第30話 幸せな誕生日ケーキ
もうお盆に入った。それと完結あるのか不明だが、死んだ妻の夢を見てしまった。
しかも妻と二人で誕生日祝っていた。
「修司さん、お誕生日おめでとう!」
妻はそう言ってレアチーズケーキを渡す。生クリームのショートケーキは甘すぎて苦手といい、レアチーズケーキを作ってもらったのだ。レアチーズケーキの表面のは、チョコレートの飾りもついている。「修司さん、おめでとう!」とチョコペンで書いてあった。
夢の中とはいえ、幸せな一時だった。妻も修司も夢の中では少し若く、元気だった。
「私、ずっと修司さんと一緒にいたいわ」
そんな事まで言っていた。
残念ながら夢だった。
目が覚めると、いつもの寝室だった。もちろん、隣に妻などいないし、ケーキも何もない。
「俺って一人なのか」
急にそんな事まで考えてしまった。実際、一人暮らしだし、家事も食事も全部一人でやっていた。
言いようのない寂しさが、胸を覆っていた。確かに一人はお一人気ままで楽しい。ニンニク臭い餃子も青のりがついた焼きそばも気軽に楽しめる。
それでも。
妻はもういない。残っているのは、あのレシピブックぐらいのものだ。
「はぁー」
わかっていた事だが、孤独である事を実感してしまった。今更孤独死の心配などしても仕方ないが、自分は一人。あんな夢を見たせいで実感してしまった。
その日は、なんとなく憂鬱で自炊のやる気も出なかった。昼は冷やご飯の卵をかけ、オイルサーディンと共に食べてしまった。手抜き過ぎる料理を食べていると、余計に孤独感を持ってしまう。おそらくこの料理だと刑務所以下の食事だ。
「はぁ」
深いため息をついた時だった。チャイムがなり、お届け物を受け取った。少し大きめな箱で、一人娘の咲子とその旦那の誠治からだった。
「お?」
何かと思い、すぐに箱を開けると、中にはバームクーヘンが入っていた。しっとり&どっしりとしている丸いバームクーヘンだった。
メッセージカードも入っていた。娘夫婦からの誕生部プレゼントだった。そういえば明後日の八月十五日は、誕生日だった。
すっかり忘れていたが、咲子や誠治からの手書きのメッセージを見ていたら、少し泣けてきた。咲子も誠治も親戚n家での用事があるので、直接誕生日は祝えないと書いてあったが、それでも胸がぐっと温かくなってきた。
「あぁ、ありがたいね…」
素直にそう思ってしまった。誕生日なんてこの歳で祝われても嬉しくはないが、忘れられていなかった事に感動してくる。
ピンポーン。
またチャイムが鳴る。美加子と瑠美だった。正直、派手なおばさん二人の圧がすごいが、みんなでお茶でもしようという。
「修司さん、誕生日でしょ」
「そうよ。ぱーっとスイーツバイキングにでも行きましょう」
美加子も瑠美も修司の誕生日は忘れていなかったようだった。
こうして三人で駅前のビルの中にあるスイーツバイキングに出かけた。美加子と瑠偉はずーっとお喋りし続け、正直、自分は出汁に使われた気分だが、それでも何か楽しかった。スイーツバイキングは、ケーキだけでなく、カレーやサンドイッチも楽めた。ただ、残念ながら修司の好きなレアチーズケーキは売り切れだった。
「だったら、修司さん。レアチーズケーキ、作ってみたら?」
瑠美に提案された。お菓子作りが好きな瑠美は、レアチーズケーキのレシピにも詳しかった。妻のレシピブックにはそれは書いていなかった。おそらく当時の修司に事前にバレないように慎重に隠していたのだろう。
「そうよ、修司さん。なかったら自分で再現しちゃったら、いいのよ!」
美加子にも励まされ、自分で誕生日のレアチーズケーキを作る事にした。
「大丈夫よ、修司さん。一人じゃないよ」
なぜか美加子からは、今の修司の心を見透かされた事を言われてしまった。
「いざとなったら私たちでシェアハウスでも作って、孤独死回避しましょ」
美加子はそう言い、しばらく瑠美とシェアハウスの夢も語っていた。圧の強いおばさん二人の笑い声を聞いていたら、それはそれでアリなんじゃないかと感じ始めていた。
その翌日。
昨日はケーキバイキングで食べすぎて、食欲もあまりない。ただ、明日の誕生日は自分でレアチーズケーキを作ろうと思い、スーパーに買い出しに出かけた。
クリームチーズやクッキー、ゼラチンなどを買っていく。スーパーのレジは激混みで、会計終わるとちょっと疲れてしまった。
イートインスペースに行き、お茶を飲みながら、一休み。
「ふう」
ちょうど一息ついた時、麗羅にあった。いつか運動公園までの道のりや内科で会った女子大生だ。すっかり忘れていたが、向こうも少し日焼けをして、元気そうだ。
「え!? 修司先生って明日誕生日だったんですかー?」
何かの話の流れで明日が誕生日だった事を言うと、麗羅は一旦、スーパーの売り場に行ってしまった。
戻ってきた麗羅は、クッキー缶を持っていた。
「誕生日プレゼントといってはなんですが」
クッキー缶をくれるらしい。こんな事だったら、レアチーズケーキ用のクッキーを買ったのを後悔しかけたが、まあ、良いだろう。ありがたく、クッキー缶ももらう。スーパーではちょっと珍しい外国産のクッキー缶だった。表面は、黒猫の絵が描いてあり、ちょっとオシャレだ。
「また、色々アドバイスしてくださいね」
麗羅はそう笑顔で言い、修司の前から去っていった。若者のちゃっかりした様子に、ちょっと引くが、まあ、悪くはない。このクッキー缶も楽しみだ。
こうしてレアチーズケーキの材料とクッキー缶を持って帰ると、家の前に教え子の朝子、それの息子の優斗がいた。
「君たち、どうしたんだい?」
驚いて、すぐに声をかける。
「おじさん、誕生日プレゼントだよ!」
優斗は修司の飛びつくように近づき、一枚の絵をくれた。そこには、修司の似顔絵が描いてあった。子供らしい下手な絵だったが、一生懸命描いてくれた事は伝わってくる。
「先生、前はきつい事いってすみませんでした。SNSで今日誕生日だって知って……」
あの朝子がしおらしく謝っている。驚いている修司の片手に紙袋を押し付けてくるが、思わず受け取ってしまった。
「いや、いいんだよ。困ったら、いつでも言うんだよ。特に優斗くん、わかったかい?」
驚きつつも、優斗の頭を撫でながら微笑んだ。
こうして二人と別れ、冷蔵庫に買ったものをしまう。いつもは手洗いうがいに直行するが、朝子にもらった紙袋の中身をみてみる。
中は綺麗な白いお皿だった。高級そうな箱に入っていたので何かと思ったが、サイズ、色も一人暮らしにはピッタリな綺麗なお皿だ。
「そうか、そうか」
真白な綺麗な皿や優斗の絵を見ながら思う。
もう、自分は一人ではないのかもしれない。最悪の妻は失ってしまったが、今は少なくとも孤独ではない。誕生日にはこうして祝ってくれる友人、教え子、優斗もいる。
一人で寂しいなんて思うには、傲慢だったのかもしれない。妻のレシピが料理は繋いでくれた縁もある。まるで妻が修司が一人にならないように準備していてくれたようだとも思ってしまう。
ピンポーン。
再びチャイムがなり、出る。またお届け物だったが、ネット書店からだった。
「あ!」
中身は俳優のに野口隼人のレシピブックだ。炎上騒ぎを起こし、発売されるか危ういところだったが、出版社を変えてようやく出たようだ。確かファンが署名活動などをやっていたとネットニュースに出ていた。確かに炎上は悪い事だが、反省している若者をいつまでも断罪するのもどうかと思う。作品と作者の人格も別物だ。こうして本が出版できた事を、修司もホッとしていた。
「そっか、そっか……」
諦めていた事も、ひょんな事から良い結果を得られたようだ。まるで誰かが「修司は一人じゃない」と伝えているようだ。それが妻か? その存在はよくわからないが、心に根を張っていた孤独感みたいなものは、すっと綺麗に消えていた。
「ありがとう」
誰とでもなく、お礼をつぶやく。もう一人ではない。素直にそう思っていた。何の証拠もない。科学的根拠だって皆無だ。それでも、もう自分は一人ではないと確信していた。何か目に見えない存在があったとしたら、それが修司の孤独感を癒やしているような気もしていった。
翌日、誕生日のレアチーズケーキを作っていた。
まず、クッキーを砕き、生地をつくる。麗羅から貰ったクッキー缶のものを何枚か使う。綿棒でバシバシと砕き、ちょっぴりストレス解消にもなる。
砕いたクッキーは型に綺麗に敷き詰める。
それが終わると、クリームチーズを温め、練っていく。砂糖、ヨーグルトも入れ、最終的にはレモン汁も加え、優しく混ぜる。もうこの時点でも美味しそうだったが、食べるのはもう少し後だ。
そしてゼラチンも溶かし、チーズと混ぜ合わせて型に流す。二時間ほど冷蔵庫に冷やして完成だ。
「あぁ、よかった」
なぜか冷蔵庫にチーズケーキを入れると、ホッとしてきた。
まだ固まるまで時間があるので、近所に散歩でも行くか。日が暮れかけ、少し涼しくなってきたところだったし。
近くの住宅街をぐるっと一周し、歩く。近所のゴミステーションに近づくと、あの大きな目の黒い野良猫がいた。
「おい、どうしたんだ?」
野良猫は、この暑さにやられたのかぐったりしていた。勝手に身体が動き、野良猫を抱き上げると動物病院へ連れて行った。
野良猫の具合はたいした事はなかったが、なりゆきで飼う事になってしまった。一度助けたら、最後まで面倒を見るのが筋というももだろう。この猫をちゃんと飼う自信は正直なところ無いが、あの自炊の数々もこなしてきたと思えば、大丈夫だろう。きっと大丈夫だ。
こうして新しい同居人じゃなかった、猫のそばで誕生日のレアチーズケーキを食べる。
つるりと滑らかで甘い。不思議と妻の事は全く思い出さなかった。味が少し違うからかもしれない。
甘いレアチーズケーキを食べながら、明日からの新しい日々に胸を躍らせる。大変そうだが、悪くはないはずだ。
もう大丈夫。
一人と猫で生活できそうだ。料理も掃除も何でもできる。最愛の妻はいないが、かけがえの無い友人達と猫もいる。料理もある。大切なものは、側にあるようだ。ちょっと気づきにくいだけだった。
修司はとても幸せだった。思わずニコニコしながら、チーズケーキを口に運ぶ。
「だろ? 俺は幸せだよな?」
「にゃー」
黒猫は小さく鳴いていた。
ご覧いただきありがとうございます。本編はこれにて完結です。ギリギリですがネトコン〆切日に間に合いました。
次はおまけの番外編を更新予定です。よろしくお願いします。




