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79 石川尚義の最期

1541年12月19日


※石川尚義視点


石川家は、伊予国で最も東の領地を支配する豪族で、河野家の家臣筋にあたる。しかし石川氏もまた、越智氏のような半独立的な勢力であり、河野家の忠実な家臣ではなかった。


12月19日。

石川家の当主・石川尚義は本城の渋柿城周辺から兵五百人を集めた。目的は舟木砦を救援する事。


尚義は渋柿城を出て、街道を西へ西へと進んだ。


砦に向かう途中、偵察兵が馬上の尚義の所にやって来た。

「申し上げます! 楠予軍が舟木砦の北に布陣しております! 兵数はおよそ六百!」

「うむ、よくやった。下がってよいぞ」

「ははっ!」


尚義は手を挙げた。

「全軍、止まれ。ここで軍議を開く」


尚義は陣幕を張り、主要な家臣を集めた。

筆頭家老・安東常満が軍議机の地図を指した。

「尚義様、本日はこのあたりで野営をし、明日の夜明けに、楠予軍に奇襲攻撃を仕掛けては如何でしょうか」


加藤帯刀が膝を叩いた。

「奇襲攻撃なら、今すぐ動くべきだ。

今なら夕方には砦に着く。砦の兵と我が軍とで挟撃ができる。楠予勢がこちらに気づく前に攻めるべきだ」


安東常満が反論する。

「日中に動けば楠予軍に気づかれる可能性の方が高い。奇襲攻撃にならぬ。

それに楠予軍は六百いるのだぞ。

こちらは舟木砦の兵が百に、ここにいる兵が五百、合わせて六百。兵数による優位はない。

たが郷山城の兵二百が加われば、数的優位に立てる」


尚義たちは知らないが、舟木砦の福田頼綱は周辺の地侍を調略し味方につけていた。そのため砦には二百近くの兵が籠っている。


石川尚義は決断した。

「安東の言う事は尤もである。

 日中に移動すれば楠予軍に確実に気づかれる。

 ゆえに日の出前に接近し、明朝に攻撃を仕掛ける。

 もし楠予軍が我らに気付いていなければ、砦の前に陣を張ったままだ」


加藤帯刀が頷く。

「左様にございますな。我らに気付けば奴らは、挟撃を避けるため西へ動きましょう。

 その先で我らを待ち構え、合戦に及ぶはず。

 ただ、夜に接近すれば逆に奇襲を受けるやもしれませぬ。用心すべきでござろう」


安東が尚義を見た。

「御屋形様、郷山城の新居の方は……」


石川尚義が伝令を見る。

「新居に伝えよ。郷山城を今宵、兵二百を率いて出陣し、舟木砦の北西に陣を敷くようにと。そして夜明けに、楠予勢を攻めよとな」

「ははっ!」


―――


真夜中、石川尚義は月明かりを頼りに軍を動かした。石川軍はこの地に精通しているので行軍自体は問題ない。

問題は楠予軍が舟木砦の前に居るかどうかだった。

もし砦の前に楠予軍がまだ居れば、石川軍に気付いていない証拠――絶好の攻め時が訪れる。尚義は楠予軍が居る事を願った。


二刻後(四時間後)石川軍は舟木砦の東に辿り着き、陣を張った。


そして四半刻後(三十分後)

安東常満が言う。

「御屋形様、間もなく霧が晴れます」


尚義は頷いた。

「うむ。楠予軍が居れば、一気に攻める。皆の者、心せよ」


「「ははっ」」


加藤帯刀たちは立ち上がり、持ち場へと向かった。


石川軍に、にわかに緊張が走る。


やがて霧が薄っすら晴れ、砦の前が僅かに見え始めた。

そして――楠予軍の一部が見えた。


安東が歓喜の声を上げる。

「御屋形様! 楠予軍がおりますぞ! やりましたな!」

石川尚義はニヤリと笑みを浮かべ、軍配を振り上げた。


だが――その時、西北より時の声が上がった。


安東が慌てて言う。

「御屋形様! この声は恐らく、新居元介の軍が功を焦り早駆けしたもの! 御屋形様も早くご命令を!」


石川尚義が急いで軍配を楠予軍に向ける。

「全軍攻撃せよ!! 新居に後れを取るな!」


尚義は渋い顔をし、呟いた。

「元介め……わしの勘気に触れる事を恐れぬとは、いい度胸じゃ。絶対に許さんぞ」


石川勢が楠予軍に攻撃を始めると、たちまち楠予軍は総崩れを起こした。

列は乱れ、武具も身に着けず、醜く散り散りに走る。


どう見ても総崩れにしか見えない――だが実際は違った。


かつて次郎が「負けて逃げるフリをする訓練もしろ」と言った時、誰もが鼻で笑った。『また可笑しな事を言っている』と。

だが今、その“馬鹿げた訓練”の成果が、戦場に現れていたのだ。


しかし尚義の目には、その成果は映っていなかった。

霧が晴れきらず、彼の視界に入るのは一部の兵の姿だけだった。


しばらくして伝令が本陣の尚義の元に駆けて来た。

「ご報告します! 楠予軍は総崩れを起こしました! 現在南西へと逃走中にございます!」


安東が笑う。

「御屋形様、大勝利でございますな。これで楠予も当分はこちらに手を出さぬでしょう」


尚義は床机から立ち上がった。

「まだじゃ! 馬を引け。

 全軍で追い打ちをかける。二度と楠予がこの地を踏めぬよう。地の果てまで追いかけてやる!」


尚義は楠予軍が南西へ退いたことを怪しむことはなかった。

南は砦に塞がれ、南東は湖に阻まれ、東には自軍が控える。

北東は山に囲まれた狭き平野、北西には新居の軍、西には峻険な山。

退く道はただ一つ、砦と山の狭間に延びる南西の道のみであった。


石川尚義は楠予軍を追い、西の山と砦の間の道を通り、広い平野へと抜ける。

そこで、前方の石川軍が楠予軍と交戦している姿を目にした。


「申し上げます! 楠予軍の別働隊を発見! その数およそ二百、現在交戦中です!」


石川尚義は馬上より軍配を振った。

「たかが二百じゃ、一気に押し潰せ!!」


尚義について来た兵士たちが、我先にと突撃する。


尚義は思っていた。

敵は総崩れを起こしている、新手の楠予勢もすぐに逃げ出す、と。


――だが尚義の思惑は外れた。


逃げていた楠予兵が、次々に戦線に舞い戻り戦い始めたのだ。


安東が言う。

「ばかな……。殿! 敵が陣を立て直しておりますぞ!」

「ぐっ」

尚義は軍配を握り締めた。


さらに悪い事に、石川軍は敵陣を突破出来ないどころか、次第に楠予軍に押され始めた。


安東が尚義に言う。

「御屋形様、ここは一度舟木砦まで引き、陣を立て直すべきかと!」


尚義は決断出来なかった。

ここで引けば勝ち戦が、勝ち戦で無くなる。

つい先ほどまで――大勝利を手にしていたのだ。そんな事は認められなかった。


その時、後方の舟木砦の方から、

――鬨の声が上がった。


尚義は振り返り、

やがて微笑んだ。

「福田め、ようやく出て参ったか。これで楠予軍を押し返せる!」


だが次の瞬間、尚義は目を大きく開ける事になる。

福田勢が後方の石川勢に一斉に矢を放ったのだ。


「なっ、何を血迷っておるのだあ奴は! 我らは味方ぞ。 今すぐ福田に攻撃を止めさせるのだ!」


安東が慌てる。

「違います! 御屋形様、これは裏切りです! 福田頼綱が裏切ったのです!」


尚義は福田勢を睨み歯ぎしりした。

「おのれ福田頼綱!」

安東が叫ぶ。

「御屋形様、早く退却を!」

尚義が戦場を見渡す。

「……どこに退却するのだ! 後方の街道には福田、前方には楠予勢が居るのだぞ!! 我らは囲まれておる!」


安東が指し示す。

「あちらにございます! 南方は手薄に見えます!」

「南は山ではないか! 余に山中へ落ち延びよと言うのか!」

「左様にございます。山に入れば道は狭く、楠予勢も追いきれませぬ」


その時――楠予軍のロングボウが放たれた。


尚義が目を丸くした。

「……なっ、何なのだあの弓は」

「あれは恐らく金子元成と我が軍を破った弓かと!」

「……なんだと、あれほどの威力とは聞いておらんぞ!

加藤帯刀は申していたではないか。丘の上に楠予軍が陣取ってさえいなければ、勝っていたのは此方だったと!」 


 尚義が安東と話をする僅かな間に、石川軍は総崩れを起こしていた。

 石川軍は東に逃げようとしたが、山と砦の間には、既に福田勢が陣を構えていた。そのため石川勢は自ずと密集していく――それはロングボウの恰好の的になる事を意味していた。


安東が再び促す。

「御屋形様! 早くお逃げ下さい!」

「皆の者! 我に続け! 南の山へ向かうのだ!」


――だが、その時。


楠予軍の一部隊が南に陣を敷き、石川軍の逃げ道を防いだ。


尚義は歯を噛み締めた。

「おのれ楠予軍め……兵数は同等なのだぞ。完全包囲など、あり得ん!」


尚義は馬上で刀を振り上げ、南の楠予勢を指し示した。

「皆の者、恐れるでない。楠予軍は横に伸び切り、薄くなっておる! 一点突破をするのだ!!」

「おおっ!」

尚義の馬廻り衆が、尚義の命に従い、命懸けで楠予家の三間槍へと突撃する。

だが騎馬の後に続く足軽兵は僅かしかいなかった。もはや崩壊状態にある石川軍に、尚義の声は届かなかったのだ。


一刻後(二時間後)。

尚義はまだ楠予軍の包囲網の中にいた。尚義は南の楠予軍を突破できず、矢を受けて負傷し、地面に横たわっていた。


周囲では石川軍の悲鳴が上がり、屍を積み重ねながら、包囲網が徐々に小さくなる。


既に新居元介、加藤帯刀などの石川家の有力武将は戦死していた。

四半刻前(三十分前)、石川尚義は降伏の白旗を掲げたが――無視された。

楠予軍はここで石川家を完全に終わらせる気だと、尚義は悟った。


石川尚義は覚悟を決めた。

「安東……楠予軍に降伏せよ。わしは……腹を切る、白旗と共にわしの首を掲げれば、兵は……助かるやもしれん」

安東が首を振る。

「成りませぬ御屋形様……」

尚義は告げる。

「この傷では……もはや助からぬ。せめて兵を……助けたい」

「……承知しました」


尚義は安東に支えられながら起き上がり、

短刀を抜き、腹を切った。


「……か、介錯……頼む……」


安東は涙を流しながら刀を振り上げた。

「御屋形様……すぐに、私も参ります!」


ブシュ。



朝早くに始まった戦は、昼前には決着が着いた。

源太郎たちは戦場に転がる屍に、ただ目を閉じて手を合わせる。


ーーーーーー

舟木砦周辺の戦い。

楠予家の勝利。


※楠予軍 兵力約八百。

 死者   二六名。 (約3%)


※金子軍 兵力約七百。

 死者 推定三百八十名。(約54%)


ーーーーーー


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