すでに※讃岐へと渡ったとのこと。聞き出した話によれば兵の数は三千、総大将は三好範長だそうです!」


(3000か……少ないな。こっちは防衛側だぞ、その数で勝てると思ってんのか? 

 ん、三好?)

 

 次郎は三好と聞いて一人の人物の名が浮かんだ。


 (確か三好長慶〘みよしちょうけい〙って細川家に代わって近畿を支配する武将だったよな)


 ※次郎は長慶〘ながよし〙と読むべき漢字を誤って〘ちょうけい〙と読み、覚えていた。


 次郎は尋ねた。

「三好頼長は……三好長慶〘みよしちょうけい〙の親戚ですか?」


 小西が首を傾げ、怪訝そうに眉を寄せた。

「三好ちょうけい……? そのような御人、聞いたことがございません……」

「そうですか……」


(あれ、もしかしてこの世界に三好長慶みよしちょうけいはいないのか?)


 次郎は三好長慶に感心がなかったので、1548年に三好範長が長慶に改名する事を知らなかった。


 小西は怪訝そうに眉をひそめた。

「三好家の当主は範長殿で、その下に最近初陣で活躍した三好実休殿などがおられますが……」

「そうですか……。ありがとうございます」


(実休なんて知らないなぁ。……範長ってもしかして長慶の父親かな? 

 まあ父親でも長慶本人でもゴマをすっておいた方が良いよな。今はまだ、細川も三好も敵にすべきじゃない。ここは、出来れば和議に持ち込みたい。

 まずは御屋形様に報告だ)


 次郎は島吉利に別れを告げ、河野家の砦を攻略中の正重の元へと向かった。


ーーーーーーーーーーーーー


 その日の夜、次郎は正重軍二千五百の野営地を訪れた。

 思いがけぬ来訪に、正重は目を見張り、しばし言葉を失った。


「……次郎? 池田にいるはずではなかったのか。何かあったのか?」


「実は能島・村上水軍の伯方島に行ってました。そこで重大な情報を耳にし、急ぎ御屋形様に報せねばと参りました。実は――細川晴元が河野家に援軍を送るため、三千の軍を讃岐に上陸させたそうです」


 正重は眉を寄せる。

「河野が細川を呼んだか……ということは、最初に攻められるのは東の渋柿城。我らは背後を取られるな」

「はい。総大将は三好範長と聞きました」


 重臣たちがざわめく。

「三千といえども、三好範長が総大将なら侮れぬ」

「河野は必死だ。細川の援軍を得れば、息を吹き返すやも知れん」


 藤田孫次郎が一歩進み出て、地図を指した。

「御屋形、砦の包囲を解き、戦線を下げ天神山城まで退くべきかと存じます」


 正重が目を細める。

「包囲を解く、か。河野が息を吹き返す恐れは?」


「河野は我らに大敗を喫した直後です、直ぐには動けぬでしょう。天神山城に兵を五百ばかり残し、東に向かい、速やかに細川軍を討てば、問題はありませぬ」


 正重は頷いた。

「よかろう。天神山城に守備五百を残し、残りの兵二千で細川軍に当たる。

 それと金子山城の福田頼綱に伝令を送り兵を出させる。渋柿城の渋柿源八の兵と合わせれば常備兵六百ほどになる。我らは合計二千六百で細川軍三千を迎え撃つ!」


 その言葉に、次郎は思わず声を上げた。

「お待ちください! 細川は管領家、河野家が大敗した今なら交渉によって兵を退くかも知れませぬ! 細川に目を付けられては厄介です!」


 家臣たちがざわめいた。

「交渉か……果たしてあの細川か退くか……」

「管領家は強大、本気を出せば1万前後の兵を動かせよう。できれば戦いたくない相手ではある」


 正重は次郎をじっと見据えた。

「……次郎、お前は細川と交渉できると申すか」

「それは分かりません。しかし、可能性は高いと思います」


 正重は黙して次郎を見据え続けた。

「分かった。では作兵衛に命じ、細川と交渉させてみよう」

「いえ、今回は私が参りたく存じます。三好範長と言う人物に興味があります」


 正重の目が険しくなった。

「……何を申すか。お主は楠予家の重臣筆頭。それにまだ若い、敵地に送り込むなど、容易に許せることではない」


 次郎は首を振る。

「私の名など細川は知らないでしょう。危険はありません」


 藤田孫次郎が一歩進み出て、静かに言った。

「某も次郎殿と共に参りましょう。範長の名は有名です、どのような将か知りたく存じます」


 正重は険しい目を孫次郎に向けた。

「……お前まで何を言い出す。そなたも楠予家の未来を担う若き将。二人も敵陣に送り込むわけにはいかぬ」


 孫次郎は一歩も退かず、静かに言葉を重ねた。

「範長殿ほど高名な将が、和睦の使者を斬るなどありえませぬ。範長の器量を見極めることは、この先の戦いにも影響すると存じます」


 正重は深く息を吐き、しばし沈黙した。

「……分かった。だが、これは僅かとは言え命を賭す役目だ。次郎、孫次郎、覚悟はあるのだな」


 二人は同時に頷いた。

「はっ」


 7日後――次郎たちは後の天下人、三好範長〘長慶〙と対面を果たす。


※讃岐は香川県の旧国名です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ