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1 歴史の転換点

 革命。それは国を守るために立ち上がった反体制派による軍事的行動を指すことが多い。貧困、独裁、格差、飢饉、流行病。革命が起きる原因はさまざまであるが、歴史転換期としても示されるその革命は大半が成功しトップに君臨していた者、そしてその一族の死で終わる。しかし革命が成功したからと言って国が豊かになるとは限らない。革命とは歴史の転換期ではあるが好転期ではないこともある。


◇◇◇


 燃える宮廷。散らばる屍。地獄を体現したようなその光景はまさに革命の最中の光景だった。

 少女にはなぜそれが起きているのか分からない。なぜ信愛なる国民たちがお互いに殺しあっているのか分からない。しかしこれだけは分かる。いま少女は殺されようとしている。膝元にはいつもそばにいたメイドの屍。目は開いているがそこに生気はなく、庇って切り落とされた右腕が遠くに転がっていた。

 怒りに任せ暴徒と化した人々は止まることを知らない。

 必死に思考を加速させていた脳がいよいよ耐えられなくなった時、そこに生まれた物は後悔であった。今までであれば知ろうともしなかった目の前の人々。知っていたら食い止められていたかもしれない。知っていたら逃げられたかもしれない。何がいけなかったのか分からないがより良い国にできたかもしれない。そういった思考が頭を埋め尽くす。もし願いが叶うならば、次はもっとこの国を知りたい。この世界を知りたい。少女は泣きながら祈った。

 しかしその思いに至るには遅すぎた。胸に銀色の刃が突き刺さり、経験したこともない痛みが襲う。吐き気と痛みに何も考えられなくなる。消えゆく意識の中で目に映った人々は笑顔を浮かべているように見えた。

 この国に対し無知であった少女はその無知故に命を落とす。しかしそれは決して悪いことではない。この世には知らないほうがいいこと、そして知ってはいけない事柄が存在する。知らないまま逝けることが幸せだったと思えるのは得てして死を経験した者のみである。




 不快な感覚にアルトリアは目を覚ました。見慣れたベッドの天幕。紛れもない自分の部屋だ。暴徒と化した国民に焼かれた慣れ親しんだ部屋。不思議な感覚に()けていると不意に先ほどの鋭い痛みを感じ吐き気に襲われた。急いで身体に触れ調べてみるが、胸に突き刺さったはずの剣はそこにはなく、穴も空いていない。



「夢……なの……」



 最初に思い付いたのは先ほどまでの経験が夢であったということ。現実的にそう考えるのが普通であり、夢と片付けてしまったほうが簡単である。しかし死を迎えるまでの思い出や記憶はまるで実際に経験したように鮮明だ。そして死を迎える寸前に覚えた痛みも吐き気を催すほど鮮明だった。だからだろうか、アルトリアはあれが現実だと確信していた。現実では起こり得ないと分かりつつもそう思えるだけの不思議な感覚があった。夢でなければ何なのか。本で読んだような巻き戻しとでも言うのだろうか。それとも既にアルトリアは死んでいて死後の世界なのだろうか。アルトリアは先ほどまで経験していた世界を便宜上『前世界(ぜんせかい)』と呼ぶことにした。

 手や足に感覚があることを確かめ、死後の世界ではないと確認する。そしてふと思いつき付き人を呼んでみる。



「ユリアいるかしら」



 発した声に驚き喉に手を当てる。先ほどまで怯えながら助けを乞うように発していた声は今は大人びた感じはなく、まるで一昔前の頃のような少しあどけない声であった。手も一回り小さく感じるのは恐らく気のせいではないだろう。

 そんな思考が遮られるようにドアがノックされ開かれる。



「アルトリア様。お呼びでしょうか」



 そこにいたのはいつもそばにいたメイドのユリアであった。その姿を確認するやいなや小さな安堵の声が漏れる。彼女はアルトリアのメイドとしてアルトリアが小さなころから仕えていた。ことアルトリアに関してはベテランである。



「もう起きるわ。着替えを用意してくれる?」

「承知しました。失礼します」



 ユリアに着替えをしてもらいながら思考を巡らす。

 前世界でアルトリアは婚姻前の19歳だった。政略的結婚として隣国のオルダン王国の王子に嫁ぐことになっていた。これはおそらくこちらの世界でもそうなる可能性が一番高い。オルダン王国はアルトリアのいる国であるロートル王国と友好関係にある。対外的にも友好を示すためにこの婚姻はほぼ確定的。そのためアルトリアもマナーや帝王学について学んできていた。

 しかし革命が起きたのは婚姻をするわずか一か刻前。この世界では春の刻、夏の刻、秋の刻、冬の刻がそれぞれ六十日と定められているため、正式な婚姻まで六十日という日に革命が起きたことになる。何故かはわからないがこれが偶然この時期に起きたとはアルトリアは思えなかった。



「いかかでしょうか、アルトリア様」



 その言葉に鏡を見る。手入れのされているブロンドベージュの髪に少し大人しめのピンクなドレス。そこには少し幼さが残るアルトリアがいた。



「ユリア。変なことを聞くけれど今は太陽暦何年かしら?」

「1328年です」



 ユリアは不思議な顔をしながらも淡々と答える。1314年生まれのアルトリアは14歳という事になる。

 やはりおとぎ話で読んだ巻き戻しという現象が近いのかもしれない。あくまでおとぎ話の中でのはなしではあるが、少年が人生をやり直すためにある一定の年齢まで戻って未来を変えるというお話だ。あの時の祈りが通じたかは分からない。しかし今アルトリアはやり直しの機会を貰っている。これだけはゆるぎない事実だった。

 19歳になるまで5年。もし本当に5年後に革命が起こるというのであれば時間はまだある。あるとはいえ既に革命の火種が(くすぶ)っている可能性はある。今から出来ることを少しでもやらなければいけないだろう。となればやることは一つ。



「ユリア。朝食にしましょう」



 ただでさえあまり働かせていない脳をアルトリアなりに働かせたのだ。腹が減っては戦は出来ぬ。自明の理である。



◇◇◇



 懐かしい朝食の味に舌鼓を打ちつつ、アルトリアは今自分が取れる最善の方法を考えていた。とはいえアルトリアはこの国に対しては無知。そう不自然なほどになにも知らないのだ。もちろん国で起こった出来事などは嫌でも耳に入ってくる。入ってこないのは経済や国防などのいわゆる国を運営していく上で必要な知識である。

 アルトリアには兄が二人いるが、その二人ともが次期国王や宰相(さいしょう)の座を確実にしているほど聡明である。アルトリアも勤勉ではあるがそのほとんどを算術や他国情勢に費やしていた。それは他国に嫁ぐことが確定しているアルトリアだからこその処遇である。わざわざ他国に嫁ぐ者に内情を握らせるリスクは大きいと言えるからだ。

 そしてこの状況はアルトリアにとってはとても危険な状態と言わざるを得ない。革命を自分だけでも事前に察知していれば少なくとも逃げることはできただろう。その察知に必要な情報が遮断されていた。



(少しでも多くこの国の情報が欲しい)



 今からこの国について学びたいと進言してもきっと許しは出ないだろう。であれば別のアプローチを探すほかない。

 自分から学ぶというのは現実的ではない。宮廷内に保管されている書庫の情報では限界がある。そもそもそういった書籍や文書はアルトリアが閲覧できる場所には保管されていないはずである。

 では協力者を見つけ教示してもらうという案はどうだろうか。これならば可能かもしれないが、一歩間違えれば情報の統制がさらに厳しくなる可能性もある。今の状況に不平も不満も言わなかった14歳の少女が自国の運営について知りたいなどいきなり言い始めたら不気味だ。裏に何かあるとあらぬ疑いをかけられるのは避けたい。そうされないためにも監視下に置かれない場所の確保は必須だろう。

 食事をしながら難しい顔をしていると食堂の扉が音を立てて開いた。



「おや、今日は早いねアルトリア」

「カリルお兄様。おはようございます」



 そこに入ってきたのはアルトリアの2番目の兄であるカリルであった。カリルは文武両道を簡単にこなす秀才である。アルトリアが革命により死を迎えるときには、既にこの国の宰相として名を馳せていた。実質的なこの国の運営方針を定める最上級官職であり諸省庁への決定権はカリルが持っているといっても過言ではない。今は16歳のため学校へ通って勉強に勤しんでいる最中だとアルトリアは記憶していた。はて、カリルがここにいるのはどういう事だろうか。学校は全寮制のはずである。



「どうしたんだい。難しい顔をして。何かあったのかい?」

「いえ、大したことではありません。ただ昨日中々寝付けなくて良い安眠方法などないか考えていました」

「寝ることに関してはエキスパートのアルトリアが寝付けないなんて、悪夢でも見たのかい?」



 本当に驚いた顔をするカリル。アルトリアとしては寝ることのエキスパートなどと思ったことはない。

 眠りとは人間の三大欲求であり、生き物である以上必要な行為。それを疎かにすることは生き物として生きていくことを放棄することと同義。とアルトリアは考えていた。

 そのため毎日10時にはベッドに入り30秒ほどで眠りにつき、寝具まわりはこだわりの逸品を揃えているだけだ。現在使用している枕は街の職人に特注で作ってもらった最高級品である。



「悪夢ではありました。ただ自分を見つめるいい機会にはなったと思います。なのでご心配には及びません」

「そうかい?それならよかった…のかな」

「それよりもお兄様。学校の方はいかがですか?」



 専属の教師が就きほぼ毎日宮廷で勉強していたアルトリアにとって学校とは未知の世界。兄や側近などからの話を聞くだけの、想像しかできない存在であった。故に兄から聞く学校の話は前から興味があった。アルトリアも学校に通えないか聞いてみたこともあるが、行く価値がないとして却下された。



「ああ、昨日は剣術の練習があってね。新しい踏み込みの方法を教えてもらったよ。あとでアルトリアにも見せてあげよう」

「まぁ!それは本当ですか!?是非見てみたいです」



 アルトリアは目を輝かせた。この世界で剣術は貴族の(たしな)み。馬術やダンスに並ぶ必須技術である。各国の王室が集まり娯楽として剣術大会を開くほどこの世界では浸透している。(もっと)もこれは男性に限った話であり、女性はダンスが評価されることがほとんどで、剣術や馬術は二の次になる。そのためアルトリアにとって剣術を間近で見れる機会は見逃せない娯楽の一つになっていた。



「さて、私はこれから学校に行くから失礼するよ。アルトリアも勉強頑張るようにね」

「はい、お兄様。いってらっしゃいませ」



 日常会話程度だったがアルトリアはとても嬉しかった。というのもカリルは宰相になってからアルトリアが心配するほど働いており、アルトリアと話す機会は公的な場でのみ。プライベートな会話など数年していなかった。進む道が違うとはわかっていても婚姻前の少女には寂しいものである。



(一ついいことを思いつきました)



 先ほどカリルから聞いた学校の存在と前世界で聞いた情報。その二つで()()()()を考え付いたアルトリアは笑みを浮かべながら食堂を後にした。





ケーフッド大陸戦争史


1333年 春の月 36日

ロートル王国首都ケンターク郊外にて国民による反乱が発生。武装した反乱軍1500人と国防兵士の約半数が反乱軍側に寝返り、半日で宮廷を占拠したのちアルトリア王女を殺害。


春の月 41日

事前に反乱の予兆を察知していたロートル現国王アルキヌス王はベント王国を経てオルダン王国へ亡命。マルキス第一王子とカリル第二王子は行方不明となり実質的に革命は成功となる。

オルダン王国の国王メイデン王は首都占拠とアルトリア王女殺害を不当な行いとしロートル反乱軍に対し武装解除と首都返還を勧告。ロートル反乱軍はこれを拒否。


春の月 44日

オルダン王国はベント王国に対しロートル反乱軍の通行禁止措置を要請。ベント王国はこれを全面的に承認したうえで軍事的行動として国境付近に兵士を配備。一触即発の状態となる。


春の月 51日

列強国であるブリトー共和国がロートル臨時政府を新国家として承認。マルバタ共和国が建国される。これに対しオルダン王国がブリトー共和国を非難。マルバタ共和国へ武装解除及び首都返還の最後通牒を通知。マルバタ共和国がこれを拒否したことでオルダン王国及び同盟国のベント王国はマルバタ共和国へ宣戦布告。サイダー地方を主戦場としたサイダーの戦いが勃発した。

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