37 池田の里の発展
1540年10月下旬。
次郎が人質として、お澄と入れ替わってから数日で、2つの技術提供が終わった。
三間槍は設計図と実物を見せれば理解が早く。千歯抜きは木製の歯板と構造が単純で、腕の良い職人が中を見れば再現可能であるからだ。
古谷宗全の了承を得た次郎は、心に重いものを抱えながらも、弟子のおことを残し、弥八と数名の兵を伴い池田の里への帰路についた。
夜になり、次郎たちが楠予家の屋敷の門をくぐると、門番の権蔵が静かに頭を下げた。
「ああ、次郎殿、戻られたのだな。御屋形様がお待ちです」
広間では、源左衛門・正重が扇を膝に置いたまま座していた。
その他には源太郎、玄馬、兵馬、友之丞、又衛兵と一門衆が雁首を揃えていた。
次郎が深く頭を下げると、正重は静かに言った。
「ご苦労であった。技術は、無事渡ったのだな」
「はい。三間槍、千歯扱きの技術提供が終わりました。望遠鏡の技術は難しいので、あと1月はかかるでしょう」
正重は頷いた。
正重は手に持った、扇をパシリと閉じる。
「越智家は満足であろうな。……だが」
源太郎が、扇を閉じる音に目を向けながら言った。
「お澄が、池田に戻った後――誰とも会おうとせぬ」
「我ら一門で座敷にて顔を合わせたが、記憶は戻らなかった」
「その後、部屋を訪れても、侍女のさやに追い返されてしまう。
『誰とも会いたくない』と言っているらしくてな」
広間が静まり返った。
灯りの揺れが、次郎の影を歪ませる。
次郎は、懐から小さな布を取り出した。
それは昔、次郎がお澄から頂いたものだった。
昔、次郎が木槍の稽古で汗だくになっていたとき、お澄が黙って布を差し出した。
「これ兄上たちの練習用に、私が縫った物ですけど。丈夫なんですよ」と。
次郎は、布を見つめた。
(……お澄様。記憶を失い、家族にまで心を閉じておられる)
(越智家では余程つらい目に遭われたのだな…)
次郎は、お澄のことを思うと、胸の奥がじわりと痛んだ。
声に出すこともできず、ただ布を見つめていた。
※※※
一週間後。湯築城
伊予の国主。
河野・弾正少弼・通直
楠予家の四男・友之丞は職人を連れ、越智家の主君、河野家の居城・湯築城を訪れていた。
数日の待機の後に、通直との面会が許され、友之丞は湯築城の奥の部屋に通された。そこには河野通直と、通直の娘婿・村上通康がいた。
友之丞は、河野通直に深々と頭を下げた。
「我ら楠予家、これまで越智家に仕えて参りましたが――
このたび、池田の里を拠点とし、独立を致しました事を、ご報告致します」
「されど河野家のご威光は重々承知しており、 河野家に謀反する意図はございません。
越智家は内紛により、混乱収まらず。輔頼様は正若丸様を殺害。元頼様は、金子侵攻の折、援軍を送らず我らを見捨てました。その上、金子との戦の傷も癒えぬうちから、輔頼派を討てとのご命令。もはや越智家には従えなかったのです」
友之丞の弁明に、
座していた河野通直は、扇を静かに閉じた。
「……楠予家は、越智を敵に回したことを理解しておるな」
友之丞のは、額を畳に付けた。
「承知しております。我ら楠予家の河野家への忠誠は、越智家より上と存じます。その証として職人をつれ、我が家が開発した、従来の3倍の働きをする脱穀機と、防御に優れた新しい槍の技術を持参致しました。何卒、河野家の直臣となる事、お認め下さい」
友之丞は、脇に控えていた職人に目配せした。
職人が布をめくると、三間槍の設計図と、千歯扱きの設計図が現れる。
河野通直は扇子を開き、満足気に頷いた。
「うむ、楠予家は以前に望遠鏡なる物を献上した。その忠誠心は、確かに越智よりは上だと認めよう。だがーー」
通直は扇子をパチリと閉じる。
「まだ少し足りぬ」
友之丞の目が微かに厳しくなる。
「はっ、どのように致せば、お認め頂けるのでございましょうか?」
「こちらに控えるは、わが愛娘、お国の娘婿の村上通康じゃ。余は通康を後継者にしたい。一朝有事の際には協力せよ」
友之丞は目を閉じ、暫し考える。
「……申し訳ございません。私に、そこまでの権限はございません。御屋形様のご意向を伺った後、返答致したく存じます」
通直は強い目で友之丞を暫く見る。
やがて軽く息を吐き。
「まあ、よかろう。池田は遠い、さほど期待はしておらぬ。ただし、敵に回る事は許さぬぞ」
「はっ。承知致しました」
※※※
朝の風が冷たくなり始めた頃、田と田の間の畔道に次郎がしゃがみ込んでいた。
刈り終えた稲株が並ぶ土の上に、霜がうっすらと降りている。
その手には村人に頼み、数本だけ残しておいた稲の穂。粒の揃い、茎の太さ、根の張り――次郎は黙って見極めていた。
「次郎ちゃん!」
少し離れたところから、幼い声が響いた。
振り返ると、婚約者のお琴が侍女に手を引かれながら、ちょこちょこと畔道を歩いてくる。
最近、お琴は次郎のそばをついて回るようになった。
侍女が目を離すと、いつの間にか鍛冶場の隅や、田の見回りにまで現れる。
「次郎ちゃんだいすき」と言っては、次郎の後ろをちょこちょこ歩くのだ。
侍女が少し困った顔で頭を下げる。
「申し訳ありません、また抜け出されまして……」
次郎は微笑み、頭を振った。
「大丈夫です。ここは危なくないですから。……お琴様、寒くはないですか?」
お琴は首を振り、次郎の手元を覗き込む。
「それ、つよい稲なの?」
「そうです。風にも、寒さにも負けず、実をつけた。来年は、これを種にして増やします」
「ふーん……じゃあ、次郎ちゃんの稲だね」
次郎は少し驚いた顔をして、笑った。
「そうですね、次郎の稲です。お琴様のごはんになるかもしれませんね」
お琴は嬉しそうに眼を輝かせた。
「次郎ちゃんのごはん食べたい! いっぱい育ててね!」
次郎は、籠に選んだ稲をそっと置いた。
その手つきは、槍を握る時とは違う。
戦を越えた先にある、静かな技術者の手だった。
風が吹き抜け、畔の草がざわりと鳴った。
次郎は立ち上がり、お琴の頭を軽く撫でると、「さあ、帰りましょう」と籠を抱えて田を後にした。
※※※
次郎はお琴を連れ、鍛冶場に戻った。
次郎の鍛冶場は、今や八人の弟子が交代で槌を振るう工房となっていた。
鍛冶場は増築され、火床の数が三つに増え、鉄の音が絶え間なく響いている。
その隣には、鏡筒を磨く遠視工房が建てられ、細工師の若者2人が静かにレンズを研いでいる。
そして昨日、新たな建物が完成した。薬を作るための薬房だ。
薬房は煎じ室と薬草棚を備えた、命を扱う場所だ。
次郎は、火床の熱を背に受けながら、薬房の扉を押し開けた。
干した桔梗の香りが、静かに鼻をくすぐる。
「お琴様、ここは人々の役に立つ薬を作るところなんですよ」
お琴は、薬草棚に並ぶ小瓶を見上げながら、ぱっと顔を輝かせた。
「すごいね……お薬って、痛いのもなおっちゃうの?」
次郎は微笑み、棚の一角から桔梗の束をそっと取り出した。
「はい。咳が出るときや、熱があるときに使います。お琴様が転んで膝を擦りむいたときも、ここで薬を作って塗ることができますよ」
お琴は自分の膝を見下ろし、少し考えるような顔をした。
「じゃあ、次郎ちゃんがつくったら、すぐなおるね」
「そうですね。すぐとは限りませんが、早く治るように、工夫します」
お琴は初めての薬房を楽しそうに見ていた。
棚に並ぶ薬瓶を覗き込みながら、「これ、みんな“なおるやつ”なんだね」と言った。
近くにいた薬師の善八が、にこりと笑って答えた。
「はい、お琴様。これは桔梗、咳を鎮める力があります。……こちらは葛根、熱を下げるのに使います」
お琴は真剣な顔で瓶を見つめていた。
次郎はその様子を見て、少しだけ微笑むと、棚の奥へと歩いていった。
彼は、今日の調合に使う薬草を選び始めた。
(よし薬房の初仕事は、民の役に立ち、お金にもなる物をつくる事だ)
次郎はスキル一覧から薬剤を選ぶ。
【清風散(十五薬草式)製造工程:知識Lv13】
価格:36000文
効果:高級処方の製造技術。希少薬草の選定・毒性処理・精密加工・意匠包装まで対応可能。
薬房での製造が可能になる。献上品・貴人向け処方の基盤技術。
一部クラフト解放(煎じ薬系・高級複合処方系)。
目的
重度の風邪・咳・寒気・頭痛・炎症・気管支症状への対応。
薬効・保存性・見た目すべてにおいて最高水準。献上・贈答・貴人の常備薬として使用。
(この時代でこの効果なら、万能薬って言っても、いいんじゃないか?)
構成
交易・栽培ルートを確保した希少薬草を含む十五種構成。
薬効の相乗効果と毒性管理を両立。包装は絹包+蘭香+薬名印。
① 材料選定(希少薬草含む)
• 葛根:発汗・解熱・肩こり緩和
• 桔梗:去痰・咳止め
• 生姜:体温調整・胃腸保護
• 甘草:調和・抗炎症
• 大棗:滋養・味の調整
• 麻黄:気管支拡張・発汗促進(交易依存)
• 黄芩:抗菌・解毒・炎症抑制
• 杏仁:鎮咳・去痰
• 柴胡:解熱・抗炎症
• 芍薬:鎮痛・筋肉緊張緩和
• 半夏:痰切り・吐き気止め
• 桂皮:血行促進・発汗
• 紫蘇葉:発汗・解毒
• 陳皮:健胃・去痰
• 白朮:利水・健脾
② 加工工程
• 微刻:薬草ごとに専用刃で刻む(0.5cm以下)
• 毒性処理:麻黄・半夏は温水浸漬+乾燥
-乾燥:低温乾燥棚で48時間管理
• 粉砕:陶臼で粒度調整(煎じ効率と香り保持)
• 篩分:絹製ふるいで粒度を均一化
• 混合:銀鉢で均一に混ぜる(比率は症状別に調整)
③ 包装・保存
• 包装:絹包+蘭香添付。薬名印を押印
• 保存:桐箱に封入。乾燥剤(焙じ白朮粉)を同封
• 使用期限:常温保存で60日以内推奨
④ 使用法
• 煎じ:水350mlに1包を入れ、弱火で20分煮出す
• 服用:温かいうちに飲む。1日2回まで。体調に応じて調整可
──よし購入。
次郎の脳裏に、複雑な薬草の香りと共に知識が流れ込んでくる。
カッコンの刻み方、マオウの発汗作用、半夏の毒性処理。
──煎じは水三百、火は弱火で十五分。混合比率は症状に応じて調整。
頭が熱い。だが、痛くはない。
「これが、命を守るために磨かれた薬術か……」
次郎は棚の薬草を見渡した。
(希少薬草〘麻黄・黄芩など〙は交易ルートを通じて入手可能だが、単価が高く、安定供給は困難だろうな。これの完全版は貴人向けだな)
次郎は手元の束を持ち上げ、指先で重さを測る。
(麻黄だけで50文。黄芩も同じ。加工と包装を入れれば、原価は100文では済まん)
(……売値は200文? いや、貴人向けなら2000文でも安いだろう。材料が貴重だからな)
「命を守る薬だ。買うか買わないかは相手次第だ」
次に次郎は1ランク落ちる、富裕層向けの高級処方を考案する。
名前は清風散(十二薬草式)。
除外するのは希少薬草:5種:麻黄、黄芩、杏仁、柴胡、山梔子
追加するのは入手が比較的楽な薬草:2種:山薬(追加)薄荷(追加)
(これだと原価は七十くらいで入手難易度はグッと下がる。お値段は300でいいな)
最後に次郎は庶民向けの薬を考案した。
その名は清風散(十薬草式)
使う薬草は10種類
• 葛根• 桔梗• 生姜• 甘草• 大棗
• 芍薬• 半夏• 桂皮• 紫蘇葉• 陳皮
(こいつのいいところは、池田の里とその周辺だけで、ほぼ採取が可能という点だ。
桂皮だけは外から買う必要があるが、それ以外は自給できる。材料には困らない)
(庶民用の原価は60文ぐらいかな。売値は60文でいいか。1処方分で15包は取れるから十分な利益が出る)
(貴人用の原価は1包あたり8文だが、献上品としての包装、意匠、希少薬草の選定――
それらを含めれば、1包2000文でも“高すぎる”とは言われないだろう)
次郎はこうして3種類の清風散の値段を決めた。
貴人用(十五薬草式)
1包2000文
1包あたりの原価8文
富裕用(十二薬草式)
1包300文
1包あたりの原価6文
庶民用(十薬草式)
1包60文
1包あたりの原価5文
※※
余談
半年後、池田の里には、朝から人の流れが絶えなかった。
薬房の前には、咳き込む農夫、子を抱えた母。
さらに噂を聞きつけた商人が遠方から駆けつけ列をなしていた。
棚には清風散の三種が、用途と価格に応じて並べられている。
庶民用の十薬草式は、60文で1包。
「これで熱が下がるなら、ありがたい」と、農夫は銭を握りしめて笑った。
善八と善八の弟子たちが煎じ方を丁寧に説明し、薬草の香りが拡張された薬房の奥から漂ってくる。
貴人用や富裕層向けの清風散は、絹包に包まれ、商人たちが贈答用に買い求めた。
「この包装なら、城下の旦那衆にも喜ばれましょう」と、細工師が蘭香を添えて仕上げる。
そして、貴人用の十五薬草式は、桐箱に封じられ商人の馬車へと積まれていく。
次郎が整備した交易路には、薬草を積んだ荷車が往来し、池田の里に金を落とす。
池田の里には多くの宿と飲食店が建ち、人が人を呼ぶ好景気が生まれていた。
今や池田の里は、鉄と薬と遠視具を扱う三つの工房を中心に、
命と技術を支える拠点として、静かに、だが確実に名を広げていくのだった。




