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113 仁介原の戦い

1543年9月下旬。


楠予軍・本陣。


一夜明けると、楠予軍の目の前には長宗我部、安芸、吉良の三家の連合軍4300が陣を敷いていた。


高田圭馬が不敵に笑う。

「土佐勢め、夜中にこそこそと川を渡るとは小癪な真似をしおるわ。我らと決戦がしたいなら堂々と移動すればよいのじゃ! いつでも受けて立つ!」


黒岩兵衛が唸る。

「いえ大佐、我らは一杯食わされたのやもしれませぬぞ」

「なに? 黒岩少佐、それはどう言う意味じゃ」

「はっ。敵の狙いは端から我らを城から誘い出すこと。そして義盛山に陣を置いたのは……我らをこの場所に誘導し、連合軍と蓮池城とで挟撃するための策だったのやも」


高田圭馬が膝を叩き感嘆する。

「わっはっはっ! 連合軍もやるではないか! まあ、それも我らに勝てればの話だがな」


二人の会話を聞き終えた藤田孫次郎が佐介を見る。

「大保木准将。連合軍は罠にかけたと思っておるやも知れませぬが、それはこちらも同じ事です。いまの土佐勢の北は曽我山城、西は楠予軍、南と東は川。土佐勢は自ら死地に飛び込んだ愚か者にございます」


佐介は勢いよく立ち上がる。

「藤田大佐の言う通りだ。この戦はここで終わらせる! 土佐勢の主力は農民兵、所詮は烏合の衆に過ぎぬ。楠予軍は戦をするためにだけ集められた軍隊、ここで一気に蹴りを付ける!」


佐介は皆を一瞥いちべつし、決意を伝える。


「徳重中佐、そなたは兵四百を率いて、背後の蓮池城の出撃に備えよ。

我らは、残り五千で連合軍を壊滅させる、皆の者よいな!」

「「おおっ!!」」


将たちは佐介の号令で床几から立ち、素早く自分の隊へと向かった。




ーーーー


長宗我部国親は馬上から、仁介原に整然と広がる楠予軍の横陣を見て、思わず息を呑んだ。


「……なんじゃありゃ、乱れが一つもないぜよ」


安芸勢の将・安芸国虎が苦い顔で言う。

「国親殿、あれが楠予軍ですか……。まっこと、兵の動きが一つの生き物のように動いちょります」


吉良宣直が、不安そうに言う。

「国親殿……本当に勝てるがですか……」

「……勝てる」


国親の長年の戦で培った勘が、この戦いの厳しさを告げていたが、それでも生き残るためには退く事はできない。

国親は味方の動揺を抑えるため、すぐさま馬上より全軍を鼓舞した。


「皆の者! 楠予軍の動きは確かに見事じゃき!

じゃが、わしらは武勇に優れた土佐者ぞ!

槍働きなら誰にも負けんき! 楠予ごときに怯むことはなぁぜよ!!」

「おおっ!」


兵士たちは国親の鼓舞に応え士気を取り戻した。


そこで国虎が叫んだ。

「国親殿! 楠予が動き始めたぜよ!」


国親は頷き、国虎たちを見据える。

「安芸殿、吉良殿よろしいな、この一戦は死んでも退かぬ、絶対に勝つぜよ!」

「おう!」「う、うむ」


二人が応えた直後に、国親の号令が仁介原に響き渡った。

「全軍、弓構え!! 槍隊は敵の突撃に備えよ!」


楠予軍と違い連合軍は寄せ集めの国人衆だ。武田や上杉のような整然たる陣形を取れない。

だが無秩序でもない。

連合軍は弓で牽制し、敵の足を止め、間合いが詰まれば家ごとの槍隊が固まって突撃する――

それが今回の作戦だった。

あとはどちらの士気が高いか、それが勝敗を分けると国親は思っていた。


仁介原に楠予軍の陣太鼓が響き、土佐勢に迫る。楠予軍の槍隊は土佐勢の射程距離に近づいてもなおも突撃を開始せず、ゆっくりと前進した。


楠予軍が射程距離に入ると、国親には楠予軍が何か手に持っているのが見えた。国親は異様な圧力を、楠予軍から感じ取ったが命を下した。


「放てぇっ!!」


国親の号令と同時に、連合軍の中列から無数の矢が飛び立った。

黒い雨のように降り注ぐ矢は、楠予軍の前衛へと吸い込まれていく。


だが――。


「……効いちょらん……? あれは盾か!」


楠予軍の槍隊と言えば三間槍、それは今でも変わらない。

だが三列に並んだ槍隊の最前列は、ヨーロッパ式の槍隊が編成されていた。

長方形の大盾を肩の高さで重ね、短槍を装備した部隊。木の板を並べたような“盾の壁”が並ぶその光景は日本の戦場には無いものだった。



安芸国虎が、若武者らしく鼻息荒く言い放つ。

「盾とは小癪な! 国親殿! 盾など、恐るるに足らんぜよ! 突けば一息で崩れる!」


吉良宣直は、震えながらも国虎に同調する。

「そ、そうじゃ……! 気合はわしらの方が上じゃ……!」


国親は二人の言葉に頷き、馬上から大声で号令を放った。

「よし、槍隊、前へ出い! 押し出せぇぇっ!!」


国親の号令で土佐勢の槍隊が雄叫びを上げ、前へ進み出る。


「押し込めぇぇっ!!」


若武者・安芸国虎が声を張り上げる。

国親は後方から全体を見渡し、突撃の勢いが十分に乗ったことを確認する。


その瞬間だった。


ドン……ドン……!

突如、楠予軍の太鼓が低く鳴り響いた。


「む……?」


国親が眉をひそめた刹那、楠予軍の槍隊が、槍を“頭上へ”と掲げた。

「……っ?」


土佐勢の誰もが、交戦を止めたかのような奇妙な動きに一瞬戸惑う。

次の瞬間、楠予軍の一列目の兵たちはくるりと後ろを向き、二列目の隊列の“隙間”へと吸い込まれるように後退していった。

二列目と三列目の槍隊では、偶数番の兵が左の兵の後ろへと移動し、前列を通すための細い道を作っていたのだ。

槍を頭上に掲げているため、互いの槍が干渉することなく、列は滑るように入れ替わった。


――そして

ザザッ……!

交代直後に三間槍の部隊は、頭上に掲げていた槍を一斉に下ろした。


「な、なんじゃあの長い槍は……?」

安芸国虎が目を見開き、吉良宣直は手を微かに震わせながら声を漏らす。


「こ、これはなんか嫌な予感がするがよ…………!」


宣直の言葉に国親がハッとして、全軍に命ずる。

「全軍止まれ! 突撃してはならん!!」


だがその命令は――失策だった。

土佐勢が足を止めた、その刹那。

楠予軍のロングボウ隊が一斉に矢を放ったのだ。


ビュンッ!!


放たれた矢は、土佐勢の槍隊の頭上へと降り注ぎ、密集した隊列に深々と突き刺さる。


バシュッ! バシュバシュッ!


「ぐああっ!」

「目が……! 目に刺さったぁっ!」

「ひ、ひぃぃっ……!」


悲鳴が連鎖し、前列が一気に崩れた。

国親が歯を食いしばる。

「まずい……! 足が止まったところを狙われたぜよ……!」


だが、楠予軍の攻撃はそれでは終わらない。


ドン……ドン……ドドン!


ロングボウの雨が止むと同時に、三間槍隊が太鼓の合図で前進を開始した。


「突撃――ッ!!」


小隊長の命に従い各分隊が三間槍を手に突き進み、土佐勢を突き崩す。


「う、うわぁぁぁっ!!」


土佐勢の普通の槍(2〜3m)では、間合いがまったく届かない。

土佐勢は反撃すらできず、ただ突き刺されるだけだった。


まずい。流れを完全に楠予に持っていかれたぜよ!


国親が流れを変えるため、策を考えようとしたその時。

視界の端に、楠予軍の赤い騎馬隊が見えた。


「おのれ……側面に回りよったか。……吉良殿! 右翼の吉良勢に命令するぜよ!」

「な、なにを!?」

「決まっちゅう! 騎馬への対処ぜよ。何しとるが、はよ命令を出すぜよ!」


吉良は急いで指示を出すが、吉良の命は混乱した軍には届かず、騎馬隊は無防備な吉良軍へと突撃した。


こうなると国親たちにはなすすべもなく、戦は一方的に進んだ。連合軍は楠予軍に押しに押され、すぐに総崩れを起こした。


吉良宣直が絶望の声を上げた。

「こ、国親殿。もうだめぜよ。 吉良軍は終わりじゃ。わしはもう逃げるがよ。でも……どこに逃げればいいが?」


国親は間抜けな事を言う吉良を睨みつけた後、背後を振り返る。

後には仁淀川。濁流がうねり、逃げ道はない。


「我らに逃げ場などない! 生き残るには勝つしかないぜよ!」


しかし、まだ若い安芸国虎は素直に負けを認めた。

「国親殿……もう無理じゃ、楠予軍は強すぎる。降参するがや。今なら兵の命を助けられる、それが将たる者の務めじゃきん」


吉良宣直が叫んだ。

「そうじゃ、そうじゃ! 安芸殿の言われる通りぜよ! みなよう聞け、吉良家の者は武器を捨てて降伏ぜよ! 止めじゃ止めじゃ! わしは死にとうないんじゃ!!」


その声は、戦場の混乱の中でも異様に響いた。

吉良家の兵たちが一斉に振り返り、そして――武器を手放した。


それを見た国親の顔が、怒りで真っ赤に染まった。

「貴様……!」


国親は馬上で刀を抜き、吉良へ向けて振り上げた。

「この裏切り者がぁぁッ!!」

「ひぃぃい!!」


吉良は馬上で縮こまり、顔を両腕で覆って震えた。

「や、やめぇぇ!! 国親殿、やめてくれぇぇ!! わしは本当の事を言っただけじゃ! わしはまだ死にとうない!」


吉良の情けない姿に国親は手を組む相手を間違ったと思った。


(……ここで吉良を斬っても、状況は変わらん……

わしらは……もう、勝てん……。すまぬ弥三郎……)


国親はまだ幼い嫡男・弥三郎に詫びながら振り上げた刀を自らの首元に当てる。


安芸国虎が叫ぶ。

「国親殿、早まるな! いま死ねば長宗我部家は滅ぶがよ!」


「……降伏すれば人質にされるがよ。わしが死ねば長宗我部はまだ戦える……」


国親の義弟・吉田孝頼が血相を変えて叫ぶ。

「殿! 我らがここで死ねば、若君もきっと死ぬぜよ! 楠予家に降れば、長宗我部の再興の道は残るがよ!」

「……所領安堵もせぬ楠予が再興など許す訳がないがよ」


吉田は首を振る。

「そうでもないぜよ! 楠予家の重臣には、楠予家を裏切り所領の半分を没収された者がいるぜよ。でも今は所領を回復しちゅう。諦めてはいかんぜよ!!」


吉田が仕入れた情報は、楠予家が敵に徹底抗戦させぬために意図的に流したものだった。吉田にもそれが分かっていたため、国親に報告していなかった。



吉田孝頼の叫びに、国親の手がわずかに震えた。

首元に当てていた刀の刃が、かすかに肌を離れる。

「……所領を……回復……?」


孝頼は馬を寄せ、必死に訴えた。

「殿! 楠予家は“従った者”には寛大にございます! 忠節を尽くせばお家再興も夢ではありませぬ!」


安芸国虎も続ける。

「国親殿、生きておればいくらでも巻き返せるき!」


国親の胸に、幼い弥三郎の笑顔がよぎった。

(……弥三郎……わしは……)


周囲では長宗我部家の馬廻り衆が次々と武器を落とし、国親に膝をつき始めた。

「殿! ここはご辛抱を!」


吉良宣直が震える声で言う。

「く、国親殿……敵がそこまで来ちゅう! 早う降伏するがや!」


国親はぎゅっと目を閉じた。

だが槍の音、悲鳴、馬の嘶きが国親の耳に入り、早く決断しろと催促する。


(……わしが誇りを捨てて生きれば……弥三郎に未来を残せるかもしれぬ……)


国親は歯を食いしばり刀を振り上げ、地面に叩きつけた。

そして、馬上から叫んだ。

「――長宗我部勢、聞けぇぇッ!!」


長宗我部家の兵たちが国親を見る。


「……武器を捨てよ! これ以上は無駄じゃ! わしは誇りを捨て、家を残すがよ!」


その言葉は、敗北の宣言であり、

同時に“家を守るための決断”であった。


安芸国虎が深く頷く。


「……安芸勢も武器を捨てよ! 降伏するぜよ!」


吉田孝頼も涙をこらえながら叫ぶ。

「皆、武器を捨てよ! 殿のお言葉じゃ!!」


土佐勢の手から次々と槍が地面に落ち、楠予軍に手を上げ降伏する。


楠予家の土佐侵攻で、最大の決戦は僅か半日で決着がついた。




ーーーー

幕間


赤備の指揮官である高田桂馬は騎馬隊を率い、土佐勢の側面を攻撃していた。そこに藤田孫次郎から伝令が来た。


「高田大佐、敵は降伏の意を示しております! 歩兵隊は交戦を停止したと、大佐にお報せよとの命を受けて参りました!」


高田は渋い顔をした。


楠予軍は戦に勝つ事が功績であり、敵を殺す事にあまり意味はない。だが、赤備隊は違う。従来通りの武功で判断される仕組みだった。

ゆえに高田は土佐勢が降伏の意を示しても、あえて停戦の命を出さず放置していた。


潮時だな。物足りないであろうが、これ以上はわしの指揮能力を問われかねん。


「あい分かった。停戦の法螺を吹け、赤備隊に戦は終わったと伝えるのじゃ!」


高田が命を下すと、伝令隊の一人がすぐに法螺貝を吹いて軍を停止させた。


「ご苦労だった。藤田大佐にこちらも停戦したと伝えてくれ」

「はっ!」


使者が去ると、高田が直臣の中野に愚痴を漏らした。


「まったく土佐勢も決戦を覚悟したならば最後まで戦えばよいものを、怖気づきおってからに……」


中野は笑って応える。

「はっはっは。殿、降伏した者たちの殆どは楠予に仕え、我らの部下になります。これから我らの役に立つと考えればかわいいものにござる」

「まあ、そうだな。奴らがいくら頑張った所で、わしの地位を超える事はないだからな」


中野は真剣な顔で言う。

「殿、それは油断のしすぎにござる。軍部の浮き沈みは激しく、新参の藤田孫次郎殿は、殿と同じ大佐になられましたぞ」

「……孫次郎は才も功績もある奴だ。わしよりも功を立てておる。じゃがそれでも身分はただの重臣、わしを超えてはおらぬ。これがどう言う事かわかるか?」


高田桂馬は先日、準譜代家臣へと昇格した。これは高田と同じ日に家臣となった、大野、楠河、国安ら三人も同様である。


「楠予の上層部は年功序列よ。わしがよほどの失敗でも犯さぬ限りは、孫次郎であろうと、わしを超える事は難しいだろうな」


まだ二十代後半と年若い高田は、楠予家が家臣の兵権を簒奪した時に憤慨した事があった。気づいた時には楠予家が自分の兵のほとんどを奪っていたのだ。次郎を殺したいと思ったほどだ。だが、兵権を奪われたのは楠予家の五人の子息や、次郎たち重臣も同様であったため、仕方なく様子見をした。


その後、奪われた兵の代わりに楠予家が兵の貸し賃として、家臣に金銭を補填した。その金を使えば、奪われた兵の半分が雇いなおせるほどの大金である。

高田はその金で兵を増やそうとしたが楠河に止められた。

「お前は謀反でもする気なのか? ここで兵を雇っては次郎殿の思惑から外れ、目を付けられるぞ」と。


それからしばらくして高田は気づいた。

兵を自分で雇わなくていいし、楠予家は貰える所領も少ないが――これはこれで楽だし、何より銭が多い。すごく多い。

昔の千倍は裕福になっている。


高田の屋敷は今では高級品であふれかえっていた。妻や娘は綺麗な着物を着て、高田自身は有名な刀匠が作った太刀を何本も所持していた。

これは楠予家に仕える前ではありえない光景だった。


家臣の中野が問う。

「上層部は年功序列ですか?」

「そうじゃ。今までの論功行賞で分かった。楠予は功績を評価はするが、飛び抜けた扱いはしない」


中野は不思議そうな顔をする。

軍部が実力主義で、出世が能力に左右されると知っているからだ。


「年功序列になった諸悪の根源は壬生次郎殿じゃ」

「壬生様が?」

「そうじゃ。壬生殿は誰よりも功績を上げておる。だが壬生殿は『楠予家の子息よりも多くの所領は受け取れぬ』と皆の目の前で拒んだ。そのため功績がなくても楠予家の子息は壬生殿よりも多く所領を受け取るようになった。この状況で他の家臣のいったい誰が壬生殿より多くの所領を受け取れると言うのだ。そんな事をしてみろ、今後楠予家で後ろ指を指されるのは間違いないぞ」

「それで年功序列になったと……」


中野は悟った。

世襲制が少ない軍部の出世争いは激しい。楠予家の統治部も同様の実力主義と聞く。だが楠予家の内部は世襲制なのだ。しかも年功序列のため上層部――真の特権階級に食い込む事が、次第に難しくなって来ているのだと。


思えば、後から来た河野家などは2万石と大身だが、独立した豪族衆のような扱いをされている。軍部階級は名誉大佐の地位だが給与は出ず、兵の供出もしていないため貸出料も出ない。ゆえに高田家よりも所領は5倍は大きいが、高田家の方が何十倍も裕福だと言うことは、中野ですら知っていた。

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