第29話 大勝利のコロッケ
新しいピーマンの肉詰めを作った数日後、修司はスーパーで買い物をしていた。
夕飯の買い物だが、いつもよりは早めに買い物をしている。天気予報によると、台風が近づいているようで、今日の夜は日本列島に上陸づるとも言われていた。修司の住む県に直撃するかは、まだわからないが、とりあえず準備もしていた。
夕食も早めに簡単に済ませようと思ったが、今日こそコロッケを作りたかった。最近は一人娘の咲子が来たり、美加子や瑠美とファミレスに行ったり、町内会のお祭りの用事の駆り出されたり、なかなかゆっくりと自炊ができなかった。お盆前の今日が一番、コロッケを作るチャンスだ。
台風が来てるのは気になるが、まあ、天気予報を見る限りは大きな影響もなさそうだし、家にいる分は大丈夫だろう。
スーパーでは肉やじゃがいも、キャベツ、パン粉などを買い揃え、足早に帰る。空を見ると、ネズミ色の雲が広がっていた。今にも雨が降りそうで、風も強くなってきた。
「急がないと」
小走りに家に帰った。家につくと、庭の物置の扉もしっかりと閉めて鍵もかけておいた。いつもは、そのまま洗面所に直行して手を洗うが、家の戸締まりを先にチェックしておいた。
一応テレビもつけ、天気予報もチェックする。もう雨が降って来た地域もあるようで、交通事情も乱れているようだった。夏休みで子供たちが学校にいないのは不幸中の幸いだろう。朝子の息子・優斗の事も気になったが、おそらく大丈夫だろう。
「よし! 台風の準備はだいたいOKかな」
そうは言っても、まだこの当たりは影響はなさそうだ。修司はいつものように手を荒い、うがいもし、エプロンをつけた。
いざ、コロッケのリベラルだ。ペラペラの薄い生地のエプロンだが、今は戦闘服だ。妙に頼もしい。ブルーのチェックのエプロンは、なんとなくネットで探して注文したものだが、買っておいてよかった。
さっそくじゃがいもを重曹で洗い、芽をとり、皮を剥く。じゃがいもの皮は湯呑みの黒ずみを落とすのに便利なのでとっておく。そして、適当に乱切りし、湯をわかして茹でた。お湯には塩も入れる。
「ふう」
本当はじゃがいもの皮はそのままにして茹でた方がいい。味を考えるとそっちの方がいい。しかし、ここは味よりも工程の楽さを優先させた。時には、こういう判断も必要だ。最後に勝つために。
そして茹でている間、玉ねぎをみじん切りする。辛い工程だが、なんとか涙目になりながら終わらせた。
それが終わると、じゃがいもえを潰す。これは単純作業ですぐに終わらせた。次はいよいよ具材炒めだ。
ここで十分に水分を飛ばさないと、失敗する確率があがる。ここは慎重に丁寧に肉と玉ねぎを炒めていく。地雷はできるだけ避け、成功までの道筋を整えるのだ。この工程が終わると、一旦休憩を入れる。
具材を十分に冷ます必要があるからだ。ここで熱が残ったままだと、失敗する確率があがる。ここも慎重にいこいうじゃないか。
具材を冷ましている間、窓の外から雨音と風の音が聞こえてきた。テレビを見ると、もう台風が上陸した地域もあるらしい。修司の住む県からh遠く離れた地域だが、テレビで悪天候の様子が放送されていた。不要不急の外出も避けるよう警告も出されている。
ふと、近所に住む野良猫が気になってきた。あの目が大きく、足先だけ白い黒猫だ。
「あいつ、大丈夫かね」
心配しても仕方ないが、こういう時野良猫ってどうしているんだろうか。まあ、本当に気にしても仕方がないが。
気を取り直し、具材のチェックの向かうと、大方冷めたようだ。肉と玉ねぎの具材をじゃがいもと混ぜ合わせ、俵形に成形する。
お惣菜やスコップコロッケの方がコスパが良い事は自覚そている。それでも俵型に形を整えていると、楽しくなってきた。衣も均一につけていく。手間でしかない作業だが、単純作業を繰り返していると、もう勝利が見えてきた。少し鼻歌を歌いたい気分だ。
バッターの上にはコロッケの赤ちゃんがいる。衣も綺麗につけられた。もう、失敗しる地雷ポイントは、揚げる時だけ。そっと、熱した油に入れ、菜箸を入れてゆり動かさいのがポイントだ。
「よし、よし」
修司もおでこには、汗が浮いていたが、もう栄光のゴールまではすぐだ。最後まで気を抜かずに戦い続けよう!
フライパンに油を入れて熱する。ちょうどいい温度になったら、壊れ物を扱うように、そっとコロッケの赤ちゃんを入れた。
油は跳ねるが、ギリギリに回避。ジュワジュワというフライパンからの音と、外から聞こえる雨音が混じり合う。
もしかして、台風の日にお家でゆっくりとコロッケを作るなんて最高の贅沢ではないか。外は荒れているが、家は平和にコロッケ作り。なんだかこの平和さを噛み締めてしまう。
コロッケの赤ちゃんは、綺麗なキツネ色にまった。赤ちゃんから立派な大人へと成長した。
「や、やった!」
今回は爆発する事もなく、綺麗にあがった。キッチンペーパーを敷いた皿の上に大人になったコロッケを乗せる。
何とも言えない感動に包まれていた。咲子の成人式より感動しているかもしれない。
コロッケを一人で作れた。ちゃんとキツネ色の素晴らしい見た目。自分もようやくこの場所に立てたと思うと、胸がいっぱいになる。修司の目尻はきらりと何かで輝いていた。
「おぉ、完成だ」
キャベツを千切りし、綺麗に盛り付ける。味噌汁や白米も盛り付け、全て完了した。勝った、大勝利だ。数々の失敗を乗り越え、ついに栄光の勝利を手に入れた。
修司の脳内では、大量のお花が咲いている。
「あぁ、素晴らしい。ついにコロッケを完成させたぞ」
嬉しさで胸がいっぱいだった。写真も撮り、SNSにあげる。さっそくいいね!がつく。これは本当に大勝利だったようだ。
戦いを終えた修司は、さっそくコロッケを食べる事にした。ソースをかけると、キツネ色の衣に染みていく。
「いただきます」
さっそくコロッケを箸で割り、口の運ぶ。さっくりとした衣とやわらかなじゃがいも。かなろホクホクしていて、これは惣菜やスコップコロッケでは味わえない。じゃがいもの甘みが舌に染みてくる。
「あぁ、うまい」
外からは風や雨の音もするが、幸福感でいっぱいになってしまった。白米やキャベツ、味噌汁もするっと消えていく。
「ふう。ご馳走様」
気づくと皿や茶碗はすっかり空だ。勝利の喜びを噛み締めながら食べたコロッケは、最高だった。きっとこの日は、一生忘れない。自分はコロッケに勝利した。何度も失敗しても決して腐らず、チャレンジし続けた。そんな自分を誇りに思う。最高の男だ、修司。
鍋、フライパン、まな板などキッチンの流しは、除獄と化していたが、最高の気分で片付けた。
気づくと、雨音や風の音もあまり聞こえない。
天気予報を見ると、修司が住む県は台風がそれてしまったようだ。明日は晴れで暑くなるそうだが、この台風の被害はもうないようだ。
「おぉ、台風にも打ち勝ったか?」
そう勘違いするぐらいだった。
あの野良猫もたぶん大丈夫だ。そう思うと、余計にホッとしてくる。
「よかった、よかった」
修司の顔は限りなくゆるんでいた。
明日はきっと晴れだろう。暑くなるだろうが、もう何の心配もなかった。




