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126 『九州の動向』と『開戦』

1544年9月初旬。


九州の北西にある肥前の国。

勢福寺城の広間


少弐冬尚が正重からの書状を読み終わると広間に放り投げた。


老臣の龍造寺家兼が書状を拾いながら聞く。

「殿、楠予家は何と申して参ったのでござる?」


冬尚は少し不満そうに言う。

「筑紫の大友領は切り取ってもよい。共に攻め込もうではないか、申して参ったわ」

「切り取っても良いとは、いささか無礼な物言いですな。して、殿。いかがなされるおつもりで?」

「四国の者などと、共に兵は挙げぬ。だが大友が四国勢に敗れるのなら、筑後はこの少弐冬尚が頂く」


馬場頼周が頷く。

「さすがは殿にござる。四国の田舎侍など、名門の少弐家が手を組む相手ではございませぬ」

「そう言うことじゃ、わっはっは」


龍造寺家兼が頭を下げる。

「では、何時でも兵を出せるよう、出兵の準備だけはしておきましょう」

「うむ。頼んだぞ家兼」


楠予家は阿蘇家、相良家、伊東家などの九州勢にも書状を出した。

だが彼らの反応も少弐家と同じであった。

いずれも返答すらも寄越さない。

だが黙殺は無反応とは違う。


阿蘇惟豊は肥後北部の国衆に密かに触れを出し、「大友が敗れれば、菊池の旧領に攻め入る」と吹聴した。


相良義滋は人吉で兵を集め、

「豊後が揺らげば、八代・球磨の旧領を取り戻す」と家臣に語った。


彼らは皆、“楠予と手を組む気はないが、大友に隙が出来れば噛みつく”という結論に達していた。

九州各地では静かに戦の準備が始まった。


これらの動きは楠予家の狙い通りであった。

正重もまた、九州勢と手を組むつもりなど、はなからなかった。

ただ彼らの動きにより、地方の大友勢が足止めされ、豊後に来られぬようになればそれで良かったのだ。

ゆえに少弐家など諸侯の動向は楠予家の草の手で、噂として広められ、大友家に正確に伝わった。



ーーーー


豊後国。

府内館では、大友義鑑が大広間に重臣たちを集め軍議を開いていた。


戸次鑑連が眉を寄せる。

「御屋形様。楠予家が大軍で攻めて来ると聞きましたが、……まことにございますか?」


吉岡長増が義鑑に代わり応える。

「戸次殿、まことにござる。楠予軍は1万5千を超える大軍を動員しておるとの情報にござる」

「四国から海を越えて豊後に来ると?」

「さよう」


戸次は笑う。

「わっはっは。愚かな奴らじゃ。ならば豊後水軍が、海上で兵の乗った船を海の藻屑に変えてやればよいわ!」


吉岡は首を振る。

「それが……出来ぬのでござる」


戸次が目を細める。

「なに故にござる?」

「村上水軍が楠予と手を組み申した。しかも三家ともでござる」


吉岡の言葉に、大広間の空気が一瞬で凍りついた。

「村上水軍が……」

「……三家、すべて……?」


戸次鑑連たちの笑みが消える。

村上三家――

能島、来島、因島。

瀬戸内を支配する“海の覇者”が、すべて楠予側についたという事実は、豊後水軍にとって“死刑宣告”に等しかった。


戸次鑑連が立ち上がる。

「ば、馬鹿な……! 村上三家が揃えば、豊後水軍では太刀打ちできませぬぞ! 海を押さえられれば、楠予は好きな場所に上陸できる!」


吉岡は静かに頷いた。

「その通りにござる。楠予軍は“上陸地点を選べる側”。我らはただ待つ側にござる」


重臣たちがざわめく。

「では……海で迎え撃つことは出来ぬのか」

「ならば陸で勝つしかあるまい……」

「だが、どこに来るか分からぬ……!」


吉岡が口を開く。

「さらに悪い知らせがございます」

「まだ……あるのか」


吉岡は中央の地図を指し示した。


「肥前の少弐、肥後の阿蘇と相良が、不穏な動きをしているとの事にござる。噂では楠予家と裏で手を組み大友を同時に攻めるとの話もござる……」


広間が一気に騒然となった。


「せっかく伊東を追い払ったと言うに今度は少弐、相良、阿蘇が相手か!」

「これでは四方に敵を抱えているのと、同じではないか!」


大友氏は豊後、筑後、肥後の3か国に跨る大国のため、隣国の数も多かった。


義鑑は拳を握りしめた。

「ここは……大内に頭を下げ、援軍を請うしかあるまい」


吉岡は難しい顔をする。

「大内が動いてくれましょうか?」

「動かすのだ。必ず味方につけねばならぬ」



ーーーー

数日後。

周防・大内館。


大内義隆は広間で義鑑からの書状に目を通していた。


内藤興盛が問う。

「御屋形様、大友家はなんと?」

「楠予家が攻めて来ると言っておる。援軍を出してくれと……」


陶隆房が眉を寄せる。

「楠予家? 数年前まで河野家の被官であった小さな家ではないか……」


冷泉隆豊が唸る。

「御屋形様に挨拶に来た時は、見所がある家だとは思った。だが、ここまで急速に勢力を伸ばすとは恐ろしい家になったものよ」


相良武任が義隆の顔を見る。

「御屋形様、いかがなさいますか」


陶隆房は身を乗り出す。

「知れた事よ! このまま黙って楠予に大友を喰わせる訳には参らぬ」


内藤が陶を不審げに見る。

「では、陶殿は大友に援軍を出すべきだと」

「馬鹿を申されるな! この機に乗じて、大友の領土を奪ってやるのよ!」


冷泉隆豊が首を振る。

「今の大内は立て直しの途中でござる。ここで兵を動かし、もし負けでもすれば離反する国衆が出ましょう」

「勝てばよいのじゃ。大友などにわしは負けぬ!」


相良武任が馬鹿にした笑いをする。

「ふっ。そのような大言壮語を言って、尼子に負けたのはどこの御仁でしたかな?」

「なんじゃと! 相良っ……貴様!」


義隆が静かに席を立つ。

「もう止めよ。大友には援軍を出さぬ。だが攻めもせぬ。これが余の答えじゃ」


昨年の月山富田城での敗戦により、戦に嫌気が差していた義隆は不参戦を決めた。

だが後に義隆は、この時の決断を後悔する事になる。


ーーーー

ひと月後。

1544年10月初旬。

府内城


昼頃、広間に伝令が駆け込んで来た。


「申し上げます! 豊後水軍敗退! 楠予・村上の水軍が佐賀関港に向かっておるとの事にございます!」


吉岡長増が大友義鑑を見る。

「御屋形様、楠予は兵を佐賀関港に上陸させ、こちらに向かって来る筈。ここは決戦にて楠予に勝利せねばなりませぬ」


大友家は現在厳しい状況にあった。

筑紫と肥後の領地は他の九州勢力に狙われている。


また府内城は籠城には向いていない上、楠予家との戦が長期に及べば、他の九州勢が一斉に動き始める事は容易に想像できた。


ゆえに――短期決戦で勝つ。


それが今の大友家にとって最も望ましい結末であった。


大友義鑑は立ち上がる。

「皆の者、この戦は大友の命運を懸けたうむを言わせぬ一戦ぞ。命を惜しむな! 名こそ惜しめ! いざ出陣じゃ!」

「「おおっ〜!」」


重臣たちが一斉に立ち上がった。


府内城を出陣した大友の兵力は1万8千。これは豊後の農民兵も可能な限り集めた数字で、今の大友家が集められる最大兵力であった。



夕方時。

大友義鑑は佐賀関港に上陸し、府内館に向かう楠予軍の先方隊3000と遭遇した。18000の大友軍はこれを数の力で撃退した。いや、正しくは楠予軍が引いたと言うべきであろう。矢合わせをしただけで楠予が退いたため、双方ともに死者数は殆どいなかった。


初戦に勝利した義鑑は大いに喜び、その日の夜は兵たちに僅かだが酒が振る舞われた。


次の日、

大友義鑑は東へと進み大在の地にて楠予軍14000と遭遇した。


大友義鑑は険しい顔をする。

「楠予め、すでに全軍を上陸させておったか……」


戸次鑑連が馬を寄せる。

「御屋形様! 楠予軍に退路はございませぬ! この地が楠予軍の墓場にござる!」

「鑑連、よくぞ申した! 数は此方が上じゃ。その方に先陣を任せる! 楠予勢を叩くがよい!」

「はっ! しかと承り申した!」


午前十時。

大友軍18000と楠予軍14000の矢合わせが始まった。


この時――大友義鑑は気づいていなかった。

前日の遭遇で大友軍の動向は楠予軍に知られたが――大友軍が楠予軍全軍の動向を把握した訳では無い。


早朝、楠予軍は西に向かう本軍14000と、南西に向かう2000の別働隊に坂ノ市で分かれていた。

いま――楠予軍の別働隊2000が大友軍の背後へと回り込みつつあった。

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