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04 家族

 次郎を小者見習いにするとの村長の言葉に皆が驚く。

 宴のざわめきの中、村長の言葉が何度も次郎の頭の中で繰り返していた。

(我が家の小者見習いになるがいい…!)


それは、ただの奉公ではない。村の中心にある屋敷で働くということは、

情報、人脈、そして機会に触れられるということだ。

百姓の息子が、村長家の内側に入る――それは、まさに“出世の第一歩”だった。


「次郎、明日から屋敷に来い。朝の炊事場の手伝いから始めてもらう。菓子作りの腕は見事だったが、まずは基本からだ」

「はい! 何でもいたします!」

村長は満足げに頷いた。


「よかろう。お澄の誕生日に、良い贈り物となった。礼を言うぞ」


お澄さまが微笑みながら言った。

「次郎くん、明日からよろしくね。楽しみにしてるわ」

その言葉に、次郎の胸が高鳴る。


宴が終わり、村長の屋敷を後にした次郎は、すっかり暗くなった夜道をゆっくりと歩いた。

月明かりが田畑を照らし、虫の声が耳に残る。

空気は澄んでいて、すべてが心地よく感じられた。

今日は、いい夜だ――そんな気がした。


次郎が家の戸を開けると、母が振り返り、顔を見るなり駆け寄ってきた。

「次郎、どこに行ってたの!? 心配したのよ!」

「うん…。村長の娘、お澄さまの誕生祝いに行ってたんだ」


豊作が眉間にしわを寄せる。

「お前がお澄さまの誕生祝いにだって? 身分を知れ! 身分を! お前如きが参加していいもんじゃねえぞ、村長様に咎められたらどうするんだ! 家族に迷惑をかけるな!」

豊作はいら立ちをぶつけるように、怒鳴りつけた。

次郎の浮かれ気分は、一瞬で吹き飛び、怒鳴り声が屋根の梁にまで響いた気がした。

言葉は出ず、胸の奥でじわじわと怒りが沸いてくる。


「ふざけんな! 俺はお前みたいな乱暴者じゃない舐めんなよ!」

「なんだとこの野郎!! 弟のくせに盾突きやがって!」


豊作が腰を浮かせ、次郎に掴みかかろうとしたその瞬間。

次郎は一歩踏み出し、静かに告げた。

「村長様の小者見習いとして働く事になった! お前如きが俺に触れるのは許されないぞ!」

「なん…だと…」

「次郎、どういうことなの? 詳しく話して」

母のみよが身を乗り出す。

囲炉裏の火が揺れ、家の空気がぴんと張り詰めた。

満左衛門が次郎の肩を掴んだ。

「おい次郎、本当に村長様の小者見習いになれるのか!?」


次郎は深く息を吸い、言葉を選びながら話し始めた。

「今日、お澄さまの誕生日祝い行って、菓子を贈ったんだ。村長様がそれを気に入ってくださって…それで、屋敷で働かないかって言われた。明日から住み込みで炊事場の手伝いをすることになった」


母は目を見開き、口元に手を当てた。

「本当に…村長様が…すごいわ」

「うん。俺、ちゃんと認められたんだ。見どころがあるってさ…」


豊作は立ち上がったまま、拳を握りしめていた。顔は怒りに染まっていたが、言葉が出ないようだった。

「…お前が屋敷に入る? そんな…くそっ!」


満左衛門が次郎の手を取った。

「次郎よくやった! これで我が家の未来は明るいぞ!」

「豊作も喜べ、お前達は仲が悪いがこれからは協力するんだ。次郎が村長さまの所で出世すれば、お前は村長さまのご推挙でご領主さまに仕えて武士に取り立てられるかも知れないんだぞ」

「武士に…」

「そうだ豊作。お前の夢だった武士が、より現実になるんだ」


豊作は一度口を開きかけたが、言葉にならず、唇を噛んだ。

視線を逸らし、囲炉裏の火をじっと見つめる。

わずかな沈黙のあと、口惜しさいっぱいの顔で言った。

「…ちっ。仕方ねえな。よかったな次郎、村長さまに気に入られるように俺のために励めよ」


豊作の言葉は、まるで釘のように次郎の胸に刺さった。

(俺のために励めよ…だと!?)

怒りが胸の奥でじわじわと沸き上がる。

その時、父が言った。

「豊作よく言った! 次郎はこれから長男の豊作を盛り立てるんだぞ。村長の家で偉くなって、豊作を推挙するんだ。豊作は小者なんかじゃ終わらない、武士になって侍大将になる器だ。わっはっは」


父・満左衛門の顔は、いつもの疲れ切った顔ではなく、嬉しそうだった。


(くそっ……両親はいつも、俺が豊作に虐められてても見て見ぬふりだ。

長男だからって何だよ。俺は、もうこの家のことなんか知らない。

自分の道は、自分で切り開いてやる!)


「わかったよ父さん、兄さんと協力して家を盛り立てるよ」

「よく言った次郎、明日から頑張るんだぞ!」

次郎は穏便に家を出るため、話を合わせた。


(バカな奴らだ、この家を出るための方便に決まってるだろ。俺が話を合わせてるだけだって、どうして分からないんだ? 今度の“家族ガチャ”は大失敗だな…)


囲炉裏の火がぱちりと鳴り、家の中は笑い声で満ちていた。

次郎は灯りを背に、静かに外へ出た。

夜風が頬を撫で、誰にも気づかれず、足音だけが遠ざかっていった。


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