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12 じゃがいも

1539年10月初旬。


次郎は自分の部屋で次にお澄に食べさせる菓子を考えていた。

(ポテトチップをお澄さまに食べさせたいな。でもジャガイモがないんだよな)


ポテトチップを作るにはジャガイモ、油、塩が必要だ。

油については、次郎は炊事場で仕事した経験から菜種油やごま油があるのを知っている。問題はジャガイモが手に入らない事だった。


(今の将軍は足利義晴だから、今は1540年前後だと思う。ジャガイモの情報スキルを買ったら南蛮人が持ってくるのは約30年後ってあったけど、やばいのが1598年って説がある事だ)


(そこで登場するのがアイテム購入の俺のチート能力だ。…だけど。カップラーメンを見たら2億文とか、ふざけた値段だったんだよな。それ以来見てないけどポテトチップは……1袋が13万5000文! …んんん。思ったより安いけど絶対に買いたくない)


次郎は今張の港に行った時に、スキル購入でお金を使いすぎた。そのため所持金が足らず、鉄や玉鋼、その他の鍛冶関連の道具を商人に着払いで売ってもらっていた。なので前回貰った1万文は残っていなかった。


 鍛冶場を開いてからは、名刀を作って儲けようと考えたが、四国は人口が少なく需要が少なく、次郎には鍛冶師の名声もないから止めておけと言われた。それで次郎があっさり引き下がったのは、利益が出ても、ほとんどの金が村長の懐に入ると、番頭の玄馬に忠告されたからだ。


(それならジャガイモ本体は幾らだ…1個1万文! これならいける!)


次郎は急いでスキル一覧からジャガイモ生産を選択した。

【ジャガイモ生産知識:知識Lv3】

価格:10文   (所持金2038文)

内容 ジャガイモの種芋の選定、土壌の整備、植え付けの手順、病害管理、収穫の見極めまでを体系的に習得。

効果:生産量+20% 


「よし購入だ!」


次郎が「購入」をイメージした瞬間、視界が白く染まった。

脳裏に、土の匂い、湿った種芋の感触、芽が出る瞬間の温度、そして収穫のタイミングが次々と流れ込む。

──種芋は芽の位置を見る。切り口には灰をまぶせる。

──土は水はけの良い黒土。粘土質なら籾殻を混ぜて改良。

──植え付けは春と秋。芽出しは日陰で三日。

──疫病には注意。葉に黒斑が出たら、すぐに抜け。

──収穫は花が枯れてから。保存は風通しの良い蔵へ。


そして

──ジャガイモは連作障害が強い。毎年同じ畑では病気が出る。

──輪作が必要。土を休ませるか、別の作物で地力を回復せよ。

──ネギは根に拮抗菌を持ち、土壌を浄化する。

──枝豆は根粒菌で窒素を供給し、地力を高める。


「……これが、ジャガイモの知識か。まるで畑が語りかけてくるみたいだ」

次郎はゆっくりと目を開けた。


「……ネギと枝豆による輪作か」

次郎は畳の上で膝を立て、指を組んだ。


(ジャガイモの後にネギを植えれば、病気を防げる。その後に枝豆を植えれば、土が肥える。三年で一巡──完璧な輪作だ)






※※※※※



 翌朝、次郎は早くから村役所の土間に立っていた。

 村長の源左衛門は、帳面に墨を入れながら、ちらりと次郎を見た。


 「鍛冶場の件は、ようやったな。これから年間10万文の費用の節約ができると玄馬が言っておったわ。それで、今日は何の用だ?」


 次郎は一礼し、懐から巻物を広げた。そこには畑の図面と、見慣れぬ作物の絵が描かれていた。


 「村長様。今張の港で、とある商人と出会い、ジャガイモなる作物を知りました。この新しい作物を、池田の村に導入したいのです」


 源左衛門の筆が止まった。

 「明の作物か? 食えるのか、それは?」


 「はい。食せます。しかも、育てるのに特別な水も肥料もいりません。痩せ地でも育ち、収穫量は麦の倍以上。しかも、輪作すればネギや豆の収穫も増えるんですよ」


 「……輪作? お前、また妙な言葉を持ち出しおって」


 「鍛冶場もそうでした。わたくしの勘で、少ない知識でも作れると確信したから成功したのです。この作物も、村長に取って将来大きな力になると確信しております。俺の勘を信じてください!!」



 源左衛門は巻物の絵をじっと見つめた。

 畑の図面は丁寧に描かれており、作物の根の張り方まで記されている。次郎の手によるものだ。


 「……麦の倍、か。」


 「商人が言うには、明より遠い国では主食にしている国もあるそうです。煮ても焼いても、干しても保存がきく。しかも、病に強い。飢饉の年でも、収穫が見込めるそうです!」


 源左衛門は眉をひそめた。

 「飢饉の年でも……。それが本当なら、村の命綱になるな」


 「はい。この作物をいち早く導入すれば村長様はご領主の越智様を超える存在にもなれます!」

 「次郎、口を慎め! 知らんのか! ご領主の越智頼辰おちよりとき様はわしの長女・志乃の夫じゃぞ。わしが忠誠を尽くすお方じゃ!」

 「し、失礼いたしました!!」


 次郎は深々と頭を下げた。

 土間の空気が一瞬、張り詰める。


 「……失礼いたしました。ジャガイモを村長様にお勧めしたい気持ちが先行しすぎて、たわ言を申しました。ですが、村長様。これは池田のための提案です。引いてはご領主様のためにもなると、俺は確信しています」


 源左衛門は腕を組み、静かに息を吐いた。


 「……越智様は、わしの娘の千代を嫁に迎えてから、池田をよく見てくださっておる。わしは、あのお方に忠誠を尽くさねばならぬ、覚えておけ」


  源左衛門は腕を組んだまま、再び巻物の図面に目を落とした。

 畑の傾斜、水の流れ、根の張り方――どれも、実地を踏まえた描写だ。次郎の手によるものに違いない。


 「……お前の言うことは、夢物語のようにも聞こえる。だが、鍛冶場の件やプリンの事もある。お前を信じてみよう」


 「ありがとうございます! つきましてはジャガイモを商人から買う費用を2万文を頂きとうございます!」

 「2万文じゃと!!」

 源左衛門の声が土間に響いた。帳面の筆が跳ね、墨が一滴、紙に落ちた。


 「鍛冶場の節約が10万文。その2割を見たこともない、芋ごときに使う気か!」


 「はい。ですが、これはただの芋ではありません。村の命を守る作物です。商人は俺が買いたいと言うと、年内なら待つと言ってくれました。来年には堺の港に持っていくそうです。もう時間がありません!」


 源左衛門は唸った。

 土間の隅では、志乃が茶を淹れる手を止め、次郎の顔を見つめている。


 「……2万文。お前、それだけの価値がそのジャガイモにあると申すか?」

 「はい。俺が村長様なら10万文でも出します!」


 源左衛門は立ち上がり、巻物を手に取った。

 図面の端に、小さく「池田村南端・旧桑畑」と書かれている。


 「……この畑、去年の水害で使えなくなった場所じゃ。お前、ここを使うつもりか?」


 「はい。水はけを調べました。芋なら根が深く、地力を戻すこともできます。輪作を重ねれば、数年で麦も戻せます」


 源左衛門はしばらく黙っていた。

 やがて、志乃が茶を盆に載せ、そっと差し出した。


 「……よかろう。だが、2万は出せん。1万までじゃ。残りは、お前が商人と交渉せい」


 「っ……承知しました!」


 次郎は深く頭を下げ、部屋を出た。

 その背に、千代がそっと目を細める。


 「……あの子、ほんとに村を変えていきますね」


 源左衛門は茶をすすりながら、静かに呟いた。


 「……変革を望む者は、いつも孤独じゃ。だが、あいつは孤独を恐れとらん。だが…いつかわしが、その道に立ちはだかる事になるやも知れぬ」


屋敷の庭では、色づき始めた柿の葉が、風に揺れていた。

その音は、誰にも聞かれぬほど静かで、冷たい。



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