第6話 安心の缶詰め料理
知り合いに頼まれた仕事が終わり、しばらくのんびりとしていた。
あのワンパンパスタを作った事がきいかけで、パスタ料理にもハマっていた。今日の昼は豆苗と明太子のパスタを作る予定だった。
まずフライパンにお湯を沸かす。パスタ用のお湯だ。大きな鍋がなくてもパスタは茹でられるらる。そんな事は全く知らなかったが、実際妻のレシピにも書いてあったし、何回もフライパンでパスタを作っていた。
次に豆苗を洗い、根本を切り落とした。いつもだったら、このまま根本は捨てていただろう。美加子によると、豆苗はタッパーに水を入れ、そこにつけて置くと再び収穫できるらしい。なんという高コスパ。
修司は豆苗の根を水の入れたタッパーに入れると、キッチンの窓辺に置いた。こうして見ると、緑が見えて爽やかだ。一回豆苗を買うと、三回ぐらい得するようだ。
そうこうしているうちにお湯が沸き、フライパンに塩とパスタをいれた。その間に明太子やバターを混ぜ、塩も少し振る。
パスタはお湯に煮詰められ、だんだんと柔らかくなってきた。パスタの茹で汁は、皿を洗う時に便利だと美加子に聞いたので、残しておこう。なぜかわからないが、パスタの茹で汁に皿をつけると、油が綺麗に落ちたりした。
そのうちパスタも茹で上がり、ザルをつかって湯切りをした。洗い桶にはしっかり茹で汁ml溜めておく。
こうして茹で上がったパスタは、明太子と豆苗と混ぜ、完成。パスタだけだと栄養バランスが悪いので、昨日の夜に作ったワカメの味噌汁を温めて置く。
「いただきます」
こうして豆苗のパスタを楽しんだ。明太子は辛く、口の中でバターと溶け合った。簡単に見えるパスタだが、意外と何でも合う。無限のかのうせを感じる。サラダチキンとバジルソースも合ったし、納豆パスタも美味しかった。納豆パスタには、温泉玉子を乗せると絶品だ。温泉玉子もレンジで作れると、妻のレシピに書いてあった。意外とこれも簡単に出来、目から鱗だった。
そういえば、もうパスタが無くなりそうだった。食糧棚を整理して在庫を確認した方が良いだろう。修司は昼ごはんの後片付けを終えたら、冷蔵庫の隣にある食糧棚の整理を始めた。そういえば、ここは妻が亡くなってからあんまり掃除していなかった。
パスタなど日持ちする食材が意外と詰められてあった。乾うどんや、そうめん、蕎麦もある。それだけでなく、缶詰もいっぱいあった。鯖やイワシ、ツナ缶ばかりだったが。
「何だこれ?」
大量の日持ちする食べ物が出て来る。中のは賞味期限が近いものもあり、それだけは段ボール箱に入れて、早めに食べる事にした。
それにしても、なぜこんな食べ物があるのだろうか。とりあえず今日は缶詰をアレンジした料理にしたい気分だが、意味がわからない。この大量の缶詰の写真を撮り、娘の咲子に連絡した。今日は土曜日で休みのためか、咲子からはすぐに返事が返ってきた。咲子いわく、これらは備蓄品らしい。災害時に備えて妻が用意していたと返事が返ってきた。
災害時の備品?
いつの間にそんなものを用意していたのdだろうか。しかし、今のところ、この家のある地域は地震も災害も来ていない。あまり地震が無い土地だった。
缶詰めを整理しながら、何にもなかった日常に感謝したい気分にもなってきた。この食糧がここに綺麗にあるという事は、何よりもその証拠だろう。
しかし、こんなに鯖缶があってもメニューに困る。これは、そのまま食べる事しか思いつかなかった。
あらかた掃除が終わると、妻が残したレシピをめくってみた。鯖缶で作るカレーやツナ缶で作る餃子などのレシピが書いてあった。どちらも驚くほど簡単ない工程だった。これだったら修司にでも出来そうだ。
さっそく、スーパーに買い物に行き、カレールウや生姜、玉ねぎ、餃子の皮などを買いに行った。
餃子の皮はどこにあるのかわからず、近くにいた店員に聞く。美加子だった。相変わらずここでパートをやっているらしい。
「餃子野皮はお肉コーナーよ」
「なるほど、一緒に買う事が多いですね」
「肉使わないの?」
「シーチキンで作ろうかと思いまして」
「へえ」
そんな事を言いつつ、肉コーナーにつき餃子の皮を選ぶ。餃子の皮でもタイプがあるようだ。米粉で作られた本格的な物、とにかく大増量のものとある。
「美加子さん、どれがいいですかね?」
「修司さんは一人暮らしでしょ。そんな使わないって」
「だったら米粉一択だな」
カゴに米粉の餃子の皮を入れると、美加子はニヤニヤ笑っていた。
「餃子も鬼門よ。初心者は必ず焦げつくか、失敗する」
「えー?」
並べて焼くだけで?
ただ、目玉焼きの件もある。こう言って焼くようなものは難しい事は想像がついた。
「色々コツがあるけど、最近はホットサンドメーカーで焼くのが一番」
「あれで焼けるんですか?」
家には電気式のホットサンドメーカーがあったが、トースターがあるので大して使ってなかった。確か妻が懸賞で当てたもので、あまり使う機会もなかった。
「焼けるわよ。私もホットサンドメーカーで焼くのが一番いいと思う」
「イマイチ信じられないけど、やってみます」
そうは言っても今日の夕飯は鯖缶でカレーを作るつもりだ。餃子は明日の昼の予定だったが、とりあえず美加子のアドバイスを頭に記憶し、家に帰った。
家に帰ると食材を冷蔵庫にいれ、手を洗い、食糧棚の掃除も全部終わらせた。賞味期限に近い缶詰は二十個近くあり、全部消費できるか疑問だったが、とりあえずエプロンをつけ、妻のレシピを確認し、夕飯の準備をはじめた。
まず玉ねぎの皮を取り、みじん切りにする。最初は野菜の切り方にいちいち戸惑っていたが、みじん切りは出来るようになった。銀杏切りや半月切りもできる。ただ、玉ねぎは目が痛くなり、我慢しつつみじん切りを終えた。
プライドの高い修司はここで泣き言を言うのは悔しく、無言で玉ねぎを刻んだ。
次はカレールウも細く刻む。包丁にカレー粉がつくので、先にみじん切りを済ませておいて正解だった。
その次にボウルにサバ缶(味噌味)を全部入れ、さっきのカレールウ、ケチャップ、おろそ生姜を入れてさっくりと混ぜる。このボウルにふんわりとラップをかけ、レンジで五分。
カレーというと家庭科の調理実習では1時間以上かけて作っていた。これで本当にできるのか?と半信半疑だったが、だんだんとレンジからカレーの良い匂いがしてきた。
チン!
出来上がったボウルの中見を見ると、どう見てもカレーだった。まるで手品だ。
このボウルのまま食べたい衝動にかられたが、そうはいかない。ちゃんとボウルによそり、ご飯も温めて盛る。最後に温泉玉子をトッピングしたら、どう見てもカレーだ。我ながら食堂でう売ってそうだ。
さっそく食卓に持っていき、SNSにあげる為の写真を撮る。今日は掃除を頑張ったお陰か。もう窓の外は夕暮れだった。お腹もすき、早く食べたい。
そう思った瞬間、スマートフォンから地震を知らせる音が流れてきた。
「お!」
スマートフォンからの音に、震えがりそうだ。ミシミシと家が揺れ、震度五だった。テレビをつけると地震の情報が流れていたが、大きな被害は無いようだった。家の中も何も落ちたり、崩れているところはなかった。娘の咲子や大学教授時代の知り合いや遠くに住んでいる友達とも連絡をとったが、皆無事でホッとする。
久々の地震で、修司の心臓はまだドキドキとしていた。これがもし大きな地震だったら……。
妻が缶詰を備蓄している気持ちがよくわかった。そしてこうして備蓄の缶詰を食べられる事が、どれだけありがたい事か身に染みてしまった。
地震騒ぎで、鯖カレーは出来たてを食べ損ねた。ちょっと冷たくなっていたが、このカレーはやけに美味しかった。もし、大きな地震や災害があったとしたら。そう思うと、家で呑気にカレーなど食べられない。
そうか、缶詰めは安心を買っているのかも知れない。賞味期限が長く、場所も取らずの備蓄にピッタリだ。こんな缶詰めを食べられるのは、実は最高に幸せかもしれない。
「ご馳走様」
食べ終えると、満腹感より安心感の方が強かった。やはり、地震なんて来て欲しくない。
改めて妻のレシピブックをめくる。ツナ缶の餃子のところには「備蓄用の賞味期限近い缶詰め食べるのって良いことだね」と書いてあった。
「そうだよなぁ」
妻が書いた文字を見ながら、しみじみと呟いてしまった。
翌日もツナ缶で餃子を作った。美加子に言われた通り、ホットサンドメーカーで焼いたら、綺麗に焼き目がつき、上手く出来た。
しばらくこんな缶詰め料理が続くが悪くないだろう。これは備蓄の缶詰めが本来の役割をしなくて済んだ証だ。
そんな缶詰めを消費し終えたら、今度は新しく缶詰めを買いたそう。出来れば何も起こらない事を願いながら、安心を買うのだ。