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24 三間槍

1540年6月初旬。楠予家の屋敷


 朝、楠予家の屋敷に、お澄からの早馬が駆け込んだ。

 源左衛門は、文を受け取り、黙って開いた。

 筆跡を見た瞬間、顔が強張る。読み終えると、彼はすぐに立ち上がった。


 「全軍を招集せよ。今すぐ国分寺へ向かい殿をお守りする!」


 家臣たちは驚いたが、誰も問わなかった。

 源左衛門の目には、決意と焦りが宿っていた。


 (志乃と正若丸を守らねばならん!)



※※


 数日後、源左衛門は馬上にあった。


 松林を抜ける風が、馬の鬣を揺らした。

 源左衛門は、全軍二百を率いて国分寺城へ向かっていた。

 国分寺城の孫と娘を守るために。


 その時、前方から馬を駆る伝令が現れた。

 顔は土色に染まり、言葉を絞り出すように叫んだ。


 「正若丸様と志乃様が……斬られました。

  今朝未明、お城の裏手で……」


 源左衛門は、馬上で動きを止めた。

 風が、松の枝を鳴らした。


 「……誰がやった」

 「輔頼様の命で……川之江兵部様が……」


 沈黙が、軍勢を包んだ。

 源左衛門は、馬から降り、地に膝をついた。


 「志乃……正若丸……」

 その声は、誰にも届かぬほど低かった。


 やがて彼は立ち上がり、顔を上げた。

 その目には、涙も怒りもなかった。


 「国分寺へは行かぬ。 池田へ戻る」


 軍勢は、静かに踵を返した。

 松林の風が、何もなかったかのように吹き抜けていった。


※※※


 越智輔頼の叔父・元頼


 越智家の北館。梅雨の雨が、瓦を叩いていた。

 越智家の家老、三宅主膳は、元頼に言った。


 「正若丸様と志乃様が斬られ、

  越智家は、血で穢された」


 元頼は、黙って雨を見ていた。


 「兵部が動いたのは、輔頼の命だと言う。

  主殺しに当主の資格はないな…」


 主膳は、元頼に詰め寄った。


 「ならば、越智家の正統な当主はあなたしかおらぬ。

  老臣も、若手も、皆揺れておる。

  今こそ当主の座に!」


 元頼は、ゆっくりと立ち上がった。


 「越智家を、輔頼のために終わらせるわけにはいかぬ。

  動こう…。これより正若丸様の仇である……輔頼を討つ」


※※※


  1540年6月下旬。


 鍛冶場の火床が、雨の湿気に負けじと唸り、

 次郎は、黙々と鉄を打っていた。


 お澄がいなくなってから、言葉は減った。

 火と鉄だけが、彼の世界だった。


 その時、戸が軋んだ。

 義兄弟の楠予又衛兵が、濡れた肩を払って入ってきた。


 「越智家が割れたぞ。

  輔頼の討伐に元頼様が兵を挙げた」


 次郎は、槌を止めた。


 「次郎、御屋形様がお呼びじゃ。輔頼を討伐しお澄を救出するぞ!」


 次郎は、立ち上がった。お澄を救うために。

(お澄様の決意を無駄にした。輔頼を許さない!!)

「義兄上は先に向かって下さい。すぐに俺も行きます」

「そうか、では待っておるぞ」


次郎は又衛兵を見送ったあと、スキル一覧を開いた。


(くそっ、武器はチェックしてたけど、後回しにしたのは失敗だったな)


【三間槍の作り方:知識Lv10】

価格:二千文 (所持金5604文)

内容:

・三間槍の穂先設計(風抜き穴・重心調整)

・長柄の材質選定(樫・栗・竹芯複合)

・焼き入れと冷却法(湿地対応)

・接合部の補強技術(穂先と柄の耐衝撃構造)

・隊列運用の基礎(並列構え・足運び・防御姿勢)

・簡易鍛冶場での量産手順(前線製造対応)


次郎が「購入」をイメージした瞬間、

視界が一瞬、白く染まった。


脳に流れ込んでくるのは、三間槍の設計図だった。

穂先の角度――風を逃がす穴の位置。

柄の材質――樫の芯に竹を巻く複合構造。

接合部の補強――衝撃を吸収する鉄輪の配置。


手が勝手に動き出す。

空気を掴むように、穂先の重心を探り、柄の太さを測る。


(これが三間槍か。作り方そのものが、身体に刻まれていく)


さらに、隊列運用の映像が脳裏に浮かぶ。

兵が並び、足を揃え、槍を前に構える。

三間の長さが、壁となって敵を拒む。


「この力があれば、お澄さまを取り戻せる!!」


次郎は、机に向かって歩き出した。

その手に筆を持ち、先ほど習得した三間槍の絵と、運用方法を書き込んでいく。

全てを書き終えると、その紙を懐に入れて、源左衛門の元へと向かった。


 楠予家の屋敷。


雨が屋敷の瓦を叩く音が、静かに響くなか。

源左衛門は、出陣の支度を整えながら、地図を睨んでいた。


そこへ、次郎が現れた。

懐から一枚の紙を取り出し、無言で差し出す。


源左衛門は受け取り、目を通す。

描かれていたのは、三間槍の構造図と隊列運用の要点。


穂先の角度、柄の複合材、風抜き穴の位置――

そして、兵が並び立つ姿が、簡潔に描かれていた。


「……三間槍。三間とは、よく考えたな」

源左衛門は紙を机に広げ、指でなぞった。


「この長さなら、輔頼の屋敷前の狭道でも壁になる。

馬も、弓も、寄せつけん。これは、量産済みか?」


次郎は頷いた。

「いえ、まだですが、数日中には三十本は作れます」


源左衛門は紙を見つめたまま、しばし黙した。

雨音が、屋敷の静けさを際立たせる。


「……よし。三日後に出陣する。槍が揃い次第、楠予家の命運を賭ける」

「承知しました」


次郎は深く頭を下げた。

その背に、又衛兵が言った。

「頼むぞ、お前の手に楠予家の未来がかかっている」


次郎は頷き、紙を机に置いた。

「火を絶やしません。三十本、必ず打ちます」


屋敷の外へと歩き出す次郎の背に、

源左衛門は地図を睨みながら呟いた。


「三間槍が出来れば、輔頼の屋敷は落ちる。

そして――お澄も、戻る」


※※※


火床が唸っていた。


雨の湿気に負けじと、赤が脈打つ。


次郎は、黙々と鉄を打っていた。

穂先の角度、柄の芯材、鉄輪の配置――

図面はもう、目を閉じても描ける。

槌の音が、屋敷の静けさを破る。


1本ごとに、兵を守る壁が厚くなる。

(三十本は三十人、いや二百人の命を守る槍になるんだ)


火花が散るたびに、次郎の決意が鋼に染み込んでいく。

次郎の指は、血を滲ませながらも止まらなかった。

眠気も痛みも、火床の唸りにかき消されていた。


お澄の名は、口にせずとも、槌の音に刻まれていた。



※※※


朝霧の立ちこめる楠予家の屋敷。


槍を背負った次郎が、馬の脇に立っていた。

「次郎、槍は打ったか?」


源太郎が低く問いかける。

「はい。三間槍、三十本。揃え終わりました」


まつがそっとお琴の肩を押す。

「ほら。行っておいで」


お琴は一歩前に出る。

「お父さま、ごぶうんを。次郎ちゃんも、ごぶうんを」


源太郎が笑う。

「うん、逆賊を討ち果たして参る。お琴は家を守るのじゃ」

お琴は小さく頷き。

「あい…」


次郎はお琴の頭に手を乗せ礼を言う。

「お琴様、ありがとうございます」

「あい…」

お琴は言葉を残すように呟き、まつの後ろへ駆けていった。


そのとき、館の柱の陰から小さな声がした。

「次郎にい、がんばってー!」

お琴の兄、源太郎の嫡男・小聞丸。まだ6つの少年が、両手を振っていた。


次郎は少しだけ口元を緩めて、手を挙げた。

「ありがとう。小聞丸様!」


源太郎が手綱をわずかに緩め馬が進みだす。

「行くぞ次郎。正若丸様と志乃の仇を討ち、お澄を取り戻すぞ!」

馬の蹄が一度、土を踏み鳴らす。


源太郎の背が動き出したのを見て、次郎は槍を肩に担ぎ直した。

「はい!!」


声を張った瞬間、次郎の胸の奥に火が灯った。

それは、恐れでも怒りでもない。

ただ、進むべき道が、今ここにあるという確かな感覚だった。


一歩、また一歩、地を踏む。

次郎の足音に続いて、三間槍の槍隊三十人が列を成して動き出す。

源太郎を先頭に、楠予家の軍、総勢二百が屋敷を出陣した。



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