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68 志道広良

1541年10月下旬。

池田の里。

※志道広良視点


志道広良――毛利家四代に仕え、政務・外交・軍務のすべてに通じた老臣である。執権として家中を支え、元就の信任も厚い。


彼の言葉は、毛利家の意志を代弁すると言っても過言ではない。


その志道広良が5人の従者を従え――池田の里に姿を現した。


従者の一人が広良に声を掛ける。

「広良様、この町は随分と変わっておりますね。人が右側を通るなど、初めて見かけました」

「ふむ、目にするものすべてが工夫に満ちておる。竹原小早川家で、木谷殿から聞き及んだ話し以上じゃな」


「広良様。あの行列は木谷殿が仰っていた評判の清風散を売っている薬屋ではございませぬか? 毛利の殿への土産物にいかがでしょう。私も嫁の土産に買おうと思います」

「そうじゃな。並ぶ間に、この町の――楠予家の全貌が見えて来るやも知れん」


広良はその日、池田の町を隅々まで歩いた。

楠予家の空気を探るため、町人や商人と言葉を交わした。

問いはせず、ただ語らせて誘う。

目的を悟らせず、欲する情報を拾う――それは老練な志道広良の技だった。



次の日の朝。

志道広良は楠予家の門を叩いた。


従者の一人が大内家の書状を差し出す。

祐筆がしたためた文は簡潔だが、名代の格式を崩さぬものだった。

書状を見た門番の権蔵は、顔色を変えて家中へ走った。

程なくして、屋敷の奥から源太郎が現れ、広間へと志道一行を案内した。



ーーーーーーーーー

※次郎視点


昼すぎ頃、次郎がお澄と戯れていると正重からの呼び出しが掛かった。

しぶしぶ次郎が楠予屋敷へと向かい、奥の間に入る。

そこには正重と源太郎がすでに座していた。

奥の間は香が焚かれ、障子越しに秋の風がわずかに揺れている。


次郎は胡座をかき、頭を下げた。

「御屋形様、お呼びと聞き、参上いたしました」

正重が頷いた。

「うむ、ご苦労。実は、毛利家の志道広良殿が、大内家の名代として来訪されたのだ」

「……え!? 毛利家、それって……まさか、毛利元就のことですか!!」


その反応に、正重は一瞬目を細める。

毛利元就の名は、聞いた事はある。去年、尼子の大軍に囲まれながらも城を守り抜いた智将だ。

だが、驚くべきはやはり毛利家ではなく、西国最大の大名、大内家が当家に関心を持った事の方だろう。


「うむ、その毛利家で間違いはない」

「それで、毛利家は何の用で使者を送ってきたのですか!?」


源太郎が眉を寄せ、言葉を継いだ。

「落ち着け次郎。

毛利家ではない。志道殿は大内家の名代として来られたのだ」

「……では大内家は、なんと言って来たのですか?」

「大内家は望遠鏡の貢物と、その技術を求めて来た」


次郎は眉を寄せた。

(なにそれ、カツアゲって事?)


次郎は思った。

どうせ大内なんてすぐに滅びる家だ、

ここで技術を奪われるのは面白くない。


「……それは断れないのでしょうか。当家は河野家の家臣ですよね?」

「無理だな。大内家と河野家では格が違い過ぎる。それに河野家は半ば大内家に従属しているようなものなのだ」


(えっ、そうだったの?)


次郎は、前世で歴史ゲームをする時は1560年以降の時代を選ぶ事が多かった。

そのため、大内家はすでに滅んでいる印象しかなかった。


「……では望遠鏡の技術を渡せば大内家との問題は解決するのでしょうか?」

「そこが難しいところだ。志道殿は詳しくは申されておらんが、望遠鏡の技術の他にも、いくつかの技術を渡す必要がある。望遠鏡の技術は確実に渡さざるを得んだろうな」

「……望遠鏡ですか。それなりに売れていますし、惜しいと言えば惜しいですね」


源太郎が小さく息を吐いた。

「志道殿は池田の町をご覧になられ、様々なものに興味を持たれたご様子でな。特に清風散についての技術を欲しておられた」

「なっ!! 話になりません! 清風散は楠予家の目玉商品です。これを欲するなら例え大内だろうが……」


次郎は『戦をする!』と言う言葉を飲み込んだ。それは自分が決める事ではなく、正重が決める事だからだ。


正重が諭す。

「次郎、気持ちは分かる。だが志道殿も、そのあたりは心得ておられる。他のいくつかの技術を渡してもらえれば、名代としての責務は十分に果たせると申されている」

源太郎が言葉を繋ぐ。

「恐らくは越智家に渡した三間槍と千歯抜き、それに本当の望遠鏡の技術で交渉は上手くいくだろう。それでよいな次郎」

「……少しだけ考えさせて下さい」


(おいおい、技術を奪われるだけなんて俺の流儀じゃないぞ。ここは大内とコネをつくってみるか。そしたら厳島の戦いで、毛利が負けるように陶晴賢にアドバイス出来るかも知れない。

 いや、それで史実通りに毛利が勝ったら目も当てられないな。くそっ、毛利はでかくなりすぎるんだよ。ここは大内と毛利の両方に唾を付けておくか?)


次郎は頷いた。

「分かりました。ですが三間槍は教えません。かわりに手押し除草機と楠予鍬(備中鍬)を加えましょう。ただし毛利家が楠予家と不可侵同盟を結んでくれるなら、当家の油や、白米に関する最新技術を教えてもいいと思います」


正重は怪訝な顔をする。

「毛利家……次郎。お前は毛利家と同盟を結びたいのか?」

「はい、毛利元就公は名将で負け知らずと聞きます。今の内に同盟を結んでおいて損のない相手です。もちろん大内家との外交も重要です。私が大内家へ赴き、技術の献上と、楠予家の料理を振る舞ってみましょう。それであわよくば同盟を取り付けて来ます」


源太郎は正重を見た。

「父上はいかが思われますか」

「毛利元就……。さほど重要とは思えんな」

次郎が身を乗り出す。

「御屋形様、私が言った技術は他国に出しても問題はありません。ぜひ毛利と不可侵同盟を結んで下さい。毛利元就は脅威です」


源太郎が正重の顔色をうかがう。

「父上、次郎の申す事、そう悪くない話だと思います。毛利と通じておけば、万が一、大内家と敵対する事態になった時、仲を取り持って貰えます」

「……よかろう。まずは志道殿と話し、毛利と盟約を結べるか協議しよう。だが大内家を敵にしてはならぬ。次郎は友之丞とともに大内家に赴き、関係改善に努めるのだ」

「ははっ!」



翌朝。

次郎は正重、源太郎、友之丞とともに広間に座し、志道広良の到着を待った。


毛利との盟約――それが成れば、歴史は揺れる。

次郎はその重みを噛みしめ、静かに息を整えた。


通路の向こうで、足音が聞こえ始めた。

西国の歴史が今――変わろうとしていた。


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