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第8話 自由なおつまみ

ピンポーン。


 ある夜、修司の家のチャイムがなった。ほぼ予定時間ぴったりにチャイムが鳴る。


「宅配業者さん、ありがとうございます!」


 修司は満面の笑みで、ハンコを押し、宅配業者から荷物を受け取った。箱のサイズはさほど大きくはない。中には、とあるドラマのDVDが入っていた。


「ついに買っぞ!」


 修司はニヤニヤ笑いながら、リビングのテレビの前の向かう。ドラマのDVDは、二十年前ほど修司がハマっていた刑事ドラマだった。権利の関係でずっとDVD化されてなかったが、そのトラブルも解消し、ついにソフト化された。


 年金暮らしの今では、思いきった買い物だったが、後悔はない。さっそく箱をあけ、今夜はDVDをゆっくりみよう。夜、一人でゆっくりとDVDを楽しめるなんて最高の贅沢だ。これを幸せというのかもしれない。修司の頬はゆるゆるとだらけていた。ジャージ姿だし、大学教授時代のダンディなおじ様という雰囲気は、全くなかった。


 ワクワクとしながら箱を開けたが、このまま手ぶらでDVDを見る気はしなかった。頭の中にワインや缶ビールの絵が浮かんでしまうが、必死に追い払う。今は医者に酒を止められていたし、家には料理用の酒しかない。まだ料理用の酒を使った事はないが、何とく自炊には必要だと思い、調味料を買い揃えていた。


「確かに何か、おつまみのようなものを作るか」


 修司は妻が残したレシピブックをぺらぺら捲る。今は自炊も慣れてきて、おつまみやスイーツも作りたい気分だった。


 スイーツ系のパンケーキも良いが、牛乳や小麦粉が切れている。材料から逆算すると、じゃがいもでフレンチフライを作るのが良さそうだ。レシピブックに描いてあるフレンチフライのイラストも美味しそうだったし、意外と油も少なめで出来るらしい。じゃがいもも味噌汁に入れる為に買っていたが、今日、フレンチフライを作るのも良いだろう。そういえば映画を見ながらポテトチップスを食べる事は、カウチポテトという。ポテトチップスではないが、ドラマDVDを見ながらフレンチフライを食べるのは、ぴったりではないか。


 頭の中で色々な思考が巡り、結局、フレンチフライを作る事にした。時計をも見ると、もう九時に近かったが、口の中はフレンチフライになってしまった。


 じゃがいもを重曹で洗う。この洗い方は美加子から教わった。美加子は健康の為に重曹とクエン酸を飲んでいるらしいが、さすがにそれは試したくないが。洗い終えると、じゃがいもの芽もとった。じゃがいもの芽には、ソラニンという毒素がある。これは中学校の時の家庭科の授業で聞いた。初めて学校で習った知識が役だったような感覚を覚えた。


 そしてじゃがいもの皮を包丁で剥いていく。正直、あまり綺麗にはできてはいないが、自炊初心者はこんなもんだろう。ちなみにじゃがいもの皮は捨てずにとっておく。これで湯呑みの茶渋が綺麗に落とせるらしい。妻のレシピブックに小さな文字で書いてあったので、後で試してもみよう。これで茶渋は落ちたら洗剤代もちょっと節約になるではないか。


 こうしてじゃがいもの処理を終えると、拍子木切りにした。少し太めになってしまったが、こっちの方が好みだ。


 切り終えたじゃがいもにボウルに入れ、軽くサラダ油をかけた。


 その後、フライパンにバターを落とし、じゃがいもを焼く(炒める?)。これでカリカリになるか半信半疑だったが、だんだんとキツネ色に変色し、良い香りがしてきた。最後にちょっと強火で炒め、フレンチフライができた。油も使わずにお店のもののようにカリカリだ。そういえばお酒のおつまみに妻のよく作って貰ったが、ずっと市販の冷凍食品だと勘違いしていた。手作りだったとは、全く気づかなかった。それに気づくと、何だかちょっと感動しそうになった。


 熱々のフレンチフライにサラッと塩を振る。塩は天然塩なので、粒が大きい。お陰で表面がキラキラしているように見えた。修司のフレンチフライを見る目も、それに負けないぐらい輝いていたが。


 さっそくリビングに行き、DVDを見ながらフレンチフライを食べる。


「あぁ、楽しい……」


 DVD購入という出費もあったが、至福の時間を過ごした。あっという間にフレンチフライの皿も空になる。じゃがいもの皮剥きや処理は面倒だったが、これだけ楽しめたら、多少の手間暇をかけても良いだろう。確かにちょっと夜におつまみを食べるのは、罪悪感は刺激されるが、明日の朝は糖質を控えて調整しよう。


 今夜はまだDVDは2話までしか再生していない。明日の夜もおつまみを作りたい。DVD見終えた修司は、妻のレシピブックをペラペラとめくる。


「この枝豆の焼いたのか美味そうだな……」


 レシピブックにあるおつまみには、見覚えがあるレシピがあった。確か妻は「焼き枝豆」と言っていたレシピだった。


「懐かしいなぁ」


 仕事が終わった夜、妻が一番よく作ってくれたレシピだった。普通の枝豆と違ってガーリックの味が効いていて美味しかった。これを食べると、ようやく仕事から解放された気がした。


「おつかれさま」


 そう言って笑う妻の顔が頭に浮かぶ。確かに今はDVDを見て楽しい気分だったが、ちょっと切なくなってしまった。


 それでもいつまでも切ない気分に浸るわけには、いかない。明日はゴミステーションの掃除の当番もある。


 使った皿やフライパン、ボウルなどをてb早く片付けると、風呂に入ってすぐに寝た。いつもは夢など見ていなかったが、今日は眠りが浅く、夢をみた。夢も中では妻が出てきて「おつかれ様」と笑っていた。


 翌日、修司は味噌汁と納豆という軽い朝食を済ますと、ゴミステーションへ掃除に出掛けた。最近引っ越してきた人でマナーが悪い人がいるようで、ゴミステーションは少々散らかっていた。野良猫もやってきて、追い払いながら、どうにかゴミステーションの掃除を終える。猫は可愛い動物だが、野良猫は野生だけあり、目つきは鋭かった。


「あらあ、修司さん、おはようございます!」


 そこに美加子がやってきた。上下ともランニング用にジャージ姿だった。頭に帽子、首にはタオル。どう見てもこれから運動する人の格好だった。


「おはよう御座います。運動ですか?」

「ええ。最近太ってしまったしね」


 まあ、いつも丸っとした猫みたいな体型だとは、修司は口が裂けても言えなかった。妻にも「太った?」と言って喧嘩になった事があった。


「そんな太ってませんよ」


 心にも無い事を一応言っておく。先日のお好み焼きの一件で、この美加子は敵に回すと怖そうだった。あの重そうなフライパンやお玉を持っている姿が目に浮かんでしまった。鬼に金棒、美加子にフライパン、なんちゃって。


「あらあ、そんなお世辞言わないで」

「いえいえ」

「掃除は終わったの?」

「ええ。けっこう散らかってましたけどね」

「ふーん」

「昨日はおつまみにフレンチフライを作ってみました」


 なぜかそんな報告をしてしまった。やっぱりDVDを見ながら食べたフレンチフライを思い出してニヤニヤとしてしまう。


「あはは、いいわね。でも夜食べると太るから、私は油揚げでピザを作ってるわ」

「え? 油揚げでピザなんて出来るんですか?」

「出来るわよ。ピザソースとチーズ乗せて焼くだけ。フライパンでもトースターでも出来るわ。じゃあ、ね!」


 美加子はそう言い残し、走って行ってしまった。


「油揚げでピザが出来るのか」


 良い事聞いた。修司はさっそく頭の中にメモをとる。この油揚げのピザも惹かれるが、今日は枝豆気分だ。


 夜、DVDを用意したら、枝豆の準備をした。旬では無いおかげかスーパーには枝豆はなく、冷凍枝豆を理由した。解凍し、ガーリックとオリーブオイル、塩で炒めた。こんなシンプルな食材でいいのかと不安になるほどだったが、香りもよく、妻が作っていたものと全く同じ物を再現できたようだ。


 さっそくリビングへ持って行き、枝豆をつまみながらDVDを見た。お酒は飲めないので、冷たい烏龍茶で代用する。ガーリック味の枝豆は美味しく、後を引き、あっという間に消えてしまった。


「あはは、面白いなぁ」


 何度も見ているドラマだったが、DVDでは再編集されている所もあるらしく、新たな発見みある。コメディタッチの刑事ドラマなので、気づくとくすりと笑ってしまう。


 もう、「おつかれ様」と言ってくれる妻はいない。仕事も定年退職した。もうあの頃のような開放感は感じられない。少し鼻の奥がツンと痛み、切ない気分になってきた。楽しいのに、失った物を考えると切ない。


 なぜか昨日と比べて満足感は減ってしまった。DVDはまだ再生していない話も残っていたが、明日は見るのはやめておこう。明後日は通院日でもあり、なんとなくDVDを見た後に医者に会いたい気分では無い。


 美加子から聞いた油揚げのピザはいつ作ろうか。それを作るタイミングを逃してしまいそうだったが、いつかの楽しみにしておこう。


 もう仕事も家族もいない。寂しい事だが、そのかわり自由だ。好きな物は好きな時に食べよう。


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