表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/80

10 今張の夜

昼も過ぎ、夕方に近づく頃、潮の香りが鼻をついて来た。

次郎と又衛兵は、今張の湊に到着したのだ。


港には、船が三艘ほど停泊していた。

荷揚げの男たちが掛け声を上げ、魚や薪、布袋を運んでいる。


その喧騒の中に、鉄と鋼を扱う商人たちの声が混じっていた。

「玉鋼だよ! 備前からの上物だ!」

「こっちは安いぞ、関の鉄だ! 斧にも鍬にも使える!」


次郎は荷車を止め、目を細めた。

鋼材が並ぶ露店の前に立つと、脳裏にスキルの知識が浮かび上がる。

──玉鋼は、青白く光る。

──関の鉄は、炭素量が安定しているが、粘りに欠ける。

「これ……玉鋼じゃないな。色が濁ってる」


次郎は一束の鋼材を手に取り、指先で撫でた。

温度を思い浮かべ、火床に入れたときの反応を想像する。

「これは……備前じゃなくて、播磨の鉄だ。焼き入れが難しい」

次郎の説明を聞いた又衛兵は、驚いていた。


商人が眉をひそめた。

「お若いの、目利きができるのかい?」

商人は笑った。

「なら、こっちを見てみな。玉鋼の中でも“白肌”と呼ばれる上物だ。特別に1束800文にしてやる」


次郎は手に取った瞬間、脳裏に鋼の声が響いた。

──これは、確かに語る鋼だ。

「これを……2束ください。刀を打ちます」

商人は目を見開いた。

「刀か。ならば、火床を整えてからにしな。鋼は嘘をつかんが、火は容赦しないぞ」

次郎は頷いた。

「大丈夫だ」

(作り方はすでに知っている)




※※※



次郎たちが買い物を終え、峠を越え宿へ向かっていると、後ろから馬の蹄音と怒号が響いた。

次郎が荷車を引いていた道の後ろから、血相を変えた男が駆けてくる。

その背には、縄で縛られた幼い子供の姿があり、後方から三騎の武者が追っている。


「止まれ!その子は村上家の御当主ぞ!」


人さらいは焦り、幼児を盾にして逃げようとする。

だが又衛兵が道を塞いだ。

「命が惜しければ、その子を置いていけ」


人さらいは短刀を抜き、幼児の喉元に突きつける。

「近づけば、この子の命は──」

その言葉が終わる前に、又衛兵の体が風のように動いた。

一閃。

短刀が宙を舞い、人さらいの腕が切り裂かれた。


幼児は地面に倒れ込むが、すぐに次郎が駆け寄り、抱き起こす。

「大丈夫か。怪我はないか?」


幼児は震えながらも、次郎の胸にしがみついた。

追っての武者たちが到着し、地面に倒れた人さらいを見て驚く。


「……おぬしら、何者だ」

又衛兵は刀を納め、静かに言った。

「俺は池田村の楠予家くすのよけの五男・又衛兵だ」


武者の一人が深く頭を下げた。

「道祖次郎様をお救いくださり、感謝の言葉もござらん。それがしは能島・村上家の家臣、島吉利と申す」

「お二人には、今張の宿にて改めて礼を申し上げたい。このご恩は忘れぬ」





※※※※


次郎たちは思いも欠けず。村上水軍の案内で、今張の港でも屈指の宿に、無料で泊まれる事になった。

宿の女将は、何も聞かずに二人を囲炉裏の間に通した。


「お二人には、村上様よりのご厚意でございます。今夜はごゆるりと」

囲炉裏には、鯛の兜煮、炙った鰆、山菜の胡麻和え。

湊の宿らしい、海と山の恵みが並んでいた。


次郎は箸を止めて、ぽつりと言った。

「うまい……こんな飯は前世でもゴホンっ、ゴホン。こんな美味い飯、初めてですよ! いつも干し芋と粟粥ばかりでしたからね。ほんと美味しいですね!」


又衛兵は鯛の骨を外すのに苦戦していた。

「お前、魚の骨も器用に捌くんだな」


次郎は笑った。

「川魚で、なれているから、ですかね?」

「なんで疑問形なんだよ?」

「はっはっは、気にしないでください。私が骨を外してさしあげましょう」


二人は楽しくしゃべりながら魚料理を楽しんだ。

外では波の音が静かに響いている。

又衛兵が、酒を次郎の盃に注いだ。


「次郎、お前はすごい奴だ。これから楠予家くすのよけを盛り立ててくれよ」

「いえいえ、賊を斬った又衛兵さまの刀さばきにはかないません」

「ふふふ、俺に世事話はいらん。そうじゃ俺と義兄弟にならぬか?」


次郎は盃を持ったまま、目を見開いた。

囲炉裏の火が揺れ、酒の表面に赤い光が踊る。


「……義兄弟……ですか?」

又衛兵は鰆の骨を口にくわえたまま、にやりと笑った。


「お前は見所がある、今日の玉鋼の目利きは見事であった。それにプリン…。農民の出だが俺の義兄弟にしてもよいと俺の感が言っているのだ」


次郎は盃を見つめた。

「……わかりました。私でよろしければ、喜んで又衛兵様の義兄弟になります!」


又衛兵は盃を持ち上げ、次郎の盃と静かに合わせた。

「ならば、今夜を境に、わしらは義兄弟だ。生まれた日は違えど死ぬ日は一緒だ」

「いやいや、一緒に死ぬのは勘弁してください、負け戦で死ぬみたいじゃないですか」

「わっはっは。やはりお前はおもしろいのう、さすが俺の義弟おとうとじゃ」


二人は盃を傾けた。

酒が喉を通ると、胸の奥が熱くなった。


「……義兄にいさん、これからよろしくお願いします」

「うむ、義弟おとうとよ、これから頼むぞ!」


外では波の音が静かに響いていた。

(まさか又衛兵様が俺の義兄あにになるとは思わなかったな。この世界に来て初めての本当の家族ができた、ふふふ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ