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第7話 豆苗の希望

賞味期限が近い缶詰めは、ようやく消費し終えた。最後の方はずっと鯖缶だったので、飽きてきたが、安心を買っていたと思えば文句は言えない。こうして賞味期限が近い缶詰めを食べられる事は、幸福な事だった。あれから地震も台風も何もなく、平和な日々が続いていた。


 しかし、キッチンの窓辺に置いてある豆苗がぐんぐん成長してしまった。そろそろ収穫をする時期だろう。最初はこんなに成長するとは思わず、修司はひたすら驚く。


 水につけていた豆苗を取り、根元から包丁で切り落とす。ボウルに入れ、さっと水で洗い、冷蔵庫に入れた。


 もしかしたら三回目も収穫できそうな気がしたが、さすがに無理だろう。ネットで調べても何回も再生は難しそうだった。二回目でも茎はやっぱりサクサクした感触で、細くなっているようだったし。


「他に再生できそうな野菜はないか?」


 修司は少し気になり、再生野菜で検索してみた。大根やニンジンのヘタからも再生野菜が出来るようで、目から鱗だ。食卓に座り、チラシの裏に知り得た情報をメモしておく。チラシの裏は妻がよく利用していた。妻が生きていた頃は、貧乏臭い行為に見えたが、今のような年金暮らしだと無駄遣いもためらわれた。チラシはスーパーに置いてある美容院やマッサージ、ジムのチラシの裏が白い事が多く、意外と紙質もしっかりとしていた。このまま捨てるのは勿体無いだろう。


 ちなみに古い新聞も野菜を包んだり、小さなゴミ箱を作るのに良いらしい。昨日、ゴミステーションで美加子に会い、古新聞の活用方法を聞いた。大学教授時代には、全く知り得なかった情報で、修司の目からは鱗が落ちっぱなしだった。


 こんな野菜も再生できるのも全く知らなかった。大学教授時代は、エリートとして偉そうにしていたが、今は全く知らない事もあると、身が小さくなる思いだった。


 ちょっと本末転倒とは思ったが、再生野菜を作る為にいくつか新しく野菜を買おう。収穫した豆苗も食べるのも楽しみだ。


 さっそく妻のレシピ帳を開き、豆苗を使ったものを見てみた。これから昼ごはんを作ろうと思ったが、野菜炒めやスープなどは作りたくない。特に今日は少し気温も高いのでスープという気分でもない。


「お、豆苗でお好み焼きなんて出来るのか?」


 パラパラとレシピをめくると、豆苗でお好み焼きが出来るらしい。キャベツの代わりに豆苗を入れるだけのようで、お好み焼き粉を使えば、さほど難しく無いようだ。ちょうど昼にお好み焼きというのも悪くない。


 さっそくスーパーへ行き、お好み焼きの材料はもちろん、再生野菜目的のものも買ってきた。さっそくお好み焼き粉のパッケージにある手順通り生地を作った。キャベツの代わりに豆苗を入れる。妻のレシピブックでは小麦粉からお好み焼きを作っていたが、まあ、今日ぐらいはお好み焼き粉を使っても良いだろう。フライパンで豚バラ肉を焼き、生地を焼いた。


 ひっくり返すのに緊張したが、意外と上手くいった。生地もふっくらしている。やはり、お好み焼き粉を使って良かったと思わされた。ジュワと良い音と共に、香ばしい香りがキッチンの広がる。三枚ほど焼きつづけた。一枚だけ昼に食べ、後は冷蔵庫で保存しておいても良いだろう。


 出来上がったお好み焼きを皿にもる。最後にソースとマヨネーズ、鰹節をトッピングしたら完成だ。


 さっそく食卓に持っていき、食べる事のした。


「いただきます!」


 豆苗で作ったので、「どうかな?」とは思ったが、そんな不安はすぐに吹き飛ぶ。意外と食感がシャキッとし、楽しめた。濃いソースとふっくら柔らかい生地もあう。ちょっと生焼け部分もあった気もしたが、気のせいだろう。生地の柔らかさと豆苗のシャキッと感が楽しい。


 しかし、お好み焼き粉はまだ残っていた。キャベツで作ってもいいか。意外と自分の家のフライパンで作るお好み焼きは悪くなかった。


 お好み焼きを食べていると妙に楽しかった。多分お好み焼きという料理は、明るく楽しいイメージだ。お祭りの屋台でも定番のメニューだ。葬式でお好み焼きを食べれば、空気が明るくんsるかもしれないと不謹慎な事も考えたりしてしまった。


 そういえば、ホットプレートはどこのおいただろうか。


 娘の咲子が中高生ぐらいだった時、土曜日の昼間にお好み焼きをよく作っていた記憶があった。確かホットプレートを出し、家族三人で囲んで食べた。


 そんな事を思い出すと、一人でお好み焼きを食べるのも、ちょっと楽しくなくなってきた。かと言って一緒にホットプレートを囲める存在は思いつかない。


 なぜか隣に住む美加子の顔が浮かんだりしたが、あの人と一緒に食べたら仕切られそうだった。何となくそれは嫌だ。だとしたら、咲子と一緒に食べようか。無性に咲子と一緒にホットプレートを囲みたくなってしまった。


 お好み焼きを食べ終えたら、スマートフォンのトークアプリで、咲子を誘ってみた。咲子は「どういう風の吹き回し?」と疑問に思っていたようだが、すぐオッケーの返事がきた。日付は来週の土曜日で、数日空いてしまうが。


 そんなやり取りを終え、一人で汚れた皿を片付けた。やっぱり、自分は寂しい老人か。お好み焼きを食べてていて、結婚した娘を誘うなんて。


 ただ、無性に誰かとホットプレートを囲みたかった。


 食後の片付けを終えると、家の物置に行き、ホットプレートを探した。


「どういう事だ?」


 薄暗い物置を探したが、ホットプレートはなかった。確かここに古いホットプレートを入れて置いてはずだったが。


 しばらく物置を漁っていたら、何かネズミのような生物が彷徨いているのに気づき、修司は大声で叫んでしまった。見た目は大学教授風のダンディな男だったが、ネズミやゴキブリには弱かった。


「ぎゃあああ!」


 よっぽど大声で叫んでしまったのだろう。お隣から美加子がやってきた。


「ちょっと何事!」


 美加子はフライパンとお玉で武装していた。そんな武装は良いのかと思ったが、彼女が持っているフライパンは、鉄製で重そうだった。いわゆるスキレットというものらしい。しかもアメリカのビンテージだとドヤ顔していた。


「へえ。そんなフライパンあるんですね」

「これでホットケーキやソーセージ焼くと絶品よ」

「へえ」

「ところで修司さん、何をやってたの?」


 美加子は好奇心に満ちた目をしていた。


「ホットプレートを探してたんです」


 何となく圧の強い美加子に反対できず、事情を全部話してしまった。あの重そうなフライパンはやっぱりちょっと怖い。


「だったらうちのホットプレート使う?」

「ええ?」

「いいじゃん。咲子ちゃんと三人でホットプレートパーティーしましょ」


 という事で美加子にごり押しされ、土曜日で三人でホットプレートを囲む事になってしまった。美加子と咲子はさほど面識は無いようだったが、あっという間にうちとけていた。やはり、ホットプレートを囲むと、人との心の距離が壊れやすいようだった。


「私が焼くわよ!」


 案の定、美加子が仕切り、せっせとお好み焼きを焼いていた。まあ、全部焼いてくれるので、咲子も全部美加子にやらせていた。咲子は「わー、上手です!」などと煽てて、なかなか人使いも良いようだった。咲子は仕事で部下を使う事も多いらしいが、感情的で目立ちたがりや部下が一番使いやすいと言っていたっけ。それは修司もそう思う。


 お好み焼きは、キャベツではなく豆苗を使った。なんでも美加子も再生野菜にハマっていて、大量に収穫したらしい。


「美加子さんは、そんな豆苗使うんですか?」

「ええ、もうあんなにコスパの良い野菜はないわ」


 すっかり美加子と咲子は打ち解け、女二人でずっとペチャクチャ話していた。一方、修司は一人で黙々とお好み焼きを楽しむ。ジュージューとした焼く音や女二人のに、すっかり孤独感など消えていた。というか、女二人の声にの煩さに、感じていた孤独感は嘘だった気もしてきた。


「うちの旦那は私の作ったものまずいって残すんですよー」

「あら、うちの旦那もそうだったわ!」


 ついに咲子と美加子は、缶ビールを開けながら、旦那について愚痴大会まで初めてしまった。女二人の容赦ない本音の数々に、さすがの修司も口元が引き攣っていた。もしかして妻もこんな風に愚痴大会を開いていたかもしれない……。


 やっぱり、お好み焼きは一人でゆっくり食べた方が良いかもしれないが。


 ちょっと後悔するほどだったが、何だか元気になってきた。


 豆苗だってこんな風に再生出来る。自分が感じていた孤独感も、きっと間違えだのだろう。今の修司の心は、理由もなく希望に満ちていた。


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