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73 厳島詣で


又衛兵の求婚騒動から2日後、郡山城の空気は、まだ突然の騒動の余韻を孕んでいた。


次郎は廊下を歩きながら、肩の力を抜いた。

「はあ……とりあえず、話はまとまりましたね」

友之丞が頷く。

「毛利との婚姻同盟、御屋形様の許可が下りればこれで確定だ。あとは大内家への報告だが……志道殿が向かうことになった」

又衛兵が頭を下げる。

「すまんな、色々と迷惑をかけた」


次郎が返す。

「本当ですよ義兄上。単なる不可侵同盟と婚姻同盟では重みが違います。これから楠予家がどうなるか、まったく分からなくなりましたよ」

又衛兵が首を傾げる。

「そんなに違うか?」


(あっ、不味ったか?)


次郎が適当に言い訳する。

「ほら、婚姻同盟ってお互いに窮地に陥ったら援軍を出すでしょ、無視できないじゃないですか?」

「まあ、そうだな」

又衛兵は頷いた。

「お澄たちが旅の出発を待ってます、早く行きましょう」


次郎たちが城の玄関に着くと、志道広良が旅の準備を整えて待っていた。

「それがしが皆様と共に大内家に参り、幸様と又衛兵殿の婚礼の件、義隆様に礼を尽くして報告いたします。その後、楠予家へ向かい、婚姻の段取りを整えまする。何卒よろしくお願い致す」


又衛兵が頭を下げる。

「志道殿、こちらこそよろしくお願い致す」


次郎は少し笑った。

「旅と外交に慣れた志道殿が居られるなら安心ですね。……それでは共に参りましょう、まずは郡山城の西南にある廿日市はつかいちの港へ向かうのですよね。女子供がおりますので、道中はゆっくりでおねがいします」


志道は笑った。

「勿論でござる。某も年ゆえ、道中を急ぐより、ゆるりと歩む方が性に合っております」


少し歩くと、お澄とお琴が護衛たちに囲まれて立っているのが見えた。


志道がお澄たちを見て提案する。

「廿日市の港で船に乗ったあと、途中で厳島に寄られてはいかがかな。厳島神社には『宗像三女神むなかたさんじょしん』――市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命が祀られております。海の守り、航海の安全、市の繁栄を司る神々にござれば、道中の節目にもようござる」


次郎は友之丞と又衛兵を見た。

「そうですね。ここは記念に参拝いたしましょうか。お澄たちにも、厳島を見せてやりたいですし」

お琴が笑う。

「厳島見てみたい! おっきな鳥居があるところだよね?」

又衛兵が頷いた。

「神様に挨拶しておくのは、悪くない。……俺も、願を掛けたいことがある」

友之丞が笑う。

「なんだ、幸殿と早く夫婦になりたいとでも願うのか? 厳島は縁結びの神ではないぞ?」

又衛兵が焦る。

「そっ、そんなの分かっておるわ!」


お琴が小さく笑った。

「でも、願い事って、誰にも言っちゃいけないんでしょう?」

又衛兵がさらに焦る。

「そ、それは……そういう決まりもあるらしいな」

お澄も笑って言った。

「願いが届くかどうかは、神様次第ですものね。ふふふ」


ーーーーー


郡山城を出発して三日後、次郎たちは廿日市はつかいちに着いた。そこで船に乗って厳島へと向かった。


又衛兵は船縁に手をかけ、遠くに見えて来た厳島の社を見つめていた。

「……あれが、厳島か。あの平家の氏神だと聞いた事がある」

志道が付け加える。

「さよう。平家はここを拠点に瀬戸内海を支配し、軍事的にも、経済的にも優位に立ち申した」


次郎は頷いた。

(なるほど、確かに村上水軍はここのすぐ近くに拠点がある。つまり、この辺りを制する者が瀬戸内を制するのか……)


お澄とお琴は、波の音に耳を澄ませながら、静かに社の方を見ていた。

「お澄ちゃん、おっきい鳥居が海の中にあるよ!」

「そうね。お琴ちゃん、あっちが厳島神社の社殿よ。海の上に浮かぶ社なんて、珍しいでしょう」

「ほんとだ、海の中に建ってるみたい!」


広良が説明を加える。

「厳島神社は宮島自体を神として信仰しておりましな、神聖な土地を傷付けぬように、海上に建物を建てたのでござる」

お澄が頷く。

「そうだったのですね。志道様、お教え下さり、ありがとうございます」

「いえいえ、年寄りは昔話が好きでござるゆえ」


友之丞は少し離れた場所で、皆の様子を見ながら、ふと空を見上げた。

「風が変わったな。……潮が引いてる。神様が通る道が見えるかもしれん」


島に着くと、一行は社の前で足を止めた。

護衛たちは周囲を警戒しつつ、荷物持ちが控えめに距離を取る。


友之丞は静かに手を合わせた。

「……家族が、無事でありますように」

次郎が手を合わせた。

「将来……戦に巻き込まれませんように」

友之丞が笑った。

「お前が言うと、妙に現実味があるな」

お澄とお琴も祈った。

「………」

「神様お願い、みんなとずっと仲良くいられますように……」


又衛兵は社の前で一歩だけ進み、深く頭を下げた。


社の前に立ち、海風が衣を揺らす。


厳島を出た次郎たちは西に進み、富海港とのみこうで船を降りて大内館に向かった。


大内館の門前で、志道広良が名乗りを上げると、館の者は一礼し、奥へと走った。

しばらくして、館の奥から声が届いた。

「毛利家よりの使者とあらば、主君にお取次ぎ致します。どうぞ、こちらへ――」


館の奥へ通された次郎たちは、まず重臣・冷泉隆豊と対面することになった。


※(冷泉隆豊――大内家の中核を担う文武両道の忠臣で、陶隆房が謀反した際も、最後まで義隆に殉じた義の男である)


隆豊は静かに次郎たちを見渡し、言葉を選ぶように口を開いた。

「毛利家よりの使者とあらば、すぐにお取次ぎ致そう。

ただし、義隆様との会談は早くても7日後になるかと――その前に、まず私が話を伺いましょう」


志道が一歩前に出た。

「まずは毛利家からご報告いたします……」

志道広良は幸と又衛兵の婚姻を報告した。


その次に、次郎が技術の献上と、楠予家の料理を披露したい旨を伝える。


「なるほど、毛利家がこちらの楠予家と婚姻同盟を結ぶと。そして楠予家は技術の献上と料理を披露したいと言われるのだな」


冷泉は少し厳しい表情をした。

「されど怪しげな食べ物を義隆様のお口に入れる訳には参らぬ。

料理自体は当家の料理人が行う。また事前にそれがしが味を見る――それで異存はあるまいな?」

「はっ、よろしくお願いします」

次郎は頭を下げた。


その日の夜、大内館の一角に設けられた調理場で、次郎が大内家の料理人にジャガイモの天ぷらと椎茸の天ぷらの作り方を教え、試食が行われた。


冷泉隆豊は、毒見用の銀の箸を手に持ち、物珍しそうな表情で天ぷらを眺めた。そして天ぷらを一つ摘んで口に運ぶ。

一口、二口、――やがて、静かに言った。

「天ぷらか……これは、上手いな。ジャガイモの天ぷらと椎茸の天ぷら、両方とも実に見事じゃ。これが楠予家が献上する料理技術なのだな」


次郎が微笑んだ。

「はい、ジャガイモは飢饉対策にもなります。当家では農民に飢饉対策として畑の一角にジャガイモを植える事を推奨しております」


冷泉は満足そうに頷いた。

「飢饉対策にもなり、これほど美味いとは凄い。義隆様への献上を認めよう。ただ油も椎茸も希少ゆえ、滅多に食せないのが残念じゃ」


次郎が笑って応える。

「ご懸念には及びません。こたびの技術献上には、従来の八倍の効率で油を作れる道具、人力式連続搾油機も追加致しましょう。さすれば、大内家での油の価格は現在の――四分の一ほどに改善されるかと存じます」


次郎は油で儲ける気はなかった。油を作るためには菜種を育てる


隆豊は目を見開いた。

「なんとそれは真か! 油は館を照らす明かりにも多くが費やされる。これは、大変な朗報じゃ!」

「さらに料理に使い古くなった油は、明かり用の油にすれば無駄が出ないかと存じます」

「なるほどのう。次郎殿、楠予家の技術と知恵は素晴らしい。この隆豊、感服致した」


次郎は軽くお辞儀をした。


「それと楠予家では最近、椎茸の生産技術を確立させました。頑張れば、従来の半額に近い値段での、販売が可能です。大内家に年に12貫(約45kg)の干し椎茸を献上致しますので、大内領で椎茸や薬などを販売する許可を、楠予家に頂けませんでしょうか? もちろん、献上とは別に商人が支払うべき税はお納め致します」


※次郎は、椎茸の価格を従来の十分の一で売っても利益が出せる考えていた。だが、技術そのものを強いられることを避けるため、価格はわざと半額に留めたのである。


隆豊は真剣な顔をした。

「年に12貫もの干し椎茸を献上すると申すか。……規則通りの税を払うならば、確かに検討の余地はある。交易の許可は評定にかけるほどの案件ではないが、義隆様のご裁可が要る。それがしから義隆様にお伝えしよう」

「ありがとうございます」


(これで楠予家はもっと豊かになれるぞ)


大内家は、明や朝鮮との貿易によって財を築いており、国内でも屈指の裕福さを誇っていた。

その大内と交易ができれば、楠予家はより商業を発展させられると次郎は考えた。


次郎は料理についても補足する。

「隆豊様……、実は宴で披露したい楠予家の料理は他にもございます。それらは、大内領で容易に手に入る食材を用います。それゆえ、今回の試食からは省かせていただきました」


冷泉隆豊は意義ある交渉と、美味い料理で気をよくしていた。

「楠予家には他にも美味い料理があると言うのじゃな、それは楽しみじゃ。楠予家の誠意、しかと御屋形様へお伝えいたそう」

「はっ、何卒よしなに」


二日後、義隆との会談が、宴の席にて設けられることとなった。

 義隆との面会がこれほど早く実現したのは、冷泉隆豊の強い後押しがあったからである。

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