13 弥八
1539年10月初旬。
次の日。
次郎は玄馬様から1万文を受け取ると、大八車に乗せてアリバイ工作のため今張りの港に向かった。
今回のお供は義兄弟の又衛兵と弟子の弥八だった。次郎が弟子の弥八を連れて来たのは、前回、荷車を引いた時に、荷車は人が引くものじゃないって気づいたからだ。
「それで次郎、今回は見た事のない作物を買うんだって?」
「そうなんだ義兄さん。この前、義兄さんと別行動してた時にさ、そのジャガイモを見かけてピンと来たんだよ。これは凄い作物だって!」
又衛兵は荷車の横で足を止め、眉をひそめた。
「……ジャガ、何だって?」
「ジャガイモ。丸くて、皮がゴツゴツしてて、ちょっと土くれみたいな見た目なんだけどな。煮ても焼いても腹にたまるって話だ」
弥八が荷車の後ろから顔を出して、ぽかんと口を開けた。
「鍛冶頭、それ……芋なのですか? そんな名前、聞いたこともないですよ」
「だろうな。俺も初めて見た。でもな、あれはただの芋じゃない。痩せた土地でも育つって言うし、保存もきくらしい。村に持ち帰って育てれば、冬場の食いもんに困らなくなるかもしれない。」
又衛兵は腕を組みながら、半分呆れたように笑った。
「なるほどな。それで親父を説得した訳か」
三人は話ながら道を進んだ。大八車の車輪が軋む音が、潮風に混じって響きはじめた。
「もうすぐ港だね…」
※※
次郎は港に着くと宿に金を置いて、みんなでハゲで太った例の商人を探すように頼んだ。その隙に自分一人だけ、宿に戻ってアイテム購入で、ジャガイモの中から男爵芋と言う種類の芋を選んだ。
【男爵芋】
価格:10000文(1個) (所持金12068文)
内容 男爵芋
効果:男爵芋が目の前に出現する
俺は購入ボタンを押すイメージをした。
畳に文字が浮かび、空気が震えはじめた。文の表面が光を帯び、淡く、しかし確かに輝き始めた。
その光は、輪を描くように広がり、中心に影が生まれ。
そして――男爵芋が現れた。
「やったぞ! ジャガイモをゲットしたぞぉぉお!!」
その時___障子が、ギィと音を立てて開いた。
「鍛冶頭……」
弥八が足を踏み入れ芋を見ながら言葉を失っている。
「術を使い文字が畳に浮かび、物が現れた…。鍛冶頭! あなたは仙人様だったのですね!!!」
「えっ……?」
(どうする? 全部見られたのか、これは誤魔化せないな)
「弥八、この件は他言無用じゃ。確かにわしは仙人の生まれ変わりじゃ。だが力をほとんど失い。もはや仙人とは呼べぬ」
次郎は畳の上に正座し、神妙な顔で言った。
弥八は目を丸くし、畳に膝をついた。
「やはり……そうだったのですね。鍛冶頭の言葉が時々難解なのも、鍛冶場で火を操るのも、すべて仙術の名残だったのですね……!」
(っ! しまった、乗せすぎたか……)
次郎は内心で頭を抱えながらも、表情は崩さずに頷いた。
「そうだ。だが、仙人の力を人に知られてはならぬ。世が乱れる。だからこそ、弥八、お前には黙っていてほしいのだ」
弥八は真剣な顔で頷いた。
「承知しました。俺は鍛冶頭の弟子として、仙術の秘密を守ります」
「頼んだぞ。代わりにお前を引き立ててやる。わしの鍛冶の弟子ではなく、家臣にならぬか?」
弥八は驚きに目を見開いた。
「家臣……ですか? 俺が……鍛冶頭の?」
次郎は静かに頷いた。
「そうだ鍛冶は池田村を豊かにするための手段。鍛冶師として生きるつもりはない。わしの手足となり池田の村をさらに発展させるのを手伝って欲しい」
弥八は芋を見つめながら、ゆっくりと膝をついた。
畳の上に置かれた芋が、まるで儀式の供物のように神々しく見える。
「……師匠。いや、殿。俺は農業と鍛冶しか知らぬ男です。でも、池田の村のためなら、命を懸けて働きます」
次郎は微笑んだ。
(さすが玄馬さまが選んだ鍛冶師候補だ、忠誠心が高く、頭もいい)
「それでよい。わしも今や大した仙術は使えぬ。使えぬが、人の心を動かす術はまだ残っておる。村を動かすには、まず人を動かさねばならん」
弥八は拳を握りしめた。
「では、まず何をすれば?」
「この芋を持って、村から飢饉をなくす」
次郎の言葉に、弥八は思わず息を呑んだ。
「……飢饉を、なくす……?」
「そうだ。この芋はただの芋ではない。仙術の痕跡が残る、希望の象徴じゃ。この芋は一年に2度植えられる。1個が20個になる。つまり1年後には400個になっておろう」
弥八は風呂敷を取り出し、芋を丁寧に包んだ。その手つきは、まるで神具を扱うようだった。
「1年で400倍…」
弥八は呆然とつぶやいた。
その目には、もはや鍛冶場の炎ではなく、畑に広がる池田の村の未来が映っていた。
※※※※※
池田村・村長屋敷。
庭の奥には、陽当たりの良い畑が広がっていた。かつて薬草を育てていたが、今は荒れ、雑草が風に揺れている。
次郎は静かに門をくぐり、番人に名を告げると、すぐに奥座敷へ通された。
権左衛門はすでに座していた。白髪混じりの髷を整え、茶を啜っている。
「次郎。いかがであったジャガ芋とやらは買えたのか?」
「はい、こちらにございます」
次郎は正座し、風呂敷から男爵芋を取り出した。
権左衛門の目が細くなる。
「これが……ジャガ芋か? いかほどある?」
「これ一つでございます」
「なにっ! ではこの芋1つが1万文と申すか!」
次郎は頭を下げた。
「はい。ですが、育てれば、来年には400、再来年には16000と増やせます」
「16000…」
権左衛門は驚きのあまり茶碗を置き、男爵芋を手に取った。
掌に収まるそれは、土の香りを残していた。
「……これが、飢えを救うと言うのじゃな」
「はい。米に代わるものではございませんが、痩せ地でも育ち、腹を満たします。鍛冶場の灰を混ぜた土がよく、水は少なくて済みます」
「そうかならば増やしてみせよ」
「その事ですが芋は一つしかありません。盗まれれば、すべてが水泡に帰します」
次郎はさらに声を低くして言った。
「村長様。最初の栽培は、屋敷の庭にて行いとうございます。外の畑では、目に触れすぎます」
権左衛門は茶碗を置き、静かに頷いた。
「……あい分かった。誰にも触れないよう触れを出しておこう」
「ありがとうございます。まずはこの一つを半年で20に。さらに半年で20を400に致します。外の畑には2年後に」
「うむ。2年後だな…期待を裏切るなよ」
次郎は深く頭を下げた。
「はい。必ず成し遂げてみせます」
権左衛門は立ち上がり、庭の畑を見下ろした。
陽の光が、荒れた土を照らしている。
「次郎よ……始めるがよい。そのたった一つの芋が、村の未来を変えれるか、見せてみよ」
陽が傾き、庭の土に長い影が落ちた。
数月後の春、始まりの男爵芋が、その土の中に静かに眠る事になる。