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42 風見鶏

1541年3月下旬


越智家の軍が楠予領に向けて出陣した。


はじめに輔頼の軍勢七百と、元頼率いる八百の軍勢が、国分寺城に集結する。

その後、千五百の軍勢は国分寺を出て東南の山道を進み、平野に抜けた。ここで、大野虎道 、国安利勝、高田圭馬、楠河昌成らの軍勢五百五十が加わり、二千を超える大軍に膨れ上がった。


ーーー


越智輔頼・元頼の陣


楠予家との国境で、越智軍は一旦陣を張った。白布で囲った本陣の中、風が布を揺らす。

地面は踏み固められ、兵の足音が遠くに響いている。


陣の上座には、越智輔頼と越智元頼が並んで座っていた。

左右の列には川之江兵部、三宅主膳、古谷宗全、玉川監物らが並び、国分寺の南東の地侍、大野虎道、国安利勝、高田圭馬、楠河昌成らも控えている。


そこに物見が駆け込んだ。

「楠予軍、池田への途上の道にある丘に、砦を築いております。兵は千以上。弓と槍を備えて待ち構えております!」


元頼が布の隙間から入る風を感じながら言った。

「丘か。数はこちらが勝るが、油断は出来ぬ。楠予の弓と槍は、侮れん」


輔頼が鼻を鳴らす。

「楠予の槍なら我が軍にもある。楠予の槍など、少し長いだけじゃ。問題はない」

川之江兵部が笑う。

「さよう。楠予の兵など、寄せ集めに過ぎん。一年ほど前までは、わずか二百の地侍に過ぎなかったのだ」

三宅主膳が静かに言う。

「されど敵の望む場所で戦うのは、愚策と言うもの」

川之江が睨む。

「なんだと、この老いぼれが!」


輔頼が手を上げた。

「止めよ兵部。今はまだ味方じゃ。それに主膳の申すことには一理ある。

敵の望む場所ではなく、俺の望む場所で戦う」


輔頼は広江港のある方を指差す。

「我が軍を港へ向かわせれば、楠予は砦を捨てて動く。そこを叩き潰すのじゃ」


古谷宗全が頷く。

「さすがは輔頼様。敵を動かしてから討つ、見事な策です」


玉川監物が進み出る。

「元頼様いかがされますか。確かに輔頼殿の言う事、兵法に適っております。虚を衝き、声東撃西で誘い出し、誘敵深入――敵を深く誘い込み、包囲する。良い策かと」


輔頼は満足気に、地図を指で押さえながら言った。

「監物、よくぞ申した。元頼殿の家臣の癖に、わが意を深く理解しておるではないか」


大野虎道が名乗り出る。

「それでは港へは、我ら地元の軍が向かいましょう。我らには地の利があります。

輔頼様と元頼様は敵の行軍路に陣を敷き、迎え討って下さい。我らは楠予が動けば、すぐに引き返し、背後と側面を突きましょう」


川之江が頷く。

「確かに此処は地の利のある者が動くのが良い。迷いでもしたら、機を逃すからな」

輔頼が元頼を見た。

「元頼殿も、それでよいな。何か策があれば、聞かぬでもないぞ」


元頼は空を見上げ、鼻を鳴らした。

「ふん……まあ、それで良かろう。楠予動けば我らに討たれ。動かねば、港が焼けおちる。どっちに転んでも損はない」


白布が風に揺れた。

その音は、越智家が動き出す合図のようだった。


※※


楠予軍、大影砦


国分寺から池田への途上にある、大影の丘に築かれた砦。

風が強く、旗が鳴っていた。

次郎たちは望遠筒を覗きながら、港へ向かう越智軍の一団を見ていた。


又衛兵が呟いた。

「東へ軍が動いている。港の方へ一部の軍を向かわせたのか……。あれは越智の旗ではない。大野虎道の家紋だ。国安、楠河、高田もいる。輔頼と元頼の本軍は動かぬつもりだな。港を餌に我らを誘っておる」


友之丞が火の前で地図を広げた。

「港に向かうのは、地の利のある東の地侍たち。……寝返り予定の者たちだ。この誘いに乗り、砦を出るしかない」


次郎は火の揺れを見つめた。

「砦は動かせません。ですが平野でもロングボウは威力があります、打って出て、輔頼の首を取りましょう!」


(お澄様を傷つけた輔頼は許さねえ!アイツは俺が殺す!!) 


兵馬が拳を握る。

「そうだ打って出よう。越智軍を叩きのめそう!」


玄馬が進言する。

「御屋形様。港へ向かった大野らの軍は、越智軍の東にいます。ならば我らは北西に進み。西と東から越智軍を挟みうちにするのが良ろしいかと」


玄馬がさらに言葉を重ねる。

「越智軍は我らが、大野軍らに側面を突かれる事を警戒し、西に移動したと思う筈。何も知らない越智軍は、大野らに背後を見せるでしょう」


又衛兵が腰の太刀を軽く叩いた。

「決まったな! 御屋形様。憎き輔頼を討ちましょうぞ」


源左衛門正重が立ち上がる。

風が白布を鳴らし、旗が揺れた。

「……出陣せよ。

風は我らに吹いておる。越智軍を挟みうちにし、輔頼の首をあげ、志乃と正若丸しょうじゃくまるの仇を討て!」


その声に、地図を見ていた者たちが一斉に顔を上げた。

兵馬が太刀を抜き、天に掲げる。

「よし、出陣だ!」

又衛兵が笑う。

義弟おとうとよ、弓を忘れるな。俺は前に出るぞ!」

玉之江甚八が言う。

「作兵衛、武功を上げるぞ」

吉田作兵衛が応える。

「おうよ。このわしが大野を調略しておるのじゃ。この戦は楽勝じゃ」

大保木佐介が笑う。

「吉田殿はご高齢、あまり無理をなされぬようにな」

「ぶはっ。作兵衛、言われておるではないか。無理をするな」

作兵衛は怒らず返した。

「そうじゃの。あの美味い芋を、たらふく食わねば、死んでも死に切れん。死ぬのは甚八に任せるぞ」

「誰が死ぬか!」


友之丞が兵士にも聞こえるよう叫ぶ。

「遊んでいる暇はないぞ! みんな北西へ進め。越智軍を挟みうちにするのだ!」


その声に陣幕の周りにいた兵たちがいそいそと立ち上がり、太刀を確かめ、馬を引き出す。


砦のあちこちから声が上がる。

「出陣じゃ、打って出るぞ。北西に進め!」

旗が鳴り、馬が跳ねた。

楠予軍、総勢千二百。

全軍が大影砦を打って出た。


ーーー


※半刻後。


楠予軍は、越智軍の西に陣を張った。

旗が揺れ、馬が鼻を鳴らす。


正面には、輔頼と元頼の本軍千五百。戦いの始まりは、越智軍から攻撃だった。


次郎は楠予軍の一部隊を率いていた。

その数、総勢百人。

自身の常備兵が三十人、農民兵が三十人。これに正重から貸出された与力が四十人。これらは弓、槍、足軽の混成部隊だった。


次郎は弓兵を見渡した。

「まだ撃つな。矢は温存しろ。……。大野軍が越智軍の後方を突いた時に、一気に仕掛けるんだ!」


弥八が頷く。

「敵は出てます。撃てば当たりますが、撃てないのが惜しい」


槍がぶつかり、馬が悲鳴を上げた。

平野の中央で、楠予軍と越智軍が激しくぶつかっていた。

土が跳ね、叫びが飛び、旗が揺れていた。


又衛兵が叫ぶ。

「大野が寝返るまで、押されてるフリをするのじゃ! 前に出るな、崩すな!」

兵馬が前線で太刀を振るいながら怒鳴る。

「下がるな! 踏みとどまれ! だが死ぬな!」

玄馬が後方で地図を睨み、次郎の方へ声を飛ばす。

「弓はまだだ! 撃つな! 撃たせるな!」


(はあ、何言ってんの!? 撃つな、撃たせるなって、そんなの無理に決まってんだろ!!)


次郎は弓兵に声を掛ける。

「みんな、焦るな! 一矢入魂だ! 一本一本、大切にしていこう!」


弥八が弓を引きながら言う。

「うう……本気で撃てないとは。味方が押されてるのに…」


庄吉が矢束を抱え、汗を拭った。

「矢を百束運んで来ました。ですが撃ち始めたら、すぐ尽きます」


越智軍の前衛が押し寄せる。

槍が突き出され、楠予の兵が一歩、また一歩と下がる。


兵馬が叫ぶ。

「踏みとどまれ! 反撃の時は近いぞ。死んでも下がるな!」


吉田作兵衛も耐える。

「もう少しの辛抱じゃ。敵を引きつけろ! だが死んではならんぞ」


風が吹いていた。

旗が鳴り、土が跳ねた。

楠予軍はひたすら耐えていた。大野らの軍が、越智軍の背後を取るその時の為に。


※※


大野虎道視点。


その頃、

大野虎道、国安利勝、高田圭馬、楠河昌成の四人は、越智軍と楠予軍の両方ににらみをかせる位置で軍を停止し、陣を張っていた。


陣幕は張らず、4人は椅子に腰を掛ける。


大野虎道が越智軍を指差す。

「今すぐ越智軍の背を突けば、必ず勝てる。楠予が前で踏ん張っておる。今なら間に合う」


高田圭馬が腕を組んだまま言う。

「確かに、越智の本軍のほとんどが、こちら背を向けている。だが、楠予が崩れれば、我らは孤立する」


国安利勝が首を振った。

「作兵衛の話は大げさだった。楠予は弱い。押されておる。あれでは勝てん」

楠河昌成が大野を見て言った。

「寝返ると決めたのは、勝てると思ったからだ。だが、今の楠予の体たらくはどうだ?」


大野が苛立ちを隠さず言う。

「勝ち目は作るものだ。今動けば、越智の背はがら空きだ。楠予が崩れる前に、我らが動けばよい」


国安が風を見ながら言った。

「裏切り者は負ければ、一族を皆殺しにされても文句をいえぬ。……どちらに付くかは、もう少し様子を見てからでも遅くはない」


大野が言う。

「なぜ分からん! 我らが味方すれば楠予は勝つ! 様子見など必要ない!!」


国安利勝が反論する

「現実を見ろ。越智は楠予より強い。越智家は内部分裂して弱体したが、楠予という敵を得て、協力している」


「ここで我らが越智を攻め、元頼と輔頼のうち、一人でも取り逃せば、真っ先に狙われるのは我らだぞ」


高田が槍の柄を握り直した。

「そうだ、俺はまだ動かんぞ。越智が勝つなら、越智に付く。楠予が勝つなら、楠予に付く。それだけだ」


楠河が短く言った。

「勝ちそうな方に付く。それが戦国の習いだ」


大野は黙った。

遠くで戦の煙が見える。

楠予軍は、押されてはいたが、まだ踏みとどまっていた。


このまま推移すれば、楠予が負ける、そう誰もが思っていた。


だがその時、天が黒く染まった。

楠予軍の陣から凄まじい数の矢が放たれたのだ。

空が覆われるほどの連続射撃。

矢は越智軍の前衛を越え、本陣にまで届いていた。


椅子に腰掛けていた大野達四人は、その光景に驚愕する。

国安利勝が椅子の肘掛けを握りながら言った。

「なんだあの矢は! なぜあれほどの飛距離が出せる!」

楠河昌成が眉をひそめる。

「あれが噂に聞く楠予の弓か……噂以上ではないか! 話が違うぞ!」


「見ろ、越智軍が逃げ出したぞ! 総崩れだ! まずいぞ、ここで功を立てねば、俺達の立場が無くなる!」

高田圭馬が椅子を蹴って立ち上がった。


大野虎道も立ち上がり、太刀の柄に手を添えた。

「行くぞ! まだ間に合う。輔頼か元頼の首を取れば、弁明の余地はある!」


残りの二人も椅子を蹴り飛ばし、それぞれの家臣に突撃命令を下す。

「旗を上げろ! 我らは楠予に加勢する! 越智軍を逃がすな!」

「遅れるな! 輔頼、元頼のどちらでもいい、首を取るのだ!」


大野らの軍勢五百五十が一斉に、越智軍の本陣を目指して駆け出した。


槍を構えた足軽が叫びながら走り出し、騎馬武者が前列を割って進む。

旗本武者が号令を飛ばす。

「大野軍、突撃――!」

足軽が「わぁー」と叫び声をあげ。旗をふるわせながら、我先われさきにと、逃げる越智軍を追いかける。

地鳴りのような足音が響き、土煙を舞いあげた。


一刻後。

平野には越智軍の屍が累々と続き、折れた旗が散らかっていた。

だがそこには、輔頼と元頼の遺体はなかった。





※※※※

次回、時は少し戻り。

輔頼や次郎の視点になります。

※半刻後。一時間後。この物語では一刻を二時間とさせて貰います。

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