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11 変わりつつある池田村

2日後。

池田に帰った次郎と又衛兵は、鍛冶場を建てるための土地を探していた。


「村長屋敷の隣は……やめた方がよさそうですね」

次郎が地図を広げながら言った。


又衛兵は腕を組んで頷いた。

「火を焚けば煙が出る。鉄を打てば音が響く。屋敷の隣に建てられればうるさくて眠れん」

「では音が聞こえないくらい、離れた場所を探しましょう」


二人は村の外れ、小川のそばまで歩いた。

そこはかつて炭焼き小屋があった場所で、今は使われていない。

「ここなら水も近いし。風も通る。地面も粘土質で、火床の下地に向いてます」


又衛兵はしゃがみ込み、土を指でこねた。

「そうなのか?」


次郎は足で地面を踏みしめた。

「まったく沈みません。石を積めば炉も安定するでしょう」


※※


次郎がこの場所に鍛冶場を作る事を村長に相談すると、すぐに許可が下りた。

「炭焼き小屋の跡地か。ちょうどよい。音も煙も、村の邪魔にはならんな」


次郎は鍛冶場づくりを始めた。

まずは地面を掘り、炭殻と砂利を敷いて排水層を作る。

その上に川石を並べ、粘土を練って炉の基礎を固めていく。


次郎はふいごの位置を確認しながら、図面に墨を入れた。

「風の流れは南西から。炉口は北東に向けましょう」


又衛兵は木材を担ぎながら笑った。

「お前、鍛冶屋というより、風水師のようだな」

「火を扱うには、まず地を知ることからです」


夕暮れ、炉の形が見えてきた。

村の若者たちが手伝いに来て、土を運び、石を積んだ。

(この火床が、やがて村に多大な利益を生むはずだ…)


翌日、今張の港から商人の引く荷車が池田に着いた。

商人が届けたのは、鍛冶道具一式──金床、槌、火箸、ふいご、鋼材、そして古びた炉釘一本。

次郎はその古びた釘を手に取り、静かに炉の中心に置いた。


それを見た又衛兵が不思議な顔をする。

「次郎、その釘はなんだ?」

「この釘が火床に命を吹き込むんですよ?」

(よく分からないけど、知識として頭に入ってるんだよな)


そして次郎は火箸を握り、ふいごの風を送り始めた。

炉の中で炭が赤く染まり、鉄片がゆっくりと色を変えていく。

「火が語り始めたな」

「はい。この炉は、村を発展させるための心臓になるでしょう」

(特に、俺のために頑張ってくれよ)



※※


鍛冶場が完成した翌朝、次郎と又衛兵は炉の前に立った。

鍛冶場を作るのに6日かかり。次郎が鍛冶場を作ると、約束をしてから8日が経過していた。

(思ったより時間がかかってしまったな)


今張の港から届いた玉鋼の束の中に、ひときわ白く輝く一片があった。

次郎がそれを持ち上げ。

「これは白肌──上物です。名刀にも使われる鋼です」


又衛兵が目を細めた。

「例のあれか、それを最初に使うのか?」

「はい。村長様に献上する、わたしの命を握る刀です。妥協はできません」


次郎は炉に火を入れ、ふいごを踏んだ。

炎が唸りを上げ、火床の中心で鉄片が赤く染まる。


「火が燃え盛っておるな」

「この火が鋼に命を与えます」

白肌の玉鋼を炉に入れ、折り返し鍛錬を始める。


炎と槌の音が鍛冶場に響き、手伝いの村人が、3人加わりそれを見守った。

次郎は十数回の折り返しを経て、鋼の肌を整えた。

焼き入れの瞬間、炉の温度と水の温度を見極め、鋼を沈める。


「……割れないでくれ」

ジュッという音とともに、鋼が水に沈み、白い蒸気が立ち昇った。


又衛兵がそっと覗き込む。

「どうだ?」


次郎は刀身を持ち上げ、光にかざした。

「刃文は出ました。反りも美しい。名刀には、わずかに届きませんが──」


又衛兵は笑った。

「凄いな。これほどの刀は楠予一族の誰も持っていないぞ。この刀なら5000、いや1万文を出しても惜しくない!」


※※


数日後、刀は磨かれ、白鞘に納められた。

次郎はそれを抱え、村長の権左衛門の元へ向かった。

「村長様に献上いたします。火床の初火で打った、池田村の初の刀でございます!」


権左衛門は白鞘を受け取り、そっと抜いた。

光が刀身を撫でると、刃文が淡く浮かび上がった。

村人たちが息を呑む。

「……これが、池田村で出来た刀だと? 真か又衛兵?」


又衛兵が一歩前に出る。

「はい。次郎が七日で仕上げました。急ぎの作刀ですが、鍛えは確かです。反りも美しく、刃文も出ております」


権左衛門は刀を鞘に納め、静かに言った。

「この刀は、村の誇りだ。このような名刀は見た事がないわ! この刀には三万文──いや、五万文の値がついてもおかしくないぞ」


次郎は驚いた。

「五万文……」

(もし、それが俺の懐に丸々入ればもっといい刀を作れるのに…)


権左衛門は笑った。

「だが、これは売らん。この刀は、池田村で出来た初の刀じゃ。わしの愛刀として所持する」

村人たちは黙ってうなずいた。




※※※


半月後


鍛冶場の屋根から、白い煙が静かに立ちのぼっていた。

火床の奥では、次郎が鉞の刃を水に浸け、じっと焼き色を見つめている。

その傍らでは、手伝いだった3人が、次郎の弟子になっていた。

村の若者──弥八、庄吉、おとよ──が汗を流しながら、鎌の柄を削ったり、釘を打ったりしていた。


「次郎さん、これ、刃がちょっと曲がってるかも……」


弥八が差し出した鍬を見て、次郎は頷いた。

「火が甘い。もう一度、炭を足して打ち直そう。焦るな、火は人を試す」


鍛冶場は、今や村の音になりつつある。

農具を求めて訪れる村人、工具を注文する木工職人。

次郎の鍛冶場が、村の暮らしを支えはじめていた。


そのとき──

「まあ、ずいぶん賑やかなのね」

声とともに、涼やかな香が風に混じった。


「っ……!」

俺が急いで振り返ると、そこにお澄さまが立っていた。

淡い藍染の小袖に、白い日傘。隣には、控えめに立つ侍女のさやがいる。


「お澄さま……!」

次郎が慌てて手を拭くと、お澄は微笑んだ。


「次郎がんばってるね。村の鍛冶が、こんなに繁盛するなんてすごいわ」

「ありがとうございます、もっと頑張って楠予家くすのよけに貢献しますね!」

次郎が笑うと、お澄も微笑んだ。


「でもね。今日は“おねだり”に来たの。久しぶりに次郎のお菓子を食べたくて、プリン以外にも次郎なら、何か作れるかなって?」

(もしかしてそれが狙いだったのか? 俺に会いに来てくれた訳じゃないのか……)


「う~ん、そうですね……」

お澄の瞳は、ただの焼き芋では満足しない輝きを放っている。

次郎はこの時代でも材料を代用し、再現できる菓子の中で費用の安かった、蒸しパン風(ふかし菓子)と、カステラを既に習得していた。


「では──“カステラ”を作ってみましょうか」

「カステラ?」

お澄が首をかしげる。


「はい。卵と粉と──ハチミツを使って、じっくり焼く菓子です。ポルトガルの菓子と聞いていますが、村の材料でも再現できるはずです」

「そんなの、食べたことない……!」

お澄は目を輝かせた。


「でも、鍛冶場じゃ無理でしょう?」

「ええ。火床では火力が強すぎます。屋敷の炊事場をお借りできれば、炭火でじっくり焼けます」


お澄はさやに目を向けた。

「さや、炊事場の火を使えるようにお願いしてくれる?」

「はい。志乃様にお伝えします」

さやは静かに頭を下げ、屋敷の方へと歩いていった。



※※


昼頃、炊事場の竈に炭がくべられると、次郎は材料を並べた。

卵、ハチミツ、米粉。すべて村で手に入るものだ。


「卵を割って、黄身と白身を分けます。白身は泡立てて、黄身とハチミツを混ぜて……」

お澄は興味津々で覗き込む。


「泡立てるって、どうやるの?」

「こうです」

次郎は竹の泡立て器を使い、卵白を手早くかき混ぜる。

やがて、白くふわふわの泡が立ち上がった。


「わあ……雪みたい」

「この泡が、生地をふくらませるんです。酵母の代わりに、空気の力で」

「酵母?」

「えッ…酵母? …コウボなんて知りませんよ? 口がうまく回らなかっただけです」

「?……」


次郎はお澄の顔を見ず、黄身とハチミツを混ぜた液に、米粉を加え、泡立てた白身をそっと合わせた。

そして木枠に紙を敷き、生地を流し込むと、炭火の竈に入れた。


「火が強すぎると焦げます。弱すぎると膨らみません。火の加減が命です」


お澄はじっと次郎の顔を見つめていた。

「次郎って、火のことになると本当に真剣になるのね」

「火は、命を吹き込むものですから」

(そんなに見られると、集中できないから見ないで!)



※※


一刻ほどして、炊事場に甘く香ばしい香りが立ち込めた。

「焼けました」


次郎が木枠を取り出すと、ふっくらと膨らんだ黄金色の菓子が現れた。


「これが……カステラ?」

「村では初めての味です。どうぞ、お澄さま」

お澄は小さく切った一片を口に運んだ。


ふわっとした食感、卵の香り、ハチミツのやさしい甘みが口の中に広がる。

「……おいしい……! こんなの、はじめて!」


さやもそっと一口食べて、目を丸くした。

「次郎、これは……お菓子というより、天の恵みね」


次郎は照れくさそうに笑った。

「いやいや、お澄さま、それは言い過ぎですよ」

お澄も微笑んだ。

「ううん、次郎は本当にすごいわ」


次郎はお澄の笑顔を見て、幸せな気分になった。

お澄にこの時代にない美味しいものを、たくさん食べさせてあげたい。と。

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