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119 造船

1544年2月中旬。 


冬の名残がまだ空気に残る朝。

次郎は広江港の近くの造船所にいた。


造船所と言っても、2ヶ月前までは交易船の修理や、漁船を作っていた小規模なドックに過ぎなかった場所だ。それを大型船を作れるように、短期間で大幅に拡張している。そのため工事自体はまだ終わっておらず続いていた。


事の発端は3ヶ月前。

正重が皇族の姫との婚礼に2万貫の巨費を投じると言った事だ。次郎は憤慨し、なら自分にも交易船を作る費用をくれ(下さい)と、正重、源太郎、玄馬の三人におねだりして3万貫の予算を捻り出したのだ。


正直、造船は船を売らない場合は利益の面では即効性に欠ける。

船を作り、それを楠予家が交易に運用して初めて利益が出始めるのだ。


だが将来、楠予家が世界に打って出るためには、和船よりも優れたヨーロッパ型の船が必要になると次郎は思っていた。

ゆえにまずは3万貫で交易用の小型キャラック(三百トン級の帆船)を6隻作る事にした。(大砲無し)

この型は既にヨーロッパでは一般的な船であり、戦国の船大工でも訓練すれば建造可能だ。

それに小型と言っても、それはヨーロッパ基準での話であり、和船で言うなら小型キャラックは大型の部類に入る。


今の次郎ならばフリゲート艦(百年後に登場)すら作る事も可能。だが初めての造船事業である事や、村上水軍、さらには塩飽衆たちに技術が伝わる事を考えれば、南蛮人に技術流出する可能性がある。ゆえに今はヨーロッパでも存在するキャラックまでにして置いたほうが安全だと考えたのだ。


なお、今の楠予水軍には、領地を減らされ維持費が賄えなくなった河野家などのから提供された船が多数あるが、専属の水軍兵は殆どいない。

強力な水軍を作るには村上水軍と塩飽衆の協力が必要だった。

だが彼らは友好的ではあるが、義兄弟の島吉利以外は完全には信頼出来ない。

彼らが完全に味方になる時――それは楠予家が天下を取り、彼らが楠予家の家臣として楠予水軍に組み込まれた時だと、次郎は冷徹に考えていた。


「弥八様、あれは次郎様では?」

「なんだと!?」


壬生家の筆頭家臣の弥八とその部下たちが、次郎とその護衛たち20名の存在に気づき駆け出した。


弥八は次郎の命令でこの造船所の現場監督をしており、補佐として研究開発奉行に所属しているインテリたちが十名ほど付けられていた。

次郎は研究開発の者たちを鍛え、いずれはチートでは購入出来ない技術の研究をさせる計画だった。


なお、弥八は今は出世して加納姓を与えられ、加納弥八・成忠と名乗っている。


「次郎様お越しでしたか!」

「うん、今来たところだ。弥八、それで調子の方はどうだ?」


弥八が嬉しそうに頷く。


「はい、昨日はこの者たちと夜遅くまで酒を飲みましたが絶好調ですよ!」

「お前たちの事じゃねえよ! 造船の方だよ!」


弥八は胸を張って笑った。

「へへっ、そっちも絶好調です! ほら、見てください」


弥八が指さした先には、新しく組まれた船台と、乾燥棚に積まれた大量の木材が並んでいた。

2か月前まで“船大工の作業場”に毛が生えた程度だった場所が、今では立派な造船所の形を成し始めていた。


――だが、船そのものはまだ一片も組まれていない。


「船台は昨日ようやく完成しました。

今日からは、いよいよ建造に取りかかれます!」


弥八の声には誇らしさがあった。

次郎は頷きながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。

2か月の拡張工事はとても長く感じたが、これでようやく“船を作る準備”が整った。


「ついに日本の大航海時代が始まる。

……日本の夜明けぜよ!」


弥八が首をひねる。


「なんですか、それ?」

「いや、ちょっと坂本龍馬風に言ってみただけだ」

「さかもと?」

「……お前は知らんでいい。向こうの世界の人の話だ」


弥八が『ああ、そっちですか』と頷くと、乾燥棚に積まれた大量の木材を指差した。


「殿が教えてくれた技術はやはり凄いです。木材の長さが正確ですよ。それに新たに殿が作った長さの単位のメートル。それを正しく図る定規やメジャー。これを造船以外でも使えば日本の技術は格段に跳ね上がりますね」


次郎は弥八の言葉に苦笑した。


(……跳ね上がる、か。まあ確かに跳ね上がるな。伊予と土佐を平定したこの時期に造船業に手を出すのは、丁度いい時期だったのかもな)


次郎が決めた「1メートル」は現代の1メートルとは長さが僅かに違う。“たぶんこのくらいだろう”という感覚で次郎が決めたものだからだ。

戦国時代の日本人なら大体1.5メートルくらいだろう、と推測で決めた1メートルを基準としたのだ。

だが、戦国の大工たちにとっては

**“誰が測っても同じ長さになる”**というだけで革命的だった。


そして次郎は今回の造船に11個の道具や技術を投入していた。


①メジャー

「竹製の巻き尺」

竹を煮て柔らかくし、しなりを出し、次郎の作った1メートルを基準に10等分して10センチ単位に印を付けたものだ。

巻き取り部分は木製の簡易リールで作ってある。


②直角定規と直角スコヤ(L字の金属板)

まず水を使った水平器で水平を出し、下げ振り(水平にした梁から糸を垂らす)して絶対垂直を出して作ったものだ。


③長距離の直線を引くためのチョーク。(学校の簡易チョークを流用)


④1センチごとに印を付けたL字の金属定規、と長形の金属定規


⑤トースカン(罫書き器)

※線を一定高さで引く道具

戦国には無く、これがあると造船精度が爆上がりする。

• 一定の高さに線を引ける

• 船体の左右対称を取るのに最強

• 建築でも大活躍

構造は簡単で、木の台+棒+針で作れる。


⑥楠予領内におけるノミの規格統一。

戦国のノミは職人ごとに形が違う。

• 刃幅

• 柄の長さ

• 刃角度

• 用途別の種類

これにより作業効率が跳ね上がる。


⑦ 罫引き(けびき)

戦国にもあるが、精度が低いので次郎が改良したもの。

• メートル目盛り付き

• 刃の固定が強い

• 木材の幅を均一にできる

船板の厚みが揃う=船の強度が安定する。


⑧角度定規

• 船体のフレーム角度

• 船底の傾斜

• マストの角度

を正確に測れる。

木製+金属針で作る。


⑨糸巻き式の長い距離を測るための 基準糸。船体の長さを測るのに必須。

• 10m

• 20m

• 50m

の糸を巻いておく。


⑩木材の含水率を測る“原始的な乾燥計”

• 木材を叩いた音

• 重さ

• 乾燥棚の湿度

• 乾燥時間の管理

これを“基準化”するだけで

船の寿命が伸びる。


⑪大入れ(おおいれ)・ホゾ組みの“規格化”

• ホゾの幅

• 深さ

• 角度

• 組み方

これを統一すると、

船大工が入れ替わっても同じ品質の船が作れる。



次郎が話題を変える。


「ところで弥八。船はおそらく1年くらいで出来る。

だから軍部には船員を用意させ、村上水軍と塩飽衆には操船技術を教えられる船長や熟練の船乗りを寄越してくれるよう――

“お前から”話を通しておくよう頼んでおいたよな。

進捗はどうなってる?」


「はい。現在新しい船に乗る船乗りたちを軍部の方で募集しております。軍部よりも給料が高いと聞いた軍人たちが水軍への移籍を希望しているそうですよ」


次郎は満足そうに頷きながら注意する。


「だが当てにしてはならんぞ。船酔いがきつくて辞めると言い出す者が必ず現れる。まあ、だいだいの者はいずれ慣れるけどな。慣れない者は軍部に戻れるように手配しておいてやれ」

「はっ!」


弥八が不安気に言う。

「それと村上水軍と塩飽衆には使いを送りましたがまだ返事はありません。要請に応じてくれるでしょうか?」


次郎は少し難しい顔をする。

「村上水軍とは塩の製法の件で契約を結んである。

塩飽衆は……そうだな。楠予家の船、キャラック船を見て不安なら航海には出なくていい。乗ってみて気に入れば塩飽衆に船を売ってもいいと条件を付けてみた方がいいかもな」


「気に入ってくれますかね?」

弥八は海の男でないのでキャラックに自信がなかった。


「大丈夫だ。俺の設計図通りに作れば和船よりも遥かに長距離航海に向いた船が出来る。長距離航海が得意な塩飽衆の船長なら、きっとキャラック船の凄さが分かるだろう。ダメな時は村上水軍に海について教われば船の性能で多少は誤魔化せる……多分」


多分と言う言葉に弥八が笑う。


「え~。本当ですか?」

「……まあ、どのみち新しい船だ。操船技術そのものは俺が教える事になるだろう。村上水軍も塩飽衆も見ただけじゃ分かんないだろうしな」

「うーん。殿が言われるんならまあそうなんでしょうね」


弥八は次郎がそう言うなら何とかなる筈だと造船作業は進めていった。




※余談


十カ月後。

ついに初めての小型キャラック船が完成した。


かかった費用は概算で一万八千貫文だった。

造船所の建設に、一万貫文。

小型キャラック(三百トン級)建造に、八千貫文。


本来ならば小型とはいえキャラック船の建造には一年以上はかかる。

だが次郎が持ち込んだ道具と規格化の技術により、十カ月での完成にこぎつけたのだ。

そして、次郎はこの十カ月の経験で分かった事がある。


――次は六カ月でいける。


慣れれば四カ月での建造も夢ではない。そうなると一隻当たりの製造費用はグッと安くなる。



次郎は完成した船体を見上げながら、胸の奥で静かに熱が広がるのを感じていた。


(……ここからだ。楠予家が七つの海を制するには船がいる。その為にもいずれは七百トン級のキャラック船も作ってやるぞ!)


次郎が作った小型キャラック(約三百トン級)の積載能力は、既に日本の誇る大型安宅船をはるかに上回っていた。


キャラックの排水量は約三百トン。

※排水量

(船が浮くときに押しのけている水の量=船の重さ)


キャラックの船底は深く、幅も広い。

船倉が巨大なため、排水量とほぼ同じの三百トン前後の荷を積むことができるようになっていたのだ。


一方、安宅船も排水量こそ三百トン級だが、平底で不安定な構造ゆえに大量の荷を積むことに向かず、積載量はせいぜい百〜百五十トンだった。


同じ「三百トン級」の船でありながら、積載量には約二倍もの差がある。

これは安宅船が沿岸戦闘に向いた船であるのに対し、キャラックが交易に特化した船だからだ。


小型キャラック

排水量 三百トン

積載量 三百トン前後


安宅船

排水量 三百トン

積載量 百〜百五十トン



ーーーーーー


進水式の翌日。

村上水軍と塩飽衆の船頭が二人づつ造船所を訪れた。


三人は古参の船頭、そしてもう一人は――

琉球交易から戻ったばかりの宮本海之進だった。


海之進は日焼けした顔に豪快な笑みを浮かべ、キャラックを見るなり声を上げた。


「おいおい……次郎殿! これが噂の新造船か!

こいつはもしかしなくても琉球で見た南蛮船と“造りが同じ”じゃないのか?

あっちの方がでかかったが……船底の深さも、船腹の張りも、まさにこの形だったぞ!」


古参の船頭たちは、宮本の勢いに押されつつも、船台に載ったキャラックを見上げた瞬間、息を呑んだ。


年長の船頭が低く唸る。

「……なんじゃ、こりゃあ。船底が……深すぎるじゃろ」


別の船頭が船腹を叩き、目を丸くする。

「板の厚みが揃っとる。こんな均一な板、どうやって作ったんじゃ……?」


若い船頭は船倉を覗き込み、固まった。

「船倉が……洞窟みてぇだ。

これ、米を何石積めるんじゃ……?」


次郎が答える。

「三百トン前後だな。……ああ、“トン”じゃ分からないか。米で言えば、およそ四千五百石は積める」


「よ、四千五百石……?」

「安宅船の倍以上じゃねぇか……」

「嘘じゃろ……?」


宮本海之進が笑う。

「次郎殿の言う“トン”は分からんが、四千石超えの船倉とは化け物じゃ。

これは凄いのう!」


年長の船頭はしばらく黙り、やがてぽつりと呟いた。


「……まずは乗せてくれ。南蛮の船を真似てみた所で、まともに動けんのじゃ意味がない」


その言葉に、次郎は頷いた。


「分かった。今日は動くかどうかだけ確かめるとしよう。楠予家の船員はまだ素人だし、沖には出ないけどいいか?」

「「分かった」」

四人の船頭が頷く。


船頭たちと次郎は船に乗り込み、ゆっくりと港の外れへと進んだ。

帆は上げない。

櫓と舵だけで、船が素直に動くかどうかを見るためだ。

船体が水を押し分け、静かに前へ進む。


若い船頭が小さく息を呑んだ。

「……重いのに、素直に動く……?」


別の船頭が舵の動きを見て目を細める。

「舵の利きも悪うない。和船とは癖が違うが……これは“動く”船じゃ」


宮本海之進が笑った。

「次郎殿、まずは合格じゃな。これなら帆を上げる前に、船の癖を覚えられる」


年長の船頭は静かに頷いた。

「……よし。まずは“動く”ことは確かめた。あとは、わしらがこの船を覚えるだけじゃ」


その声には、未知の船を前にした海の猛者の高揚が宿っていた。


やがてこの四人の船長は楠予家に仕え、楠予海軍と日本商船の礎を築くことになるのだが――それはまた別の話である。


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