08 刀作り
土間の隅で次郎は銭袋を広げていた。文銭を一枚ずつ並べる。
(76……79、80文。すげぇ。ついに俺がこんな大金を持つ日が来たぞ)
次郎がふと隣をみると、大金を得るために使った石斧が目に入った。
刃は欠け、柄もひび割れている。
(石斧は無料で作れて木も切れるけど……時間がかかるんだよな)
次郎は斧を手に取り、じっと見つめた。
「……鉄の斧があれば、もっと早く、もっと楽に木が切れ、薪も割れる。そしたら、余った時間で他のこともできる」
彼は銭袋を握りしめた。
「よし。鉄斧を作ろう、そのために鍛冶場が必要だよな、ゲームじゃ必修だしな。…そうだ、鍛冶場を作れば儲けれるんじゃね?」
次郎の頭に未来のビジョンが浮かぶ。
この村には鍛冶場はない。村長は農具や刀などを商人から購入し、修理も頼んでいる。
それを次郎が安値で売りつければ……。
「それに独自の鍛冶場があれば大きな節約になるはず! 見えたぞ、功績の糸!!」
次郎はスキル一覧から鍛冶関連を抜き出した。
「う、うそだろ。高すぎる……」
【鍛冶基礎:知識Lv10】
価格:2000文(所持金95文)
効果:火床管理、焼き入れ、鉄加工の基礎。簡易鍛冶場の設計図も付属。
【鉄斧設計図:知識Lv8】
価格:200文(所持金95文)
効果:鉄斧の構造理解。必要素材と工具の把握。製作可能になる。
(俺の一日の収入は…16…19文だぞ。一月なら約600文。買えるのは2月後…)
「それはまずい! 俺はすぐに功績をたてるって村長と約束したんだ!」
しばらくの間、次郎は塾考し__
「見えた! 俺に金がないなら、この話で一番利益の出る奴、つまり村長に金を出させればいいんだ!!」
※※
その日の夕方、村長の部屋。
囲炉裏の火が静かに揺れる中、次郎は正座していた。
村長・楠予源左衛門は、帳簿をめくりながら次郎をちらりと見た。
「……で、鍛冶場を作りたいと申すか?」
次郎は深く頭を下げた。
「はい。村には鍛冶場がありません。農具も包丁も、街の商人に頼るしかない。修理も高くつきます」
源左衛門は眉をひそめた。
「それは承知しておる。だが、鍛冶場を作るには火床、炭、鉄、職人……金がかかる。お前にそれだけの技術と資金があるのか?」
「もちろん資金はございません。ですが知識がございます!」
彼は一枚の紙を広げた。
そこには番頭の玄馬から貰った、池田村の年間の農具修理費、包丁や刀の購入費、街への輸送費の概算の情報がまとめられていた。
刀 13万文
矢尻 18000文
包丁 6000文
鎌 11000文
鍬 8000文
鍋・釜 8000文
輸送費 20000文
これらの情報は次郎が必ず楠予家の役に立てると、番頭の玄馬から譲って貰った情報だった。
玄馬は先の一件で次郎を嫌っていたが、遠崎家の利益になる事なら、何でもする男だった。
「村長様が商人に払っているお金は、昨年は約20万文です。鍛冶場があれば、その半分以上を節約ができます。しかも、修理は即日。道具の質も上げてごらんにいれます!」
源左衛門は紙をじっと見つめた。
「……ふむ。確かに、理にかなっておる。だが、お前が鍛冶を学ぶには時間がかかる」
次郎は頷いた。
「心配は無用です。わたくしには鍛冶場を作り、刀を作る技術を既に身に着けております。1万文をご用意頂ければ、10日以内に鍛冶場を作ってご覧に入れます!」
源左衛門は目を見開いた。
「……と、10日じゃと?」
「はい!! 楠予家がさらなる発展をとげれば、これらの費用は年々増えていきます、今が鍛冶場を作るよき時かと!」
源左衛門は、紙を畳んだまま、膝の上に置いた。
しばらく沈黙のあと、低い声で言った。
「……次郎。お前がここまで考えていたとは、正直、驚いたぞ」
次郎は静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「だが信じられぬ、ただの百姓のお前が鍛冶? 嘘を申すでない!」
源左衛門の目がカッと見開いた。
次郎は源左衛門の眼を鋭く見返した。
「この次郎、1月以内に鍛冶場を作り、上質な刀を作ってご覧に入れます。もしそれが出来なければ、次郎、腹を切ります!」
「なんじゃと…!」
源左衛門は、次郎の言葉を聞いたまま、動かない。
その眼は、次郎の瞳を射抜くように見据えていた。
「……腹を、切るだと?」
次郎は、背筋を伸ばしたまま、微動だにしない。
「はい。私は死にたくありません、刀を作れる自信があるから申すのです。プリンは私が考え作りました。刀も作る自信がございます。もし村長が、私が金を持ち逃げすると心配なら、見張りを付けてください」
源左衛門の眉が、ぴくりと動いた。
「……プリンか」
座敷の空気が、わずかに揺れる。
「確かにお前は不思議な技を持つ男じゃ。刀を作れるかも知れぬな。だが失敗した場合は1万文が無駄になる。さればじゃ、次郎のプリンを作る技術を引き渡せ、炊事場のウメに伝授するのじゃ」
「プリンを…」
(あのババアにプリンの技術を教えなくてはならないのか?)
「分かりました。しかしプリンの技術は楠予家とわたくしだけのもの。ウメさんたちが流出させれば処刑するとお約束ください」
「処刑か…よかろう。そのように伝えておこう。プリンは役にたちそうじゃからな、わっはっは」
次郎は、内心でため息をついた。
(はあ、あのババアに……プリンを教えるのか)
源左衛門の笑い声が座敷に響いたあと、次郎は静かに頭を下げた。
「では、鍛冶場の準備と並行して、プリンの技術をウメ殿に伝授する事でよろしいでしょうか?」
「うむ。ウメは口は悪いが、腕は確かじゃ。次郎、そなたの監視には又衛兵をつける。炊事場の仕事と薪の管理は別の者に任せるゆえ、おぬしは鍛冶場の建設に専念せよ」
「はっ、必ずや一月以内に自家製の刀を献上いたします!」
「…次郎よ。わしはおぬしを失いたくない、しくじるなよ」
「はっ、ありがとうごぜいます。この次郎、村長さまの期待に応えてみせます!」