125 鉄砲生産の開始
1544年8月。
楠予家の武器工廠の最奥の作業場に、鉄砲工房が追加された。
だが“工房”と呼ぶには程遠い。 まだ刀鍛冶の作業場をそのまま流用したような、炉と金床、砥石があるだけの簡素な場所だ。
弥八が四人の職人を連れてくる。 全員、楠予家の工廠の刀鍛冶として腕は確かだが、鉄砲など見たことも触ったこともない。
「次郎様、連れてきました。こちらが宗兵衛、源十郎、与一、そして与三郎です」
宗兵衛は無骨な顔で腕を組み、源十郎は緊張した面持ちで頭を下げる。 若い与一は興味深そうに周囲を見回し、金具細工に長けた与三郎は静かに模型へ視線を向けていた。
宗兵衛が口を開く。
「壬生様……鉄砲とやらを作ると聞きましたが、本当に我らで務まるのでしょうか」
次郎は頷き、机の上に置いた“木だけで作った火縄銃の模型”を軽く叩いた。
「大丈夫だ。むしろ刀鍛冶だからこそ出来る。 これは木で作った見本だが、大きさは本物と同じだ。 銃身は刀より短いが、必要な精度は刀以上だ。 お前たちの腕なら、鉄でこれを形にできるだろう」
四人は模型を囲み、それぞれの視点で形状を確かめる。 源十郎が模型の銃身を指でなぞりながら呟く。
「……なるほど。刀のように反らせる必要はないが、厚みを均一にせねばならんのですね」
与三郎は火蓋の部分を見て目を細める。
「金具の細工は……鍔よりも細かいが、やれぬことはないな……」
与一は木部を持ち上げて感心する。 「台木ですね……これは船大工から教えてもらいました」
宗兵衛が深く頷く。
「この四人でやるなら、心強いです。壬生様、ぜひやらせてください」
次郎は満足げに微笑んだ。
「よし。最初の一本は俺が作る。 お前たちは横で見て覚えろ。いずれ流れ作業で作ってもいいが、まずは個人で鉄砲を作れるようにしろ。楠予家の鉄砲は、ここから始まる。お前達が頼りだ」
四人は嬉しそうに頭を深く下げた。
「「ははっ!」」
次郎は真剣な顔で言う。
「お前達の忠義は信用しておる。だが念のため言っておく。もし技術を他国に売れば一族が皆殺しになると心得よ。楠予家の勢いを舐めるな。どこに逃げようと日の本に逃げ場所はないぞ!」
職人たちは次郎の威圧にゴクリと喉を鳴らす。
「「ははぁ!」」
次郎は再び穏やかな声に戻った。
「よし。ここで俺の命に従い鉄砲を作っていれば、いずれ百人の弟子をつけてやる。 つまり、お前達は楠予家屈指の親方となるのだ」
職人たちは互いの顔を見合わせる。
「鉄砲とは……それほどの武器なのですか?」
「そうだ。鉄砲はいずれ弓に取って代わる。 弓は何年も鍛えてようやく一人前だが、鉄砲は一日で戦場に立てる」
職人たちの表情が一気に引き締まる。
次郎は四人の表情を確認すると、ゆっくりと炉の前へ歩み寄った。
その背中に、職人たちは自然とついていく。
「まずは銃身だ。鉄砲の命はここにある」
炉の中では、次郎があらかじめ用意しておいた鉄の棒が赤く染まり、まるで呼吸するように熱を帯びていた。
次郎は火箸でそれをつまみ上げ、金床の上に置く。
赤熱した鉄が“ジュッ”と音を立て、白い煙が立ち上る。
「宗兵衛、源十郎。よく見ておけ。
刀と違い、鉄砲は“均一”がすべてだ」
次郎は槌を握り、軽く振りかぶった。
その動きは、鍛冶ではなく“工学”を知る者の正確さだった。
カンッ――
カンッ――
カンッ――
一定のリズムで、一定の角度で、一定の力で。
四人の職人はその規則性に息を呑む。
宗兵衛が小声で呟いた。
「……殿の槌は、癖がない。
まるで、寸分の狂いも許さぬような……」
次郎は手を止めずに言う。
「癖を出せば銃身は歪む。
歪めば弾は真っ直ぐには飛ばない。
鉄砲は“精度”と言う技で勝負する武器だ」
与三郎が思わず前のめりになる。
「……鍔や金具とは、まるで違う……」
次郎は鉄を再び炉に戻し、温度を確かめるように目を細めた。
「いいか。鉄砲は刀のように“名人芸”はいらないかも知らない。だがお前たちの精密な職人技が無くては作れない」
再び鉄を取り出し、次郎は細長く伸ばしながら言う。
「この棒を筒にする。だが巻いて作るのではない。まずは“穴を通す”」
与一が驚いた声を上げる。
「穴を……通す? どうやって……」
次郎は金床の横に置いていた細い鉄の棒――
“芯金”を手に取った。
「これを使う。
芯金を中心に据え、鉄を叩きながら伸ばしていく。
芯金を抜けば、真っ直ぐな穴が残る」
四人は息を呑んだ。
「……そんな方法が……」
次郎は芯金を鉄の中心に据え、再び槌を振り下ろした。
カンッ――
カンッ――
カンッ――
その後、職人4人が次郎のやり方を見て学びながら鉄砲を1丁づつ作った。 1丁作るのにかかった日数は16日。
銃身に7日。
木部(台木)に3日
金具(火蓋・引き金・照準)に3日
組み立てに3日。
黒色火薬の調合半日。
次郎は完成した鉄砲を見て笑う。
「皆よくやった。俺の鉄砲と合わせて5丁の鉄砲が作られた。明日、御屋形様の御前で試し撃ちをする。正重様、源太郎様をはじめ、家中の重臣も集まってもらうのだ」
職人たちは一瞬固まり、次に驚愕の表情を浮かべた。
「……御屋形様の、御前で……?」
「それほどの大事だということだ。お前たちが作った鉄砲は、楠予家の未来を変える。鉄砲の存在を家中全員に教えるのだ」
宗兵衛は震える声で言った。
「わ、我らの作ったものが……御屋形様と重臣方の前で……」
次郎は力強く頷いた。
「皆誇るがよい。鉄砲はいずれ刀と並ぶ武器となるのだ。決して刀に劣ると思ってはならぬぞ」
職人たちは深く頭を下げた。
「「ははっ!」」
ーーーー
――翌日。
楠予家の重臣たちが集う中、鉄砲の試し撃ちが行われることとなった。
軍部の弓の訓練場の一角、まだ日も昇りきらぬうちから家臣たちが慌ただしく動いていた。
「本当に……鉄砲と申すものが火を噴き、鎧を貫いて人を殺すと言うのか?」
低く呟いたのは、楠予家当主・楠予正重であった。
その隣で、嫡男の源太郎がやや高揚して言う。
「父上、次郎が作り上げた武器です。きっと我らの戦を変える力となりましょう」
三男の兵馬も興奮を隠せず、拳を握りしめていた。
「火を噴こうが雷を吐こうが、敵を倒せるなら強い武器だ! 次郎が作ったなら間違いない!」
四男の友之丞も目を輝かせていた。
「火を使う武器……。次郎は鉄砲を作ったと言ったが、中国の火銃を改良したのか? 確か鉄の筒に火薬を詰めて撃つ、と聞くが……」
当時鉄砲と言えば中国式のハンドキャノン、火銃であった。
火銃は鉄の筒に棒をつけただけの“手持ち大砲”で、 全長:30〜60cmで狙うことはほぼ不可能。
点火は導火線を穴に当てるだけの作りである。
友之丞の言葉に、周囲の家臣たちはぽかんとした顔を見せた。
「ちゅ、ちゅうごく……? 鉄の筒……?」
「火薬を詰めて撃つ? そんなものが本当にあるのか」
「あ、あれか! 元寇の乱でモンゴルが使った武器」
友之丞が応える。
「それは『てつはう』だ。種類が違うぞ。あっ、いや漢字では鉄砲だからあってるのか?」
次郎が笑う。
「まあ見れば分かります。これが鉄砲です」
次郎が手にした鉄砲を掲げた瞬間、重臣たちの間にざわめきが走った。
「その短い槍がそうなのか?」
「火銃を長くしたのでは?」
「まあまずはご覧ください。弾と火薬を銃口から入れ、次に火を火縄につけて撃ちます」
次郎は火縄の先を静かに火皿へ近づけた。
火縄が“ジッ”と赤く光り、細い煙が立ちのぼる。
「……おお……」
「本当に火を使うのか……」
重臣たちが息を呑む。
次郎は鉄砲を肩に当て、ゆっくりと的(鎧)へ銃口を向けた。
その姿は、誰も見たことのない“構え”だった。
「……槍でも弓でもない……」
「何だ、その構えは……?」
「狙っている……のか?」
重臣たちの声が、ざわりと揺れる。
次郎は静かに息を吸い込み、引き金へ指をかけた。
「では撃ちます。私は耳栓をしてますが、皆さんは耳を手で押さえた方がいいですよ」
次郎は服の切れ端をちぎって、湿らせたものを耳栓にしていた。
その一言で、射場の空気が完全に止まった。
火縄の赤い光が、銃身の金属に反射して揺らめく。
次郎の指がわずかに動いた、その刹那――
ドォンッッ!!
大地そのものが震えたかのような轟音が、弓場の空気を一瞬で切り裂いた。
火花が弾け、白い煙が爆ぜるように立ちのぼる。
重臣たちは思わず身をすくめ、何人かは反射的に一歩後ずさった。
「う、うおおっ……!」
「な、何だ今の音は……!」
「胸に響いたぞ……!」
兵馬は腰を抜かしそうになりながら叫ぶ。
「す、すげぇ……!
雷が落ちたのかと思った……!」
玄馬は目を細め、煙の向こうを凝視した。
「……よ、鎧を……見ろ」
煙が風に流され、視界が開けていく。
そこには――
鎧の胸板に、丸く鋭い穴が一つ。
弾が通った部分だけが、まるで錐で貫いたように綺麗に抜けていた。
源太郎が息を呑む。
「……本当に……鎧を貫いたのか……」
次郎が笑う。
「これが鉄砲の威力です。
ですが――連射力も、有効射程も今はまだ弓に劣りますが……」
次郎の言葉に、重臣たちは一瞬きょとんとした。
「……弓に、劣る……?」
意味が分からず、互いに顔を見合わせる。
友之丞が眉をひそめた。
「次郎、それはどういう意味だ。 鉄砲の方が強いから作ったのではないのか?」
次郎は頷いた。
「はい、鉄砲は数が揃えば戦場の主役となり得ます。それに今はまだ雨の日は使えないため、使い勝手が悪いだけなのです」
兵馬が困惑した顔をする。
「雨の日は使えない? じゃあ……弓の方がいいんじゃないか?」
次郎は微笑んだ。
「ですが“誰でも同じ威力で撃てる”という点では、弓よりもはるかに優れています」
源太郎が眉間に眉を寄せる。
「どうも納得できん。鉄砲は本当に必要なのか? 弓を練習すればよいだけだろ?」
次郎は首を振る。
「いえ。弓は鍛えるのに何年もかかります。ですが鉄砲なら、農民でも1日で兵士になれます」
「……それはおかしい。楠予は戦に農民を使わぬ。そのようにしたのは次郎ではないか」
次郎は苦笑した。
「……確かにそうです。しかし……例えば籠城戦で、守る側が鉄砲を持てばやっかいです。装填の遅さは欠点にならず、弓矢よりも遥かに多くの弾薬を、城に溜め込んでおく事が可能なのです」
作兵衛が頷く。
「分かったぞ。次郎殿はこの鉄砲を守備に使おうと言うのじゃな?」
「違います。
実は去年、種子島に南蛮人がこの鉄砲を伝えました。いずれ戦場で出会った時に楠予軍が混乱しないため、今日は早めに紹介しただけです」
大保木佐介が頷く。
「なるほど。次郎殿の申す通り、これを戦場で初めて目にすれば隙が生まれ大混乱に陥るかも知れぬな」
大保木佐介の言葉に、周囲の重臣たちが頷き合った。
「うむ……戦場であの音を聞けば腰を抜かすところだったわ」
「おう! 雷が落ちたかと思ったぞ」
「ならばこちらが使えば敵も同じ反応をするだろうな。大友との戦で混乱させてやろう!」
作兵衛が腕を組み、次郎に問いかける。
「しかし次郎殿。鉄砲は戦場の主役になり得ると言うたにも関わらず、守備にも使わぬとは一体どう言う了見なのじゃ?」
次郎は即答した。
「私は鉄砲の普及を遅らせたいのです。だから一応は持ちますが使いたくありません」
「なぜ遅らせたいのじゃ?」
「楠予家は領地を広げ、敵の城を攻める側です。諸国が鉄砲の凄さに気づけば、城攻めがより困難になります」
兵馬が頷く。
「なるほど、それは理に叶っておる」
次郎は腰の弾を入れた袋を触る。
「弾薬は矢よりも多く持ち運びが出来ます。鉛玉は小さく、火薬も小袋に分けて持てますから。一人で五十発、いえ百発は戦場に携行できます」
重臣たちがざわめいた。
「矢の数倍ではないか……!」
次郎が補足するように言った。
「しかも、籠城で城壁の上から撃つなら命中率も高いです。敵は登るか、門を破るかで動きが限られる。狙いやすいのです」
玄馬が静かに頷いた。
「……鉄砲は“攻め”ではなく“守り”でこそ真価を発揮する武器と言う訳か」
次郎は微笑んだ。
「はい。今の鉄砲は、弓の代わりではなく“弓を補う武器”です。
ですがいずれは――」
次郎は鎧の貫通穴を指さした。
「南蛮人の技術が広まり、火縄銃の性能が上がり数が増えれば、野戦でも主力になるでしょう」
この日――楠予家の重臣たちは鉄砲を知った。
次郎の作った火縄銃は、種子島で作られた、初期の火縄銃と威力はさほど変わらないものだった。
ただし、暴発しないよう、銃身の強度を上げるなど、安全度を高めてある。だがライフリングなどの威力や射程を上げる技術は一切施してはいない。
だが鉄砲という時代の波が、確実に訪れようとしていた。




