09 鍛冶技術
朝霧が池田村を覆う頃、次郎は草履の音を殺しながら、楠予家の書院へ向かっていた。
霧は白く、冷たい。だが、次郎の胸の内は熱かった。
1万文もの金を村長からせしめたのだ。今日その金が手に入る。
「失礼します…」
「次郎か、話は聞いている。楠予家のためと申しておったが、まさか鍛冶場を作るためだったとは…」
玄馬の声は、明らかに次郎を疑っていた。
「はい。鍛冶場を作り楠予家を発展させてみせます! 1万文をお渡しください!」
玄馬は眉間に皺をよせた。
「1万文をいかがするのだ。今から材料の購入に行くのか? 一度に1万文は必要あるまい?」
「あっ…」
(そうだな、俺が1度に1万文を使うのは不自然だな、仕方ない鉄を購入する名目で…)
「これから鉄の購入に今張の港へ参ります、7000文をお渡しください」
「父上が決めた事だ、何も申さぬが…逃げる事は許さぬ。又衛門、あとは頼んだぞ」
書院の奥から待機していた、又衛兵が現れた。
「次郎、これから俺が1月は寝るも食うも、一緒に行動するからな」
「えっ、寝るのもですか?」
「当たり前だ。お前に1万文もの信用があると思うのか? 鍛冶場作りは大きな事業だ。1月の間、この又衛兵が直々に護衛してやるから感謝しろ、わっはっは」
その後、次郎と又衛兵は大八車に7000文の入った袋をいくつも積みこんだ。
(おいおい7000文って思ったより重いぞ、30kgはあるぞ!)
次郎たちは池田村を出発して、今張りの港へと向かった。
朝霧が晴れ、陽が高く昇る。
大八車の車輪が、乾いた土をきしませながら進み。
次郎は額に汗を浮かべて、肩で息をしていた。
荷車には、革袋に詰められた7000文の金が、木箱の底にしっかりと収められている。
その重みが、次郎の腕にも背にもずっしりとのしかかっていた。
「ふぅ……重い……」
次郎は道端の石に腰を下ろした。
荷車の取っ手から手を離すと、指が痺れているのに気づいた。
又衛兵は、道の脇に生えた笹を折りながら言った。
「金は重いが、信用はもっと重いぞ。お前の背に乗ってるのは、村長の信頼だ」
「……はい」
次郎は、革袋の入った木箱をちらりと見た。
「この金が重いからいけないんだよな。……今ここでちょっと使ってしまうか?」
次郎はスキル一覧から
鍛冶と鉄斧を選んだ。
【鍛冶基礎:知識Lv10】
価格:2000文(所持金7095文)
効果:火床管理、焼き入れ、鉄加工の基礎。簡易鍛冶場の設計図も付属。一部クラフト解放。
【鉄斧設計図:知識Lv8】
価格:200文(所持金7095文)
効果:鉄斧の構造理解。必要素材と工具の把握。製作可能になる。一部クラフト解放。
──購入。
その瞬間、何かが弾けた。
次郎の脳裏に図面が流れ込んでくる。
火床の構造、風の流れ、炉の温度帯。
鉄斧の刃の角度、柄の材質、打ち込みのタイミング。
──火床は地面から一尺五寸。風穴は北に向けよ。
──鉄斧の刃は鋼、背は軟鉄。焼き入れは油で冷やす。
次郎は目を見開いた。
頭が熱い。だが、痛くはない。むしろ、心地よい。
「そうそう刀も買っておかないとな…」
【刀の設計図:知識Lv9】
価格:700文(所持金4895文)
効果:刀の構造理解。必要素材と工具の把握。製作可能になる。
再び、知識が次郎に流れ込む。
今度は、斧とは違う、繊細で緻密な構造。
──刀身は三枚打ち。芯鉄を鋼で挟む。
──反りは焼き入れで生まれる。
──柄は朴の木、目釘穴は二つ。鍔は重心調整に使う。
次郎は息を呑んだ。
斧が「道具」なら、刀は「技術の結晶」だった。
その違いが、知識としてではなく、感覚として染み込んでくる。
「……これが鍛冶か、凄いな!」
又衛兵が石の上に座り、笹をくわえたまま、ちらりと見た。
「おい、次郎どうかしたか?」
「いや何でもないよ、気にしないで!」
(でもこれじゃ足りない、質の高い刀を作るって約束したんだ)
次郎は再びスキル一覧を見ると、新たに解放されたスキルに目が留まった。
「鋼の選定、三枚打ち技法、焼き入れ応用、研磨技術、名刀鍛造か…」
【鋼の選定:知識Lv8】
価格:200文(所持金4195文)
効果:鋼材の品質に応じた武器性能の上昇。失敗率減少。希少鋼材が発見可能。
【三枚打ち技法:知識Lv12】
価格:12000文(所持金4195文)
内容:芯鉄を鋼で挟む鍛造技術
効果:耐久性+35%、切れ味+50%。鍛造時間がやや増加。。
【焼き入れ応用:知識Lv11】
価格:5000文(所持金4195文)
内容:反りの調整、硬度の最適化
効果:刀の反り・硬度を調整可能。美しい刃文が出現し、名刀判定率が上昇。
【研磨技術:知識Lv9】
価格:800文(所持金4195文)
内容:刃の仕上げ、刃文の演出
効果:切れ味+30%。見た目の評価上昇。名刀としての価値が高まる。
【名刀鍛造:知識Lv15】
価格:30万文(所持金4195文)
内容:名刀級の性能と美を両立
効果:名刀確率+100%。希少効果(妖刀・霊刀など)付与の可能性。
「名刀が30万……」
(いくら何でも高すぎるだろ…)
「このうち買えるのは鋼の選定と研磨技術だな…仕方ない購入だ」
次郎が「購入」をイメージした瞬間、視界がまた白く染まった。
脳裏に、鋼の色、匂い、手触り、そして火床の温度と鋼の反応が次々と流れ込む。
──玉鋼は青白く光る。
──軟鉄は火に入れても赤みが鈍い。
──炭素量が多すぎれば脆く、少なすぎれば切れ味が鈍る。
「……これが、鋼の選定か。まるで鋼が語りかけてくるみたいだ」
続けて「研磨技術」を購入する。
砥石の種類、角度、力加減。
刃文を浮かび上がらせる水の温度と光の当て方。
──刃は、磨かれて初めて語る。
──切れ味は、砥石の声を聞ける者に宿る。
次郎は息を吐いた。
「これで、少しは約束に近づける……いや、まだ始まったばかりだ」
又衛兵が笹をくわえ直しながら、大きな石の上から声をかけた。
「おい、次郎休憩は終わりだ。もうすぐ港だ、行くぞ。鋼材の仕入れだ」
「うん」
(ちょうどいい。目利きの腕を試してやる)
次郎が力を入れると、荷車が軋みながら動き出す。
次郎の目には、港の先に広がる池田村の鍛冶の未来を見ていた。