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不可解な行動

「お待たせしました」


 その声にふっと気を抜いた二人は、運ばれてきた膳を挟んで座りなおした。

 久秀が銚子の首をつまんで声を出す。


「先輩、まあ一献」


 宇随が受け、すぐに久秀に注いだ。


「それだけではあるまい? お前ほどの腕だ。目当ての首だけならもうとっくに落としているだろう? 何を目論んでいるんだ」


「山名藩をちょいと追い詰めてやろうと思いましてね」


「ほう?」


「さっきも言ったように詳しいことは勘弁してください。俺はね、自分の命はもとより妻も子も犠牲にしてまで秘密を守ろうとした三沢様を、あれほどあっさりと見限った山名藩が許せないんですよ。まるでトカゲのしっぽ切りだ。酷いじゃないですか」


「その通りだな。しかし藩を守るというのはそういうことなのかもしれん」


「ええ、その通りです。藩を守るというのは人の心を持っていては務まらんのでしょう。でも新之助様には仇をとらせてやりたいのです。三沢の名を名乗らせて差し上げたい。そのためには俺があの喜之助をやらねばならんのです」


「しかしお前が喜之助の相手をしている間、新之助様は一人で正晴と対するということになるのではないか? それは得策とは言えまい」


「ええ、ですから喜之助は事前に消します。たとえ相打ちになったとしてもね」


「安藤……」


「ああ……やっぱりだめだ。俺は生き残らなくちゃ。新之助様の助太刀をしなくては」


「明日から本気で稽古に励め。俺で良ければ相手をしよう」


「ありがたい。是非お願いします」


「なあ安藤、やはり喜之助をやる時は俺も入れろ。お前ひとりでは正晴に警戒されてしまう。裏を読まれず単なる仇討ちだと思わせるのさ。もし五十嵐を打てなくとも、表舞台に出てこられなくするだけでもいい。師の仇はいずれ必ず打つ」


「しかし!」


「安藤? お前は俺を舐めてるのか? 俺が喜之助にやられるとでも?」


「いや……それは無いです」


 丁度その時、廊下から声がかかった。


「お待たせいたしましたぁ」


 お市の声だ。


「あらあら、もう始めていたのですねぇ。お武家様二人で差し向かいとは、なんとも殺風景なことで」


 鈴を転がすように笑うお市の後ろには、三味線を抱えた女と小太鼓を持った女がいた。

 どちらもお市と同じ年恰好で、何やら凄みさえ感じるような色気がある。


「まあ! どちらも本当にいい男さんだこと! お市ちゃん、ご相伴に預かるわ。なんだか寿命が延びたような気分だよ」


 久秀は女三人の視線を浴びてたじろいだ。

 宇随がクツクツと笑いながら女たちを招き入れ、控えている使用人に酒の追加を命じる。

 宇随の横に座ったお市が耳元で言った。


「そろそろ上がっておいでですよ。もう騒ぎます?」


「いや、まだこのままだ」


「あい、わかりました」


 三味線と小太鼓を六畳間に置いて、久秀を挟むようにして女たちが座った。

 隣の部屋の障子が開いた気配がして、宇随と久秀は殺気を消して耳をそばだてる。

 女たちは心得たもので、スッと離れて反対側の六畳間に下がった。

 酒や料理が運ばれるまでの間、主役の二人は世間話をしている様子で、時折笑い声が耳に届く。

 しかし一向に動く気配が無い。

 どうやらこちらの騒ぎ待ちというところだろう。

 

「こりゃ長そうだ」


 宇随が久秀を見ながら小さく頷いた。


「ええ、では始めますか。どうせタダ酒だ。いい酒だしべろべろに飲んでやりましょう」


 久秀は女たちを手招きしてそれぞれに猪口を渡した。


「さあ、注がせていただこう。きれいどころを侍らせて飲む酒なんざ、死ぬまでにもう二度とあるまいよ」


「まあ! 旦那ったら。嬉しいことを言って下さるねぇ」


 それほど大きな声を出したわけでは無いのだが、コホンと小さな咳払いが聞こえた。

 宇随が片方の口角だけを上げてお市に言う。


「そろそろだ」


「あい、承知」


 芸者三人が、まるで客の相手をしているような演技を始めた。

 煩いほどではないが、なかなか騒がしくはある。

 男二人は音もなく立ち上がり、隣との境である襖に近寄った。


『どうやらお隣には芸者が来ているようですな』


『この町では有名な方が起こしだと、先ほど番頭さんが言っていましたのでその方達でしょう。多少煩くしてもらった方がこちらの声を届きますまい』


『なるほどそうかもしれません。では、話を進めましょうか』


 やっと本題に入るようだ。


『ところで三河屋さん、色よい返事をお待ちしているのですがね。かの方もお待ちかねですよ』


『いやいや富士屋さん。この前の件でうちは船頭が二人も辞めてしまったんです。もう少し色を付けて戴かないとねぇ』


『あれはそちらの船頭が悪いのですよ? それなのにうちに責を言いなさいますか?』


『ですから何を運んでいるのか正直に教えてくださいと申しましたでしょう? 分かっていればこちらもそれなりの者を準備しますよ』


『ですから干物ですよ』


 二人の笑い声が聞こえる。


『まどろっこしいのは苦手です。富士屋さん、一口のせていただけませんか?』


 三良坂の声だ。


『なるほど……そういうことですか。しかし荷によって港は毎回変えているんです。いつも三河屋さんという訳にはいかないでしょう?』


『いやいや、なら尚更だ。どこの港だってうちの船を回しますよ。いかがです?』


『どこの港でもと仰るか? それは伊勢や志摩でも? 使う港は駿河だけとは限りません』


『三河から回せる時間を頂戴できればそのようにいたしましょう』


 暫し沈黙が流れる。

 聞きながら久秀は考えた。

 三良坂は騒いで話し合いを潰せと言っていたはずなのに、積極的に売り込んでいるのはどういう事なのだろうと。

 宇随もそこに疑問を感じている様子で、眉間に皺を寄せている。


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