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動きだす

 つけられていることを想定している二人は、わざとぺちゃくちゃ喋りながら歩いた。

 幸い江戸の人は男も女も歩くのが早い。

 怪しまれない程度に急ぐお嶋とお市。

 その後ろをつかず離れず追っているのは、奥の間に身を潜めていた五十嵐喜之助だった。


 柳屋が見えたところまで確認した五十嵐が急いで引き返していく。

 その五十嵐を今度は権左が追っていく。

 宇随を呼びに走っているのは柳屋の丁稚で、事情も知らされずとにかく走れと言われて駆けていた。

 柴田は柳屋でひたすら連絡を待っている。


 お嶋とお市が戻ってほんの半刻、宇随が息を切らして戻ってきた。

 久秀は柳屋の番頭が呼びに行っているが、まだ戻ってきていない。


「義さま、咲良さんが……」


「やはり囚われたか。柴田、すぐに向かうぞ」


 柴田が頷くとお嶋が慌てて言った。


「客は五人。富士屋の二人と正晴っていう偉そうな奴。あとの二人は初見だったけれど、清右ヱ門と半兵衛だと言っていたよ」


 柴田が目を見開いた。


「清右ヱ門だと? もう一人が……」


 おどおどとお嶋が声にする。


「半兵衛って……」


 宇随が柴田の顔を見た。


「どうした?」


「宇随さん……これはもしかしたら、とんでもないことになるかもしれないです」


 宇随が声を出そうとした時、久秀が駆け戻ってきた。


「咲良!」


 その姿が見えないことに、久秀は改めて呆然とした。


「安藤、落ち着いて聞け。黒幕が同席していたようだ」


「なんだと?」


 柴田が青い顔で口を開く。


「清右ヱ門と半兵衛と名乗ったそうだ」


 久秀が息をのんだ。


「清右ヱ門と半兵衛? 柴田清右ヱ門と山本半兵衛か?」


「おそらく」


 お市が二人の特徴を話す。


「お二人とも年の頃なら五十路は過ぎていましょう。清右ヱ門は貫禄のある感じで、半兵衛は何というか隙が無い感じでした。鬢だけが真っ白で、おひげが顎の半ばまでありました」


 久秀がギュッと手を握った。

 柴田が俯いたまま言う。


「間違いないだろう。山名藩江戸家老の柴田清右ヱ門と元山名藩江戸藩邸剣術指南役の山本半兵衛だ」


「そんなバカな! 江戸家老が首謀者だと!」


 叫ぶ宇随には構わず、久秀が口を開いた。


「咲良は?」


「引き止められてしまって……権さんが私たちをつけてきた男を追って行ったけれど、連絡はまだなのよ」


 お嶋の声に久秀が歯を食いしばると、口の端から血がこぼれた。


「久さん?」


 いきなり立ち上がった久秀を見上げて、お嶋が怯えた声を出す。


「お嶋さん、悪いが肥後屋に今から俺が行くと遣いを出してくれ。柳葉の部屋に忘れ物をしたとでも言えばいい」


「う……うん、わかった。すぐに行くのかい?」


「ああ、何としてでも場所を吐かせる。宇随さんはお朝の家を見張ってください。柴田は道場に戻って新之助を連れてきてくれ。今夜一気にケリをつける」


「わかった。わかったが……少し落ち着けよ安藤。今夜ケリをつけると言ったって、荷渡しが今日とは限るまい?」


「それを聞きに行って来るんだよ。まずは五十嵐だが、一味に山本半兵衛がついているとなると、おいそれとは倒せません」


「五十嵐なら俺一人でも十分だ。もし見つけたらお前を待たずに仕掛けるぞ」


「それは任せます。ただし山本がいたら俺と柴田を待ってください」


「山本とは……それほどの腕か」


「俺は一本も取ったことが無い。あいつは変形の居合を使います」


「それはまた……柴田もか?」


「俺も無いですよ。打ちかかった瞬間に胴を薙ぎ払われて終わりました。右に構えていたのに左から打たれましたよ」


 宇随が顎に手を当てた。


「なるほど……まあ乗りかかった舟だ。最後まで助太刀をしよう。お市、お前はお嶋さんと共にここにいろ。柴田、新之助殿と共にお前の妻子も連れてこい」


「はい」


 柴田が立ち上がった。

 

「さあ行こうか」


 三人の男たちがそれぞれの仕事をするために柳屋を出た。

 お嶋は店じまいをさせて、板場に夜食を作るように声を張る。


「今日はどの見世からの注文も全部断っておくれ。さあ一世一代の大勝負だよ」


 その声に柳屋の使用人たちが一斉に動き出した。


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