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まちぶせ

「やれやれ間に合いましたな。奴らは?」


三良坂の問いに答えたのは柴田だ。


「おそらくは木挽橋の柴田の妾宅だ。そこから小舟で川を下ってそのまま佃島に向かうと踏んでいる。船の上では女達を盾にされると手が出せんので佃島でまちぶせる」


「我らは先だっての干物の運搬で三河屋はお役御免になりましてねぇ。今回が最後の様子なので少々焦っておりました。助けりましたよ」


 久秀が刀の柄に手を掛けた。


「お主……何者か」


 三良坂の後ろに控えている三河屋の半纏を着た男たちが身構えた。

 宇随も柴田も新之助も刀の柄を握り、一触即発の空気が流れる。


「いやいや、そう色めき立つものではありませんよ。私は長崎奉行川村庄五郎の義弟で、御庭番をしておりました三良坂弥右衛門と申す者です。官位は三河守を賜っておりました。すでに隠居の身なのですが、義兄にどうしてもと頼まれて動いておるのですよ」


 久秀が目を丸くした。

 御庭番といえば将軍直属の役職だ。

 地方大名の国家老に仕えていた久秀が、親しく口をきくなどとんでもないことである。


「これは……大変なご無礼の数々を」


「何をおっしゃいますか。安藤様とは互いに一物を晒し合った仲ではございませんか。それにしてもここまで辿り着かれるとは……感服仕った」


「いや……実は……」


 久秀は咲良の身を投げ出した働きを伝えた。


「なんと! さすが安藤様がぞっこん惚れ抜かれたご妻女だ。ではこちらが?」


「三沢長政が次男、三沢新之助と申します」


 新之助の挨拶に、三良坂弥右衛門が頷いた。


「なるほど、ご立派な面構えをなされておられる。そうですか、仇をお討ちになるか。見事御本懐をお遂げなされよ」


「はいっ」


 宇随は面識があるが、柴田は初めてだ。

 それぞれ簡単に名乗り合っている間に佃島に到着した。

 下船した四人を前に三良坂が口を開く。


「小伝馬から霊岸島を経由して佃島への護送手順は、いつもと同じようにおこないます。囚人の代わりに我が手の者が乗り込んでおりますのでご安心を」


 久秀達はあの短時間でここまで用意していることに驚いた。


「小舟は二艘と読んでおられるのですね? うんうん、私もそう思います。しかし佃島の桟橋はとても広うございますのでなぁ。しっかり桟橋から離さねば面倒だ。私の読みでは女たちと山本が乗り、別船に柴田と山名。さあ、どう捌きますかな」


 宇随が声を出した。


「柴田と正晴は新之助殿の仇を討ちたい。あなた方は山名達を捕縛したい。我らがあなた方に協力すると、新之助殿の仇討ちができなくなってしまう。もちろん我らの仇討ちもな」


 三良坂が顎に手を当てた。


「なるほど……確かに我らとしては捕縛して全容を詳らかにしたいと思ってはおりますが、必ずしも生かしておく必要は無いでしょう。その現場をしっかりした人間が確認すれば問題は無いですし、あまり表沙汰にはしたくないという本音もございます。わかりました。新之助殿の仇討ちの邪魔はしないとお誓い申しましょう」


 そう言うと三良坂は近くにいた者を呼び寄せて、何やら指示を飛ばした。


「咲良殿の書置きを信じるなら、ここに八ツでしたなぁ。まだ間に合いましょう」


 とは言っても、遠くで子の刻見回りの提灯の灯りが揺れている。


「もしその『しっかりした方』が来なかったとしても俺たちは動きますよ」


 三良坂は声には出さず頷いた。

 鉄砲洲から早漕ぎ舟が出てくる。

 霊岸島の岸壁が無数の松明で浮き上がった。


「島送りの舟が準備を始めましたな。いよいよだ」


 三良坂の声に、四人が海に視線を投げた。

 遠く浜御殿の方角に小さな灯りが揺れている

 柴田が小さい声で言った。


「あれじゃないか?」


 その声を合図に、全員が気配を消して身を隠した。

 二つの灯りが波に揺られながらゆっくりと近づいてくる。

 桟橋には三良坂の手の者が、水夫を装って上陸させる手筈になっていた。


 八丈大船の近くに積まれた材木の陰で、新之助が鉢巻を結び、揃いの襷を掛けた。

 その端に縫いこまれた左三つ巴の家紋を見た久秀は、ふと改めて自分の鉢巻を見る。


「ああ……咲良……お前は本当に……」


 久秀の声に柴田が無言のまま久秀の背をポンポンと打った。

 その鉢巻の裾に縫いこまれていたのは、安藤家の家紋である持合い麻葉紋。

 しかも通常二つが重なる持合いが三つになっているのは、久秀が安藤家から分家したことを意味している。

 宇随もそれを見て、久秀に笑顔を向けた。


「お前と咲良殿が初代ということだな」


「おめでとうございます」


 新之助も深々と頭を下げる。

 久秀は涙を堪えるために唇を引き結んだ。


「来ますよ」


 三良坂の声に一瞬で緊張が走る。

 久秀のすぐ後ろで新之助の喉が鳴る音がした。

 宇随が小声で言う。


「柴田、俺と安藤が山本を囲む。その間に女たちを保護してくれ」


「承知」


 久秀が続ける。


「新之助様はまだ身を隠しておいてください。必ず柴田と正晴を討ち取りましょうぞ」


「はいっ」


 三良坂が声を出した。


「新之助殿の安全は我らにお任せあれ。まずはご存分に師の仇をお打ちなさい」


 一艘目の舟が桟橋に舫われた。

 降りてきたのは三人の女と山本半兵衛だ。

 予想通りの振り分けだったが、違っていたのは女たちの扱いだ。

 腰巻一つの姿に縄を打たれ、逃亡防止とはいえあまりにも酷い姿だった。

 血がにじむほど唇を嚙みしめた久秀を、宇随と柴田が押しとどめる。


「さあ、新之助殿。こちらへ」


 気を遣ったのか、三良坂が新之助を連れてその場を離れた。

 二艘目に乗っていた二人が悠然と桟橋に降り立つ。

 水夫に扮していた男たちが、繋いでいた二艘の小舟の舫綱を静かに解き放った。

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