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49 誓い

※すいません、在庫が切れました。

これからは月、水、金の投稿を目指したいと思います。在庫が在れば連日投稿します。

翌日の朝


次郎は、楠予屋敷の門をくぐると、玄関へと進んだ。

書院を抜け広間を進み、奥座敷の前で一度立ち止まる。

奥座敷はかつて次郎が療養していた場所だ。部屋の障子は閉じられ、庭の光が縁側に淡く差していた。


さらに奥へと進むと、庭を隔てて、向こうの屋敷へと架けられた、渡り廊下が現れる。

その先は、楠予家の一族が暮らす内方うちかた――親族以外の立ち入りを禁じる静かな空間だ。


例外は侍女と、親族に案内された者だけ。

そのため次郎は、内方うちかたの前で歩みを止めた。


内方うちかたを親族以外は、出入り禁止と定めたのは、次郎自身だ。

奥の制度の草案を、玄馬と次郎が協力して作り、正重と源太郎が承認したのだ。



次郎は通路の脇に立ち、少し待った。

しばらくすると、侍女の一人が通りがかったので、次郎は頭を下げ「まつ様を呼んで欲しい」と頼んだ。

侍女は、お辞儀をすると、渡り廊下を引き返し、静かに奥へと消えていった。


しばらくすると、お琴の母の姿が見えた。

小袖の裾を整え、静かに歩いて来る。

「次郎殿……どうされましたか?」


次郎は、まつの前で膝をついた。

「お琴様に、お話があります。……まつ様、少しお時間を頂けますか」

まつは、何かを察し、少しだけ目を伏せた。

「……お琴は多分、庭で芋を見ています。昨日は芽が出たと、喜んでいましたよ」

次郎は頷いた。

「お琴様は植物がお好きですから。……芽が出たと、喜ぶお琴様を見た、私も嬉しくなりました」

少し間を置いて、次郎は言葉を継いだ。

「それでお昼に、お琴様を私の屋敷にご招待したいのですが、よろしいでしょうか?」

まつは、静かに頷いた。

その表情には、驚きも警戒もなかった。

「……分かりました。お琴には、私から伝えておきましょう」


次郎は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

まつは、少しだけ目を細めた。

「お琴は、芽の話をしていました。……泣いていなかった、と。次郎殿、あまり泣かせないで下さいね」

次郎は、少しだけ目を伏せた。

「……はい。泣かせません」


まつはそれ以上何も言わず、奥へと戻っていった。

その背は、揺れていなかった。

次郎は、膝をついたまま、庭の方を見た。

風が草を撫で、湿った風を運んでいた。



※昼・次郎の屋敷



お琴が侍女とともにやって来た。

侍女は送り返し、お琴だけを部屋に案内する。

障子を開け放つと、縁側に陽が差し込んだ。 庭の草花が揺れ、風は穏やかだった。


次郎は、お琴に部屋で待つように言うと、調理場へ向かった。

調理場には次郎が仕込んだプリンがある。

桶の中に冷たい水を張り、プリンの入った容器が入れてあった。


次郎は桶の水をそっと払って、プリンの入った布で包まれた容器を持ち上げる。

容器を布で包んであるのは、蒸したてのプリンの入った器を、冷水に沈めて、急激な温度変化で、器が割れるのを防ぐためだ。


次郎はプリンを丸盆の上にある木皿に移した。

木皿の横には、自作の木製スプーンが添えられている。


スプーンは枝を削って作ったもので、さじの先は小さく、お琴の口に合うように整えてある。

このような形の匙は、村にはまだない。次郎が試作した“特製”だった。


「よし、準備オッケーっと」

次郎は、2つ目のプリンを木皿に移すと、丸盆を両手で持ち上げた。

プリンを落とさないよう、視線を盆の縁に落としながら、ゆっくりと部屋へ戻った。


次郎が部屋へ戻ると、お琴が座って待っていた。

両手を膝に揃え、目を輝かせて盆の上を見つめている。


「お琴ちゃんのために、腕によりをかけて用意したプリンだよ」

次郎は、少しだけ視線を逸らしながら、丸盆を二人の間にそっと置いた。


お琴はそれを見て、ぱっと笑顔になった。

「やったぁ、次郎ちゃんのプリンだ! ありがとう!」

ちょこんと座り直すと、嬉しそうに匙を握った。

小さな匙でプリンをすくい、口元へと運ぶ。

蜂蜜の甘さが、お琴の口の中で溶けていく。


「やっぱり美味しいね、次郎ちゃんのプリン!」

お琴は、何度も匙を口に運びながら、頬をほころばせた。


次郎は隣に座り、自分もプリンを食べながら、お琴の様子を見ていた。

その口元には、静かな微笑が浮かんでいた。

(よし……お琴ちゃんの機嫌は、すごくいいぞ)


「お琴ちゃんは、最近よくうちに来るよね。凄くうれしいよ」

次郎がそう言うと、お琴はにこっと笑った。

「だって、次郎ちゃんのところ、あったかいもん」

「それは嬉しいな?」

次郎は、笑みを浮かべながら、お琴の頭を撫でた。


お琴は、匙を持ったまま、ぽつりと言った。

「ねえ、次郎ちゃん……お誕生日、もう過ぎたんだよね」

次郎は目を向けた。

「……ああそうか。怪我してた頃だったから、気づかなかったな。15歳になったんだっけ」

「わたし、ほんとは、お祝いをしたり、なにかあげたかったの」

次郎はお琴に微笑んだ。

「気持ちだけで十分だよ」

「ほんとにいいの? お誕生日なんだよ」


お琴の真っすぐな瞳に、次郎は、少しだけ目を伏せた。

(これってチャンスだよな、でもお琴ちゃんの気持ちを利用するのは気が引ける…)


次郎は意を決し、言葉を選ぶように、ゆっくり口を開いた。

「……じゃあ、お願いを聞いてくれるかな?」

お琴は、匙を握ったまま、こくんと頷いた。

「うん。聞く」

次郎は恐る恐る、口を開く。

「……お琴ちゃん。実は俺…お澄様を側室にしたいんだ…」

「正室のお琴ちゃんにどうしても、認めて欲しい」


お琴は、一瞬理解が追いつかず、動きを止めた。

風が障子を揺らした。


「……そくしつって……お嫁さん、もうひとりってこと? お澄ちゃんを?」


次郎は申し訳なさそうな顔で言う。

「……うん、ごめんね。お琴ちゃんと婚約する前から好きだったんだ。お琴ちゃんの事は勿論大切にする。本当にごめん、許して!!」

次郎は頭を下げ、土下座をする。


お琴は、次郎の姿を見て、少しだけ考えるように目を細めた。

そして、次郎に言った。

「お父様が、侍女のお菊ちゃんを側室にした時、お母様が言ってたの」

「武家の女の人は、そういうのがあるって。ちゃんと、がまんするのが、えらいって」

「だから……いいよ。お澄ちゃんを、次郎ちゃんのお嫁さんにしても」

「わたし、がんばるから。お母様みたいに仲良くする」


次郎は、しばらく言葉を返せなかった。

こんなにあっさり認めてくれるとは思わなかった。

お琴の顔を見て、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。

「……ありがとう、お琴ちゃん!」

「俺、頑張ってお琴ちゃんも、お澄様も幸せにするから!!」


お琴は、にこっと笑った。

めいいっぱい背伸びをした後の、その笑顔は、少しだけ誇らしげだった。

「じゃあ、がんばってね。わたしも、がんばるから」


次郎は頷いた。

お琴は、空になった木皿をそっと置いたあと、次郎の顔をちらっと見た。

すぐに目をそらして、にこっと笑った。

その笑顔には、がんばった自分をちょっとだけ意識した照れが、ほんのりと混じっていた。


次郎は、お琴の頭にそっと手を添えた。

指先に、静かに力が入った。

――この子を、守る。

どんなことがあっても、必ず幸せにする。


その誓いは、言葉にならず、ただ静かにそこにあった。

風が障子を揺らし、昼の光が庭に差していた。




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