第5話 忙しい時はワンパンパスタ
自炊にもだんだんと慣れてきた。一人暮らしだと、野菜を余らせてしまうのが。悩むところだったが、昨日は美加子からブロッコリーを貰った。町内のゴミステーションを掃除していたら、スーパーのレジ袋にブロッコリーがたくさん入っていた。
「実は親戚農家からブロッコリーを貰ったのよぉー。毎日食べ切れなくて困っちゃう!」
美加子は笑いながら愚痴っていたが、修司もブロッコリーの美味い食べ方はよく知らない。そもそも切り方もわからない。
ブロッコリーの切り方を聞いてみた。こんな風に人に質問する事は恥だが、料理をするようになり、プライドがだいぶ低くなっていた。今はスーパーや100均で探しているものが見つからないと、すぐに店員に聞くようにしていた。
「付け根のとこに包丁を入れて、小房に分ける感じよ。まあ、適当でいいわ」
そんないい加減で良いのか?
修司は思わず首を傾げてしまうが、美加子はこんな性格なのだろう。
「芯は食べられるんですかね?」
「食べてもいいけど、硬いわよー。私ももう歳だし柔らかいものの方がいいわ」
「まだまだですよ」
「そうかしら〜?」
そう言い残し、美加子は清掃のパートに行ってしまった。
一人残された修司は、すぐに総司をすませ、家に帰ってブロッコリーを切る事にした。
美加子に言われた通り、小房にわけ、水洗いを済ませた。
「この後どうするんだ?」
キッチンで独り言を呟く。キッチンの作業台のまな板は、ブロッコリーの粒で汚れていた。キッチンペーパーで水気を拭き取り、適当にラップに包む事にした。そういえば野菜は賞味期限はよくわからない。このブロッコリーも早めに食べた方が良いだろう。
小分けしたブロッコリーは冷蔵庫のトルドケースの方に入れると、作業台を片付けた。その後、コーヒーを淹れ、食卓でゆっくりと妻のレシピブックを読んで見る事にした。
「ブロッコリーと鶏肉の蒸し料理か。ゆで卵とエビとマヨネーズで和えたサラダも美味しそうだな。おぉ、これって作り置きってやつか」
スマートフォンのスケジュール帳を見ると、しばらくは通院や知り合いと会う予定などもなく、暇だった。作り置きというのもチャレンジしても良いかもしれない。とりあえずブロッコリーと鶏肉の蒸し料理、ゆで卵とエビとマヨネーズで和えたサラダはそう難しくはなさそうだ。
あとはブロッコリーとソーセージの洋服アレンジの味噌汁も悪くなさそうだ。これをまとめて作って作り置きも悪くないだろう。妻の手書きの文字のよれば「ブロッコリー料理は痩せるし満足感高い!」とある。そういえば、何年か前に仕事のプレッシャーから太ってしまった時、ブロッコリーと鶏肉の蒸し料理を食べた記憶があった。あの時も陰ながら妻に支えられていたと思うと、少し涙が出そうだった。
こうしてスーパーで食材を買いえ揃え、さっそく作り置き料理を作る事にした。ブロッコリーと鶏肉の蒸し料理やゆで卵とエビとマヨネーズで和えたサラダも案外簡単に出来てしまった。目玉焼きで手こずったのが嘘のようにスルスルと作業が捗る。ゆで卵を剥くのは面倒だったが。妻のレシピ通りにのゆでや後に冷水で冷やすと、簡単に剥けた。
最後にブロッコリーとソーセージの洋風味噌汁も作り終えた。
さすがに三品作ったのは、疲れたが、これを上手くやりくりすれば数日は持ちそうだ。ブロッコリーも全部消費できた。
時計を見ると、もう昼過ぎだった。昼は、この料理をちょっとずつ盛り、ご飯を温めて食べた。
この数日ずっとブロッコリー料理というのもアレだが、食材の事情で仕方ない。そういえば、妻が生きていた頃、大根料理やほうれん草料理が続いた事があったが、食材の事情だったのだろう。当時はそんな事も知らずにに文句ばっかり言っていたが、今は恥ずかしい。修司の顔は真っ赤になっていた。
そんな事を思い出しながら、昼食を食べ終えた時、スマートフォンに入っているトークアプリにメッセージが届いているのに気づく。大学教授時代の同業者の知り合いからの連絡だった。
「ああ、困ったね」
知り合いによると、翻訳の仕事が大変らしい。下読みとレジュメ作成に目が回るほど忙しいらしく、修司に手伝って欲しいという連絡だった。もちろん報酬も支払うという。
知り合いが困っている。無視する事はできそうにない。修司は二つ返事で手伝う事にした。
それから修司も大変だった。手伝いと言っても手を抜く事はできず、元々凝り性の性格もあり、寝ずに仕事をやってしまう事もあった。こうなっては自炊どころではなく、作り置きした料理はあっという間に消費してしまった。
昼間、冷蔵庫の中にご飯すらざ無い事に気づいた。
「弱ったね」
コンビニ弁当を買うことも考えたが、ここまで自炊をやって来た。ここで自炊を止める事は、何か負ける気がした。
キッチンの冷蔵庫の隣にある食糧棚を漁る。パスタや缶詰めが出てきた。こんなものは買った記憶はないが、お歳暮か何かで貰ったのだろう。トマトの水煮缶やソーセージの缶詰め、あとはパスタで何か出来ないだろうか。
今は忙しいので、スーパーに買い物に行くのも面倒だった。半分以上仕事は終わっていたが、ここでコンビニに行くのは、やっぱり負けた気がする。
助けを求める先は、妻が残したレシピブックだ。何かこれらで作れないかとページを捲る。
「ソーセージワンパンパスタ? え? フライパンだけでパスタ出来るのか?」
レシピ帳には、パスタを茹でる大きな鍋を用意しなくても作れるレシピがのっていた。今ある食材でできそうだった。「こんな忙しい時は、パスタ!」という妻のコメントも書かれていた。どうやら妻はパートや在宅ワークの仕事が忙しい時にこのパスタを作っていたらしい。本当にフライパン一つでパスタができるか信じていなかったが、お腹がなってきた。試してみる価値はありそうだった。
フライパンにニンニクをいれオリーブオイルで炒める。ニンニクは無いので、ニンニクチューブで代用する事にした。これで合っているかは分からないが、とりあえずやってみる。
まじは弱火で炒め、少し火を強くしてから、ソーセージも炒める。一、二分炒めるといい香りもし、ソーセージに焼き色もついてきた。これだけでもお腹が空いてきた。
そのフライパンにコンソメとトマトの水煮缶半分入れる。このままぐつぐつと煮詰め、パスタを入れた。本当にこれでいいのか?
半信半疑だったが、煮詰まってきて、弱火におとす。蓋をし、時々パスタの様子を見る。見た目は普通に麺っぽくなってきた。
「できたか?」
麺の様子を見ると、全く普通に柔らかくなっていた。本当にフライパン一つでできてしまった。まるで手品でも見せられている気分だった。
熱々のまま深めのパスタ皿に盛り付ける。見た目は、どこからどう見てもナポリタン。冷蔵庫にある粉チーズを振りかければ、立派な一皿だった。粉チーズは、サラダにトッピングするためによく使っていたが、買い置きしておいて良かった。
さっそく食卓に置き、食べる事にした。
「いただきます」
味も香りも、どう見ても普通のナポリタンだった。フライパン一つで作られたものには、どうも見えない。何かの間違いじゃないかと思いつつ、フォークを掴み、パスタを食べる。
「あれ、本当にナポリタンだ」
味も全く問題はなかった。むしろ、喫茶店で売っているような懐かしい味を感じる。最近は慌ただしかったが、頭の中は昭和の喫茶店をイメージする。ゆっくりと時間とクラシック音楽が流れる。そんな想像をしていると、忙しい中、フライパン一つで作った感じはしない。むしろ頭の中は、昭和喫茶になってしまった。
そういえば妻とは新婚当時、昭和風の喫茶店によく通っていた。まだ子供も生まれてなかったし、恋人気分でクリームソーダやサンドイッチを食べていた。そんな過去まで思い出してしまい、もう忙しい仕事も今回きりで辞めようと思ってきた。思えば、妻の死についても心の整理がついていない所もあった。あまりにも突然の事だった。
こうして料理を作りながら、妻との思い出に浸りたくなってしまった。時短で作った料理なのに、かえって今までのようにスローに生活したくなってしまったようだ。
「ごちそうさま」
食べ終えたら、爆速で仕事を終わらせよう。これが終わったら、しばらく作り置きでも料理しながら、ゆっくり生活したくなってしまった。