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124 九州侵攻の準備

1544年7月


正重は重臣を集め、大友家の本拠地、豊後国への侵攻に向けての評定を開いた。


玄馬が統治状況を述べる。


「楠予家の現在の石高は約55万石。年貢収入の売却分が約6万貫文。交易と楠予家領内での商いによる儲けが約32万貫文。合計38万貫文の収益が出ております」


重臣たちがざわめく。


「38万貫文とはすごい!」

「さすが富裕の家じゃ」


玄馬は続ける。

「琉球との交易の拡大。伊予と土佐の流通網の構築。土佐における楠予家の仕組みの広がりにて、来年にはさらなる収益が見込まれている。しかし――」


玄馬が顔を厳しくする。


「出費も多く、常備兵の費用に約2万貫文。

重臣や家臣からの兵の貸出料が約3万貫文。

階級手当が約2万貫文。

商業投資に約8万貫文。

宮家との婚礼費用に約3万貫文。

造船に約3万貫文。

工事等その他の費用が約13万貫文

合計――34万貫文の出費を見込んでおります」


「なっ、34万貫文だと!」

「うむむ、収入も多いが出費もかなり多いのう」

「この状況で戦になれば短期決戦するしかないぞ……」

「そうじゃのう。戦が長引けば金がかかる……」


次郎は赤字になりかねない財政状況でも平然としていた。


(楠予家は自分でお金を作れる。インフレを起こさない範囲なら、いくらでもお金を作れるんだから平気だよw)


ーーー

楠予家の経済は主権通貨経済。


お金を自分で“発行”しプラスから始まる。

対して現代の信用経済は、マイナスから始まる。


現代の信用経済は

① 銀行が貸し出すとき、お金が“新しく生まれる”。

• 企業が借金して投資する

• 個人が住宅ローンを組む

• 国が国債を発行する


② 経済は“借金が増えるほど”拡大する

つまり借金が増えると。

→ 市場にお金が増える

→ 消費・投資が増える

→ 生産が増える

→ 経済が拡大する


③ 逆に借金が減ると、経済は縮む

借金の返済が進む

→ 市場からお金が消える

→ 消費・投資が減る

→ 経済が縮む


信用経済では、借金が“お金そのもの”を生み出す仕組みだ。

だから借金が減るということは、市場から“お金”が消える事を意味する。

そのため国家が借金をしているのが自然であり、借金のない国はむしろ異常なのだ。



次郎は知らないが、楠予家の持つ貨幣発行権は、上手く利用すれば国家を富ませる力になる。

だが同時に滅ぼす力にもなる諸刃の剣だ。


インフレ管理は次郎が思うほど甘くはない。

楠予と同じく、主権通貨経済だったモンゴル帝国や古代ローマ帝国がそうだった。


モンゴル帝国の紙幣「交鈔こうしょう」は最初はうまくいった。

理由は。

• 中国全土を支配して市場が巨大

• 交易が盛んで市場供給が豊富

• 国家の軍事力が強く信用が高い

ゆえに紙幣を大量に発行しても適正の範囲内だった。


しかし後半は、市場供給が落ちたのに紙幣だけを増やした。

その結果、 交鈔の価値が暴落し、物価が暴騰し、経済は崩壊していった。


ローマ帝国は“市場供給が縮小していたにも関わらず通貨の銀の含有量を下げ、貨幣を増やした結果、貨幣は信用を失い、物価は暴騰し、滅亡への道を歩んだ。


供給と信用のバランスを誤れば、どれほど強大な国家でも崩れる。

それは楠予家も例外ではないのだ。



ーーー


次郎が佐介を見る。

「では次に軍部管理責任者の大保木佐介殿。兵の状況をお願いします」


「現在、軍部の兵は18000。そのうち訓練期間が半年に満たない者が3000ほどおり、日々鍛錬をさせてござる。四国の東、讃岐と阿波を支配する細川家を信頼するのならば3000の兵を残し、15000で九州に出兵する事も可能でござる」


源太郎が唸る。

「大友を攻めるならば15000は欲しい。だが細川を信頼し過ぎてはならん。和議を結んだとは言え同盟相手では無い」


正重が静かに言う。

「常備兵をあと3000増やす。玄馬どうじゃ?」


「常備兵の1人当たりの年間費用は約4貫文。3000人を雇用すれば1万2千貫文の追加出費になります。さらに工廠に命じて武具を調達するのに6000貫文。合計1万8千貫文必要ですが、備蓄が10万貫文あり、貨幣の発行も考慮すれば全く問題ありません」


※戦国時代、武具は武士が自前で揃えるのが当たり前であった。

槍も鎧も兜も、家の財産であり、戦場に立つ者の“格”を表す目安にもなった。

だが次郎は、一般兵の武具を楠予家が一括して用意するという、当時としては異例の仕組みを導入した。

その結果、足軽であっても品質の高い槍と鎧を持ち、装備の質は他国の兵を大きく上回っていた。



大保木が言う。

「では軍部で新たに3000の兵の募集を行います。武具の調達は工廠と連携し、早ければ三か月で整えられましょう」


吉田作兵衛が眉を上げた。

「3000を三か月でか……楠予家の工廠は相変わらず化け物じみておるのう」


玄馬が静かに頷く。

「交易で鉄の供給が安定しておりますゆえ。槍・胴・兜の量産は問題ありません。費用も見積もり通りで済みましょう」


楠河昌成が口を挟む。

「しかし3000の常備兵を増やすとなれば、兵糧の備蓄も増やさねばならぬのでは?」


玄馬は即答した。

「兵糧は常に1年分は確保しております。加えて、伊予の流通網は整備されており、兵站の心配はございません」


正重がゆっくりと次郎の方を向く。

「では出陣は3か月後の10月。あとは九州に渡る船をどうするかだ」


「大保木殿の報告では、領地の没収で管理できなくなった伊予と土佐の諸侯の水軍の船を吸収した結果。

小早:120艘

関船:50艘

を楠予家の船としているそうです。

この結果、一度の渡航で5000ほどの兵を豊後に送る事ができます」


ーーーー

小早こばや

• 小型・高速

• 偵察・連絡・奇襲

• 10〜20人乗り


関船せきぶね

• 中型戦闘船

• 50〜80人乗り

ーーーー


次郎は言葉を繋ぐ。

「ですが村上水軍に協力を頼めば、一度の渡航で15000の兵の渡航も可能かと」


玄馬が頷く。

「大友には強力な豊後水軍がついておる。豊後水軍に攻撃されれば、我らだけでは渡航すらも叶うまい」


正重が問う。

「次郎、村上水軍とは友好関係にある。協力させられるな」


次郎は両手を床に付いて軽く頭を下げた。

「はっ! 能島村上の重臣・島吉利殿は私とは義兄弟です。必ずや協力して頂けるでしょう」

「よい。では次郎に命ず。村上水軍を我らの味方として出陣させよ。条件は次郎に任せる。必ず味方に付けるのじゃ」


次郎は両手を付いたまま、今度は深く頭を下げた。

「はっ。承知致しました」



ーーーーーー


数日後。

次郎は弥八と護衛の家臣20名を連れ、能島へ向かっていた。

船の甲板には、壬生家から運ばせた 大甕が二つ。


中には、冷えて固まった白濁の豚骨スープがぎっしり詰まっている。

そして次郎が自ら打った 特製の細麺。

乾燥させて束ねたそれは、村上衆には見たこともない“白い糸”のように見えるだろう。


次郎は又衛兵への思いを胸に抱き、静かに海を見つめた。


(又兵衛兄上の仇を討つんだ。吉利兄上なら必ず協力してくれる筈だ)


入り江に船が着くと、水夫たちが一斉に櫂を止め、次郎たちを出迎えた。

吉利の屋敷の板戸をくぐると、広間の奥から豪快な声が響く。


「よく来たな、義兄弟!」


島吉利が立ち上がり、前回と同じように両腕を広げた。


「はい義兄上、また来ました!」


吉利は次郎の肩を掴み、しばし無言で見つめた。


「……又衛兵もいればのう、墓には寄ってきたか?」


次郎は静かに頷いた。

「はい……。義兄上が亡くなって一年以上が経ちました。楠予は動きます」


吉利の目がわずかに揺れた。

「そうか……ついにその日が来たか」


次郎は笑う。

「戦の話は食事の後にしましょう。今日はラーメンと言う新しい料理を御馳走しますよ」

「おおっラーメンか! 広江港に行った部下たちが申しておったぞ。ラーメンと言う美味い料理が出たとな!」

「ご存知でしたか、じゃあすぐに作りますね!」


台所で次郎は家臣たちに指示し、大甕の蓋を開けさせた。

固まった白い脂とゼラチン質の塊が、どろりと光る。


島の配下の十兵衛が目を丸くする。

「な、なんじゃこれは……?」

「豚の骨を煮込んだ汁です。温めれば元に戻りますよ」


火にかけると、白い塊がゆっくりと溶け、濃厚な香りが立ち上る。


台所の外で、水夫たちがざわついた。

「なんだこの匂いは……!」

「腹が鳴る……!」

「白い湯気が甘いぞ……?」


次郎は麺を取り出し、束をほぐしてラーメンを作り始めた。


次郎がお盆に麺鉢を乗せ、広間に運び入れると、島吉利は笑顔になる。


「おう、次郎! それが噂のラーメンか!」

「はい。まずは召し上がってください」


次郎が丼を差し出すと、吉利は箸を取り、白濁した湯の中から細い麺をすくい上げた。


「……糸のようじゃのう。これを食うのか?」

「ええ。熱いうちにどうぞ」


吉利は一気に口へ運んだ。

次の瞬間――


「……うまい!!」


広間に響く大声。


「なんじゃこれは! 豚の汁がこんな味になるのか! 麺もするすると入るぞ! 次郎、これは戦の前に食わせたら皆、鬼になるぞ!」


次郎は笑った。

「気に入っていただけて良かったです」


吉利は麺鉢を抱えたまま、まるで宝物を見るような目でスープを啜った。


周囲の水夫たちも弥八から次々と丼を受け取り、あちこちで歓声が上がった。

「替え玉をくれ!」

「わしもだ!」



やがて二人がラーメンを食べ終えたところで、次郎が本題を切り出した。


「吉利兄上……又衛兵兄上の仇討ちのため、村上水軍の三家すべてに共に戦ってほしいのです」


島吉利は丼を置き、ゆっくりと背筋を伸ばした。

その顔は、先ほどまでの豪快な笑みではなく、能島村上の重臣としての、鋭い眼光を宿していた。


「……次郎。その言葉を待っておったぞ」

「では、ご協力頂けるのですか?」


島はゆっくりと頷いた。

「わしに任せろ。能島は当然楠予の味方をする。

来島も、河野家が楠予に降った以上、逆らう力は無い。

それに、あやつらが河野から受けておった伊予灘の権益も、楠予家がそのまま認めておる。面子を潰されぬ以上、味方せぬ理由はあるまい。

因島は……見返りを示せば動く。」


「見返りですか……。もちろん十分な銭をお支払いするつもりです」


島は鼻で笑い、盃を置いた。

「銭は確かに大事だ。だがな、次郎――」


吉利は指を一本立てた。

「因島は“銭だけ”では動かん。あいつらは利と、義理、そして将来の得を何より重んじる」


次郎は姿勢を正す。

「では、何を……?」


吉利は指を一本立てた。

「一つ目は、塩の製法は、能島だけの恩ではない。村上三家すべてへの恩だ。

あれで大いに儲けておる。その“恩”を返させる」


次郎は頷く。

吉利はさらに指を二本立てた。


「二つ目。楠予家は今、瀬戸内で最も勢いのある取引相手だ。

薬、塩、砂糖菓子、干し椎茸、器物……

因島の商売は、楠予との交易で成り立っておる」


吉利はにやりと笑った。

「つまり――

“楠予に逆らえば将来損をするぞ”と脅せば因島は簡単に味方につく」


次郎は深く息を吸った。

「……なるほど」

(それ改めて言う必要あった? 味方になるでよくない?)


吉利は満足げに頷いた。

「そういうことよ。

銭は“最後の一押し”だ。

まずは恩を思い出させ、次に利を示し、最後に銭で背中を押す」


そして吉利は盃を取り直し、次郎の方へ突き出した。

「安心せい。来島も因島もわしが説得する。

村上三家――必ずまとめてみせる」


次郎は深く頭を下げ、盃を交わした。

「はい。又衛兵兄上の仇、必ず取りましょう!」

「おう!」


ひと月後。島は次郎との約束通り、三家の村上水軍をまとめ上げ、楠予家の側で戦う事を誓わせた。

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