表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/72

剣友

 誰が漏らしたのか、久秀が決闘をするという話を知らない太夫はいない。

 あと数日の命かもしれないというのに、義理堅い久秀は大門を潜り、世話になった女たちに挨拶をして回った。


「逃げちまいなよ、久さん。年季が明けたらわっちが食わしてやろうほどになあ」


 数人の太夫に同じようなことを言われ、苦笑いを浮かべる久秀。

 役目を終えたにもかかわらず、未だに肥後屋に巣食っている胡蝶の部屋にも顔を出した。


「世話になったねえ、胡蝶ちゃん。いつまでここにいるつもりなの?」


「まだ指示が無いのです。たぶん柳の葉が落ちるまでかなと思います」


「そうか、ご苦労だねぇ。そうそう、俺がいなくなっても柳屋の弁当はよろしくね」


「誰が運ぶんですか? それによりますよ。たぶんどの見世の女も同じだと思います」


「誰だろう? まあお楽しみにね」


「どちらにしても、もう戻らないおつもりですか?」


「実はまだ考えていないんだ。生きていれば咲良のもとに戻る。死んだとしても魂だけは咲良のもとに戻る。決まっているのはそれだけさ」


 胡蝶が三つ指をついた。


「ご武運をお祈り申し上げております」


「うん、ありがとう。胡蝶ちゃんも早く出られればいいね」


「はい、ありがとうございます」


「じゃあもう行くね。今までありがとう」


 胡蝶の目に大粒の涙が浮かんだが、久秀は気付かない振りで部屋を出た。

 柳葉の部屋まで行ったが、結局久秀は声をかけなかった。

 丁度通りかかった柳葉の禿に、持ってきた菓子を握らせて一緒に食べろとだけ伝える。

 会わないのかという禿の頭を撫でながら、久秀はお道化たように言った。


「その方が太夫のためさ」


 去って行く久秀の背中を眺めながら、禿は小首を傾げていた。

 暫しそのままいたが、思い直して柳葉太夫の部屋に入る。

 久秀の言葉と菓子を差し出すと、柳葉太夫がポツリと言った。


「そうね、合わせる顔もないもの。ありがたいわ」


 禿が出て行くと、柳葉は文机を開けてさらさらと文をしたためた。

 何度か迷った末に、やっと宛名を書き終える。

 それをそのまま引き出しに戻して、客を迎える準備を始めた。


「お帰りなさいませ。お二人ともお待ちかねですよ」


 そういう咲良に頷き返し、久秀は柳屋の裏庭に回った。

 宇随と柴田が二間ほどの間をとって対峙している。

 久秀が声を掛けると、その場の空気の色が変わった。


「相変わらず凄い殺気ですね。表まで漏れてましたよ」


 久秀がそう言うと、柴田が口を開けた。


「放つことはできるのだが、受け流すのが難しい。どうやら俺はまだ未練があるようだ」


「未練なんてあって当り前さ。俺だってめちゃめちゃあるよ。咲良と祝言をあげたいし、咲良との子も欲しいもの」


 宇随が呆れた声を出す。


「さっさと始めるぞ。時間が無いんだ。俺だって早くお市を抱いて眠りたいんだからな」


 そう言うと宇随と柴田が並んで久秀に相対した位置をとる。

 それぞれが下段と上段に竹刀を構えて、久秀に殺気を飛ばす。

 久秀は腰を落として竹刀を帯に差し込んだ。

 ふわっと久秀の鬢が揺れる。

 どのくらいそうしていただろうか、三人を包む空気が色を失い音が消えた。


「たあぁ!」


 最初に動いたのは柴田研吾だ。

 下段の構えのまま間を詰めて、一気に袈裟に切り上げようとする。

 久秀はほとんど動かず、その切っ先を受け流した。


「遅いぞ。掴めるかと思った」


 久秀の声に啞然としたのは宇随だ。


「今のが遅いだと? ではこれでどうだ」


 構えなおした柴田研吾の横に並び、二人はほぼ同時に左右から薙ぎ払った。

 カンカンという乾いた音がして、攻撃が防がれたことがわかる。

 宇随は更にもう一度打ち込んだ。


「おっと! なるほどこれですか。なかなか恐ろしいですね」


「そう言いながら避けたお前もなかなか恐ろしい奴だよ」


 久秀がニコッと笑いながら言った。


「研吾は打ち込むとき利き手の小指が緩むな。宇随さんはさすがに隙がないですが、眉間に二度皺が寄ります。それが合図になるから防ぎやすい」


 三人が並んで裏庭の縁側に座った。


「ねえ、宇随さん。宇随さんがよく言う先見ってどんな感じなんですか?」


「どんな感じ……そうだなあ。相手の動きが重なって見える感じかな。分かり易く言うと残像のようなものが先に見えるんだ」


「ぜんぜん分かり易くないです」


 柴田研吾の不貞腐れたような声に、宇随が大きな声で笑った。

 命を賭けた戦いまであと二日。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ