表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/76

28 ロングボウ

丘の上に、楠予軍二百四十八名は陣を敷いた。

山ではない。背を預ける岩も、逃げ込む谷もない。

それでも、次郎の言葉を信じた者たちは、そこに立った。

前列には三間槍百名。長柄が風を切るように並び、弓隊三十と足軽四十がその背に控える。


さらに後方――異国の弓が並ぶ。

ロングボウ。見慣れぬ形。異国の技。

その数は七十。だが、次郎の瞳に宿るのは恐れではない。

静かなる覚悟だった。


敵は金子元成を大将とする金子・石川の連合軍。

合計千二百の大軍が、次郎の眼下の丘の下に広がっていた。


突撃の合図。

金子軍の太鼓が鳴り。旗が揺れる。

「来るぞ!」

玄馬の声が、風に乗って響く。


敵の先鋒が、丘を駆け上がる。

味方の槍兵が構え、足軽が大地を踏みしめる。

だが、次郎は動かない。

手を上げ、ただ一言。

「まだだ……まだ撃つな……今だ!!」


その声と同時に、ロングボウが唸った。

――ズバァン。

空気が裂ける。


矢が、丘の上から放たれる。

和弓では全く届かぬ距離。

だが、ロングボウの矢は、軽々と敵の前列に突き刺さった。


五人、八人、十人――とバタバタと倒れる。

連合軍の突撃の勢いが、瞬く間に鈍った。


「もう一射!」

次郎の声に、ロングボウ隊が再び弦を引き。

矢が放たれる。

今度は、敵の中列に届いた。

「届いてる……あの距離で」

玄馬が呟く。


敵軍は混乱した。

丘を登る前に、兵がつぎつぎと倒れていく。

隊列は乱れ、指揮官の声が届かない。

「三間槍、構え!」


源太郎の指示に、前列が槍を突き出す。

敵の残兵がようやく丘に辿り着く。

だが、三間槍の壁がそれを阻む。

そこへ、三射目のロングボウが降り注ぐ。


矢は、雨のように敵を貫いた。

「……勝てる」

源左衛門が呟いた。


その声は驚きではなく、確信だった。

敵軍は後退と突撃を繰り返す。


そして__六度に渡る金子・石川連合軍の突撃は失敗した。

この時点で楠予軍の死者はわずか十七。

大して連合軍の死者は二百を超えていた。


通常ならば自軍の死者が一割もあれば敗走してしまう。

だが総大将・金子元成の武士としての誇りが、それを許さなかった。

彼は敗走する軍勢を見事に鼓舞し、何度も立て直した。

そして七度目の突撃。

勇敢にも彼は自ら軍勢の先頭に立つと、ついには三間槍の堅陣を突き崩した。

だが、そこまでだった。次郎のロングボウによる集中射撃が、彼の命を奪った。


元成の死により、これ以後、金子家は衰退の道を辿る事になる…。

かくして、一人の英雄は、語られることなく歴史の闇に沈んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ