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75 おさい

おさいが催促する。

「早く部屋に入って」


次郎は一瞬ためらったが、やがて覚悟を決めて部屋へ入った。

続いておさいが部屋へ入り、静かに障子を閉めた。


おさいが振り返り、次郎を見た。

その瞳は、どこか年齢にそぐわぬものがあった。

「あなた転生者でしょ?」


次郎は息を呑んだ。


「な……なんで…?」

「わたしも、そうなの。あんな料理、転生者じゃないと作れないよね」


次郎は曖昧な返事をした。

「あ、うん。そうかも……」

その瞬間、おさいが眉を寄せた。

「人が歴史を壊さないように頑張ってるのに、何て事してくれるのよ! もし歴史が変わったら未来の私や、私の家族が生まれなくなるかも知れないじゃない!」


次郎はおさいの剣幕に目を泳がせた。

「いや、壊すも何もこの世界はゲーム的な世界だし……。ほら前世の世界も本当はゲーム世界って話があったでしょ?」


おさいは目を細めた。

「意味の分からない事を言って誤魔化さないで。この世界がゲームな訳ないじゃない」


次郎は頭を掻いた。

「えっと……もしかして君は転生特典を貰ってないの?」

おさいは眉を寄せた。

「……転生特典?」


次郎は少し肩をすくめた。

「俺の場合は物が買えるチート。さっきのジャガイモって本当なら日本にはまだ無いんだよね。俺が転生特典を使って出現させたんだ。まあなんて言うのかな、君の場合は……残念だったね?」


おさいは唇を尖らせた。

「なにそれずるい。わたし、そんなの貰ってないよ! 記憶だけなんだよ!」


次郎は苦笑した。

「まあ、俺の転生特典も大した事ないよ。ジャガイモ1個が1万文もするんだよ。たがら増やすのに2年もかかったしさ」


おさいは頬を膨らませ、次郎を見上げた。

「でも貰ったんでしょ。人が歴史を壊さないように頑張ってる間に、美味しい物いっぱい食べてたんでしょ!」


(だったら何だよ。お前には関係無いだろうが!)


次郎は手を横に振る。

「食べてない食べてない。カップヌードルを特典で買おうとしたら1個2億文もするんだよ、あり得ないでしょ。それに俺は農民に転生したからさ、毎日貧乏な生活で、最近ようやく白米や肉を食べれるようになったところなんだ」


おさいが目を輝かせた。

「あなた白米を食べてるの? ……そう言えば宴で唐揚げとか、肉じゃがとかいっぱい出してたよね、いいなぁ。私なんて転生してまだ一度も食べてないのに……」

おさいは上目遣いで次郎を見る。


次郎は頭を掻いた。

「……まあ、大内家にもから揚げを伝えたし、すぐにいっぱい食べれるようになるよ」


おさいは微笑みながら次郎に近づいた。

(え、なに。怖いんだけど……)


「あなたのところ、楠予家だっけ? ここから近いんだよね?」

「いや、結構遠いよ?」

おさいが次郎の耳元で囁く。

「今度、あなたのおうちに行ってもいいかな?」


次郎は身震いをして、一歩後ろへ飛び退いた。

「……うちに来ても、大したものは何もないから! から揚げも、技術も、全部大内にあげたからね!」


おさいはニヤニヤしなが次郎に歩み寄る。

「そんな事ないよね? 転生者同士仲良くしようよ」

「ちっ、近づくな!」


次郎は冷や汗を流した。

「俺は既婚者だから、接近は禁止だ!」

おさいはくすりと笑った。

「忘れたの? この世界は一夫多妻制なんだよ。それに私、結婚して欲しいなんて言ってないよね?」


(この女はヤバい。俺の直感が言ってる!)


「駄目だ! 俺は妻一筋なんだ!(二人いるけど) だから困った事があったら手紙でも送ってくれ」

次郎は障子まで走ると、手をかけた。

「あっ、でも出来ればそのまま大内家で応援してて欲しい! じゃあね!」

「あっ、ちょっと待って……」

次郎はおさいの制止を振り切り、部屋を逃げ出した。


おさいは次郎の逃げる背を見つめていた。

「ふふふ、壬生次郎君か。ここにいるより、絶対に彼の所の方が面白いよね」


ーーーーー


次の日、次郎は大内館を後にし、

背後に残る気配を振り切るように、港へと急いだ。


船に乗り込んだ瞬間、次郎は深く息を吐いた。

(……助かった。ここまで来ればあの女、追いかけて来ないよな)


船がゆっくりと沖へ出る。

甲板に出ると、潮風が頬を撫でた。

次郎はお琴とお澄と並んで腰を下ろし、侍女のさやが少し離れて控えていた。


(そう言えば転生者でもギフト無しってあるんだな。いや、むしろ貰え無いのが普通なのか? 前世の世界でも、前世の記憶を持ってるって言ってた人間がいたらしいけど、転生特典とかは聞かなかったからな。まあ俺が会った訳じゃないから、本当は特典を貰ったのを隠してるのかもしれないけど……)


お澄が口を開く。

「昨日から、なんだか考え事をしているように見えました。……何かあったのですか?」

次郎はお澄とお琴の方へと目を向けた。

「ううん、大丈夫。そう言えばどうだった、旅は楽しめた?」


お澄は少し目を細めて、海風に髪をなびかせながら答えた。

「ええ、とても。……毛利の城は緊張したけれど、志道様も優しかったし、厳島も綺麗でした」

お琴が笑顔で身を乗り出す。

「楽しかったよ! 鳥居が海に浮かんでるみたいで、ほんとに神様が通る道みたいだった!」


次郎はお琴の頭を撫でた。

「それはよかった。楽しんでくれたなら、無理して連れてきた甲斐があったよ」

「うん! 次もまた旅行に行こうね!」


次郎は苦笑した。

「そうだね、お琴ちゃんのお父さんが許してくれたらね」

「うん!」


(帰ったらきっと源太郎様に怒られるんだろうな。テストで赤点取って、家に帰る気持ちだ)


次郎は遠くにいる又衛兵がふと目に入った。

「そう言えば義兄上の突然の求婚にはびっくりしたな。あれ、怒られないのかな(出来れば、お琴ちゃんの件はそれでうやむやになって欲しい)」


お澄が頷いた。

「はい、びっくりしました。お兄様にはさやがお似合いだと思ったのですが……」

隣でさやが首を振る。

「そんな私なんかが又衛兵様とだなんて恐れ多いです」


お琴がぱっと顔を上げて、さやの袖を引っ張った。

「さやは弥八さんが好きなんだよね、よく楽しそうに話してるもん」


さやは少しだけ目を泳がせて、苦笑した。

「お琴様はよく見ておられますね……」

お澄は目を丸くして、さやを見つめた。

「まあ……そうだったのですね。さやと弥八殿、言われてみれば確かにお似合いです」


お琴がくすくす笑いながら言った。

「弥八さん、さやのこと、だいすきなんだよ。いつも、さやのこと見てるもん」

さやは顔を赤らめて、視線を伏せた。

「お琴様、それは……あまり言わないでくださいませ。恥ずかしいですから」


次郎は弥八に感心した。

(弥八やるな……。仕事も出来るが、女に手を出すのも早かったんだな)


お澄は微笑みながら、さやの横顔を見つめた。

「……さやが幸せだと、私も嬉しいです。さやはずっと傍にいてくれましたから」


(これは近々、二人は結婚かな……)


風が帆を揺らし、船は静かに楠予領へ向かっていた。

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