南蛮船
久秀は三良坂という男を全面的に信用したわけではない。
この宿の亭主もそういう意味では同じだ。
何か匂う……久秀の感が警鐘を鳴らしている。
朝餉を終えてぼんやりと板塀を眺めながら久秀は昨夜のやり取りを思い出していた。
「何に違和感を感じているのだ?」
自分に問いかけるが、靄がかかっているような気分ですっきりとしない。
「あれ、お客さん。今日は出掛けないのかね?」
掃除に来たのであろう仲居が入ろうかどうしようか迷っていた。
「ああ、今日は昼前までいるんだ。良ければ掃除してくれて構わないよ。俺は邪魔にならないように端にいるから」
そうですか? と言いながらもどんどん入って来ると、北側と東側の障子を次々に開けていった。
スッと舞い込んだ風が秋の匂いを思い出させる。
「もう秋だねぇ。秋といえば何が旨いんだろう」
「そりゃお客さん、そりゃ太刀魚だよ。あれは刺身でも焼いても煮つけても旨いもの」
「太刀魚か……久しく食べてないな。子供の頃はおふくろが甘辛く煮つけてくれて、その汁を飯に掛けて食うのが好きだったよ」
「あれえ、お客さん。太刀魚を知ってなさるかね」
喋りながらもせっせと手を動かす仲居を見て、違和感を思い出した。
「姐さんは訛りがないねえ。昨日話した子は酷い訛りで、申し訳ないが何を言っているか良く分からなかったんだ」
ここにきて何を言っているのか分からないほどの方言を使うのは、昨日のおよしだけだと気付く。
一緒に来た年嵩の女も普通に聞き取れた。
「ああ、およしだね? あの子は島の出だもの。島の子はみんなあんな感じだよね」
「島?」
「焼津の浜に小さな島があるのさ。今はもう誰も住んじゃいないけどね」
「へぇ、そんなところがあるのか」
仲居はそんな事も知らないのかというような顔をしたが、ニコニコ笑う久秀を見て頬を染めている。
「もう住んでる人がいないってことは住民全員が引っ越したってことだよな? 何かあったのかな」
「南蛮船の見張り処を作るからって立ち退きになったそうだよ」
南蛮船という単語に久秀の眉がぴくっと動いた。
三沢長政一家の仇を討つだけなら、探し出して正晴を切り伏せればすむことだ。
しかし久秀は、正晴の暴挙を白日の下に晒すことを目的としている。
それが道半ばで涙を飲んだ三沢長政への本当の供養だと考えているのだ。
「南蛮船って見たことあるかい?」
「私は無いけれど、岬の者たちは見たというのが多いねぇ。時々やってきて沖に停まってるって聞いたよ」
「見てみたいな」
「ははは! それなら板場の権さんに聞いてみないね。権さんの家は岬だから」
「権さんは今日もいる?」
「居なさるよ。客さんが食った朝めしを作ったのが権さんだもの」
礼を言って立ち上がった久秀は、大小をさして板場に向かった。
すみません……定時投稿はここまでです。
短くてごめんなさい。




