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127 豊後平定

1544年10月初旬。


午前12時。

楠予軍14000と大友軍18000が開戦してから、既に一刻が過ぎていた。


戸次鑑連は中央の最前線で、2000の兵を率いて、兵馬率いる楠予軍の赤備隊2000と互角以上の戦いを繰り広げていた。


開戦直後。

今では大友軍最強と呼ばれる戸次軍は、楠予軍を押しに押し、赤備以外の敵の前衛をも大きく揺さぶった。


だが――楠予軍はまったく崩れない。


兵馬率いる赤備隊は苦戦していると思えば、水が引くかのように静かに後退し、追えば追うほど、戸次軍の隊列は細く伸び、味方から突出した形になった。

その瞬間を、兵馬は逃さなかった。

兵馬は軍配を振り、兵を手足の如く操った。

そして周りの別の指揮官と協力して、戸次軍の左右、そして正面から、三方同時に圧力をかけたのだ。


鑑連は歯噛みした。


「ぬう……! 押せば退き、退けば押すか……!」


兵馬の赤備隊と押して押されてを繰り返すうちに、戸次軍の兵たちの息が荒くなり、鎧の隙間から湯気が立ち上る。

それでも鑑連は退けない。退けば全軍が崩れると分かっていた。


いや――すでに大友軍は崩れつつあった。


戸次軍ですら互角なのだ。他の大友軍が、集団戦を得意とする楠予軍に勝てる訳がなかった。

楠予軍の連携力と三間槍、ロングボウといった武器の力によって、他の大友軍は推しに押されていた。

その結果、戸次軍は進まずとも突出した形となり、次第に周りの大友軍と合わせて後退し始めた。


午後1時、突如退却のホラ貝が鳴る。


戸次鑑連は耳を疑った。

「ここで退却だと! なぜじゃ! 今退けば大友軍は崩れる! せめて夕方までは持ち堪えるべきであろう!」


――その時、鑑連の背後から、ざわめきが走った。


伝令が鑑連の元にやって来る。

「申し上げます! 後方に楠予軍。本陣が襲われております!」

「なん……だと……!?」


鑑連の顔色が変わる。

「しまった! 別働隊か!」


退却のホラ貝は、義鑑の命令ではない。

背後に敵が現れた事に驚いた将が、勝手に吹かせたものだった。


だがこのホラ貝により勝敗は決した。

大友軍は退却ではなく、一斉に逃亡を開始したのだ。


「鑑連様! 早く退却を! このままでは我が軍は戦場に取り残されます!」


鑑連は振り返った。

味方の旗指物が、風に煽られるように次々と西へ向かって流れていく。

逃げているのだ。

もはや誰も戦っていない。


「……くそっ」


鑑連は槍の穂先を地面に突き刺した。

それは怒りでもあり、悔しさでもあった。

戦場が“終わった”ことを悟った武将の、やり場のない行動であった。


「鑑連様! 急ぎませぬと、背後から楠予軍が迫ります!」


家臣が叫ぶ。

その声の向こうで、砂煙が上がっていた。

別働隊が本陣を蹂躙し、こちらへ向かっているのだ。

鑑連は歯を食いしばった。


「……退くぞ。

ここで討ち死にしては、何も残らぬ」


その声は低く、しかし確かだった。


「全軍、西へ退け! 乱れるな!

別働隊と刃を交えるな! ただひたすら駆け抜けるのだ!」


鑑連の怒号が響き、逃げ惑う兵たちの群れに、戸次軍も加わった。


先頭を駆ける大友義鑑は、府内館には入らず、そのまま西へと進んだ。目指すは筑後の大友領。

豊後の府内館は防御力が低く、楠予軍を止める事が出来ない。そのため通り過ぎるしかなかった。


敗報を聞き、義鑑の家族は府内館の本拠地から落ち延びていった。だが義鑑の三男・塩市丸とその母・お欄は逃げ切れず、楠予軍の追ってに捕まり捕虜となった。



ーーーー


数日後。

筑後 篠山城


大友義鑑が篠山城に逃げ込んだ時、兵士は僅か300人ほどだった。


翌日の朝、甲冑姿の嫡男・義鎮(宗麟)が到着し、広間に入って来た。


「父上!」

「おお! 義鎮無事であったか!」

「はい、この通り無事でこざいます」

「それで、それで兵はいかほど連れて来たのだ!?」


義鑑の目は期待で満ちていた。

それを見た義鎮は申し訳なさそうな顔で応えた。


「……200にございます」

「たった……200か……」


豊後の地を捨てて、筑後まで付いて来た下級の兵士たちは少なかった。


それは楠予家の情報奉行の者が、1年も前から種を蒔いて来た成果でもあった。


ーーー

楠予家の当主は村の村長の出身で下々の者に優しい。

税率はたったの三割。戦では降伏した雑兵の命は決して取らず、それどころか高待遇で雇い入れる。


――そんな夢のような話がある筈がない。


噂を聞いた当初は海を隔てた四国の話。

『タヌキにでも化かされたのだろう』

と誰も相手にしなかった。だがいろんな人から同じ話を聞かされると人はやがて信用してしまうもの。夢と思われていた話は、やがて真実として受け入れられるようになった。


豊後の民に流され続けた『楠予家の善政』と言う毒は、戦に負けた主君への忠誠心を捨てさせ、降伏の道を簡単に選ばせた。


ーーー


義鑑は息子の義鎮が兵を連れて来なかった事に怒りを覚えた。


「そなたには1000の兵を与えていた! それがなぜたった200しか連れて参らなかったのだ!」

「……も、申し訳ございませぬ。兵士どもは皆、逃亡いたしました」

「ちっ。使えぬ奴よ。それでも大友家の嫡男か!」


義鑑はそこでふと思い出した。


「そうじゃ、塩市丸とお欄は如何したのだ? 一緒ではないのか?」

「府内館には戻っておりませぬ。父上が筑後に逃げたと聞き、戦場からそのまま追ってまいりました」

「なんだと! そなたは嫡男ぞ! 弟や家族をわしの代わりに守るのが務めぞ!」


義鑑のあまりの言い分に義鎮は怒りを覚えた。


「それは違いまする。今回、某は留守居役を仰せつかってはおりませぬ!!」

「なんだと! 貴様、当主のわしに口答えをする気か!」


重臣の吉岡長増が止めに入る。

「お止め下され! 今は大友家存亡の危機でござる。父子が手を取り合い、協力して楠予家に当たらねばなりませぬ!」


吉岡の必死の諫言に義鑑が歯を噛み締める。

「ぐぬぬ。ここは吉岡に免じて許してやる。連れて来た兵はすぐに城の警護に当たらせよ。家臣どもが楠予に寝返り襲って来るやも知れぬ」

「……はっ」


翌日には戸次軍など、敗走した大友軍が続々と篠山城に集結した。だがその数は3000にも満たなかった。



ーーーー


正重の率いる楠予軍は、筑後に逃げた大友軍を追撃しなかった。


正重は府内館に入城すると、豊後に残った大友の残党の処理と統治に取り掛かった。

豊後を完全に平定し、九州攻略の足場を固めてからでないと先に進まないと、事前に次郎たち四人の会議で決めていた。


豊後に残された城砦に立て籠る大友軍のほとんどは、戦わずに楠予軍に降伏する道を選んだ。


大友義鑑は敗れたため、すぐに援軍が来る見込みはない。

さらに雑兵どもの多くは既に逃亡し、勝手に楠予軍に降った。

極めつけは妻や家臣たちによる諫言である。『楠予家ならば所領は没収されても生活が保証される。家や子供たちの事も考えて欲しい』との泣き落としである。


だが――吉弘一族のように徹底抗戦を選ぶ者もいた。


楠予軍は徹底抗戦を選ぶ城は、付城の戦法を取り、城を出ない限りは無視をした。

そしてひと月の間に、豊後にある殆どの城砦を降伏させた。


さらに2ヶ月後。城兵の多くが逃亡したのを見計らい、楠予家は力攻めに移行した。


吉弘一族は最後まで抵抗し、女子供は自害し、男たちは城を枕に討死した。

なお、吉弘鑑理は義鑑に従い筑後にいたため死んでいない。


こうして豊後は僅か4ヶ月で、完全に楠予家の手に落ちた。


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