64 白米と唐揚げ
1541年9月中旬。
池田の里の鍛冶場。
弥八が楽し気に聞く。
「殿、今度は何を作られるのですか」
「もうすぐ、お澄の誕生日だから白米を食べさせてやりたくてな」
「白米は高級品ですからね。と言う事は搗臼を作るのですか?」
次郎はニヤリとする。
「違う。搗臼の5倍の速さで精米が出来て、それでいて作業負担が大幅に軽減され、さらに精米歩合(品質)が凄く安定する農具を作るんだ」
弥八は目を丸くする
「……はい!? 殿、なんなんですかその神器は! 殿はまだそんな仙具を隠しておられたのですか!」
次郎は昨晩、電気のいらない精米方法を調べた。その時に見つけた農具の中で最高と思われるもの。
それは――足踏み式精米機。
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【足踏み式精米機の作成:知識Lv12】
価格:18000文
効果:
• 摩擦式精米の原理(糠層の剥離と圧力分布)
• 足踏み動力の伝達構造(ペダル・軸・摩擦板の連動)
• 精米槽の設計(籾摺り後の玄米投入構造)
• 糠排出機構の調整(糠溜まりの防止と清掃性)
• 木材・石材の選定基準(耐摩耗性・加工性)
• 精米歩合の調整技術(圧力・時間・粒度の管理)
【備考】
この知識があれば、電力を使わずに玄米から白米への精米が可能。
足踏み式は、連続運動による摩擦効率が高く、唐臼の約3〜5倍の精米速度を実現。
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これを見つけた時、次郎はついに白米生活を日常化できると喜んだ。
それに、この農具を農業奉行に組み入れて精米を販売させれば、二度美味しい。
搗臼で苦労して精米を作る他国とは、コスパが違いすぎる。
値段の安さで他国を圧倒するのは確実だった。
ただし──精米すれば二、三週間で劣化が始まるし、米を輸出すれば足りなくなる。
次郎の輸出計画は、すぐに頓挫する。
……それは、また別の話である。
次郎は精米機の部品を作るため、踏み板の木肌に、指を這わせる。
節の位置を確かめ、軸の通りを頭の中で描いた。
「……この角度だな。踏み込みで軸が回る。摩擦板は、まだ仮でいい」
弥八が、鉄槌を持ったまま首を傾げる。
「殿、それは……ただの板では?」
次郎は笑う。
「ただの板で、命が長くなる。それが技術だ」
踏み板の裏に、軸受けを刻む。
木屑が舞い、弥八がくしゃみをする。
「……これが精米の神器の一部になるんですね」
次郎はふっと笑う。
その顔は職人のものだった。
※※※
9月20日。
お澄の16歳の誕生日。
この時代、誕生日を祝うという習慣は、公家や将軍などの最上層にしかない。それも祈祷などの儀礼として意味が強かった。
だが、壬生屋敷では今日、静かに誕生祝いが開かれようとしていた。
広間には、お澄とお琴が並んで座り、豊作は少し離れた席で胡座をかき、黙って様子を見ていた。
さやと弥八は、膳の準備を終え、台所へと向かう。
奥の調理場では、次郎が火加減を見ながら、何かを仕上げていた。
おとよと庄吉がその横で器を並べ、声を交わしている。
お琴が膝の上で手を組みながら言った。
「楽しみだね、お澄ちゃん」
お澄は、少しだけ笑ってうなずく。
「……うん。きっと、すごく美味しい料理が出てくるよ」
――その時。
「お待たせ、今日の主役料理の鶏の唐揚げだよ」
お澄は少し戸惑った顔をした。
この時代、鶏は神の使いとされ、日の出を告げる聖なる鳥とされていた。
薬用としては食べる事もあったが、食材としては避けられていたのだ。
それを揚げて供することに、戸惑いが生まれるのは当然の事だった。
お琴が唐揚げの匂いをかいで、ぱっと顔を明るくした。
「次郎ちゃん、すごくいい匂い! なんか……元気になる匂いだね!」
お澄はその言葉に、少しだけ目を伏せて微笑んだ。
唐揚げの湯気が、広間の空気をやわらかく包んでいた。
さやが言葉を添える。
「次郎様のお話では、これは薬のようなものだそうです。どうか、あまりお気になさらずに」
豊作が言う。
「さすがは殿です! 匂いだけで食欲がそそられますな!」
おとよたちが膳を抱え、皆の前に膳を置いてゆく。
さやがお澄の前で膝をつき、丁寧に膳を差し出した。
「失礼いたします」
膳の上には、艶やかな白米。
黄金色に揚げられた鶏のから揚げ。
干し大根の味噌漬けと、根菜の味噌汁が、
滅多に食べられないような、豪華な膳がそこにはあった。
お澄が少し驚いた顔を見せる。
「これは……白米? こんな高価なもの、次郎……いいのですか?」
次郎は笑って応えた。
「大丈夫だよ。じきに池田の里では、白米が普通に食べられるようになる。
実は、新しい精米の道具を作ったんだ。
精米で出る糠も無駄にしない。鶏や豚の餌にするんだ、そして家畜を増やして食べるんだ。
それに、家畜の糞は畑の肥料になるからね、全く無駄は出ないよ」
次郎は自信満々に言う。
「俺は池田の里の食文化を、もっともっと豊かにする、期待しててね」
「うん……す、すごいね」
お澄は次郎の語る未来が全く見えなかった。この時代、鶏はもちろん、牛も豚も食材ではなく薬用や、観賞用だった。
庄吉が台所から最後の椀を運び、自分の席につく。
それを見て次郎は宴席開始の合図を送る。
そしてお澄に微笑んだ。
「お澄、誕生日おめでとう」
声は少しだけ硬く、けれど確かだった。
「さあ、遠慮なく食べてくれ。今日は……お前のための膳だ」
お澄は、膳の湯気を見つめながら、静かにうなずいた。
お琴が隣で手を合わせる。
広間の空気が、膳とともに温まっていった。
お琴が嬉しそうに箸を手に取り、唐揚げをそっとつまむ。
黄金色に揚げられた衣の端には、塩が僅かにふられている。
「いただきます!」
口に運んだ瞬間、衣が軽く砕け、
中から熱い肉汁がじゅわっとあふれた。
塩の香りが跳ねて、舌の奥に旨味が広がる。
「……わっ! なにこれ……凄くおいしいよ!!」
お琴の声が跳ね、目がまんまるになった。
お澄も、箸で唐揚げをつまみ、静かに口に運ぶ。
噛んだ瞬間、香ばしさと塩の余韻が広がり、
舌の奥に、ほんのり甘い味が残った。
「……おいしい。こんな味、初めて」
豊作は黙って箸を伸ばし、唐揚げをひとつ口に運ぶ。
噛みしめたあと、頬を綻ばせた。
「うまい! こんな美味い肉は食べたことない!! 殿は天才だ!!」
豊作の声が広間に響き、皆がどっと笑う。
「それに白米がすげぇうめぇ。唐揚げとの相性も抜群だ! 一緒に食べるとなおうめぇ!」
豊作の言葉に、皆の顔がほころび、会話が弾む。
お琴は笑いながら、もうひとつ唐揚げをつまんで口元に運ぶ。
「次郎ちゃん、から揚げっておいしいね!」
「うん、たくさん揚げたから、いっぱい食べていいよ。でも、食べ過ぎてお腹壊しちゃ駄目だよ」
「ありがと! 次郎ちゃん、だい好き!」
唐揚げのお替りができると知り、お琴は幸せそうに唐揚げに手を伸ばした。
――この日、お琴が唐揚げを食べたことが、宗教世界の運命を変える。
だが、それは次のお話である。




