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70 毛利との同盟交渉 中篇

11月初旬。楠予屋敷。


朝霧が庭を包み、楠予屋敷の門前には静かな緊張が漂っている。毛利家へ向けて外交使節団が発とうとしていた。


正重と千代、源太郎、まつ、小聞丸が並び、次郎と友之丞、そして又衛兵の出発を見守っている。


又衛兵は今回、次郎のたっての頼みにより、急遽護衛の任に就く事になった。


次郎は旅装束に身を包み、友之丞と又衛兵とともに見送りに来た者たちと挨拶を交わす。


正重が口を開く。

「次郎、友之丞。此度の交渉は、楠予家の命運を左右するやも知れん。

毛利家との同盟交渉、大内家への献上、つつがなく終えるのだぞ」

「心得ております」

友之丞が頭を下げ、次郎もそれに倣う。


源太郎が言葉を繋ぐ。

「では又衛兵、二人の護衛を頼むぞ」

「お任せ下さい兄上」


千代が静かに進み出て、友之丞と又衛兵に小さな包みを差し出す。

「道中、冷えることもありましょう。これは、母が縫ったものです」

「ありがとう母上」

「母上、ありがたく頂戴します」


まつが少しだけ笑みを浮かべ、次郎に小さな包みを差し出した。

「次郎殿はこちらを。未来の義母の手作りの品です」

「こ、これは、何から何までありがとうございます、まつ様」


源太郎が言う。

「そう言えばお琴はどうしたのだ?」

小聞丸が笑いながら応える。

「きっとオネショをしたんだ。だから次郎兄じろにいの見送りに来れないんだよ」


ガタンッ。

荷車の上の荷物箱が僅かに揺れる。


(まずい!)


弥八が進み出る。

「殿、すいません! 荷物の紐が緩んでいたようです。すぐに締め直します!」

「危ないからな、ちゃんと縛るんだぞ」


(弥八、ナイスフォローだ!)


まつが声をかける。

「では次郎殿、気を付けて旅をして来て下さいね。くれぐれも頼みますよ」

「はい、ありがとうございます」


次郎と友之丞が一礼し、楠予家の使節団――次郎、友之丞、又衛兵の3名と護衛が4名、荷物運び8名が出発した。


荷車の車輪がゴロゴロと音を鳴らしながら門を通過する。

荷車に積まれた木箱の1つに、お琴が小さく息をひそめていた。


次郎は源太郎の説得は無理だと思い、まつに手引きを頼んだ。


木箱の中は狭く、お琴は膝を抱え、肩をすぼめてじっとしていた。

けれど――その瞳は輝いてる。

彼女の胸は、次郎との初めての旅に心を躍らせ、まだ見ぬ世界を夢見ていた。



ーーーー

三刻後(六時間後)。

広江港。


昼の潮風が港を撫で、船の帆が静かに揺れていた。

楠予家の使節団が広江港に着く。


港には、先に到着していたお澄と侍女のさや、そして壬生家の家臣8名がいた。

「お澄、待たせてすまない。問題はなかったか」

「ええ、大丈夫。次郎の方はどうなの?」

「問題ない」


友之丞が眉間に皺を寄せ、次郎を睨んだ。

「いやいや、問題はあるだろ。なんでここにお澄がいるんだ?」


次郎は笑顔を崩さず、軽く背を押す。

「船の中で説明します。さあさあ、まずは小舟に乗ってください」


次郎たちは荷物を6つの小舟に乗せ、沖に停泊している大型船へと向かった。


甲板に上がると、友之丞が振り返り、深いため息をついた。

「……で?」

「友之丞様。で、とは?」

「また増えてるだろ! アレだよあれ!」

友之丞の指先では、お琴が手すりにしがみつきながら、海鳥に手を振りはしゃいでいた。

「見て見て! 鳥さんが飛んでるよ!」


友之丞は、肩を落としため息を吐いた。

「これではまるで物見遊山じゃないか……又衛兵、お前も一枚噛んでたな?」

又衛兵は笑いながら答える。

「ふふ、すまないな四兄。義弟に頭を下げられて……くっ、面白そうだったので乗ってみた、ぷっ」

「確かに父上と長兄の顔を思い浮かべると、くっ……笑えるな、ふふっ」

友之丞は肩を揺らして笑った。


「今頃、お琴とお澄が旅に出たと聞いた父上たちが卒倒してるぞ、わっはっはっ」

「言うな、想像してしまうだろうが。くっくっくっ」


次郎は笑い声を聞きながら、ふとお澄の顔を見た。

(……この家族、意外と軽いよな)

(おしとやかなお澄も、ひょっとして……)


お澄は次郎の視線に気づき、首を傾けた。

その仕草は、問いかけに応えるようでもあり、何も知らぬようでもあった。


風が帆を揺らし、船は静かに港を離れた。


ーーーーーー


広江港を出港した船は北上し、夜には備後国の竹原小早川家の影響下にある、尾道港へと到着した。

尾道港からは陸路を進み、三日目の昼過ぎに、次郎たちは、安芸国・吉田郡山城の城門にたどり着いた。


吉田郡山城は、山の斜面に築かれた堅牢な構えで、石垣は高く、門は厚い。

城門の上には物見櫓が張り出し、一歩踏み入れば、ここが容易には破れぬ城であることが分かる。


楠予家の使いの者が、尾道から先行して来訪を報せていたため、

城門前には、すでに毛利家の家臣たち20名が出迎えていた。


出迎えの一団の中に、志道広良の姿が見えた。

志道は一歩進み出て、次郎に向かって深く頭を下げる。

「楠予家の皆さま、ようこそお越し下された。毛利家一同、心より歓迎いたす」


次郎も一歩進み出て、礼を返した。

「壬生次郎忠光、主、楠予正重の命を受け参りました。ご案内、よろしくお願いします」


志道は頷き、視線を友之丞たちへと移す。

「皆様も、長旅お疲れ様でござろう。城内にてご休息の場を用意してござる」


友之丞は軽く頭を下げ、又衛兵は無言で頷いた。

その背後では、お琴が城門の高さに目を丸くし、さやがそっと手を引いていた。


「ねえお澄ちゃん、このお城って、ほんとに戦うために作ったの?」

お琴が小声で囁くように言った。


お澄は笑みを浮かべ、城門を見上げながら答える。

「ええ。でも、こうして見ると……まるで山の中の神社みたいね。空気が澄んでる」

「あ、あそこ登ってもいいかな?」

「だめよ。ここは楠予領じゃないから、静かにしようね」


お琴は口をすぼめて頷き、さやの袖を握り直した。


そのとき、志道広良がふと振り返り、二人に向かって柔らかく声をかけた。

「お城は初めてでござるか? 吉田郡山は、見た目よりもずっと広うござるぞ。迷わぬよう、案内いたしましょう」


お琴がぱっと顔を上げる。

「ほんとに? あの上の櫓まで行けるの?」

「ふふ、あれは殿の見張り場でしてな。今日は遠くから眺めるだけにしておきましょう」


お澄は微笑みながら頭を下げる。

「ありがとうございます。お琴がはしゃいでしまって……」

「よいのです。若い者が元気なのは、城にも福を呼びますゆえ」

志道はそう言って、にこりと笑った。


志道が手を挙げると、家臣たちが一斉に道を開ける。

「では、こちらへ。殿が、首を長くしてお待ちでござる」


次郎たちは城門をくぐり、石畳を踏みしめながら、毛利家の空気の中へと歩みを進めた。

吉田郡山城は、静かに次郎らを迎え入れた。

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