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02 初めての売買

「よっしゃあああー!!」

次郎の叫び声が森に響いた。


「これを売れば、お金がいっぱい手に入るぞ!」

束ねた薪を抱え、次郎は気持ちを抑えきれず、足早に村の中心地へと向かった。

村の広場には雑貨屋や炊事場が並び、人の行き来も多い。

その場所は、村の中でもとくに賑わいのある一角だった。

道すがら、次郎の頭の中では“販売”のシミュレーションが始まっていた。


(村の炊事場で使ってもらえれば、品質の違いもすぐ分かるはず…)

(いや、まずは雑貨屋のお春さんのところか。あそこなら買い取りしてくれるかも!)

村に着くと、次郎は雑貨屋の店主・お春に声をかけた。

「お春さん、この薪、ちょっと見てもらえませんか?」

「薪? あんたが作ったのかい? …ほう、なかなか綺麗に割れてるじゃないか」


お春は薪を手に取り、重さや割れ目を確認する。

そして、次郎の目を見て言った。

「これ、良い薪だね。煙も少なそうだし、火持ちも良さそう。1文で買い取るよ」

「え?…1文?」

「なんだいイヤなのかい? イヤならこの話はなしだよ!」


(なんで? 売却価格2文じゃないの? もしかして子供だからなめられてる?)


次郎は口を開きかけて、やめた。

「わかりました、1文でお願いします…」

「あいよ、またいい薪があったら持ってきな」


そう言われて、次郎は銅銭を1枚渡された。

(くそっ、俺が子供だからって…)

(いや待て! こういう時は社交スキルがあるんじゃないか?)


次郎はすぐに画面を開いて、スキル一覧を確認する。


【交渉スキルL1:知識Lv2】

価格:5文   (所持金10文)

効果:価格交渉が可能になる。期待値30%売却価格上昇。購入価格20%低下。


「これだ…! 今の俺に必要なのは、これだよ!」

「購入!」

次郎の脳にまた知識が流れ込んでくる。


言葉の選び方、相手の表情の読み方、タイミングの取り方。

まるで商人の経験が頭にインストールされたような感覚。


(次は負けない。絶対に適正価格で売ってやるんだ!)

次郎は再び森へ向かい、薪を作る。

時間ギリギリまで3つの薪の束を作り。

そして、再び雑貨屋へ。


「お春さん、また薪持ってきました。今回はちょっと自信あります」

「ほう、また来たかい。…ふむ、前回と同様良い薪だね。じゃあ、1文で――」

(くそっ、1文で値切るつもりだな!)

すかさず次郎がお春の言葉を遮る。

「ちょっと待ってください!」

「この薪、品質も火持ちも前回よりずっといいと思うんです。

2文で…お願いできませんか?」


 お春が目を細める。

「某や、確かにこの薪だったら3文、いや4文でも売れるだろうよ。でもここは農村だよ。薪は自分で作るものだろ? つまりあまり需要がないんだよ。分かるかい?」

「あっ…」


お春はニヤリと笑うと3文を次郎の手の平に乗せた。

(くそっ、薪で金持ちになる事はできないって事か…)


次郎はがっかりし、足元に疲れが一気に襲ってきた。

家への帰り道の途中で、父に命じられた分の薪を、背の籠に積み込んだ。

薪の束は軽いはずなのに、足元が重く感じられる。

夕暮れの道を、次郎はとぼとぼと歩いた。


家に着く頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。

明かりの灯る家の前に立つと、父親の笑い声が聞こえてきた。

「豊作よくやったぞ! 今日は久しぶりの肉だな、わっはっは」


家の中からは珍しく母の笑い声も聞こえる。

次郎が取ったヤマドリは、持ち帰った“兄の手柄”になっていた。


次郎は家の戸口で立ち尽くす。

売った薪とは別に、あえていつも通りの質の悪い薪を数本だけ持ち帰っている。

虫食いの跡がある、湿った薪。

(これなら誰も疑わない)


「ただいま、帰ったよ母ちゃん」

「次郎おそいじゃない。豊作がヤマドリを取ったのよ、今日はごちそうよ」

母のみよが優しく声をかけてくる。

父の満左衛門が、言葉を遮るように言う。

「命じた薪集めは出来たのか? 豊作は武士になるんだから農民の仕事なんかしなくてもいい。だがお前は俺の後を継ぐんだ、仕事はちゃんとするんだぞ」


次郎は笑顔を作って答えた。

「うん、ちゃんと拾ったよ。ちょっと湿ってるけど、使えると思う」

「まあ、すごいじゃない。次郎も成長してるし、いずれ立派な農民になれるわ、ねえあなた」

母の父から庇う言葉に、次郎は少しだけ気持ちが軽くなった。


兄・豊作は俺を一瞥しただけで鼻で笑った。

「薪なんて誰でも作れるだろ。肉の方が価値あるに決まってる…」

「そうだな、豊作は凄いぞ。さすが未来の武士様だ」


「……」

次郎は何も言い返せなかった。

でも、心の奥では、静かな火がくすぶっていた。


(誰でも作れる? じゃあ、誰でも売れるのか? 誰でも“価値”を生み出せるのか!)


ーーー


その夜、次郎はむしろの上に身を横たえた。


この時代の農家に布団はなく、稲藁いなわら=(収穫した稲からもみを取り除いた後に残る茎や葉の部分)を編んだ敷物――むしろが寝床だった。


次郎は横たわりながら画面を開いた。

なにかいいスキルないかなと、しばらく見ていると――

スキル一覧から「プリン作成」を見つけた。


【料理:プリン作成Lv1知識Lv2】

価格:5文 (所持金8文)

効果:プリンを作る知識。一部料理スキル開放。


(プリンか!)

次郎が前世で何度も食べた、甘くて柔らかいあのデザート。

この時代にはまだ存在しない、夢のような味――至高のデザートだ。


それが材料の代替品と知識難易度が低いため、作成スキルが格安で手に入るのだ。

「購入!」


次郎の頭の中に、卵、牛乳、甘味料の代替、蒸し方、冷まし方までが流れ込んでくる。

まるで料理人の記憶をなぞるような感覚。

(これなら…俺にしか作れない“新しい価値”が生み出せる)


(ただ問題はこのプリンをどう生かすかだな?)

家族に食べさせる? 絶対にない。そんな事をすれば、豊作に知識ごと奪われるだけだ!


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