表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/102

64 白米と唐揚げ

1541年9月中旬。

池田の里の鍛冶場。


弥八が楽し気に聞く。

「殿、今度は何を作られるのですか」

「もうすぐ、お澄の誕生日だから白米を食べさせてやりたくてな」

「白米は高級品ですからね。と言う事は搗臼つきうすを作るのですか?」

次郎はニヤリとする。

「違う。搗臼つきうすの5倍の速さで精米が出来て、それでいて作業負担が大幅に軽減され、さらに精米歩合(品質)が凄く安定する農具を作るんだ」


弥八は目を丸くする

「……はい!? 殿、なんなんですかその神器は! 殿はまだそんな仙具を隠しておられたのですか!」


次郎は昨晩、電気のいらない精米方法を調べた。その時に見つけた農具の中で最高と思われるもの。

それは――足踏み式精米機。


ーーーーーー


【足踏み式精米機の作成:知識Lv12】

価格:18000文

効果:

• 摩擦式精米の原理(糠層の剥離と圧力分布)

• 足踏み動力の伝達構造(ペダル・軸・摩擦板の連動)

• 精米槽の設計(籾摺り後の玄米投入構造)

• 糠排出機構の調整(糠溜まりの防止と清掃性)

• 木材・石材の選定基準(耐摩耗性・加工性)

• 精米歩合の調整技術(圧力・時間・粒度の管理)


【備考】

この知識があれば、電力を使わずに玄米から白米への精米が可能。

足踏み式は、連続運動による摩擦効率が高く、唐臼の約3〜5倍の精米速度を実現。


ーーーーーー


これを見つけた時、次郎はついに白米生活を日常化できると喜んだ。

それに、この農具を農業奉行に組み入れて精米を販売させれば、二度美味しい。

搗臼つきうすで苦労して精米を作る他国とは、コスパが違いすぎる。

値段の安さで他国を圧倒するのは確実だった。

ただし──精米すれば二、三週間で劣化が始まるし、米を輸出すれば足りなくなる。

次郎の輸出計画は、すぐに頓挫する。

……それは、また別の話である。


次郎は精米機の部品を作るため、踏み板の木肌に、指を這わせる。

節の位置を確かめ、軸の通りを頭の中で描いた。

「……この角度だな。踏み込みで軸が回る。摩擦板は、まだ仮でいい」

弥八が、鉄槌を持ったまま首を傾げる。

「殿、それは……ただの板では?」

次郎は笑う。

「ただの板で、命が長くなる。それが技術だ」

踏み板の裏に、軸受けを刻む。

木屑が舞い、弥八がくしゃみをする。

「……これが精米の神器の一部になるんですね」

次郎はふっと笑う。

その顔は職人のものだった。




※※※

9月20日。

お澄の16歳の誕生日。


この時代、誕生日を祝うという習慣は、公家や将軍などの最上層にしかない。それも祈祷などの儀礼として意味が強かった。


だが、壬生屋敷では今日、静かに誕生祝いが開かれようとしていた。

広間には、お澄とお琴が並んで座り、豊作は少し離れた席で胡座をかき、黙って様子を見ていた。


さやと弥八は、膳の準備を終え、台所へと向かう。

奥の調理場では、次郎が火加減を見ながら、何かを仕上げていた。

おとよと庄吉がその横で器を並べ、声を交わしている。


お琴が膝の上で手を組みながら言った。

「楽しみだね、お澄ちゃん」

お澄は、少しだけ笑ってうなずく。

「……うん。きっと、すごく美味しい料理が出てくるよ」


――その時。


「お待たせ、今日の主役料理のにわとりの唐揚げだよ」

お澄は少し戸惑った顔をした。


この時代、鶏は神の使いとされ、日の出を告げる聖なる鳥とされていた。

薬用としては食べる事もあったが、食材としては避けられていたのだ。

それを揚げて供することに、戸惑いが生まれるのは当然の事だった。


お琴が唐揚げの匂いをかいで、ぱっと顔を明るくした。

「次郎ちゃん、すごくいい匂い! なんか……元気になる匂いだね!」

お澄はその言葉に、少しだけ目を伏せて微笑んだ。

唐揚げの湯気が、広間の空気をやわらかく包んでいた。


さやが言葉を添える。

「次郎様のお話では、これは薬のようなものだそうです。どうか、あまりお気になさらずに」

豊作が言う。

「さすがは殿です! においだけで食欲がそそられますな!」


おとよたちが膳を抱え、皆の前に膳を置いてゆく。

さやがお澄の前で膝をつき、丁寧に膳を差し出した。

「失礼いたします」


膳の上には、艶やかな白米。

黄金色こがねいろに揚げられた鶏のから揚げ。

干し大根の味噌漬けと、根菜の味噌汁が、

滅多に食べられないような、豪華な膳がそこにはあった。


お澄が少し驚いた顔を見せる。

「これは……白米? こんな高価なもの、次郎……いいのですか?」

次郎は笑って応えた。

「大丈夫だよ。じきに池田の里では、白米が普通に食べられるようになる。

実は、新しい精米の道具を作ったんだ。

精米で出るぬかも無駄にしない。鶏や豚の餌にするんだ、そして家畜を増やして食べるんだ。

それに、家畜の糞は畑の肥料になるからね、全く無駄は出ないよ」


次郎は自信満々に言う。

「俺は池田の里の食文化を、もっともっと豊かにする、期待しててね」

「うん……す、すごいね」

お澄は次郎の語る未来が全く見えなかった。この時代、鶏はもちろん、牛も豚も食材ではなく薬用や、観賞用だった。


庄吉が台所から最後の椀を運び、自分の席につく。

それを見て次郎は宴席開始の合図を送る。

そしてお澄に微笑んだ。

「お澄、誕生日おめでとう」

声は少しだけ硬く、けれど確かだった。

「さあ、遠慮なく食べてくれ。今日は……お前のための膳だ」


お澄は、膳の湯気を見つめながら、静かにうなずいた。

お琴が隣で手を合わせる。

広間の空気が、膳とともに温まっていった。


お琴が嬉しそうに箸を手に取り、唐揚げをそっとつまむ。

黄金色こがねいろに揚げられた衣の端には、塩が僅かにふられている。

「いただきます!」


口に運んだ瞬間、衣が軽く砕け、

中から熱い肉汁がじゅわっとあふれた。

塩の香りが跳ねて、舌の奥に旨味が広がる。

「……わっ! なにこれ……凄くおいしいよ!!」

お琴の声が跳ね、目がまんまるになった。


お澄も、箸で唐揚げをつまみ、静かに口に運ぶ。

噛んだ瞬間、香ばしさと塩の余韻が広がり、

舌の奥に、ほんのり甘い味が残った。

「……おいしい。こんな味、初めて」


豊作は黙って箸を伸ばし、唐揚げをひとつ口に運ぶ。

噛みしめたあと、頬を綻ばせた。

「うまい! こんな美味い肉は食べたことない!! 殿は天才だ!!」

豊作の声が広間に響き、皆がどっと笑う。

「それに白米がすげぇうめぇ。唐揚げとの相性も抜群だ! 一緒に食べるとなおうめぇ!」


豊作の言葉に、皆の顔がほころび、会話が弾む。

お琴は笑いながら、もうひとつ唐揚げをつまんで口元に運ぶ。

「次郎ちゃん、から揚げっておいしいね!」

「うん、たくさん揚げたから、いっぱい食べていいよ。でも、食べ過ぎてお腹壊しちゃ駄目だよ」

「ありがと! 次郎ちゃん、だい好き!」

唐揚げのお替りができると知り、お琴は幸せそうに唐揚げに手を伸ばした。


――この日、お琴が唐揚げを食べたことが、宗教世界の運命を変える。

だが、それは次のお話である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ