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幕間 まだ見ぬライバル

1540年、尾張・那古野。


六歳の吉法師は、朝の支度を誰よりも早く終える。

髪は整い、衣は皺ひとつなく、草履は揃っている。

侍女が声をかける前に、すでに書院へ向かっていた。


書院には、三人の小姓が先に座している。

彼らはまだ四歳。

乳兄弟の勝三郎と、吉法師が見出した内蔵助くらのすけと弥五郎だ。


勝三郎は槍の稽古では誰よりも汗を流すが、礼法と語学にはまだ難儀していた。

「勝三郎、巻物は三つ。今日中に読め」

「……うん、がんばる」

信長の声は静かだったが、容赦はなかった。


「内蔵助と弥五郎は勝三郎を見習い、武芸をもっと磨かねばならぬ。だが勉学は見事じゃ褒めてつかわす」


兵法、礼法、語学――吉法師は日々、徹底した教育を三人に施していた。

家臣たちは、密かに驚いていた。

奇行も粗野さもない。

むしろ、整然とした振る舞いと苛烈な指導が、幼い主君の中に根を張っていた。


「さすが御屋形様のご嫡男。織田家の将来は安泰じゃ」

「さよう、あの年であの統率力は異常だ」

「一年ほど前は御気性が激しゅうございましたが、お世継ぎとしてのご自覚を持たれたのであろうな」


吉法師は語らない。

だが、彼の行動には一貫した意図があった。

小姓の配置、侍女の動線、書院の時間割――

すべてが、目的に向かって整えられていた。


そのとき、廊下の向こうから小さな足音が聞こえた。

「兄うえ〜!」

勘十郎、四歳。吉法師の弟で、まだ幼さの残る顔で駆け寄ってくる。

吉法師は立ち上がり、膝を折って弟を迎えた。

「今日は弓と書道、どちらが習いたい?」

勘十郎は少し考えて、指を口に当てた。

「……えっと、弓!」

「よし。では、昼までに弓を三射。的に当たれば、菓子を一つだ」

勝三郎はそのやり取りを見て、少し驚いた。

吉法師様は、誰よりも厳しい。

だが、弟には――優しかった。


「吉法師様は、誰よりも早く動かれます。誰よりも、厳しく」

「でも、誰よりも……信じてくださる」

勝三郎は、巻物を開きながら呟いた。

吉法師は、ただ頷いた。

その瞳には、迷いも幼さもなかった。

ただ、前を見ていた。

まだ見ぬ――新しい未来を見据えて。

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