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16 貸出制度

1539年12月初旬


池田村。

戦から戻った次郎は、鍛冶場の隅に腰を下ろしていた。

火床は冷え、槌も油も片づけられたままだった。


彼はただ、壁に立てかけられた槍の穂先を見つめていた。

(……あれで人が倒れた)


鍛冶場の空気は、戦前と何も変わっていない。

だが、次郎の目には、打った道具が別の重みを持って映っていた。

その時、戸口の向こうから足音がした。


「次郎……」

お澄だった。


肩に風除けの布をかけ、手には小さな包みを持っていた。

「お澄様……どうしたのですかお一人ですか?」


「次郎が戦に行ったと聞いてずっと心配だったの……」

次郎の心臓がドキリと跳ねた。


次郎は立ち上がり、少し照れたように頭をかいた。

「戦ではずっと後ろの方にいました。槍を振ったのは又衛兵様や、源太郎様たちです」


お澄は包みを差し出した。

「プリンです。炊事場のウメに作って貰いました。戦の疲れは、すぐには抜けませんから」


次郎は受け取りながら、ふっと笑った。

「ありがとうございます。……実は、鍛冶場に戻ってきたけど、なんか、前と違って見えるんです」

「違って見える?」

「道具って、使う人の命を左右するんだなって。打つだけじゃ足りない。使う人のことを、もっと考えないと」


お澄は静かに頷いた。

「次郎様が打った槍で、村が守られました。だから、次郎様の鍛冶場も、村を守る場所です」


次郎は火床に目を向けた。

「いま弥八と庄吉に相談してるんです。道具を貸し出す制度、作れないかなって」


お澄は少し驚いた顔をした。

「貸し出す……ですか?」

「戦で畑が荒れた村もある。道具があれば、すぐに耕せる。でも、みんなが買えるわけじゃない。なら、貸して、使ってもらえばいいなと思って」


お澄は微笑んだ。

「それなら、私も手伝います。貸し出し帳、書きますから」


(えっ、これってお澄様と、お近づきになるチャンスでは!)


次郎は頷いた。

「ではさっそく村長様にも相談してみます!」


冬の風が鍛冶場の屋根を鳴らした。

次郎の初陣は終わり、次のなる戦いが始まった。





※※※



池田村・楠予家の屋敷。


囲炉裏の火が静かに燃える中、村長・権兵衛は帳簿を広げていた。

そこへ、次郎が頭を下げて入ってきた。

「村長様、お時間をいただけますか」


権兵衛は顔を上げた。

「次郎か。初陣から戻ったばかりだろう。体の疲れは大丈夫か?」

「はい。後方におりましたので、無傷です。ですが……見たものは、忘れられません」


権兵衛は頷いた。

「そうか。で、今日は何の用だ?」


次郎は腰を正し、包みから一枚の紙を取り出した。

「鍛冶場で打った道具を、村に貸し出す制度を作りたいのです」

「貸し出す……?」

「戦で畑が荒れた村もあります。道具があれば、すぐに耕せます。でも、皆が買えるわけではありません。なら、貸して、使ってもらえばいい」


権兵衛は紙を受け取り、目を通した。

そこには、鍬・鋤・除草具などの品目と、貸し出し期間、返却条件が丁寧に書かれていた。

「……これは、お前が書いたのか?」

「お澄様が帳面の書き方を教えてくれました。弥八と庄吉にも相談済みです。鍛冶場で整備し、貸し出し前に点検もします」


権兵衛はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「道具は命だ。貸すとなれば、壊れた時の責任はどうする?」

「壊れた場合は、鍛冶場で修理します。ただし、故意の破損は弁償を求めます。使用者の名前と期間を帳簿に記録します」

「……貸し出し料は?」

「初めは無料で。ただし、収穫後に米一升でも納めてもらえれば、鍛冶場の油代になります」


権兵衛は火に薪をくべながら、静かに笑った。

「次郎、お前はまだ十三だろう。だが、話の筋は通っている。よかろう、御屋形として認めよう」


次郎は目を見開いた。

「本当ですか!」

「ただし、村の者に説明する場を設ける。弥八と庄吉も連れてこい。道具の貸し出しは、信頼があってこそだ」

「承知しました!」

次郎は深々と頭を下げた。


今まさに、村の新しい仕組みが生まれようとしていた。


次郎がさろうとしたその時、ふと源左衛門の仕草が気になる。

「あの…御屋形様。もしかしてですが……近くが、少し見づらいのでは?」

「歳を取ると、細かい字がな……まあ、仕方のないことよ」


次郎は少し考え込んだあと、真剣な顔で口を開いた。

「……近くが見える道具、作れると思います」


囲炉裏の火がぱちりと音を立てた。権兵衛と源左衛門が、次郎を見つめる。

「水晶やガラスの欠片を使えば、文字が大きく見えるようになります。これを応用すれば可能です」


源左衛門が目を細めた。

「それが本当にできるなら、年寄りにも帳簿が読めるが…」


次郎は頷いた。

「初期費用がかかります。それに水晶の加工や枠の細工に手間がかかります。ですが、これは高価な贈答品になる筈です。遠方の商家や寺に渡せば、喜ばれるはずです」


権兵衛は腕を組んだまま、火を見つめていたが、やがて口を開いた。

「……見える道具か。もしそれが本当に役立つなら、村の特産品にもなるな」


次郎の目が輝いた。

「では鍛冶場で試してみます、後ほど必要な予算をご報告いたします」


権兵衛は静かに笑った。

「ふっ、よかろう。次郎、お前はもう一つ、村に新しい風を吹かせるかもしれんな。そうじゃ、この件が成功すればそちに俸禄をやろう。見習いになって、まだ三月しか経たぬが功績が大きい。皆も文句は言うまい」


次郎の目が大きく見開いた。

「本当ですか! ありがとうございます! あっ、でも蔵米取(現物支給)じゃなく、お金でお願いします!」


権兵衛は大きく笑った。

「わっはっは。よかろう。一般の鍛冶師の給与が月に1000文くらいと聞くから、月に1500文やろう」


(1500文! 薪の管理係じゃなくなって1日16文あった、薪の収入が途絶えたから、これは大きいぞ!)


「ありがとうございます、頑張ります!!」

次郎は深くお辞儀をした。


(そう言えば、俺って3か月しか仕えてないのに、炊事場見習い→薪の管理係→鍛冶師の頭とトントン変わったんだよな。これってハイスピード出世じゃないか?)

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