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85 「論功行賞の準備」と「次郎特製すき焼鍋」

 1542年1月中旬。

※元伊予国主・河野通直視点

 来島・村上水軍の拠点。


 来島城では冬の冷たい海風が吹いていた。城の奥間では城主夫妻が通直に謁見していた。

 通直は、楠予家の勝利を娘のお藤から聞き、手に持った扇で膝を叩いて喜んだ。


「楠予めがやりおったわ。これでわしは河野家の当主に返り咲ける。通春めに加担した家臣たちも頭を下げて戻ってくるに相違ない」

「はい父上、おめでとうございます」


娘婿の村上通康が応える。

「されど楠予家以外の家臣たちからは一向に良い返事が届きませぬ」


おほほと、お藤が笑う。

「それはまだ楠予家の勝利を知らぬからですわ」


通康は目を細めた。

「仮にそうだとして、義父上は当主に返り咲かれた後、楠予家を如何なされるおつもりですか? 此度の戦で楠予家は大きく成りすぎました」


通直は扇をパチリと開いた。

「楠予家など後でどうとでもなる。正重には5人の息子がおろう。それぞれに土地を分割相続させ、わしの直属の家臣に取り立て競わせてもよい。……それに」



通直が扇をパチリと閉じ、静かに言う。

「楠予は成り上がり者、もし正重に万一の事があれば……楠予の地はすべて取り上げ、河野が治める事も可能であろう」


「な……なるほど」


通康は頷いたあと、目を伏せた。


(愚かな……。

 正重殿を誅殺などすれば、楠予家は一致団結して河野家を滅ぼしに来るぞ)


 村上通康は能島・村上水軍の島吉利を通じて楠予家の異常性を多少なりとも耳にしていた。ゆえに楠予家をただの成り上がり者とは思っていなかった


義父上ちちうえは変わられた。長い隠居生活で心を患い、もはや現実が見えてはおられぬ……)


通康はこの義父をどうすればよいものかと、思案にくれるのだった。



※※※※※


1542年2月初旬。

池田の里・楠予屋敷。


 楠予屋敷の広間には、まだ戦の余韻が漂っていた。

 畳の上には戦勝の報告書や検地の帳面が積まれ、外では兵たちが武具を整え直す音が響いている。


 広間の上座には当主・楠予正重が静かに座し、その隣には嫡男・源太郎。

そして次男の玄馬と壬生次郎が傍に控えていた。


 四人が顔を揃えるのは、来たる三月の論功行賞をどのように処理するかを決めるためである。


 玄馬が広間の中央に置かれた地図を指し、扇の先で墨塗りの領地をなぞった。

「まずは戦の果実を申し上げます。石川・金子両家より二万五千石、越智家より四万一千石を得ました。これにより楠予家は十二万八千石の所領を有するようになりました」


正重は腕を組み、しばし地図を見下ろしたまま低くつぶやく。

「……十二万八千石、か」


源太郎は帳面を手に取り、数字を確かめながら眉を寄せる。

「一度に大きくなり過ぎたな。功ある者に報いるのは当然だが、分け方を誤れば怨嗟を生もう」


玄馬は扇を閉じ、膝の上で軽く打ち鳴らす。

「兄上、甘きことを。降伏した者からは大幅に領地を削り、家臣たちに領地を与えれば皆満足する。降伏した者に遠慮は無用」


次郎は静かに前へ身を乗り出し、地図の端に手を置いた。

「玄馬様のお言葉は理に適っております。しかし所領を削れば御屋形様への不満が生まれます。この際……所領はすべて没収し、楠予家の家臣に新たな知行を与える際、その知行の中から降伏者を召し抱えるよう命じればよいのです。御屋形様は全てを奪い、楠予家の家臣が庇護して恩を売るのです」


源太郎が首を傾げる。

「与えられた知行の中から降伏した者を召し抱えるのか?」


次郎が帳簿を見る。

「はい、例えばこの越智家の新谷内記殿は所領が2100石あります。一旦すべての所領を没収します。次に玄馬様に褒美として所領1000石と俸禄1000石を与えるとします。その際に所領100石と俸禄100石で新谷内記殿を与え召し抱えるように命ずるのです」


源太郎は帳簿を覗き込み、しばし沈黙した。

「……つまり新谷内記殿は父上から全てを奪われ、新たに玄馬と言う主君を得るということか」


玄馬は口元に笑みを浮かべ、扇を軽く打ち鳴らした。

「理にかなっている。所領が減り、さらに半所半禄で召し抱えられれば、降伏した者は二度と逆らえられん。それに加増された家臣はどの道、新たな家臣を雇わねばならん。降伏した者は元々所領を管理していた者たちだ、少しは役に立つだろう」


源太郎が思案顔をする。

「だが相性と言うものがある。無理矢理主君を充てがうと言うのもな……」


次郎が言う。

「では一年後、今の主君とは合わないと言う者が居れば、その者の意見を聞いた上で、新たにこちらで別の主君を斡旋すると言うのはどうでしょう?」


玄馬が眉を寄せる。

「陪臣の主君を斡旋するなど、聞いた事がないぞ」


次郎が首を振る。

「源太郎様の言われる通り相性は大切です。刃傷沙汰などがあって玄馬様が斬られる事があっては当家が困りますから」


玄馬が笑う。

「なぜ私が斬られる前提なのだ、次郎の方がよほど怪しいぞ」


次郎も笑って応える。

「そうかも知れませんね。だからこそ、不服のある家臣を野放しにはしたくないのです」


源太郎が眉を寄せる。

「やはりわしは主君を斡旋するのはおかしいと思う。楠予家が雇用し、信頼出来るようになるまでは、与力として貸し出し、重臣に監視させればよい。本人が望めば寄親の家臣にしてもいいし、相性が悪ければ寄親を変えてやればよいのだ」


次郎が膝を叩く。

「なるほど、ならば与力として活躍すれば直臣として出世出来る道も残しましょう」


玄馬が扇を開く。

「それでは、降伏した者からは一旦所領を全て奪い、俸禄で召し抱え直す。そして重臣たちに与力として貸し出し、重臣に監視させる。そして功を立てた者は加増してやると言う事でよいな」

「うむ、なかなか良いのではないか」


次郎が頷く。

「はい、ではその旨を降伏した者たちにも説明し、出世の機会はちゃんとあるぞと教えてやりましょう」


源太郎が笑って言う。

「やはり次郎はそうするのか。普通は黙ってやる事を堂々と告知せねば気がすまぬらしいな」

「まったく兄上の申される通りじゃ」


正重は腕を組んだまま、地図をじっと見下ろしていた。

「結局……わしは奪うだけなのだな。全ての所領を奪い、民との繋がりを断てば、怨嗟は必ず残るぞ」


次郎は深く頭を下げた。

「怨嗟は残りましょう。しかし御屋形様に刃を向ける力は、もはや彼らに残されません。出世したいのならば、与力とし実力と忠誠を証明すればよいだけです」

「確かに、次郎の申す通りではある……」


広間の重苦しい沈黙が落ちた。ひと月後の論功行賞に向けた方針が、冷徹な形で固まりつつあった。


正重が目を閉じる。

「うむ、分かった。ではその方向でじっくり検討してみよう」

源太郎が言う。

「では父上。腹も減りましたし、続きはまた明日と言う事で」

「うむ」


次郎が思い出したように笑った。

「そうですね、今日は特に寒いですし、何か温かい物を食べたいですね。では私はこれで失礼させて頂きます!」


次郎が退出の礼を終えるや否や、足早に広間を後にした。

その背を見送りながら、玄馬が目を細める。

「次郎の奴……何か楽しそうだったな」


源太郎が膝を叩く。

「……そう言えば、お琴が今日は次郎の所で夕食を取ると申していたな」


正重はしばし黙していたが、ふと口元に笑みを浮かべた。

「飯だな。あやつ、また妙な工夫をしたに違いない」


玄馬が扇を軽く打ち鳴らした。

「ならば私は確かめに行きます。父上たちはどうしますか?」


正重はゆるりと立ち上がり、腕を組んだまま笑った。

「うむ、わしも参ろう。評議の後に味わう飯もまた一興よ」


源太郎は怪訝そうに眉を寄せたが、父と弟に従い、三人は次郎の屋敷へと向かった。


ーーーーー

壬生屋敷・台所


夕暮れ。

評定を終え、次郎は屋敷へ戻った。門をくぐると、庭の柿の影が長く伸び、土間には薪の匂いが漂っている。台所の障子が半分開いていて、灯の橙が漏れていた。


「殿、お待ちしておりました」


 おとよが身を正し、用意した材料を一つずつ並べて見せる。

 木鉢には薄く引いた牛肉、甕には濃口の醤油と清酒、別の徳利にみりん。


 濃い口醤油とみりんは本来この時代にはまだ無い、次郎が知識を購入して作ったものだ。


※濃い口醤油は、蒸した大豆+炒った小麦に麹菌をつけて「麹」を作り、塩水と混ぜて仕込み、約1年発酵・熟成させ、最後に搾って火入れをしたもの。


※みりんは、もち米+米麹+焼酎を仕込み、数か月熟成させた。



 さらに甘酒。わらの籠には刻んだネギと大根、皮を削った里芋、ほぐしたきのこ、えのき、板こんにゃくに。小さな籠には豆腐が、布で丁寧に包まれている。そして最後に清めた卵が器に盛られている。


※卵は次郎が生でも食べられるよう、衛生管理法を導入したものだった。

鶏舎の清掃、卵の低温保存、割る直前の熱湯消毒、ひびの入った卵は生では食さないなど。



 次郎は頷き、袖を捲った。火床に手をかざし、火の具合を見計らって言う。

「次からはおとよが作るのだ。よく覚えておけ」

「はい!」

「よし。まず割下だ。醤油を三、酒を二、みりんを一、甘酒はひと掬い、香りが立ち始めたら止める」


(本当は砂糖がいいんだけど、まだ超高級品だから代用の甘酒で我慢だ)


木杓子で混ぜ合わせた割下を土鍋に注ぐと、ふわりと甘辛い香りが立ち上り、台所の空気が一変する。

おとよは思わず息を呑み、鼻先をくすぐる香りに目を細めた。


「肉は焼く方法もあるが、今回は焼かずにこの割下で煮る。じっくり火を通せば、旨味が汁に溶け出し、野菜も一緒に美味くなる」


次郎は薄切りの牛肉を一皿、土鍋に広げて沈めた。赤身がゆるやかに色を変え、割下の香りを吸い込んでいく。

続けて大根、里芋、きのこ、えのきを加え、鍋の中で踊らせる。


「豆腐は崩れやすいから後だ。こんにゃくと麩は最後に入れて、汁を吸わせる」

湯気が立ち上り、台所は芳しい香りで満ちた。次郎は卵の器を指さす。


「卵は清めなくては危ないからな。割る前に湯をかけたな?」

「はい、殿。それとひびのあるものもちゃんと除いてあります」

「よし、あと七日以上のものも除いたな? 夏場は三日以上は危ういぞ」

「はい、大丈夫です」

「それなら生でも食える。だが忘れるな、期限を過ぎた卵は本当に命取りになるからな」


 やがて鍋は煮え立ち、具材が柔らかく色づいていく。次郎は蓋を閉じ、土鍋を両手で抱えた。


「よし、庄吉と、さやと、豊作を呼んで来てくれ、そろそろ完成だ」

「承知しました」


少しして、3人が台所にやって来た。

「殿、新たな料理が出来たのですか?」

「そうだ、鍋を広間へ運んでくれ。さやとおとよはご飯と卵を頼む」

「「はい!」」


次郎が広間へ入ると、お澄、お琴、又衛兵、弥八が座していた。


「次郎ちゃん!」


お琴がぱっと立ち上がり、目を輝かせて次郎の持つ鍋に駆け寄る。

「なにそれ、すごくいい匂い! お肉? お野菜も入ってる!」


お澄が微笑む。

「お琴ちゃん、はしたないですよ。……でも、本当にいい香りね」


次郎が土鍋を特製の火鉢の上に据えると、ふわりと白い湯気が立ち上り、醤油と甘酒の甘辛い香りが一気に広がった。

その瞬間、弾むような声が響いた。


「次郎ちゃん、お鍋を火鉢の上で温めてるの初めて見たよ!」

「火鉢を改良して、五徳を据えて土鍋を置けるようにしたんだ」

「さすがは殿にございます。考える事が人とは違います!」


お琴は湯気に顔を近づけ、ぱちぱちと瞬きをしながら笑った。

「すごいね! 火鉢って手をあっためるものだと思ってたのに、お鍋まで温めちゃうんだ!」


次郎は苦笑しつつ、炭を箸で整えた。

「そうだね、工夫すれば囲炉裏がなくても皆で鍋を囲めるようになるんだよ。……道具は使い方次第だからね」


3つの鍋が火鉢の上でぐつぐつと音を立てる。

弥八はもう待ちきれぬといった様子で箸を握りしめ、又衛兵は腕を組んで唸る。


「じゃあ皆いいかな、この料理はすき焼と言う鍋料理だ」


次郎は笑みを浮かべ、卵の器から一つ取り、小皿に割って入れた。


「こうやって卵を割って溶き、肉とか野菜を卵の中にくぐらせて食べるんだ。すると熱を和らげ、旨味を引き立ててくれる」


又衛兵が困惑する。

「卵なんて薬用にしか使わない高級品だろ、よくこれだけ集めたな」


 この時代、肉食は仏教の影響で禁忌とされており、鶏は食用としてほとんど飼育されず、その数も少なかった。

 しかし次郎は宗教改革を断行し、楠予領ではむしろ肉食を奨励する方針を打ち出した。この頃から次郎は鶏・豚・牛を買い集め、自領にて家畜小屋を設けて飼育を始めていた。現在は農業奉行に飼育法を伝授し、楠予領全体へと普及させる取り組みを進めていた。


次郎が頷く。

「これは壬生家うちの所領にある鶏小屋で産ませたんだ。壬生家の卵は管理されたものだからいいけど、よそで生卵は絶対に食べたらダメだよ。古いものを食べたら本当に死ぬからね」


お琴は待ちきれないとばかりに「やってみる!」と元気よく卵を割り、肉をくぐらせて口に運ぶ。


「……熱っつ! でもおいしい! それにお肉が凄くやわらかいよ!」


頬を紅潮させて笑う姿に、広間は一気に和やかな空気に包まれた。


弥八も箸を伸ばし、恐る恐る肉を卵にくぐらせて口に運んだ。

「……美味い! これは……甘いのに、しょっぱくて、酒の香りもわずかにする。箸が止まりませぬな!」


又衛兵は腕を組んだまま、まだ半信半疑の顔をしていたが、結局は箸を取り、肉を口に入れた。

「……む……。思ったよりも……いや、これはとても美味いな!」


お澄は静かに箸を取り、卵にくぐらせた肉を口に運ぶ。

その頬がわずかに紅潮し、目を伏せて微笑む。

「……本当に、なんだか温かい味ですね。次郎、ところでこの白いのは何でしょう?」


「それはえのきと言って、弥八たちに栽培させた、新しいきのこだよ。味はほとんど無いけど、食感がいいんだ食べてみて」

「……本当、変わった食感ね。あっ、でもすき焼きの味が染みていて美味しい」


お琴はすでに夢中で箸を動かし、頬をいっぱいに膨らませては笑っている。

「ねえねえ、これ毎日食べたい!」


次郎は苦笑しながらも、胸の奥に温かいものを感じていた。

戦や制度のことばかり考えていた自分が、こうして家族や家臣と鍋を囲んでいる――その光景が、何よりも温かかった。


その時、廊下の方から足音が近づいた。

障子の外に影が差し、低い声が響く。


「……次郎。何だか楽しそうじゃな」


広間の空気が一瞬張り詰める。

現れたのは正重、源太郎、そして玄馬。


次郎は立ち上がる。

「お、御屋形様! 突然のご来訪とはいかがされたのですか!?」


正重はゆるりと歩み入り、湯気に包まれた土鍋を見下ろした。

「ふむ……香ばしい匂いよ。評定の後に、これほどの饗応を用意していたとはな」


源太郎は鼻を鳴らし、怪訝そうに眉をひそめる。

「鍋を……火鉢で煮ているのか? これは一体……」


玄馬は扇を軽く打ち鳴らし、にやりと笑った。

「御屋形様、これはただの鍋ではありますまい。またしても次郎たちだけで先に楽しむとは不届きな奴にございますな」


次郎は深く頭を下げ、声を整えた。

「御屋形様。これは“すき焼”と申す新たな鍋料理にございます。

皆で囲み、卵にくぐらせて食すことで、心を一つにする力を持ちます。ぜひご賞味くださいませ! 新たな鍋をすぐに作ります!」


源太郎が言う。

「いや、それには及ばぬ。わしはお琴が食べておる鍋を頂こう」

「うん! じゃあ、ここ座って! あったかいよ!」

お琴がぱっと席を空け、笑顔で手を差し伸べる。


それを見た玄馬が眉を寄せ、扇を軽く打ち鳴らした。

「では、それがしは又衛兵と共に……」

「おう、次兄はここに座るがいい」

又衛兵が笑いながら膝を寄せる。


正重が次郎を見た。

「……わしは?」


次郎は一瞬たじろぎながらも、すぐに姿勢を正した。

「えっと……お澄がいますので、わたくしの鍋をご一緒にいかがでしょうか」


お澄が静かに膝を寄せ、微笑みながら言う。

「お父様、こちらへどうぞ」

「うむ、ではわしはお澄たちと頂こう」

正重はゆるりと腰を下ろし、湯気の向こうに目を細めた。


正重が箸を取り、卵を割って器に落とす。

「……生の卵を用いるとは、奇妙なものよ」


そう言いつつも、肉をくぐらせて口に運んだ。

広間が静まり返る。

正重は目を閉じ、ゆっくりと咀嚼し、やがて低く笑った。


「……なるほど。これはただの肉ではない。心を和らげる味だ」


源太郎も慎重に肉を口にした。

「……確かに旨い。これほどの肉料理は次郎の作った唐揚げ以外には食べた事がない。だが、これは普通に食べるには贅沢すぎる。家中の宴にこそ相応しい」


玄馬は扇を打ち鳴らし、にやりと笑った。

「贅沢な宴を、家臣に振る舞おうとするのは楠予家ぐらいだろう。他家では当主が贅沢をしていないフリするため、わざと宴では質素な料理を出すらしいぞ」


正重は頷き、次郎を見据える。

「それが楠予流よ。次郎、これを来月に行う論功行賞で重臣たちに供すのだ」


次郎は深く頭を下げた。

「御屋形様、3月は鍋にはあまり向きませぬ。次の冬までお待ちください」

「……そうか、ならば仕方あるまい。では唐揚げを振るまってやれ」

「はっ、承知致しました」


お琴はそんなやり取りを気にも留めず、夢中で箸を動かしていた。

「ねえねえ、やっぱりこれ毎日食べたい! ごはんと凄く合うよ!」


正重はその無邪気な声に目を細め、湯気の向こうで小さく笑った。

「……毎日は叶わぬが、時折鍋を囲むのも悪くはないな」


広間は再び湯気と笑い声に包まれ、戦の緊張を忘れさせる温かな空気に満ちていった。


――だがその夜。


正重と源太郎は帰宅の直後、お琴の「すき焼また食べたいね!」という一言で、千代とまつに美味い物を食べて来た事がバレ、大目玉を食らうことになる。



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