表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/78

17 眼鏡

鍛冶場に戻った次郎は、扉を閉めるとすぐに作業台の椅子に座った。

「近くが見える眼鏡と言えば……老眼鏡だな。まずは必要なものを調べないといけないな」


次郎はスキル一覧から眼鏡作成を選ぶ。

【眼鏡作成:知識Lv11】

 価格:6000文

 効果:

水晶の選定、屈折率の調整、焦点距離の測定、凸・凹レンズの研磨、視力補正の実地検証、枠の設計と装着構造までを体系的に習得。

老眼鏡・近視鏡の基本設計、視力検査用文字板、鏡師技術の基礎

【備考】

この知識があれば、老眼鏡・近視鏡の製作が可能。

水晶・硝子の加工には高精度の研磨技術が必要。

焦点距離の調整には協力者の視力検査が不可欠。


(眼鏡の作成には水晶の加工が必要なんだな、知らなかった)


【眼鏡用水晶の加工:知識Lv8】

価格:200文

内容:

・天然水晶の選定基準(透明度、厚み、内包物の有無)

・水晶の切断と成形技術(割れ防止の温度管理と刃の選定)

・研磨工程(粗研磨・精密研磨・最終仕上げ)

・屈折率の調整と焦点距離への影響

・加工後の強度試験と装着安全性の確認

【備考】

水晶は硬度が高く、加工には専用の砥石と冷却技術が必要。



 次郎が備考を目にして眉をひそめる。

「おいおい待てよ、なんだよ冷却技術って。俺は冷蔵庫なんて作れないぞ!」


次郎は頭の中で冷却技術のところをクリックするイメージをしてみる。

【冷却技術】

• 水冷研磨法

砥石と水晶の接触面に常に水を流しながら研磨する方法。

• 間欠研磨

一定時間ごとに研磨を止めて冷却時間を設ける。

• 冷却材の使用

水だけでなく、冷却効果の高い泥水や灰水を使うことで、熱伝導を抑える。


「なんだ、これなら出来そうだな。それじゃあ専用の砥石の方はどうだ?」


【水晶の加工専用の砥石の作成:知識Lv9】

価格:600文

内容:

・水晶研磨に適した砥石材の選定(青砥、白砥、金剛砂、鋼砂混合)

・砥石の粒度調整技術(粗粒→中粒→微粒)

・砥石の成形法(型枠による圧縮成形、自然乾燥)

・砥石の焼成温度と冷却工程(割れ防止と硬度調整)

・砥石の面出しと角落とし(研磨精度の安定化)

・水晶との相性試験(摩耗率、熱伝導、焦点精度への影響)


「う~ん、砥石の入手は河野家の城下町近くで採掘されている、伊予砥が購入できるはずだ。問題は水晶だな…。今張りの港で売ってたら、いいんだけど…」



※※※


翌日、楠予家の屋敷


朝霧がまだ庭の苔を濡らしている頃、次郎は楠予家の屋敷の門をくぐった。

屋敷の主――御屋形様こと源左衛門は快く次郎を迎え入れた。

「次郎か。もう近くを見る道具の作成に進展があったのか?」

「はい、初期の製作費は1万文。以後は近くを見る道具、眼鏡が1つにつき2000文ほどで作成できると思われます。ただ水晶と砥石の値段が不明のため上下しますが」

(スキルの費用が6800文だからな、多めに貰わないとだな)


源左衛門は眉を上げ、茶碗の湯気越しに次郎を見つめた。

「……ふむ。1万文で初期費用を賄い、以後は一つ二千文で出来るか。思っていたより、随分と安く済むものだな。水晶と砥石の値段については番頭の玄馬に聞いてみよう」

源左衛門は腰をあげた。


源左衛門は次郎を伴い、玄馬のいる書院へと赴いた。

「それくらいの質と大きさの水晶なら、おそらく1つ300文、砥石は30文くらいになると思うぞ」

「えっ、そんなに安いんですか!」

二郎は目を見開く。


源左衛門は笑いながら次郎に言った。

「その様子なら、費用は2000文より安く済みそうじゃな」

「……はい。費用は1つ500文程度で済むでしょう。ですがそれを知らずに贈られた者は、数千、いや数万文の価値がある贈り物として喜ぶでしょう。しかし、いずれは村人にも、1つ1000文くらいで売りたいと思います」


源左衛門は腕を組み、次郎に向き直った。

「それは良い。我が村にも目の悪い者が多くいる。村の者は針が通らねば、布は縫えぬ。薬が読めねば、命が危うい。……お前の道具が、村の暮らしを支える事になる」


玄馬は頷きながら、筆を走らせた。

「ただし、水晶を継続的に購入するなら商人との契約が必要だ。おそらくは今張りの港にいる商人と契約が出来るだろう。砥石については、屋敷にくる商人に伊予砥の購入を増やすよう頼めばいい」


源左衛門は微笑み、玄馬に目配せした。

「では、玄馬。砥石の手配を頼せよ。水晶は次郎が港で交渉せよ。……この冬のうちに、村に眼鏡が届くようにな」

「はい、ですがそれでも初期費用は8000文は必要ですので、お願いします」

「よかろう。8000文で済むなら安い投資じゃ。わっはっは」


こうして村に新しい風が再び吹こうとしたいた。



※※※


1539年12月中旬


伊予・今張りの港


次郎は肩に風呂敷包みを背負い、船荷の積み下ろしを見守る男に声をかけた。

「すいません。透き通った水晶で、歪みの少ないものが欲しいんだけど、ありませんか?」


男は振り返り、次郎の顔を見た。年の頃は三十半ば、日焼けした肌に商人の風格が滲んでいる。

「あぁ、ダメだダメだ。上物の水晶は予約が入っている、この船にある水晶は堺に運ぶものだ。ここで売れば、帳簿が狂う」


次郎は一歩踏み出した。

「あるのですね。ならば予約をさせて下さい、俺は池田村の楠予家くすのよけに仕える次郎と言います」


男は眉をひそめた。

「……池田村?」


少し間を置いて、鼻で笑った。

「そんな村、聞いたこともない。そんな寒村の名を出して、何になる。堺の座に名を入れるには、信用が要る。楠予家? 知らん。帰れ帰れ、港は遊び場じゃないぞ」


次郎は言葉を失った。

潮風が冷たく、風呂敷の端がまた揺れた。


男はもう背を向け、船荷の帳簿に目を落としている。

次郎が踵を返そうとしたその時、背後から落ち着いた声が響いた。

「そなた……池田村の者ではござらぬか?」


振り返ると、羽織に家紋を染めた男が立っていた。

年の頃は20前後、鋭い眼差しに品と威厳が宿っている。

腰には太刀、背筋はまっすぐ。港の喧騒の中でも、ひときわ目を引く存在だった。

「お忘れかな? 2月ほど前に、楠予又衛兵殿にお助けていただいた。村上家家臣・島吉利でござる」


次郎は驚きに目を見開いた。

「あっ……あの時の……」

「先ほどはあの商人と何やら話されたご様子だが、何かお困りかな?」


次郎は風呂敷を握りしめたまま、少しだけうつむいた。

「実は……水晶が欲しいのです。歪みのない、透き通ったものを……」


島吉利は首を傾げた。

「水晶ですか…?」


彼は視線を船の方へ向けた。

「藤屋殿の荷か……あの男では話にならぬな。よろしい、藤屋殿には私から話を通そう。村上家の名であれば、堺の座も耳を傾けるはずだ」


次郎は目を見開き、深く頭を下げた。

「ありがとうございます。このご恩決して忘れませぬ」


島吉利は静かに頷き、次郎の肩に手を置いた。

「礼は要らぬ。助け合いとは、そういうものだ」


そう言うと、島吉利は船の方へと歩み寄った。

船の脇に立つ帳簿係の男が、左近の姿に気づいて慌てて頭を下げる。

「島様……これは、村上家の御用で?」

「そうだ。藤屋殿の荷の中に、上物の水晶があると聞いた。少量でよい。分けていただきたい」


男は戸惑いながらも、船長に目配せした。

船長はしばらく左近の顔を見つめ、やがて静かに頷いた。

「……村上家の名であれば、異存はございません。ただし、帳簿には“村上家”として記します。藤屋殿には、島様からご説明を」


船長は水晶の小箱を次郎に手渡した。

中には、歪みのない、透き通った水晶の欠片が三つ。

次郎は両手でそれを受け取り、胸元にそっと抱え込む。

「……あの、水晶を、これからも継続して分けていただけないでしょうか。用途は……細工に使います。少量でも構いません」


船長は少し眉をひそめたが、すぐに島吉利へと視線を移した。

島吉利は次郎の言葉に何も問わず、静かに頷いた。

「藤屋殿には、私から伝えよう。村上家の名で、月ごとに依頼された水晶を翌月に納めるように。用途は細工用」


船長は深く頷いた。

「承知いたしました。藤屋様には、島様の言葉としてお伝えいたします。その大きさなら価格は、ひとつにつき400文。価格については堺の座のご意向で多少変わるでしょう」


次郎は目を見開き、すぐに深く頭を下げた。

「……ありがとうございます。それで結構です。どうぞ、よろしくお願いいたします」


島吉利は笑顔で次郎の背を軽く叩いた。

「又衛兵殿によしなにお伝えください」


島吉利の笑みはまるで「あの時の、借りは返したぞ」と言っているかのようであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ